凍る冬

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飛ぶように過ぎてゆく毎日。こんな風にして、気が付いたら1月が終わってしまうのかもしれないと思いながらも、しかしまだ、月の半分が残っているのだと気が付いて、思ったほど早くないなと苦笑する。木曜日に雨が降った。予報通りといえばその通りだけれど、此れほど沢山降るとは思っていなかったので驚いた。翌日は快晴で、前日の雨で埃が一掃されて空気が澄んでいるのを感じた。そしてとんでもなく冷えた空気に身を縮めながら夕方の道を歩いた。歩きながら帰り道が明るくなったのを感じた。少し前まで墨汁を流したように黒かった夕方の空は、もはや明るい藍色になりつつあり、ほら、頑張れ、頑張れと応援しようものならば、明日にでも明るい夕方になりそうな感じさえした。冬。私達は冬のピークを通り過ぎたのだろうか。今は冬の下り坂を歩き始めていて、春へと近づいているのかもしれない。暗く寒く長い冬があるからこそ、春の喜びが大きい。私がボローニャに暮らすようになって初めて気が付いたことのひとつだ。

ここ数日の忙しさと疲れに負けてしまいそうだった。其れでも頑張れたのは、きっと周囲の人達が支えてくれたからに違いない。自分で何でもできると思ったら大間違いなのだ。そういうことに気が付いたのはここ数年のことである。こんな風にして、人は少しづつ学んでいくのだろう。兎に角、無事に金曜日を終えることが出来たのが嬉しくて、寒い寒いと呟きながらも気分転換と解放感を味わうために旧市街を歩いてみた。街を行き交う人達は皆、寒さに首を縮め、肩をいからせているくせに、とても嬉しそうだった。彼らもまた私同様、一週間の仕事を終えて街に繰り出したのだろうか。街の中心の広場の前にある大きな薬局に立ち寄り、それからその足で当てもなくぶらぶら歩く。何処も冬のサルディで店の中が賑わっていた。私達からすれば、客で混みあうこの時期はいつもの丁重な応対を期待できないけれど、価格が下がったこの機会を逃す手はない。そして売り手からすれば価格を下げることになるけれど、買い手がその気になっているこの機会を逃す手はないと言ったところだろう。店から大きな紙袋を手に提げて出てくる人々。嬉々としているところを見ると、良い買い物が出来たに違いない。
旧ボローニャ大学の辺りに来ると、最近とても残念になる。数年前まで此処には2軒小さな靴屋があった。一軒はもう何年も前に店を閉めてしまった。そしてもう一軒は昨年12月で商いを辞めた。何時も店先を覘くだけだった私だったからけれど、何十年も続いていた店が消えていくのは、やはり寂しいものである。二本の塔の少し先のポルティコの下にも一軒素晴らしい靴を置く店があった。手作りの靴の店で、其の履き心地は素晴らしいものだった。過去に一度だけ、もう何年も前に自分へのご褒美と称して購入したことがある。初めてその靴の踵や靴底を直しに出した時、、修理屋の主人に言われた。お客さん、この靴は一生ものだよ。直しながらずっと履いて貰いたいね。修理屋の主人が一生履いてほしいと言うのはおかしなものだと思ったけれど、考えてみれば靴の修理をしている彼は靴が大好きに違いなく、だからある種の靴を見ると心が動くのだろう。いつか我ながら頑張ったなあと思えるような日が来たら、もう一足購入しようと夢見ていたが、それを待たずに店は無くなってしまった。まあ、ボローニャの店が無くなっただけで、ミラノに行けば、若しくは工房に直接行けば購入できるようだけど。でも、そんな良い店がボローニャから姿を消してしまったことに私は大変拘るのだった。昔、ボローニャには沢山の靴屋があった。歌にも出てくるけれど、ボローニャの靴店の多さと言ったら、ボローニャの靴の良さと言ったら、ボローニャ人の靴の拘りと言ったら有名だった。でも、次から次へと店が姿を消して、もうあの歌の通りではなくなってしまった。私がボローニャに引っ越してきた95年頃は、ひとつの通りに何と沢山の靴屋があるのだろうと歓喜したものだ。何故なら私は小さい頃から靴が大好きだったから。そういうことを喜んで話す私に相棒の友人は共通点を見つけたらしく、言葉もろくに話せなかった私と彼女があの日から友になった。靴。靴のことを話し始めたらいくら日が暮れるまで話すことが出来るくらい好きだった。

先ほどカップチーノでもしようよ、と相棒に誘われて、近所のバールに行った。木枯らしが吹くでもなく、空は明るく上天気だったが、外の空気の何と冷たいことよ。頬をぴしゃりと叩かれたような気がした。バールに入ると常連客のひとりが居て、今夜は凍るぞ、と言った。凍る。耳にするだけでひんやりする言葉にぶるると震えた。確実に春へと向かっているとはいえ、寒さの本番はこれからなのかもしれない。


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太陽の恵み

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昨夜の強い雨。夜中中降ったらしい。そして今朝の快晴は今までに見たことのない明るさだった。1月にちては暖かく、軽装で外を歩く人が多かった日曜日。こういう気候は本当に危ない。風邪を引かないようにしなくては。

昨晩、相棒が不格好な紙袋を持ち帰った。中に何かごつごつしたものが入っているらしく、それで袋が不格好になっているらしかった。私達が暮らしていた借アパートメントに暮らしている若者から貰ったとのことだった。若者は憲兵で、私達が今の家に引っ越したのを見計らって、その空いたアパートメントに入居した。その際、相棒が色々親切にしたらしい。彼はソレント出身でボローニャ辺りに詳しくなかった。引っ越してきた時、彼は頼る人がいなかったから、彼の父親程の年齢の相棒があれこれ教えるのは親切というよりも当然のことだった。困っている人が居たら、誰だってこんな風に手を差し伸べるものなのだ。兎に角、それ以来若者は故郷に帰ると美味しいものを持ち帰っては相棒に分けるようになった。例えばリモンチェッロ、例えば地元の美味しい菓子。昨晩は捥ぎたてのマンダリンオレンジとレモンだった。若者の家族の庭になっていた果実らしかった。マンダリンを取り出して鼻を近づけてみたらいい匂いがした。我慢できず皮を剝いて、ひとつ口の中に放り込んで噛んでみたら、甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がった。太陽の恵みの味だった。
私は一度だけソレントに行ったことがある。それは14年前のことで、一週間ナポリに滞在した時のことだった。今日はナポリ、今日はプローチダ島、今日はポンペイ、そしてソレントなんて風にして。ソレント、ソレントと呼んでいるが、地元の人達の発音はちょっと違う。ソリェント、と何とも味わい深い。写真や映画で見たことのあるソレントだが、本物のソレントは遥かにのびのびしていて気持ちが良かった。向こうに光る青い海。別に昔からこの街に恋い焦がれていた訳でもないのに、ああ、私は遂にソレントに来た、と思ったのは何故だろう。
あの強い日差しを受けて育ったマンダリンが、美味しくないわけがなかった。マンダリンを堪能しながら、もう一度行ってみたくなった。今度はソレントに宿をとって。ソレントで時間を費やすために。あの光る青い海を眺めながら、ゆっくりと時間が流れるさまを眺めるのも良いだろう。

明日は月曜日。月曜日が嫌いな私は、魔法で時間を止めてしまいたくなる。其れとも月曜日を大きく跨いで火曜日に行ってしまうとか。月曜日が嫌い病。これを今年は是非とも克服したいものである。


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古いこと

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13日間の冬休みを終えてい普通の生活に戻る。それは簡単なようで簡単ではない。朝の早起きも、翌朝のことを考えて早く眠りに就くことも。猫だってそうだ。私達に合わせて早起きして、身支度して。勿論、私達が家を出てしまえば再び呑気な時間の始まりだけど。エピファニアの翌日の晩、居間の一角に飾っていたクリスマスツリーを片付けた。すっきりしたような気もするし、寂しいような気もするし。猫はクリスマスツリーを片付けないでほしいらしく、あの手この手で私の作業の邪魔をした。私が、はい、来年の12月までさようなら、と言って大きな箱を閉じると、猫はすっかりいじけてしまった。それで、ここ数日は私にちっとも寄り付かない。

今日は張り切って旧市街へ行った。2日間、職場でパソコンと睨み合いをしていたので、街を歩こうと思ったのだ。街は大賑わいだった。サント・ステファノ広場に骨董品市が立ち、そして5日から始まった冬のサルディを利用して買い物をする人たちが沢山いた。私は既に帽子をひとつ新調した。全くシンプルな帽子だけれど、私好みの折りたたんで鞄にしまえる、ずっと探していた帽子だった。数日前まで定価で売られていた物を4割安で購入したのだから、満足と言う以外なかった。この冬のサルディはこれで充分。だから今日の散策は、歩きながら観察することが目的だった。
週末と祝日に限っては、家から旧市街へと続く13番のバスは街の中心の広場を終点とする。街の中心の大通りが車の進入禁止になるからだ。歩く私としては、道の真ん中を堂々と歩くことが出来る開放感を楽しめる日であるけれど、同時にバスを利用する私は、もう少し先まで行きたいのになあ、と実に微妙な心境である。それで途中で乗り換えて、もう少し先の方まで行った。Via San Felice界隈。15年くらい前まで、其処に足繁く通った。友人が営む店があったからだ。ひとつはワインと食事を楽しむ店で、もうひとつはアンティークの店だった。でも、もっと前から私はこの界隈に馴染んでいたのかもしれない。例えばそれは知人のそのまた知人がこの辺りに住んでいたから、などと言う理由で。この一方通行の通りの左右には古いポルティコが存在していて、一様に古い。そうだ、この辺りの建物はどれも本当に古いのだ。朽ちた教会が中ほどの角っこに在る。何時から閉まっているのか知らないけれど、私がこの教会の前を初めて通った時には既に教会としての役目を果たさなくなっていて、建物の前には浮浪者じみた人がいつも酒瓶を手にしてうずくまっていた。建物は朽ちる一方だった。この建物ばかりではない。何処も煤けた感じがあった。だから初めてこの界隈に来た時は、なんて通りなのだ、と驚いた覚えがある。私はまだ、この辺りのことをよく知らなかったし、古い物の良さが分からなかったのだ。私は一般的に新しく近代的なものが良いとされる日本、そしてアメリカからやって来たばかりだったのだ。骨董品が好きでも、古い街並み、古い壁、回廊の良さを理解することは出来なかったと言う訳だ。知人たちがいつも私に言った。古さの美が分かるようにならなくてはね、と。そう言えば、アメリカに居た頃、一緒に暮らしていたイタリア人女性はよく言ったものだ。あなたにはこの美しさが分からないの? そう言う時は大抵、イタリアの古い古い街並みの写真を見ている時だった。長い歴史を潜り抜けてきた美、人が大切に守り続けてきた美。あの頃の私には全然わからなかった。何時の頃からか、私は古い美を理解し、そうした街並みを好むようになった。人間とは変わるものなのだ。私がそうした環境の中に居ることも大いに影響しているのかもしれない。それにしても元教会のこの建物は朽ちていく一方だ。その側面の壁は路上の無料ギャラリーのような存在。何時通りかかっても気の利いたポスターで私の目を楽しませてくれる。

たったの2時間で歩き疲れるとはどうしたことか。家の近くのバールに立ち寄って、小さなパニーノに齧り付いていたら、注文もしていないのにグラスに注がれた白ワインが出てきた。近所に暮らすシルヴァーノ老人からの奢りらしい。何か飲まなくては喉に詰まるだろう、とのことだった。美しいのは古い街並みや古いものばかりではない。古い人たちのちょっしとした心遣いもまた、美しくて尊いのだ。


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ご機嫌

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雨降りで始まった祝日、エピファニア。昨日から正式に始まった冬のサルディで祝日でも店を開けると予告していたボローニャの店の人達は、さぞかしがっかりしていることだろう。雨風を遮るポルティコが旧市街を巡っているとはいえ、こんなに冷たい雨が降る日は外に出掛ける気も萎えるというものだ。店主でもないのに、そんなことを考えながら朝の時間を過ごした。こんな日は、家に居るのが一番。足元が濡れるのが嫌いな私だ。そうだ、今日は一日家に居よう。そうして昼になると、見る見る間に空が晴れて、いや、向こうの方に雨雲が待機しているけれど、太陽の光が降り注いだ。こうでなくちゃ。祝日に雨が降るのは残念すぎる。別に何をするでも、何処へ行くでもないけれど。明るい空を眺めながら、のんびり過ごす祝日が好きなのだ。

昨日の午後、電話が鳴った。出てみるとボローニャ旧市街の眼鏡屋さんだった。12月の末に頼んでおいたレンズの交換が終わったそうで、何時でも引き取りに来てください、とのことだった。それで雨も止んでいることだし、降りだす前にと思って家を出た。この眼鏡屋さんとの付き合いは10年近くになるだろうか。一番初めはこわごわだった。何しろ街の中心に古くからある店で、場所柄高いに違いない、と私も、同行していた女友達も確信していたからだ。ところが私達が持っていたこの店に対する印象は、単なる先入観、偏見だったと分かった。それ以来、眼鏡を作り替える時、レンズを交換する時は、この店に行くようになったと言う訳だ。店にはベテランの男性と私くらいの年齢の女性、それから店の地下で視力検査をしてくれる男性が居たが、皆感じが良い。眼鏡なんてそうそう交換するものではないから、行くにしたってせいぜい年に一度、又は2年に一度といった感じである。それで2年振りが今回のレンズ交換だった。前回まで居たベテランの男性の代わりに溌溂とした若い女性が居た。ベテラン男性は現役を退いて気ままな生活に入ったらしい。彼が店主だと思い込んでいたものだから、何時までも店に居ると思っていたから、ほんの少し残念に思った。
さて、眼鏡を引き取り、折角だからと街を見て歩くことにした。冬のサルディが始まったことだし。ひとつ目をつけていた物があった。かっちりとしたダンディな感じの靴だった。目当ての店に行ってみたら割引をしていたが、ショーウィンドウに並ぶそれを改めて見てみると、好みと一瞬違うように見えた。こういう時は、自分の印象を大切するほうがよい。急に購入意欲を失って、店に入らずに歩きだした。
小一時間歩いて特に刺激的なものもなく、それではと賑やかな食料品市場界隈で大きなオレンジを幾つも袋に入れて貰い、それを手にぶら下げながら歩いたら、思い出した。そうだ、手帳だ。沢山の用事があるでもない。でも、ひとつふたつ書いておかないと忘れてしまうことがある。ここ何年手帳を使わなかったけれど、手帳の代わりに携帯電話を利用していたけれど、今年は是非、と昨年の秋から思っていたのだ。それで数日前に閉まっていた文具店に行ってみたら、開いていた。中に入ると、客人が一杯。この小さな店がこれほど客人でいっぱいなことは初めてだった。それにしても皆辛抱強い。トップの二人連れは結婚を知らせるカードを作成するらしく、紙質を指で確かめながら、此れが良いあれが良いと時間が掛かった。紙を選び終えたら、字体。字の大きさ。そして字の色。20分待ったが決まらず、店の人は2人を店の隅に導き、じっくり検討して貰うことにしたので、待っていた客達はやれやれと、小さなため息をついた。店に入ってから40分も経つ頃、ようやく自分の番になった。私も辛抱強くなったものだ。多分待っていた客の誰もが新しい年に必要なものを求めていたに違いなく、私もそのひとりだった。手帳。それもできるだけ薄くて軽いものを。でも小さ過ぎては困る。私の沢山の要望に店主は耳を傾けながら、これはどうか、あれはどうかと引っ張り出して見せてくれた。私の後にはまっている客は無い。いや、例の二人連れが居るけれど、まだまだ時間が掛かりそうな気配だった。だからいくらでも時間を費やすことが許されていた。薄くて軽いものが出てきたけれど、ビニール製のカバーがしっくりこない。でも、革製は重いものねえ、と誰に言うでもなく呟くと、店主は人差し指を立てた。それは、ちょうどいい物がありますよ、とか、ちょっと待ってくださいね、といった風だった。そうして出てきたのが革製カバーの手帳だった。カバーは店特製。特性と言ったって、店の名前が目立たなくて探さなければ分らぬ程度には押印されているだけだ。でも、柔らかくて軽かった。中の手帳は毎年3ユーロほどで新しいものに取り換えられるようになっていた。もう2色しかありません、と店主は言った。訊けば、愛用者は案外多くて、毎年11月に入ると新しいものが出来上がり、あれよあれよという間に売れていくらしい。だからもう2色しかないと言う訳だ。私はそのうちの濃い色の方を選んだ。見開きの2ページにひと月分が書きこめるようになっていて、書くことが少ない私には充分だった。用事の多い人達が見たら、こんな手帳というだろう。でも、私はやっと自分らしい手帳を手に入れてご機嫌だった。店には店主夫婦の息子もいて、大きな力となって働いていた。夫婦は既に65歳を超えているに違いないが、こんな風に息子と一緒にこの店を続けていくのだろう。そうして外に出たら、すっかり空が暗くなっていた。

15時から始まったサッカー戦、ミラン対ボローニャは0対1でボローニャが勝った。新年早々、凄い奇跡だと言おうものなら、バールに集まる男たちに文句のひとつも言われそうなものだが、本日に限っては誰もがそう思っているらしく、皆一様にご機嫌。バールでは今、祝いの酒盛りで大騒ぎだ。私の冬休みは今日で終わり。いい具合に終わろうとしている。


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ひとりごと

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朝方雨が降ったらしい。地面が黒く光っていて、窓を開けると湿った冷たい空気が家の中に流れ込んだ。遂に雨が降ったか。そんな気分だった。葉がすっかり落ちた樹の枝は、ごつごつと黒く伸びていて、此れでは寒さが身に沁みるだろうと、少し不憫に思った。雨は止んでいたが、また何時降りだしてもおかしくない。そんな空の色だった。明日はエピファニア。それが過ぎたら通常の生活に戻るが、心の準備は出来ていない。この楽しい毎日、緩い毎日、気ままな毎日に別れを告げるのはあまりに辛いというものだ。


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