空気が冷たい

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冬の到来だ。そう言ったのは相棒だった。夕方、道を歩きながら、はーっと息を吐くと白い煙のよう。こんなに白く見えるのは空気が冷たいせいだ。気が付けば11月も明日でお終い。寒いはずだと思いながらもう一度息を吐いてみる。子供の頃、そんな風にして姉と一緒に歩いたことを思いながら、その傍らには父が居て母が居たのだろうと思ったら、ちょっと寂しくなった。こんなに遠くに来てしまったこと。父にはもう会えないこと。こんなに大きな大人になったというのに、父や母、姉のことを想うと胸がキューっと痛くなる。

旧市街はクリスマスを迎える準備が出来たようだ。街の中心の広場に建てられた大きなクリスマスツリーのライトもついているし、大通りもライトで美しく飾られているし、店のショーウィンドウも華やいでいるし、誰もが指折りながらクリスマスを待っている、そんな雰囲気で満ちている。空気が冷たい分、街の明かりが美しく見える。街中がタイムスリップしてしまったような。寒がりの私が言うと信憑性に欠けるというものだけど、一年で一番夜の美しい時期になったと思うのだ。かつーん、かつーんと音を立てながら誰も居ないポルティコの下を歩くのも、この時期の楽しみ。空気が冷たいから、硬い音が良く響く。ひとり歩きならではの楽しみだ。ボローニャの素敵。独占してしまいたいような気持ちに駆られる、冬のボローニャには素敵がいっぱい。




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気になる店

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旧市街からバスに乗って家に帰る時、若しくはこの通りを歩く時、どうしても眺めたい店がある。青果店でチェーン店らしい。店の名前はVERDURA。"野菜"という名の店である。店は随分繁盛していて、いつも客で混んでいる。私は小さい店か市場で店の人と言葉を交わしながら野菜や果物を購入するのが好みなので、此処で買い物をすることはない。ならばどうしてこの店が気になるのかといえば、野菜や果物を見せるのがとても上手だからである。ちょっとこんな風にパイナップルを、みかんを、茴香(ういきょう)を山積みにする店などあまりない。面白いなあと思うのは私だけかと思えば、同じように足を止めてしげしげと見入る人もいる。やはり通行人の気を惹くのが上手なのだ、この店は。そう言えばみかん。今年のみかんは甘くて酸っぱくてとても美味しい。話によれば、みかんの当たり年らしい。ビタミンをたっぷりとって、冬の散策を楽しもうと思っている。




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感謝祭

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夜中の零時を合図に上がった打ち上げ花火。西の丘の方から聞こえてきた。驚くほどの数の花火を見ようと窓を開けてみたが見えなかったから、もしかすると丘の向こう側で花火を上げていたのかもしれない。何かのお祝いだろうか。それまで降っていた強い雨は止んでいた。打ち上げ花火を楽しみにしていた人達は喜んでいるに違いない。そんなことを思いながら、音に怯えて抽斗箪笥の下に隠れた猫と宥めて、私はベッドに潜りこんだ。明日は良い天気になるに違いない。そう思っていたのに、目を覚ましたら雨だった。雨脚が強く、雨粒が東側の窓ガラスを叩いた。折角の日曜日なのに。きっと誰もがそう思ったに違いない。

数日前は感謝祭だった。イタリアには感謝祭がないので忘れてしまいがちだけれど、昔はこの感謝祭が大好きだった。遠い昔のアメリカ生活。
あれは感謝祭の日ではなかった。またとないような美しい秋の日で、半袖で居られるような気持ちの良い日だった。私は友人に誘われて、湾の向こう側へ行った。いつもは乗らない湾の向こうへと続くバスに乗ったことで、私は遠出をしているような気分になり、妙にわくわくしていたのを覚えている。バスの終点はMill Valleyという名の街で、私達の間では豊かな人達が暮らす街として知られていた。私はまだ、この街を訪れたことがなかったから、バスターミナルですらも、そこに並ぶカフェですらも珍しくてならなかった。私達はそこで一旦降りてから、別のバスに乗り換えて、友人のそのまた友人が暮らす界隈まで行った。バスを降りると静かな広い道があり、左右に街路樹が並んでいた。そのどれもが美しく色づいていて、半袖を着るような気温だとしても確かに秋であることを確認することが出来た。目的の家は素晴らしかった。古き良きアメリカの映画に出てくるような家だった。家には既に沢山の女性達が集まっていて、様々な料理を並べていた。どうやら持ち寄り昼食会らしかったが、早めの私達だけの感謝祭みたいなものだとか何とか言っていた。初めて会う人々。手ぶらで来てしまったこと。私はお手上げで詫びるばかりだったが、彼女たちは気にすることない、ほら、こんなに沢山の食事があるのだから、と見知らぬ私に優しかった。あの頃の私は内気だったから、知らない大勢の人の中に居るのは苦手だった筈だが、覚えているのは楽しかったということだけだ。つまらなかったとか、居心地が悪かったとか、そういう記憶は少しもない。食事を終えて庭に出て、私達は何をしたのだろう。覚えているのは庭にあった古い大きな木の葉が赤やオレンジ、黄色に色づいていて、ああ、此処には日本のような美しい紅葉がある、と思ったことだ。その後、訪問者たちは帰ってしまった。友人と私は帰りのバスの時間までに随分の時間があったので、それではということで、この家の人が近くを案内してくれることになった。案内してくれたのは歩きにくい散歩道で、ひたすら上に続いていた。足がくたびれてもう歩けないと思い始めた頃、私達は到着した。丘のてっぺんから見えたのは荒野だった。この街にこんなものが存在するとは夢にも思っていなかった友人と私は驚き、そして何故彼女は私達を此処に連れてきたのだろうと思って顔を見合わせてしまった。そんな私達をよそに彼女は話し始めた。彼女はあの大きな家でオペアという住み込みのベイビーシッターをしていた。居心地の良い離れの住居と食事を提供してもらう代わりに子供たちの面倒を見て、そして自分がしたかった勉強を続けていた。すべてが完璧で文句のつけようのない環境に私達は手放しに羨ましがっていたが、それまでの道のりは長く辛かったそうだ。何度も挫折しそうになった。でも、アメリカという環境に暮らしたかったし、アメリカでしたい勉強があった。長い道のりも今となっては過去のものになってしまい、ふとすると良い環境に慣れ過ぎて感謝を忘れてしまう。だから此処に来るのだという。何から何までが順調で自惚れすぎてしまいそうなとき、彼女は荒野を眺めて自分に声を掛けるのだそうだ。忘れてはいけない。今の自分があるのは多くの人が助けてくれたおかげなのだ。感謝を忘れてはいけないよ、と。彼女に会ったのはあれが初めで最後だったが、25年経つ今も忘れないのはあまりに印象深かったからだ。良い環境に慣れ過ぎて感謝を忘れてしまいそうなとき、と言ったときの荒野を遠い目で眺めていた彼女の横顔。すべて自力でやって来たなどと自惚れていた自分が恥ずかしかった。私達はバスに乗って例のバスターミナルまで行くと、友人の恋人が車で迎えにきていて、楽しいお喋りをしながら帰路についた。楽しめたのならいいけれどと友人がアパートメントの前で車を降りる私に尋ねたので、こんなに素晴らしかった日はあまりない、と言って友人を喜ばせた。あれは少しもお世辞ではなかった。あの日私があの街のあの家で会った女性達から受けた親切や優しさ、それからあの家に暮らす彼女の言葉は私の奥深くに大切にしまわれて、今も色褪せることがない。このことは、いつもこの時期に思いだす、私の感謝祭なのだ。

彼女は今頃どうしているだろう。勉強を終えて、アメリカで仕事に就いただろうか。家族を得ただろうか。彼女の幸運は、見えない彼女の努力と勇気。それから彼女を支えてくれた沢山の人達と、彼女が決して忘れなかった感謝の心。そんな彼女だから幸せになっているだろう。そうであって欲しいと、私は心から願う。




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寒い季節

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風もないのに落ちてゆく葉。はらはらと落ちゆくその様子は大粒の雨、または降り落ちる大きな雪片のようだ。もう力が尽きたのか、それとも季節がそうさせるのか、黙々と落ちていく。あっという間に枝が裸になって、冬を迎える準備が出来たと言っているかのようだった。葉が地面に落ちていくように、自分の体力が落下している。それは少し予想外のことで、一体どうしてこんなことになったのか、戸惑うほどである。誕生日の11月からクリスマスの12月は私にとっては割とわくわくする時期なのに、がっくりとしているのは実に自分らしくないことだ。どうしたのだ、元気を出さなくてはね、と我に声を掛けてみる。ほら、旧市街の郵便局前の広場にフランス市場にでもいこうよ、などと言って。

数日前の夕方、仕事帰りに旧市街に立ち寄った。夕方とは言うものの、空はすっかり暗くなっているから、夜と言ってもよいかもしれなかった。旧市街の細い道に、様々なタイプのトリートメントを施す店。店と言うか、スタジオというか、兎に角、ヨガなどを教えている場所である。そこでトリートメントを施してくれる。随分と待つことになるにしろ、12月の予約に辿り着けたのは数日前のことだった。その前を通り過ぎて、小さな広場に出た。小さな塔のある広場で、塔には数年前に上ったことがある。ボローニャに百を超える塔が権力の象徴として建てられたのは今から800年ほど前のことだが、この塔もそのうちのひとつ。現在この塔はB&Bを営んでいて、時には塔の上での食前酒会などを行っている。どれもこれも予約制で、予約がなかなか取れないとのことだから、人気があるということだろう。小さな広場を通り抜けて路地をあちらこちら渡り歩きながら大通りに出た。街の中心の広場にはもうクリスマスツリーが建てられていて準備万端といった様子だった。あとは点灯するのみ。背の高いクリスマスツリーを横目で眺めながら、もうすぐ12月なのだと今更気が付いたみたいに驚いていた。
歩いていたらフランス屋の前に来ていた。別に来ようと思っていたわけでもないのに。まるで見えない糸に引っ張られて此処に来た、みたいな感じだった。最後来たのは2週間も前のことだっただろうか。それで久しぶりにフランスワインを頂くことにした。店は混んでいた。入り口の前を陣取っていた正装の人々は、少し経つと上の階に行ってしまった。訊けば今夜は本のプレゼンテーションがあるとのことで、本を書いたのは弁護士とのことだった。集まった人々もその分野の人達らしく、どの顔ぶれも弁護士風に見えたのは私の思い込みだろうか。この店では時々上の階が貸し切りになる。例えば今夜のようなこともあれば、卒業のお祝いや、会社のお祝いなど、色んな人で集う。分野は様々だけれど、共通項がある。美味しいフランスワインを頂きながら、ということだ。地上階に集まる人達にも同じような共通項がある。常連客の洒落た男女も、ラフな装いで訪れる店主の古い友人たちも、そして私も。皆知らない同士だが、美味しいワインを頂いているうちに何となく皆が一緒に話をしている。その晩は、見るからにボローニャ人らしい髭面の男性が店主と話をしていた。話の様子から、彼は店主の古い友人らしかった。そこに私が加わり、さらにモデナから来ているという若い男女も加わった。モデナから来ている男性は様々な場所で生活をしたことがあるらしく、ロンドンやフランス、ポルトガルなど先々で頂いた美味しいワインの話をした。中でもロンドンにある有名なレストランでの話は興味深くて、ボローニャなど中規模都市に暮らしている私達には大変刺激的でわくわくした。その合間に私は彼の横に立っている美しい女性を眺めた。若く美しい彼女。彼の長い長い話に辛抱強く耳を傾け、声を発することもなく頷く。青い瞳。真っ直ぐ、長く伸ばしたプラチナブロンド。外国人なのかもしれなかった。そのうち店主が先日栓を抜いたというワインボトルを棚から取り出した。深緑色の空のボトルで、ポルトガルのポルトのワインの瓶だった。ワインはすっかり飲み終えていたが、黒いカスが残っていて、栓を抜いて鼻の近くに近づけると、恐ろしくいい匂いがした。うーん、と誰もが唸った。今から200年以上のもので、ポルトガルに居る知人を通じて購入したらしい。大枚を払ったんだよ、とのことだった。夢のように美味しかったと店主が言った。瓶の匂いからその美味さは安易に想像が出来て誰もが羨ましがった。羨ましかったのはそればかりではない。今週末、店主は妻とパリを楽しむのだそうだ。いいわねえ。と羨む私に、君も行くといいよ、という。冬のパリは美しいから、と。そんなことを言われたものだから、あの日から私の頭の中はパリのことで一杯だ。

忍び寄る闇。夕方5時を待たずに日没を迎え、あっという間に空が墨を流し込んだように黒くなる。そして霧。霧がやって来る。暑かったあの夏を思いだすことが出来ないような冷たさに首をすくめて早歩きで通り過ぎる人々。でも、面白いことに気づいた。暑い季節よりも寒い季節の散策のほうがずっと楽しい。歩いても歩いても汗をかかないし、空気が冷たいから景色が鮮明に見える。暖かいコートに身をくるんで外に出よう。寒い季節のボローニャを堪能しよう。そうだ、かっくりしている場合ではないのだ。




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美しい色

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エルメスのショーウィンドウで足を止めた。この店は魔法でも持っているのではないだろうかと思うほど、前を通る人が足を止める。急ぎ足の人も一瞬歩調を緩めて眺めていく。私も、ほかの高級店のショーウィンドウでは足を止めないのに、此処では必ずと言ってよいほど足を止めて鑑賞する。そうだ、鑑賞というのに等しい。今日は美しい色合いのスカーフに心を動かされた。恐らくはカシミヤであろう。こんな色合いが好きだ、自分に似合うかどうかは別にして。どんな人がこれを買い求めるのだろうと思いながら、ふと店の中をガラス越しに眺めてみたら、案外多くの客が入っているので驚いた。この店には常客が沢山居るのだろう。店員と客が華やかな雰囲気で談話している姿を確認して、店の前から離れた。
美しい色の、暖かくて軽いスカーフが欲しい。様々な色が混乱したようなものが良くて、そんなのを暫く探しているが見つからない。もしかした、探しているようなスカーフは存在しないのかもしれない。いや、エルメスに行けば美しいスカーフはある筈。けれども私には上等すぎる。まだまだ。エルメスのスカーフは、先の楽しみにとっておこう。

帰り道にシャッターが下ろされた店の前に沢山の落花生の殻が落ちているのを見つけた。誰か、此処で落花生を食べながらお酒でも一杯やったのだろうか。その姿を想像したら、ちょっと可笑しくて笑ってしまった。でもすぐ後に、昔、父が黙々と落花生を割っては食べていたのを思いだして、ふと涙が零れそうになった。ああ、情緒不安定。




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