食料品市場界隈

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食料品市場界隈は大変な混み合い方だ。青果店や食材店に加えてワインを飲ませる店が狭い道にテーブルや椅子を並べているから、尚更だ。最近は魚屋に対抗して肉屋まで店内でワインと一緒に軽食を頂けるようにした。どんどん膨らむワインのビジネス。嬉しいような気もするし、そうでないような気もするし。私はやっぱりいつも行くの幾つかの店に、週に一度くらいの割合で立ち寄るので丁度いい。上等のワインをグラスに一杯だけ。それが私が決めたルールなのだ。


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フランス市場の頃

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素晴らしい快晴。昨朝冷たい空気の中に突っ立っていたのが良くなかったらしく、生憎、体調は今ひとつだ。冷え。冷えって簡単に言うけれど、体をいったん冷やすと連鎖的に様々な不調は出現する。失敗したなあ。と思いながら、今朝は遅くまでベッドの中でぐずぐずした。そんなことが許される環境を幸運に思う。相棒の家族と一緒に暮らしていたらば、そうはいかないに違いないから。

旧市街のクリスマス・フランス市場が始まったのは何時頃だっただろうか。当時は駅の近くの小さな広場で開いていたが、あそこでは場所が足らないと思ったのか、それとも街の中心が良いと思ったのか、中央郵便局前の広場に開くようになった。そもそもヨーロッパでは、駅前とは列車を利用する人、若しくは駅前のバスターミナルを利用する人くらいしか行かない場所である。誰もかれもがり足を向ける場所ではないし、賑わいの中心でもない。フィレンツェに仕事を持っていた頃は、それはもう毎日足繁く駅に通ったけれど、それを止めてボローニャに仕事を持つようになれば一年に数回行けばよいくらいの場所になってしまった。それに駅周辺と言うのはあまり治安の良い場所ではなく、少なくとも人の少ない夜遅くや早朝にはなるべく行きたくない、そんな場所なのである。フランス市場もそんなことが絡んでいるのかもしれない。もっと多くの人に足を運んでもらうには、街の中心に開かなくては、と。ところで、毎年この市場を楽しみにしていると言う割には、私は其処で何を購入したこともない。シャンパンの立ち飲みもしなければ、生牡蠣の立ち食いもしない。山のようなビスケットを購入することも無ければ、バゲットを買うでもなかった。ただ、覗いてみるだけ。どうやら私は見るのが好きなだけで、買い物をする気はさらさらないようだ。もし、フランスの美味しいバターやチーズがあるならば、と思うけど。
長年遠くから眺めているだけだったパリにこの秋足を運んでみたら、パリがとても身近な存在になった。思い立ったらすぐにでも行ける距離と言うのが良い。ただ、今は少し待たねばならないだろう。自分自身は良いとしても、家族を心配させるのはよくないだろう、と言うのが理由である。パリは逃げないから。と最近知人に言われたけれど、全くその通りだと思った。春まで待ってみようと思う。春のすずらんの頃まで待ってみよう、と。

昨年の今日、猫が家にやって来た。人間を怖がって、食べ物を入れた小皿を部屋の隅っこに置いたけれど、寄り付きさえしなかった。そして次の日も。心を開いたのは3日目の早朝。にゃっと小さな声が聞こえた。ソファの下に居るらしかった。そのうち猫は幾度も鳴いて、どうやら何かに挟まって出られないで困っていることが分かった。まだ眠っている相棒を起こして、重いソファをふたりで持ち上げると猫はあっという間にいつもの家具の下に入り込んで再び姿を隠してしまった。でも。その少し後、猫は決心したかのように姿を見せた。置いてあったクッションの上に丸くなって、もしかしたら良い人間なのかもしれないと言った感じで、私達を観察していた。あの日。あの小さな猫は数倍の大きさになり、私達が愛情を注いだ分だけ私達を好いてくれるようになった。それにしたって一年。一年はあっという間なのだ。


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小さな喜び

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11月最後の週末。このところ気温が低くて、帽子なしではどうしようもない。今朝の冷え込みも大変なもので週末と言うのに早起きして外に出たら、まだたったの3度しかなかった。今週末、旧市街では沢山の催し物があるようだ。エンツォ王の館では腕の良い料理人やエノテカが集まって、何やら美味しい集いをしているようだし、中央郵便局の前の広場では昨日から12月20日頃までフランスのクリスマス市場が立っているし、市庁舎の前では養蜂業者なのか何なのか、蜂蜜を並べて販売しているし、兎に角何処も彼処もわくわくしているように見える。アメリカでは感謝祭のロングウィークエンドだけれど、ヨーロッパにはその楽しみは存在しない。ヨーロッパの文化ではないと言えばそうだけど、農作物の収穫を喜び湛え、それに感謝する祝日があっても良いのにとこの時期になると必ず思う。何でも当たり前になってしまうのは残念だ。一年に一度くらいは思いだすと良いと思う。

朝のうちに用事が終わり、昼前に旧市街に到着した。人があまりにも多いので驚いた。これは例の催し物のせいかもしれないし、それから多くの店がBLACK FRIDAYと名乗って、金曜日からの週末の間は割引をしているので、ショッピングに駆けつけた人も居るのかもしれなかった。割引率は2割から4割。このところの不景気を乗り越えるための手段に違いないが、消費者としては有難いというものだ。もっとも私は興味が無くて、そんな人たちを眺めて楽しむだけ。私が旧市街に来たのには理由があった。手打ちパスタを購入したかったのである。目当ての店に行ったら酷く店内が混んでいて、中に入ることもできなかった。此処は少々値段の張る食材店。良いものを置いているために少しくらい高くても断然人気があった。でも、私は順番を待つには疲れていて、その場を去ることにした。何しろボローニャには手打ちパスタを売る店が他にも何軒もあるのだから。次に行ったのは大きな食料品市場の裏手に在る、小さな手打ちパスタ専門店。中には数人の女性客が居たが、直ぐに客がはけそうだった。そうして自分の番がやって来ると、店の人が申し訳なさそうに、今日は予約注文に追われていて販売できるパスタが無いと言った。無いの? そう、全然ないの。それで仕方がないので次の店へ行った。7つの教会群の前の広場に面した小さな手打ちパスタの店。きっとここならばあるに違いない、しかし無くなってしまっては大変、と早歩きで向かう。タリアテッレください。と言う私に店の人が奥からトレイに並べたタリアテッレを持ってきてくれた。此れだけしかないんだけど、と申し訳なさそうにして。それであるだけ全部購入した。店の人はそれを3人分と言うけれど、うちではこれは僅か2人分だと思いながら。やっと手に入れた。今夜の夕食用のタリアテッレ。
昔、姑がまだ元気だった頃、つまり17年前まで、彼女は毎週末はパスタを打った。小柄な彼女の何処にそんな力があるのかと驚くほど、1キロの小麦粉と10個の生みたての卵を捏ねて捏ねて、そして木製の長い棒で驚くほど薄く引き伸ばした。その様子は職人芸で、しかし彼女は昔のボローニャの女は、誰もがこうして家族のパスタを作ったのよと、職人芸でも何でもないと言った感じで笑っていた。それにしても彼女が作ったタリアテッレとトルテッリーニは近所でも評判で、作ってほしいと頼まれることがしばしばあった。私達はそんな風にして、毎週日曜日になると美味しいパスタをごく当たり前のように頂いていた。彼女が病気になって動けなくなると、私達は急に手打ちパスタから遠のいてしまった。理由は何だっただろう。高いからかもしれないし、元気だった彼女が手打ちパスタと深く結びついていたから、少し距離を置きたかったのかもしれなかった。あんなに美味しいのに。私はいつも心の隅で思っていたけれど。そんな私が急に手打ちパスタを求めるようになった。病気になったら美味しいものも美味しく頂けなくなるから、と言って。そういう私を相棒は、君は贅沢だなと言っていたけれど、そのうち彼も気が変わったらしく君の意見に賛成だな、と言って私が外から調達してくる手打ちパスタを心待ちにするようになった。数週間前、手打ちのタリオリーニにトリュフのバターを絡めただけのシンプルな一皿を頂いたところ、とても美味しかった。素材がいいから、の一言に尽きる。レストランに行くのも良いけれど、私はこんな風にして家で肩の力を抜いて美味しいものを頂くのが好きだ。自分で選んできた素材で、自分が手を加えた一皿に、長いこと地下の倉庫で眠っていたワインの栓を抜く喜び。全く小さな喜びだけど、こんな小さな事も嬉しいと思えるのは案外良いことだと思うのだ。

最近直ぐに土曜日になる。この調子でいけばクリスマスはあっという間にやって来ることだろう。クリスマスツリーはどうしたものか。飾れば猫がよじ登って大変なことになるだろう。歓喜すること間違えなしだけど。12月8日まで、じっくり考えてみようと思う。


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パリの夢を見た

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夢に出てきたパリ。自転車の男。5匹の犬。躾が良くされているらしく、ひと言も声を上げることなくパッサージュの中を抜けていった。


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雨のこと、猫のこと。

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今週は雨降りの日が多いらしい。11月だから仕方ないか、と諦めてしまう方が得策と知っているけれど、やはり地面が黒く光っているのは好きじゃない。それから急に気温が下がった。夕方の帰り道はたったの5度。はっーと息を吐いてみたら、白い煙のようになって暗い空に消えていった。誰かが冬と言うならば、納得してしまいそうなほど寒い。でも、11月のうちから冬とは思いたくない。私の小さな抵抗なのだ。

一年前の今頃、家の階の住人に教えて貰ってボローニャ郊外に車を走らせた。猫を貰いたいと思って。其処はうちから数えれば30キロも離れたところにあって、滅多なことでは行かないような町にあった。数日前に子猫が保護されたそうだから行ってごらんと言われたからだ。大いに道に迷って其処に辿り着いた時は、もう夕方の4時を過ぎていて薄暗かった。民間のボランティアが営む猫保護の家。敷地の片隅にある木造の小屋には5匹の子猫が居て、そのうちの3匹は元気に跳ね回っていた。ボランティアの人はこのうちの一匹を薦めているようだった。残りの2匹はと言えば数日前に近くのガソリンスタンドに置き去りにされているのを保護されたばかりらしく、人間なんて信じられない、と言わんばかりに私と相棒の姿を見ると後ろの壁に体をぴたりとつけて暗がりから小さな瞳を光らせながら、シャーと声を発した。いや、人間が怖いのかもしれなかった。その、シャーと声を発していた小さな、びくびくしていた濃い色の痩せた猫、それが後にうちに来た猫だ。あの猫がいい。私が指さしたのは、シャーと言った猫の隣に居た薄い色の小さな猫だった。ボランティアの人も、此処に毎日来る獣医も、一瞬、えっ?と目を丸くして驚いた。何故なら全然人になつく様子もなく、一度だって背中を撫でさせない程警戒している猫だったからだ。どうして? と訊かれたが説明の使用は無かった。一週間後に来てください。其れでも気が変わらなかったらば、そして猫が人間の腕に抱かれるまでになったらば、この猫を譲りましょう。私と相棒はそう言われて、一週間待っている間に他の人にもらわれてしまうのではないかと心配しながら家に帰って来たものだ。あの猫で本当にいいのかい。相棒は何度私に訊ねただろう。その度に、うん、あの猫がいいの、と答えて、相棒は、ふーん、と宙を眺めながら何かを考えていた。そうして一週間後に貰った猫は、あの薄い色の猫ではなくて、隣に居た、いやに警戒心の強いシャーと声を発していた小さな、びくびくしていた痩せた猫だった。濃い色の小さな痩せ猫。私が欲しいのはこの猫ではなかったけれど、私はこれを私達の偶然の出会い、幸運の出会いと思って家に連れて帰ってきた。この猫と私は気が合うに違いない、例えば似た者同士みたいな。第一印象は時として外れることもあるけれど、とても大切なことでもある。この第一印象は、実際大当たりで、私達は大変気まぐれで、熱しやすく冷めやすく、時にはひとりが好きで、窓の外を眺めるのが好きで、雨が嫌いで、樹の葉や、木の枝に止まる鳥を観察するのが好きで、嬉しい時には一緒に喜び、悲しい時には黙って寄り添って、結局いつも隣に居る。間違えてきた猫。でも、来るべくしてうちにやって来た猫。一緒に暮らし始めてもうじき一年になる。

明日は太陽が出るだろうか。


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