ありがとう、ありがとう。

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一年最後の日。いつもより早起きした。早起きと言っても、大して早い訳ではない。冬休みに入ってからというもの、我ながら自堕落と思う程のんびり起床しているから、今朝は人並みの時間に起きたと言ったほうが正しいだろう。しかし其れでも相棒に、今日は早いなと言われたので、気分は早起きだった。数日前に箱買いしたシチリア産のオレンジを絞るのが最近の朝の習慣。テラスで保管しているものだから、冷たいこと冷たいこと。オレンジはうっかりすると腐ってしまうし、かと言って頻繁に店に買いに行くのも面倒だし、冷蔵庫には入れたくないい。それで冬場は天然の冷蔵庫と称してテラスのテーブルの上に置いているのだ。朝晩は零度、最高気温とて10度に達さないのだから、果物や野菜を保管するのに丁度よいと言う訳だ。ゆっくり朝食を楽しみ、、ひと通り家のことをして外に出た。

今朝はとても寒かった。今までとは少し違う。多分低気圧が近づいているのだろう。ひょっとしたら冷たい雨が降るのかもしれなかった。バスに乗って旧市街へ行った。タバコ屋さんでバスのマンスリーパスを購入したり、薬屋さんに立ち寄ったり、途中でいつものバールでカッフェをするのも忘れずに、そして其の足でフランス屋へ行った。今日はワインを頂く予定は無い。お礼と挨拶をしたかったのだ。今年はフランス屋に世話になった。美味しいチーズやワインがあるとこっそり耳打ちして貰ったり、パリに行くときには面白い情報を分けて貰ったり、そして年末にきて気前よくご馳走して貰ったり。その分私も此処で買い物をしたりワインを頂いたりしている訳だけど、それにしたって感謝なのだ。ありがとう。ありがとう。店主と挨拶を交わして店を出た。次は本屋さん。二本の塔の下にある本屋。此処に来るのは久しぶりだった。このところ旧ボローニャ大学の並びの本屋にばかり足を運んでいたからだ。理由はない。多分そんな気分だっただけだ。探していたのは子供用の本。1月1日生まれの友人の小さな男の子への贈り物。友人が眠る前に読んで聞かせたらよいのではと思って、ねずみが月を食べると言った題名の絵本を選んだ。店の女性に訊いたら、きっと子供が喜ぶわよ、と言っていた。私は子供の頃、母に本を読んで貰った思い出がある。ごく小さな時から、母が眠らない私の枕もとで本を毎晩読んでくれた。泥んこハリー。しろいうさぎ、くろいうさぎ。この二冊は私の気に入りで、何度も何度も読んで貰ったが、それでも飽きずにまた読んで貰った。そうした習慣は今も続いていて、好きな本は何度でも読む。私の本棚にはそんな気に入りの本が何冊もあって、30回以上読んでいるだろうか。他のを読んではこれを読みたくなり、そしてまた他のを読んではこれを読む。その都度、感じることが微妙に違って、だからまた読みたくなるのだろう。兎に角そうした子供時代の思い出があるので、私は子供に本を贈りたいと思ったわけだ。

最後の日は忙しくなると思ったが、思いのほかのんびりとなった。さあ、これから今年最後の夕食。食事の開始は22時の予定だ。そうして新年を迎えたら、ほっと胸をなでおろして優しい眠りに就く。良い一年だったと思う。ありがとう、ありがとう。それもこれも私を取り囲む人々のおかげ。そんな私は幸せ者だ。


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大切な気持ち

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日に日に気温が下がっていく。今朝の気温は零度。とても冬のボローニャらしくて、遂に本当の冬がやって来たと頷く。寒いのは嫌い。でも冬に寒くならないと困ることもある。8年ほど前だっただろうか、ボローニャに大雪が降った時、隣の会社の年長さんがこれでいいのよ、と私に言った。彼女はボローニャ郊外の標高の高い場所に暮らしているので、雪が降ると通勤が大変な筈。私がそう指摘すると、確かに確かにと彼女は同意したけれど、でもね、と人差し指を立てて、雪が降らなくては困ることもある、と言った。夏場に私達を困らせる蚊。冬になっても雪が降らないと死なないそうだ。だからね、と彼女は得意げな顔で、確かに街は交通渋滞になるけれど、バスは待てども来ないけど、雪が降ることも必要なの、と私に言った。成程。面白いことを教えて貰った。彼女はとても難しい人で、それに仕事においては厳しい人だったから周囲の多くが毛嫌いしていた。でも、私はそれほど嫌いではなかった。人に厳しい分、彼女は自身にも厳しかったし、非情なことなど言わなかったし、顔を合わせば機嫌よく挨拶を返してくれたし、それにこんな風に知らないことを何かにつけて教えてくれた。勿論、其れも聞く耳を持つ人にしかしなかったことだろう。誰だって、煩いなあとか、そんなこと知っているさ、と反応する人に話はしたくないものだから。あれ以来、雪が降る度に彼女を思い出す。数年前に年金生活に入って声を聴くこともなくなった彼女だけれど、雪が降る度に私の心に思い浮かぶ長い髪の彼女と私は、これからもずっと繋がっている。さて、この冬ボローニャに雪は降るだろうか。

明日で今年が終わる。気ままな毎日だし、ちょっと整理でもしてみようかと箪笥を開いた。少々雑然としていたので片付けていたら、何年も袖を通していない衣類を見つけた。母からの譲り受けたものだった。もう35年以上経っているシルクの上下。今でも覚えている。あの日、母は私を連れて新宿の伊勢丹に行ったのだ。昔からは母そんな風に私を連れて歩くのが好きだった。母は毛糸を探しに行ったのだ。母はこんなものを作りたいからと素材を探すことは無く、気に入った毛糸や生地を見つけることが先だった。そういう物に出会ってから、デザインを決める人だったのだ。それで毛糸を見に行ってイタリア製の不思議な色の毛糸を見つけて、母は大変機嫌がよかった。高価だったが折角手編みするのだからと言って、値段はどうでもよいらしかった。気に入ったものに出会う。いつだって、それが母にとっては重要らしかった。その後どんなセーターにしようかと婦人服売り場を見て歩いていたところ、このシルクの上下を見つけたのだ。母は酷く感心していた。其処に感じの良い店員が来て、日本に入ってきたばかりのブランドであることや、あんなこと、こんなことを説明してくれると、母は試着したくなってきたのだろう。そうして試着してみたら、とても似合っていた。母曰く、着心地がよく、光沢が素晴らしいとのことだった。毛糸を購入した後のことで母は珍しく悩んだようだが、こういう物は一着あると便利するとか何とか言って、気前よく購入することにした。その後、シルクの上下はきちんとした装いの場にしばしば登場した。母が相当気に入っていることがよく分かった。それが今私の箪笥の中にあるのは、アメリカに行く時に母が持たせてくれたからだ。きちんとした服が無いでしょう? と。少々流行遅れだったし、私がきちんとした場所に出ることがあるとは思えなかったけれど、母の気持ちを受け取って私と一緒にアメリカに行き、そしてイタリアにも連れてきた。母が大そう気に入っていた物だったから、私にとっては大切なものだ。シンプルな形の上着だ。肩ががっちりしていていかにもあの時代という感じがした。当時はそうした流行があったからだ。着てみたらしっくりこない。しかしこれもまた、ほんの少し直したら、母が言う、きちんと時に使える上着となるに違いなかった。あの店に持っていくことにしよう。あの店の主人ならば、上手に直してくれるだろうから。肩をもう少しすっきりさせたら、いい感じになるに違いないから。私は、物というよりは、母の気持ちを大切にしたいのだ。

先日、思いがけず私の手元に届いた美味しい焼き菓子、バター、そしてチーズ。どれも、本当に思いがけず私の手元に届いたものだ。美味しいばかりではない。喜ばそうとしてくれた人達の、その気持ちが嬉しい。ありがとう。そんな人達が存在する。悪くない。一年の終わりに来て、小さな事の数々が私をじんとさせる。


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話をしよう

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眩しいほど空が明るい一日。こんな快晴は滅多にないと窓を大きく開け放ったら、驚くほどの冷え込みだった。外の気温はたったの2度。午前も既に11時を過ぎていると言うのに。天気が良くて寒いのと、鼠色の分厚い雲が空を覆っていて暖かいのと、どちらかを選べと言われたら、私は前者を選びたい。首に襟巻をぐるぐる巻きつけて、帽子を被り、手袋をして温かいオーバーコートに身を包めば、寒さはしのげるというものだ。しかし空だけはどうしようもない。やはり空は晴れているに限る。それも季節が夏ならば、話しは少々違ってくる。夏の、嵐の前の、黒い雲が風に乗ってぐんぐん空を走っていくあの様子は、なにやら胸騒ぎがして案外好きだ。でも、あれは夏だからよいのだ。火照った肌を冷ますような涼しい風が吹くことも含めて。

私の冬休みは13日間。どこかに旅行しようと思えばできたけれど、家に居ることに決めたのには大した理由はない。周囲を見回せば、遠くに足を延ばす人が沢山いて多少なりとも刺激を感じるが、こんな風にゆるい毎日も良いものだ。
数日前、旧市街の小さな下着屋さんに行った。旧市街のバスの停留所のすぐ近くで、置いているものも良いうえに大変便利な場所にある。そして店に感じの良い娘さんが居るとあって、此処で買い物をするようになって何年も経つ。近所にあったもう一つの店は昨年の不景気で畳んでしまい、こちらの店ひとつになった。あちらの店に居た母親とこちらの店の娘さんが交代で働くようになったので、多分娘さんは喜んでいるに違いなかった。今年は何度か店に行ったが、いつも娘さんは居なかった。恋でもして忙しいのかもしれない。私は勝手にそんなことを考えていた。さて、数日前店に行くと久しぶりに娘さんが店番をしていた。彼女は私の顔を見ると、まあ、シニョーラ! と嬉しそうな声を上げた。彼女はいつもそんな具合だ。とても感じが良いのだ。私が彼女と知り合ったのは5年くらい前だっただろうか。いや、もう少し前だったかもしれない。とても線の細い色白の彼女は、とても控えめで恥ずかしがり屋さんで、こんな女の子がひとりで商売できるのかしらと他人ながら心配したものだ。幾度か店に行くようになると割引をしてくれるようになったのだけど、割引率が大きくて、ちょっとちょっと、それはちょっと割り引き過ぎよ、と客の私が心配するほどだった。後で彼女が母親に叱られては大変と。彼女が少しづつ大人の女性に変身していく過程を見るのは楽しかった。他人の私がそう感じるのだから彼女の母親はさぞかし嬉しかっただろう。そうして久しぶりに会った彼女は、驚くほど変化していた。何があったのだろう。誰の影響だろう。ちょっとヒッピー風になって、身に着けるものもまた今までとは随分違っていて私を大変驚かせてくれた。それから話し方。決して失礼な感じはないが、あの恥ずかしそうな彼女は無く、自信をもってばんばん話す。その変身ぶりに目を丸くしているうちに、昔の私とあい重なることに気が付いた。
私は無口な子供だった。無口と言うか、自分から話すような子供ではなかった。黙って絵を描いたり、文章を書くのが好きで、それは20歳を過ぎたころまで続いた。アメリカに暮らし始めた頃もそうだった。言葉の壁もあったから、黙っていることが特に多い時期だっただろう。数か月経って、そうだ、話しをしよう、と決めた日から私は大きく変わったと思う。周囲の友人知人が驚くほどの変化で、私自身は何か気が晴れたと言うか、解き放たれたような感じで気分爽快だった。気分爽快。そうだ、実にぴったりくる言葉だ。私はあの時から人と話をする楽しさを知ったのだ。数年後、アメリカを去り、ボローニャに来ると再び言葉の壁があった。壁はもうひとつあって文化、習慣、様式の壁だった。周囲にじろじろ見られる居心地の悪さ。東洋人があまりに少なかったから仕方がなかった。片言でも話をしようと試みるが、周囲の話す速さと言葉の量に負けて、私の口から出た言葉はいつも宙に浮かんでいるうちに蒸発して消えた。困ったなあ、と思っていたところに、舅の嫌な言葉の雨が降った。君は自分の意見が無い馬鹿者なのか。言葉は出ないが理解はできるから、全く悔しくも悲しい思いをした。周囲は舅の暴言を非難し、私を慰めたが、私の心のスイッチはこのひと言で入ったのだ。そのうち私は自分の努力が実って、周囲と対等のリズムで話が出来るようになった。それは言葉の数が増えたと言うよりは、自分の中にあった壁を乗り越えたと言ったほうが正しい。此処でこの街の人達と対等にやっていく自信が芽生えたと言うべきだろう。晩年の舅は、よく言ったものだ。誰が想像しただろうか、こんなに弁のたつ奴は、今まで会ったことが無いぞ。その度、私はにやりと笑い、相棒は声を殺して笑った。嫌な言葉だったけど、あれが無かったら今でも私は壁を乗り越えなかっただろう。取り敢えず舅に感謝しておこうか。
さて、彼女にどんなことがあったのか知らないが、ヒッピー風装いの彼女は自信に満ちていた。屈託のない表情でコロコロとよく笑い、会わなかった間にどんな楽しいことがあったかを次から次へと話してくれた。私が欲しかったものは残念ながら入荷待ちで、入荷したら電話をしてくれることになった。客が店に入って来たので、入れ替わりに外に出た。腕時計を見たら40分も経っていた。凄いなあ、彼女。随分お喋りになったものだ。彼女の母親は困ったものだと思っているだろうか。私は、こんな感じの彼女が好きだけど。うん、今の彼女はとてもいい。

ゆるい冬休みのある日、縁があって人と知り合った。初めての人と言葉を交わすのはどきどきするものだけど、私はそれを喜びとする。こんな風にして人と繋がっていくのだ。新しい人との接触は、私の刺激。はっと目を覚ましてくれることもある、生活のエッセンスと言ってもいい。気が合うかどうかは後から考えればいい。細く長く付き合うのも良いと思う。自分に囲いを作らないこと。自由で柔らかでいること。此れが私の目標なのだ。


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自分らしさの原点

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クリスマスの昼食の為に時間をかけて準備したカッポーネのブロードは上出来だったし、苦労して手に入れたトルテッリーニも姑の厳しい審査に合格して、良いクリスマスの昼食会となった。姑はトルテッリーニを店で買うなんて考えたこともなかった人。元気だった頃は日曜日の昼食の為に、毎土曜日パスタを家で打っていたからだ。それも彼女が病で倒れてからは、こんな風にして店で買うのが普通になった。一度は舅が、一度は私が腕を振るってみたけれど、かなりの体力を消耗するので直ぐに降参してしまった。しかし店で買う手打ちパスタに姑が、うん、と頷くことはあまりなく、私達は途方に暮れていたのだ。それが偶然辿り着いた、あの店のトルテッリーニは合格らしい。やっと合格だ、と私と相棒は安堵の溜息をついた。良かった。本当に良かった。

クリスマスを迎える都度、思い出すのがアメリカに居た頃の事。初めてのクリスマスは何の予定もなく、誰と過ごすでもなかった。同居人も出掛けてしまって独りだった。寂しいなあ、と思って10時頃にダウンタウンを歩いてみたが、人ひとり歩くでもなく、行き交う車もなく、店もきっちり閉まっていてゴーストタウンのようだった。何だ、独りぼっちなのは私だけなのか。そう思ったら、惨めな気分になった。家族が居るでもない、恋人もいなければ、この街に暮らし始めて4か月しか経っていなかった私には、友達と呼べるような人は数人しかいなかった。友達…いや、単なる知人に毛が生えた程度だったかもしれない。あの日、私はひとりダウンタウンを歩いてから、家で誰の為と言うでもなく菓子を焼いて、それから友人から電話が掛かって来たのをよいことに、海の方まで歩かないかと誘って、坂道を上り、そしてひたすら坂を下って埠頭に行った。それは歩き慣れた道だったが、人がいないこと、車が通らないことから初めての道のように思えた。埠頭は旅行者が集まる場所とあって店が幾つも開いていた。私達はひとつひとつ丁寧に見て回って、短時間映画まで見て、コーヒーショップで熱いコーヒーを飲んだ。そうしてまた、歩いて私のアパートメントに戻ってきた。同居人が帰ってきていたので、友人と同居人に焼き菓子を勧めた。私が一緒に菓子を食べなかったのは、急に扁桃腺が腫れて高熱が出たからだ。いやなに、そういうことはよくあることで、実を言えばその前の日にも熱を出していたのだ。なのに朝から外をぶらぶらして、昼から埠頭を歩き回って、当然と言えば当然のことだった。それも24年前のことになる。24年も経つのに未だに忘れることが無いのは、それだけ私の心に刻み込まれたことなのだろう。あの頃の私のように、世界の何処かで独りぼっちのクリスマスを過ごしている人が入るのだろうか。寂しいなあと思って街を彷徨っているだろうか。しかし、私にとってこの思い出は、今となっては寂しいものではない。あれはあれで、良いことだったのだ。私はあんな風にして自分の足で立って前に進むことを学んだのだろう。辛いことがあっても悲しいことがあっても、それでも私は此処に居ようと思った街。あれが、私が分からない事ばかりの街で手探りで生活を始めた年。自分らしさの原点。

今日の昼食会は豪華版だったため、相棒も私も、夜になってもお腹が空かない。しかし何かお腹に入れたほうが良いだろうと思って、シチリア産の大きなオレンジを絞った。大きなグラスに一杯づつ。太陽の恵みをたっぷり受けたオレンジは、濃厚で甘くて、酸味が鼻につーんときて、独りぼっちのクリスマスの思い出と似ていた。


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喜びと感謝

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昨日までの濃霧が消えた。でも、すっきり晴れるでもなく、冬の重たい雲が空を覆う。例年に比べれば温暖な冬だけど、空の色を見る限り、確かに12月の終わりであることを感じた。温暖であるとは言ったけど、今日の空気は肌に痛かった。何か氷が突き刺すような。ああ、冬なのだと納得するような空気に満ちた1日。今日まで仕事をした。と言っても昼迄で、午後早々冬休みに入った。これを嬉しいと言わなくて何と表現しようか。私はこの瞬間を待っていたのだ。しなくてはいけないことが壁一面に備え付けられた小さな引き出しの群れに収められたような毎日から解放されることを。だから、このところの忙しさで頭も体も疲れていたけれど、外に駆け出して歓喜を上げたいほど嬉しかった。

昨夕、仕事の帰りに旧市街で探し物をした。探し物はトルテッリーニ。少し前に予約を入れておけばよかったのに、うっかり忘れてしまったのだ。私が知る限りボローニャの手打ちパスタを売る店は何日も前から予約で一杯になる。予約が沢山入っているものだから、クリスマスの2,3日前からトルテッリーニは店先に並ばなくなる。クリスマスにはトルテッリーニ in ブロード。と言うのがイタリアのトラディショナルで、ブロードもこの日ばかりはカッポーネと呼ばれる去勢雄鶏と野菜をコトコト煮たもの、と拘る。このカッポーネのブロードはとても美味しくてご馳走なので、トルテッリーニにも拘りたい。と言う訳で、普段は手打ちのパスタを購入しない家も、この時ばかりはと奮発するのだ。思いつく限りの美味しいパスタを売る店に足を運んでみたが、何処でも首を横に振られた。あーあ、失敗したなあ、と深く後悔した頃、思い出した。あそこはどうだろうか。店は大通りから小路に入ったところにあった。大抵の人が通り過ぎてしまうほど、地味な店構えである。店と言うよりも工房と言ったふうで、入って直ぐにあるガラスケースに並ぶ数種類の手打ちパスタ以外は殆ど商品なるものがない。奥ではベテラン風のシニョーラがパスタを捏ねていて、手打ちパスタ一本勝負といった印象だ。早足で店に向かい、中に入ると作業に忙しいらしく誰も出て来てくれなかった。すみませーん、と声を掛けると奥から若い女性が出てきた。彼女も作業をしていたらしく、腕に粉がついていた。トルテッリーニが欲しいのだけどと切り出すと、どれくらい欲しいのかと訊かれた。それで500g欲しいと答えると、彼女はうーんと一瞬考えて、それくらいならばと言いながら紙製の四角いトレイにトルテッリーニをのせてくれた。どうやら予約客向けの分から500g売ってくれるらしい。私に売ってしまった分は後から追加で作るのだろう。私はこの店で手打ちパスタを購入したことは無い。散策の途中で時々前を通るくらいで。地味な印象の店だから、私の記憶に残らず、今まで購入することが無かったと言う訳だ。しかし店の中に入ってみると、とてもいい感じ。店の人もいい感じだけれど、並とんでいる手打ちパスタは姑が打ったものによく似ていて、とても美味しそうだった。やっとトルテッリーニを手に入れて喜ぶ私に、彼女はクリスマスのお祝いの言葉を言って再び中に消えていった。これからまたパスタを打つのだろう。私に売ってしまった分の穴埋めもしなくてはいけないし。ありがとう、ありがとう。あなたに恵み溢れるクリスマスがありますように。
その足でフランス屋へ行った。店は混んでいて、店主は忙しそうだった。少し前にトリュフ入りブリーチーズが入荷した知らせを貰ったので、大きな一切れを購入しようと思ったのだ。ところが入荷してすぐに売り切れてしまったそうだ。ええー、楽しみにしていたのになあ。と残念がると、店主も自分用に一切れ確保しようと思っていたのにあっという間に売れてしまって残念だったと言って笑った。訊けば1月にまた入荷するらしい。仕方がない、待つことにしよう。店主の勧めで赤ワインをグラスに一杯頂いた。深くまろやかな赤。フランスの赤。この店との付き合いも数年になる。月日は確実に過ぎていくということだ。

クリスマスの喜びと感謝を多くの人と分かち合いたい。私にとってクリスマスとは、そんな意味を含む日なのだ。

すべての人に平和と柔和と恵みがありますように。
Buon Natale.


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