明るい夕方

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街を歩いているとよく分かる。良い季節になったこと。重いコートは流石に脱いで、軽いコートや短いジャケットが軽快に見える。勿論まだ油断はならない。この時期に風邪を引いたりしたら、折角の春が台無しになってしまうから。
それにしたって仕事帰りが明るいことが、どんなに私の心を明るくしていることか。長年の付き合いの相棒だって、明るい夕方が此れほど私に影響を与えているとはとは想像つくまい。いつもならば二本の塔のすぐ前でバスを降りるが、夏時間になってからは環状道路を超えて旧市街に入ったところで下車するようになった。少しでもこの時間を楽しもうと思って。青果店の前を通ったら苺の甘酸っぱい匂いがした。うーん、いい匂い。そんな表情をしたのは向こうから歩いてきた女性だ。もう少しすると熟れて美味しいのが手に入るだろう。しかも手ごろな値段で。大量に購入して冷凍にしようか。夏場にスムージーが作れるように。それとも濃厚な苺のジェラートでも作ろうか。そんなことを考えるのが楽しい、苺の季節。全く所い季節になったものだ。

心がスキップしている。明日はもう4月。




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花曇り

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花曇りの月曜日。イタリアはパスクエッタで祝日。復活祭の翌日の月曜日という祝日で、実に静かなものである。話によれば国民の5割がこの連休に何処か別の街で楽しんでいるらしいけれど、相棒と私が復活祭の連休に何処かへ足を延ばしたことはこの20年の間に一度だってない。ちょっと近郊の町に足を延ばしたくらいのことで、それだって長くて半日程度の事だった。復活祭の連休は家でゆっくり。それが知らないうちに私達の間でスタンダードになった。
近所の李の花はもう殆ど散ってしまった。その代わりに萌え始めた新緑。目に痛いほどの鮮やかな緑に、私はエネルギーを貰っている。それから木蓮の花。驚くほどの満開で、大振りの花をたわわにつけた樹を見かけるたびに感激する。ああ、此処にもあった、と言うように。木蓮が日本の花だと思い込んでいた私は、ボローニャで初めてそれを見つけた時、まるで古い友人に異国で偶然会ったような気分になって、驚きで開いた口が塞がらなかった。もう少しすれば藤の花が咲くだろう。そうして季節が確実に進んでいくのだ。

確か今頃の季節だった。太陽が出れば上着のボタンを外してしまいたくなるほど暖かいが、朝晩は冷え込んで、そして日中とて日陰に入ると首をすくめるほど寒かった日、私は数か月前に路上で声を掛けて知り合ったふたりの若い日本人とヴェローナへ向かった。路上で声を掛けたと言うのはつまり、当時はまだ日本人が酷く少なかったし、そうしたごく僅かの日本人が通っているという語学学校や大学と言った場所に出入りするでもない私は、そんな風に路上で見掛けて声を掛ける以外に母国の人達と知り合う機会が無かったのだ。そうした私の行動を彼女たちは一瞬驚いたが、話しているうちに別に妙な人ではないらしいことが分かったらしく、私達は時々会って話をするようになった。私はローマの仕事を辞めてボローニャの生活を再スタートさせたばかりで寂しかった。知人はすべて相棒を通じて得た人達ばかりだった。私は自分の、相棒経由ではない自分の知人や友人が欲しかった。そういう時期だったのだ。さて、相棒がアメリカにひと月半程戻ってしまい、ひとり暮らしをしていたある日、ヴェローナに行く話が湧いて出た。ヴェローナ。行ってみたいと思ったことは無かったし、そんな町があることさえ知らなかったが、何しろ私はひとりで時間を持て余していたし、季節も良く、日帰り旅行にはちょうどよかった。それで私は彼女たちに同意して、時間が妙に掛かる電車に乗ってヴェローナへ向かった。冬がようやく終わって春の光が電車の窓の外に満ちていて、あ、エミリア・ロマーニャ州からロンバルディア州に入った、あ、あれがポー河、などと、いちいち小さな事に喜びながら。ヴェローナは、私は思っていた町よりもずっとエレガントで私好みだった。小路から小路へと渡りあるいた午後。ゆるやかに流れる河の向こうの小高い丘へと歩いて、街を眺めた。其処には先客が居た。ふたりの、40から50代と見受けられるイタリア人女性が街を眺めながら何やら話をしていた。私はひたすら眺めを堪能していたので気が付かなかったけれど、同行していたひとりが嬉しそうに言った。あの人の話し方は何て優雅なんだろう。それで耳を傾けてみれば、成程、ゆったりとした話し方で、ごく僅かにトスカーナ州のアクセントが窺えた。私達は暫く何も話さずに、そっと耳を傾けた。別に話の内容を知りたかったのではない。彼女の、あのゆったりとした話し方が、このエレガントなヴェローナに良く似合うと思いながら。
此のままボローニャの学校に残るかどうかを案じていた彼女が、その後、まるで当然とでも言うようにトスカーナ州に移ることを決めたのは、多分、あの日、あの丘で見掛けたあの女性の話し方が理由だろう。彼女のようなイタリア語を話したい。と、あの後何度も言っていたから。
結局私達は一時的な知人どまりだった。そういう関係は数えるほどあるから、別に落胆するほどの事でもない。あれからもう18年ほど経っているけれど、彼女は今でもイタリア語を話したり聞いたり読んだりしているのだろうか。過去のこととして思い出の小箱のに詰め込んだりせずに、何かの形で使っていることを私は願う。言葉とは、使わないと忘れてしまうものだから。それとも、案外イタリアの何処かの街で暮らしているのかもしれない。

雨が一粒も落ちてこない復活祭の連休。何年ぶりの事だろう。その点では、今年の復活祭の連休は全くうまく行ったと言って良い。私は家で春の掃除をしたけれど、マルゲリータ庭園ではピクニックを楽しんだ人達で賑わったに違いない。どちらも春らしい過ごし方。   そういうことにしておこう。




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夏時間に想う

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目を覚ましたら夏時間になっていた。それは毎年の決まり事で、数日前から心の準備も出来ていた。でも、夏時間になった日曜日の朝は新鮮だ。何か不思議な気持ち。どうしようもなく嬉しい気持ち。私にとって言葉の響きは大切だ。この夏時間が他の呼び方だったらば、こんなにも心を躍らせなかっただろう。言葉の響きという点では冬時間も同じだ。何か鼠色の分厚い雲が立ち込める冬空のような響きで、私を何時だってがっかりさせるから。兎に角そう言う訳で夏時間は私をとても喜ばせる。多分私だけでないだろう、この明るい響きにわくわくしているのは。

私と夏時間との出会いはアメリカに暮していた時のことだから、随分昔のことになる。今では3月の半ばに夏時間になるらしいが、当時は4月の第一日曜日に夏時間がやって来た。西の海岸沿いは3月になれば薄着になることができたから、まだ夏時間にならぬことがじれったくさえあった。そうして夏時間を迎えると夕方の時間が楽しくて、夕方から出掛けることが多くなった。アパートメントを出て坂道を上り、4ブロック程行ったところを左に曲がる。そうして急な坂道を降りて、なだらかな道をひたすら歩いて行けば海にぶつかった。でも、私は大抵その途中で右に曲がってしまったけれど。行先はカフェ。イタリア人街に在るカフェだった。レストランに入ることはあまりなく、カフェで堅い堅い大振りのビスコットとカップチーノを注文して、明るい夕方を感じながら長い長い手紙を書いた。小さなカフェだったから時には知らない人と相席になったりもしたけれど、私はカフェで手紙を書くのが好きだった。日本語で綴る手紙を読める人などいなかったから、何か安心で、周囲の雑音や音楽でかき乱されることもなかった。そうして空がようやく暗くなりはじめる頃、来た道を辿るようにして歩いて家に帰った。バスの月極めパスを持っていなかったからだ。カフェで使うお金は惜しまないくせに、バス代は惜しんだ。なに、私は若かったのだ。歩くことくらいなんでもなかったのだ。それに歩きながら街並みを眺めるのが好きだったし、大好きな街を自分の足で歩くことが喜びでもあったから。遅くまで明るかったから、ついつい遊び過ぎて眠りに就く時間が遅くなった。だから朝が本当に辛かった。その習慣は、あれから25年も経つ今も続いていて、あまり成長はない。外見ばかり年をとって物知り顔だが、中身はあの頃とあまり変化はないようだ。明るい空の夕方に心を騒がせて、ついつい寄り道してしまうことにしたって。そうだ、ユニオン通りのレストランの前で待ち合わせをしていたのに、デートをすっぽかさせたことがあった。携帯電話など世間一般に出回っていない頃だったから、約束に来れないとか遅れるとか、そういう連絡が取れなかったのだ。確かあれは4月のことで、夕方7時頃だったのに空が妙に明るくて、すっぽかされたことが馬鹿馬鹿しく思えたっけ。やめた、やめたと言いながら、歩き始めたところでばったり女友達に会い、ふたりで幾つもの店を覘きながら家に帰ったのを覚えている。すっぽかされたことを告白すると、女友達はそんな人は放っておけと言った。実際、そんなだったから恋はうまく行かなくて、終わった後になって彼女の言う通りだったと苦笑した。
人間は変化するものと思っているけれど、私の基本的なところは昔のままだ。25年経った今も基本的なところはそのまま残っていて、それを私は嬉しく思う。自然体の自分でいたい。夢を追いかけるのも良し。肩の力を抜いて自分らしく生活したいと思う。何処にいたってそれは可能だと思うけれど、もしボローニャでそれが不可能ならば、別の場所を探すのも良い。自分が自分でいられることは、金銭的なことや社交的なことよりも、ずっと大切なことだから。
昔のことを思い出すと、私はそんなことを考える。あの頃が自分らしかったからだろう。うん、多分そうなのだろう。

復活祭に続いて明日も祝日。明日はイタリア式に春の掃除でもしてみようか。




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日向志向

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今週末はご機嫌。いつもに増してご機嫌だ。明日は復活祭、そして翌日も復活祭の翌日も祝日で、つまり3連休と言う訳なのである。振替休日などと言う気の利いたものが存在しないイタリアだから、祝日が日曜日にぶつかると涙を呑むことになるから、どんなに転んでも復活祭は日曜日と決まっているけれど、翌日の祝日もセットなので必ず3連休になる仕組みなのだ。全く有難い話である。天気も良く、海や山へ足を延ばしている人も多いことだろう。近年の不況で、リストラ一番手の対象になるのを怖がって余計な休みをとらなくなりつつあるイタリアも、復活祭は特別らしい。金曜日から長く休みをとる人が多いようだ。私は特に出かける予定はない。例年通りのつつましい復活祭を過ごすのだ。舅の居ない復活祭は寂しいけれど、喜ばせるべき姑が居る。年をとって体も不自由で特別楽しみもない彼女にとっては、身内で祝日を共に祝って過ごすのがささやかな喜びだ。子羊のグリルはしないけれど、美味しい料理を作って祝おう。そういう話になっている。

それにしたって空が明るいので、誘われるようにして外に出た。用もないのにクリーニング屋さんのドアを開けて、復活祭のお祝いの言葉を掛ける。復活祭は明日だけれど、当日挨拶を交わせない人とは数日前からこんな風に挨拶を交わすものなのだ。次はバスの停留所の背後に在るモレーノの床屋のドアを開けて、お祝いの言葉を掛ける。我ながら妙な行動をとっていると思うけれど、こうしたお祝いの言葉を交わすこと、喜びの声を掛け合うことは悪いことではない。そうした小さな喜びが積み重なっていけばいいと思う。
バスに乗って旧市街へ行くと、他の町から来た旅行者が沢山いた。復活祭の連休にボローニャに来ようと思う人達が居ることを私は嬉しく思う。フィレンツェやヴェネツィアと言った美しい町が存在するなかで、ボローニャを選んでやって来た人々。街歩きと美味しいものを堪能してほしいと思う。
朝晩の気温は低いが、昼間はすっかり春である。人々は日の当たる場所を陣取り、光合成でもするつもりらしい。サングラスをかけて寛ぐ姿に、此処が確かにヨーロッパであることを実感する。何というのか。太陽があるときは一瞬だって逃すまいと言うように、日向を好む人々。しかし、これも時間の問題で、あと数か月すれば強い日差しから逃げるようにして日陰を選ぶようになるだろう。
手打ちパスタの店に行くと驚くほどの混雑で驚いた。此処は二本の塔のすぐ近くに出来た店。数か月前に開店したので購入してみたところ、あ、此れだ、と思った。姑が元気だった頃に作っていた手打ちパスタと限りなく近かった。安くはないが普段これといって贅沢をしているでもない。レストランへ行くでもない私たち家族だから、せめてパスタくらい飛び切り美味しいものが食べたい、ということで、以来毎週通うようになった。店の奥にはテーブル席があるらしい。混雑の原因は此れらしかった。私は今夜の夕食用のタリアテッレと、明日の昼食用のトルテッリーニと少しの焼き菓子を購入して、さて、と店を出ようとしたところで、見覚えのある顔を見つけた。この近くでスカーフの店を営む女性だった。彼女は店を営む職業柄、人の顔を覚えるのが得意らしい。先に笑顔を投げかけてきた。彼女のところでスカーフを購入したことは数回あるが、最後に店に入ったのはもう2年も前のことだ。彼女の息子がアメリカの何処だかに就職して、年に一度しか会えないことを嘆いていたのは確か最後に店に入った時のことだ。こんにちは、と声を掛けてきた彼女に、お久しぶりと言葉を返す。彼女は昼食をこの店で済ませるためにやって来たらしいが、何しろこの混み具合だ、一体何時になったら席に付けるのか分からない、と溜息をついた。土曜日だから、と相槌を打つ私に、彼女は毎日昼食時はこんななのだと言った。どうやら彼女もこの店が気に入りで、しかも店が近いこともあって頻繁に足を運んでいるらしかった。でも、美味しいのよね、と言って笑う彼女に、ようよ、順番を待つ価値は十分にあると励まして、店を出た。

夕方が明るい。それも明日の夜明け前に夏時間が始まれば、更に明るい夕方が長くなるだろう。良い季節になったものだ。これからは仕事帰りの寄り道が楽しくなる。どんなに疲れていたって、明るい夕方を楽しまない手などあるものか。




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感じ方の違い

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街を歩いていると、時々はっとするような美しい色に出会う。勿論、人それぞれ感じ方が違う訳で、人が美しいと思うものに私が関心すら寄せないことがあるように、私が美しいと思うものに共感しない人は沢山いるだろう。事実、私が足を止めて惚れ惚れしているのを不思議そうな表情で通り過ぎていく人が一体どれほどいただろうか。美しい緑色。美しい朽ちた橙色の壁。私がレンズを向けていると、何か特別なものでもあるのかとしばしば訊かれるように。好みという言葉では簡単に片付けられないもの。感じ方の違いというものを、私は良いと思っている。ひとりひとりが違う方が良い。人と同じだったらば、つまらないではないか、と。

今夜は冷える。月が白く輝いている。満月だった昨晩よりも輝いているようだ。




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