一年の終わりに

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一年最後の日。昔は大掃除をしたものだ。扉に備え付けられた真鍮の丸い取っ手を光るまで磨くんだよと言ったのは父で、私はその仕事を言いつけられると子供ながら溜息が出たものだった。実に忍耐のいる仕事で、この手の仕事が苦手なのを知ってなのか、父はいつも私にそれを頼んだ。もっとも私に出来ることはあまりなかった。せいぜい窓ガラスを磨くくらいしか出来なかったから、仕方がなかったのかもしれない。イタリアでは大掃除とは窓を開け放ってもよいような気候の春にするものだ。という訳で、掃除はせずにずっと気になっていた棚の中の整理をしてみた。不要なものを棚の中から引っ張り出したら、沢山あって驚いた。これからは少ない物で生活するとよいかもしれない。

昨日も引き続きの晴天。バスに乗って旧市街へ行った。ヤドリギの枝を買いに。花屋へ行かずとも街のあちらこちらでヤドリギの枝の束を売っていたが、どうしても気に入りの花屋へ行きたかった。私は花屋の女主人と話をするのが好きなのだ。何となく温かくて興味深い人なのだ。店に行くと女主人が忙しそうにヤドリギの枝の束を作っていて、明日から10日間休みだから忙しくて、棚卸作業もしなくてはいけなくてね、と言って目をくるくる回して見せた。花屋でも棚卸をするのかと驚いたが、鉢植えや植木鉢、花瓶などのアクセサリー類の棚卸をせねばならないのだそうだ。いろいろすることがあるのよ、花屋も、と女主人が言うのが可笑しかった。そうだ、誰にだって、どんな仕事にだって、色んなことがあるのだ。ヤドリギを持ってカフェに行った。店は大そう混んでいて、誰もがこの一年の最後に興奮しているように見えた。確かに一年の最後は何となく晴れ晴れしい。焦っても慌てても、一年は確実に終わるのだ。だから楽しんだほうがいい。それに、一年を楽しく終えたら、新しい年が楽しく始まるような気がするから。家で相棒とふたりきりの年越しだけど、少しお洒落をしよう。年明けに赤いものを身に着けると良いとイタリアでは言われているけれど、うちには赤いものは無い。さてどうしたものか。

空気が冷たい。家の中の空気を入れ替えようと窓を全開したら、猫が喜んでテラスに出たが、あまりの寒さに驚いて、すっ飛んで帰って来た。零度限りなく近い寒さだ。何処かから爆竹の音がする。気の早い若者たちが、道端で爆竹を鳴らしているのだろう。それにしても、一年の最後に来てパンクしたパソコン。ようやく元に戻って一安心。5年酷使しているが、まだまだ頑張って貰わなくては。互いに労わりながら仲良くやっていこうと思う。

一年の終わりに。今年もお付き合い頂きまして有難うございました。来る年も、のんびりゆっくり、共に歩いて行けますように。




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元気な日

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アパートメントの扉を開けたら太陽の光が目に刺さった。昨日の雨で空気が清められたのだろう、今日の日射しはいつもより強い。元気と言うほうがぴたりとくるかもしれない。元気といえば私も元気だ。6日間ぶりに外に出て、足取りも軽い。過去10年振り返っても、これほど長く外に出なかったことはない。目を覚まして窓の外の空が青いのを見た途端、外に出たくて飛び起きてしまった。そんなに急がなくても青空も太陽も逃げやしないよと相棒に笑われながら、大急ぎで朝食をとり、身支度をすると軽快な足取りで外に出たのだ。私は大そう機嫌のよい顔をしていたのだろう、道を歩いていた郵便屋さんが明るい大きな声で挨拶してくれた。Buongiorno! 私も大きな声で挨拶をして、通り過ぎながら思ったものだ。一体何時からこの辺りの担当になったのだろう。まるでモーダ系雑誌に出てくるようなハンサムな郵便屋さんだった。日本に連れて行ったら、すぐにモデルに採用されるに間違いなしだった。と、目の前を空いたバスが軽快に通り過ぎていった。空いているバスと言うのは大抵軽快に通り過ぎていくもので、その後に来るバスは大抵大混雑になる。案の定、次のバスは目も当てられぬほど混み合っていた。

旧市街は賑わっていた。昨年の今頃はいろんな知人がボローニャを訪問して、今日はこちらで、明日はこちらでとカフェでお喋りばかりしていたけれど、今年は誰もボローニャに来ない。詰まらないような、それとも昨年が異例だったような、そんなことを考えながらいつものバールでカップチーノを堪能した。あと2日で一年が終わるなんて信じられなかった。しかし花屋の店先を見ればヤドリギの枝。本当に新しい歳が目の前まで来ているのだと実感した。ヤドリギの下でキスを交わして新年を迎えると幸せな一年になると知った以上は、用意しない手はない。明日にでも近所の花屋で、ちょっと奮発して大きい束を購入するとしようと思いながら花屋の前を通り過ぎた。それにしても今日はいろんな用事があった。旧市街に点在するいろんな場所を歩き回った。まるでこの6日間歩かなかったのを挽回するかのように。最後は髪を切りに行った。短い髪だから切る必要もないだろうと人はよく言うけれど、私は毎年一年の終わりに髪を切るのだ。そうして清々した気持ちで新しい年を迎えるのが、趣味みたいなものなのである。さて、店を入ってすぐ右手のベンチに腰を下ろした。と、前の小さなテーブルに大きな器が置かれていた。中にはごろごろと沢山の胡桃。そして胡桃を割る道具も置かれていた。面白いな、と思っていたら、髪を洗い終えて頭にタオルを巻いた女性が隣に腰を下ろし、胡桃を割って食べだした。ああ、いやんなっちゃうわねえ。胡桃は食べだしたら止まらないから危険なのよ。そう言いながら、バキリと次の胡桃を割って身を口の中に放り込む。そうして店の人達に言うのだ。あなたたち、これは危険だわよ。止まらなくなっちゃったわよ。それを聞いて私が声を上げて笑うとと、彼女も笑い、他の客も店の人達も笑った。小さな店の中に笑いが満ちて楽しかった。こんな風にして皆で楽しく笑いあえるのは素敵だと思いながら、今日と言う日に外に出てくることが出来たことに感謝した。楽しい気持ちを分かち合いながら、一年を締めくくれれば良いと思う。あと2日。笑顔で行こう。助けが必要な人には手を差し伸べて、周囲の人達に感謝しながら過ぎしたいと思った。

今夜はミケーラの赤ワインの栓を抜いた。贅沢品も特別な料理は無いけれど、今夜も温かい食事を頂けること、美味しく食事できる健康に感謝して。元気だとワインが美味しい。元気だと食事が美味しい。普通に、当たり前のように食事を頂けること、案外これが一番の贅沢なことなのかもしれない。




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活発にいこう

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12月28日。冬。
今年も残るところ数日と思うとむやみに気持ちが焦る。家でぐずぐずしては居られぬ。訪ねたい場所、したいことが幾つかあるから、この数日中に済ませておこう。そう思って早起きしたのに、準備をしている間に降りだした雨。近頃私は弱気になっていて、雨が降りだすと気持ちが萎えてしまう。数日前に体調を崩したせいだ。それで何もかも難しいことに思えてしまう、雨が降り始めただけで。落ち込んでいるわけではない。弱気になっているだけだ。もっと活発にいこうよ、と自分にはっぱ掛けてみるけれど、昔から雨降りの日が苦手だったから、此処のところに来て悪い癖がでたのだろう。何時まで経っても止まぬ雨。多分今日はこんな風に終わっていく。

数日前、相棒が箱を抱えて帰って来た。何だろうと中を覗いてみたら、ワインボトルが数本入っていた。ワイン農家で購入したようなものではなく、立派なラベルが貼られて、あれこれ説明が記されているような、高価なワインだった。ミケーラからに違いない、と睨んだ通り、夕方遅く相棒が家に帰ろうとしたところでミケーラが大きな声で呼び止めて、ちょっと、ちょっとと手を振るので行ってみたら、はい、クリスマスの贈り物、こんな洒落っ気のない箱で悪いけど、と言ったそうだ。ミケーラは私と相棒が今の家を手に入れるまでに一年半ほど借り住まいしていたアパートメントの住人だ。とは言え、ミケーラの家は手を加えて素晴らしい内装で、とても同じアパートメントとは思えぬほど。そんな素晴らしい家なのに彼女は売ってしまいたかった。郊外の一軒家に暮らしたいと言って。当時、私と相棒に家を買わないかと持ち掛けてきたが、内装工事に大金を掛けた彼女の家は高額で、とても手が出なかった。あれから3年以上経つが彼女が今もあの家に居るのは、どうやら一軒家の夢を捨てたか、彼女が望む価格では家が売れないと悟ったかのどちらかだろう。兎に角家を買うのは断ったが、ミケーラはそういうことをあれこれ考える人ではなく、いつも感じの良い声で挨拶する、私風に言えば気持ちの良い、風上に置ける素敵なイタリア人女性だ。旦那さんとの間に中学生になったであろう男の子がいるが、母親業と仕事と、それから女性であるバランスを上手い具合に保っていて、時には近所の人達が口笛を吹きたくなるようなカッコイイ装いで旦那さんと出掛けていく。時には家族でニューヨークへ。ちょっと行ってくる、そんな感じで出かけていく。そんなミケーラの悪い噂は今まで一度だって聞いたことがない。多分みんなミケーラのことが大好きで、そんな彼女のライフスタイルを、自分にも取り入れたいと思っているに違いない。それで、箱の中からワインを取り出してみると思った通り良い選択で、実にミケーラらしかった。私達が赤ワインが好みであると知って以来、良い赤ワイン、特にBIOのものが手に入ると何時も小さな理由をつけて贈ってくれた。何故も私達に良くしてくれるのか、それは未だに謎であるが、多分それがミケーラという女性なのだろう。気前が良くて大らかで、感じがいい。私が密かにお手本にしている女性だ。
出掛けようと思っていたのに雨が降りだした時、ミケーラならどうするだろう。私のように気が引けて、出掛けるのを止めたりすることはないに違いないが、いや、待てよ、確か彼女も雨が嫌いだと言っていたっけ。案外私のように窓ガラスに張り付いて、小さな溜息を漏らすのかもしれない。

テラスに出しっぱなしにされたゼラニウムの鉢。驚いたことに花が咲いている。活発な君は寒くないのか、と呼びかけてみるが答えはない。恐らく、うっかり花を咲かせてしまったに違いない。もう少し暖かい場所に移動させてあげなくては。




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冬空

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雨はもう止んでしまった。残ったのは窓ガラスを叩く風、風、風。風の音を聞きながら日本の冬を思いだした。生まれ育った東京の端っこの街から場所を移して思春期を過ごした田舎の町は、冬になると強風が吹き、がたがたと外の音が聞こえるたびに不安に駆られたものだった。夜であれば雨戸が、昼間であれば窓ガラスが音を立てて、何か地球の端っこに追いやられてしまったような気分になった。思春期と言うこともあって、風の音は私に様々なことを考えさせた。どうしてこんな所へ来てしまったのだろうとか、この風が止まなかったらどうするのだろうとか。今思えば詰まらないことばかりこと。でも思春期と言うのはそんなものなのかもしれないと思う。そうして窓の外を見れば、いつの間にか雨が降り始めて、地面を黒く光らせる。今日はこんな一日らしい。外出には不向きな一日。どちらにしても数日前から、私は寝たり起きたりの生活だ。

こんな暗い空を眺めていたら思いだしたことがある。ローマで職のオファーを得て、ボローニャから飛び出した頃のこと。ローマに暮らす相棒の古い友人の家での居候生活を経て、街の中心の厳めしいアパートメントに部屋を借りた頃のことだ。2月という季節柄、ボローニャより南のローマであっても空は確実に冬色で、快晴の時には果てしなく明るい空も、曇りの日は限りなく憂鬱で暗かった。私は老女の家の一部屋を借りていた。相棒の友人の家の居候生活をやめるには、それしか方法がなかったからだ。ボローニャを飛び出す頃は簡単に見つかると思っていた部屋探しだったが、現実はそんなに簡単ではなかった。新聞に載せられた部屋を貸します広告を読んでは電話を掛けて、断られての繰り返し。だからやっと了解を得たこの老女の部屋に文句を言う筋合いなどなかった。ただ、留守の間に老女が部屋に入って物色するのが嫌だったし、時には物が紛失して困った。節約の為に給湯器を昼間に一度しかつけないから、夜帰ってくる私はシャワーが出来ない。共同で使えるはずのキッチンも制限があって、不満は積もるばかりだった。でも、安眠するベッドと暖かい部屋があった。それ以上望むのは罪だと思ったのは、私が相棒をボローニャに残してローマに飛び出して来た後ろ冷たさだっただろう。そんな私を相棒は手放しに応援してくれたから、望んでばかりいてはいけないと、私は自分を制限していた時期だった。自由と責任。私はいつもそれを忘れていなかったけれど、ローマに暮らすことになったこの時期の私は、確実に自由と権利ばかりが勝っていて、責任や義務は放棄していた。それが私の負い目で、だから安眠できるベッドと暖かい部屋以上望んではいけないと思っていた。私の部屋は小さくて、そして天井がとてつもなく高かった。その天井にあわせるように長細い両開きの大窓があって、これが私には救いだった。窓から見えるのは公園で、冬でも手入れがされているそれは眺めていると心が和んだ。この辺りはその昔は裕福な人達が住まいを構えていたらしく、公園の周りのどの建物を見てもがっしりとした構えで美しかった。そうしたことを大家さんである老女は誇りにしていて、暇になると私を呼びつけてそんな話を聞かせた。とはいえ、私のイタリア語はそれほど上級ではなかったから、話の半分ほどしか理解できなかったし、老女にしても、あなたには理解できないかもしれないけれど、と言って話を閉じたものだ。兎に角ここに部屋を借りていた一か月間。休みの日になるとどう言う訳か空が暗かった。外の空気は切るように冷たかったけれど、部屋の中に居たら病気になってしまいそうで、行く当てもなく外に出たものだ。職場の近くの切り売りピッツァ屋さんに足が向くのは、そこに行けば見慣れた顔があるからだった。何が美味しいかも知っていたし、店に入っていくと店主が機嫌よく迎えてくれるのが嬉しくて、仕事が休みだというのに職場の近くへ行ってしまった。今思えばそんな自分が不憫でもあるが、しかし良い選択だったと思う。おかげで私は誰かと楽しく会話をして、寂しさを紛らわすことが出来たから。そうして2月最後の休みの日にこの部屋を出た。素晴らしい快晴だった、いつも休みの日は雨でも降りだしそうな暗い空だったのに。それは春へと移り変わる時期だったからかもしれない。でも、空までもが自分を応援してくれているような気分になって、勇気づけられたものだった。冬は必ず終わって春になる。嫌なことも必ず終わってよい状況になる。海の向こうに暮らす友人が手紙に書いてくれたように、私のローマの生活は徐々に明るい方に向かっていくような気がした。あの暗い部屋で考えたことは今でも覚えている。暗い時期だったが、それは私には必要なことだったのかもしれないと今は思う。無駄なことなどひとつもありはしない。どんな経験からも学ぶことがあるものだ。母はいつもそう言っていたけれど、全くその通りだと思う。あの時期の私があるから今の自分があるのだろう。そう思えばどんなことも愛おしい。そんなことを思いだしたのは、この暗い空だけのせい。でも、何事もが順調にいく生活に慣れ過ぎていた私には、必要だったことだ。

ところでクリスマス前夜に体調を崩した。多分、休暇前に無理をし過ぎたせいだ。すぐに良くなるさと甘く見て、もう3日も経つのに治らない。旧市街を散歩するなんて夢のまた夢。今のうちにしっかり治して、元気に新年を迎えることが出来ればそれでいい。ポジティブにいこう。




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歩く

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12月25日を過ぎても祝日。今日は聖ステファノの日である。と言っても昨日ほど祝う訳でもなく、全く静かなものである。外を走る車。外に出掛ける人々。昨日とは何処となく違うのを感じるのは、私だけではないだろう。雨が降りそうな鼠色の空だけど、旧市街へ行けば案外沢山の人がそぞろ歩きをしているに違いない。昨日摂取した大量のカロリーを燃やすためにも、クリスマスの翌日のそぞろ歩きは大切なのだ。

クリスマスの翌日。一番覚えているのはアメリカに暮らして初めてのクリスマスの翌日。前日、独りぼっちを紛らわすかのように重苦しい曇り空の下を放浪して、午後になると、ようやく連絡のついた友人と海の方まで散歩したら夜を待たぬうちに熱を出して寝込んだが、翌朝にはパッと目が覚めて元気になった。外は快晴。冬とはいえ晴れた日のカリフォルニアの12月はとてつもなく明るい。同居人が昨日の熱を心配して私を窘めたが、じっとしているのが苦痛になって外に出てしまった。人々はすっかり普段の生活に戻っていて、前日は店と言う店が閉まっていたというのに、まるで何事もなかったかのようにいつも通りの様子が展開されていた。私はもう独りぼっちを感じることはなかった。私は何の目的もないのにダウンタウンを歩き、そしてビジネス街へと吸い込まれて行った。クリスマス休暇で閑散としているだろうと思った通り活気はなく、どこを探しても感じよく着こなした男性もキャリアウーマン風の人達も姿を見せることはなかった。それとも朝の通勤時や昼休み、夕方の帰宅時間になれば彼らの姿を見かけることが出来たのかもしれない。そこから北の方へと歩いた。道はひたすら上り坂で、このまま歩いていたら青空まで辿り着いてしまうのではないだろうかと思った。ようやく上り詰めると四方八方に街の眺めが広がり、私はこの街に居るのだ、自分が望んだ街に、と思った。自分が選んだ街。そう言葉にしてみると、ますます嬉しくなった。私はまだ言葉の壁にぶち当たって苦しんでいる最中だったけれど、青い空の下に光る街を眺めていたら、そんなことはどうにかなるような気がしてきた。そこから私は坂を下ってイタリア人街へと吸い込まれて行った。少し前に友人と見つけた感じの良いカフェ。その窓際の小さなテーブル席に着いてカップチーノを頂きながら家族や友人に手紙を書くのが楽しみになっていた。昼間の店は空いていて、安易に目当てのテーブル席につくことが出来た。レストランに行く余裕はなかったけれど、カップチーノ代くらいは安易に出せた。それが嬉しくてたまらなかった。友人宛の手紙を一通書き上げると私はようやく席を立って外に出た。冬だと言うのにこの眩い光は何だろう。そんなことを思いながらアパートメントまでの長い道のりを歩いた。歩くのは苦にならなかった。自分が好きな街だったから、どんな小さなことも見逃したくなかったから。そんな風にして歩いていると大抵通りすがりの誰かが感じの良い挨拶をしてくれて、私はますますこの街が好きになった。26年も前のことだ。その後、私は恋愛をして結婚をすると、そんな気持ちを忘れてしまったかのようにこの街を離れた。最後にこの街へ足を運んだのは、もう14年ほど前だろうか。だから私が覚えているあの街の様子はもう存在しないのかもしれないけれど、私は今でもあの街のことが大好きで、もう一度あの坂道を歩きたいと願っている。もう、昔みたいに一日中歩くことはできないに違いないけれど、あちらのカフェ、こちらのカフェ、あの本屋、こちらのグロサリーストアに立ち寄りながら、あんな機嫌のいい青空の下を歩きたいと願っている。
ところであの日の熱は冷たい海風のせいだったかもしれないし、独りぼっちのクリスマスの淋しい熱だったのかもしれない。私は若かったし、夢中で前進しているようでも、どこかにぽっかり隙間があって、それが独りぼっちの淋しさだったのかもしれない。

明日は雨が降るそうだ。12月の雨。地面には必要かもしれないけれど、散歩を予定していた私には、少々不都合な雨になるだろう。




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