願い

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月の美しい晩。数日で満月らしい。真珠色に光る月を見上げながら、ほっと溜息をつく。安堵。6月が滑らかに通り過ぎていくのを淡々と眺めながら、今年も半年が終わったのだと感慨深く思う。特に何もしなくても、時間は経っていく。それが良いかどうかは別にして、今の私には其れで良いような気がする。22年前の今日、相棒と結婚した。正直言ってこんなに長く続くとは本人たちも周囲も思っていなかった。ほんのはずみだったとは言わないけれど、それに限りなく近かった私たちの結婚だったのに。あの日私達はどんな願いを心に抱いていたのだろう。

7月は檸檬ソーダのようだ。酸っぱくて爽やかでほんのり甘い。シュワッと音が聞こえてきそうな7月。窓ガラスつく夕立による水滴すらも美しく見えるのが7月。そんな7月を迎える心の準備は万端。この月ばかりはゆっくりと過ぎて行ってほしいと思う。


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蝉の声

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蝉の声で目が覚めた。土曜日。もう少し眠っていたかったが、蝉の声で目が覚めてしまったし、それに旧市街を散歩するならば朝の少しでも早い時間が理想的と思って、起きることにした。快晴。これ以上の快晴は無いだろうと思われるほどの快晴だった。

朝食を済まし、猫をたっぷり可愛がった。平日の朝は兎に角忙しくて素っ気なくしている分、週末は猫をたっぷり可愛がるのだ。猫の方もそれを承知のようで、週末の朝は、ねえ、今日は急いで出掛ける必要ないんでしょう?みたいな感じで私の足に尻尾を巻き付けて纏わりつく。
洗濯物を近くのクリーニング屋さんへ持って行ったら、女主人がひとりで頑張っていた。夫の方は釣りに出掛けているらしい。こんなに良い天気だものねえ、と顔を見合わせながら、しかし釣りに行くってことは健康な証拠だからと言葉を加えて、そうだそうだと互いに頷く。元気なうちに楽しんでおかなくてどうする、と私達は同じ人生の思想を持っているのだ。
クリーニング屋の女主人と長話をしたために旧市街に着いたら気温がすっかり上がっていた。食料品市場界隈の二軒の鮮魚店は共に大繁盛で、狭い道一杯に客が居るために通り抜けるのが大変だった。いつもは左手の店が客で賑わっているのに、今日は右手の方が客が多い。何か特別な魚があるのだろうか。それとも時間帯によって、客の集まり具合が違うのだろうか。八百屋の店先の花形スターはトマト。呼び名の違う様々な形のトマトが並ぶ様子を見ていると、此処がイタリアであること、今が夏であることを改めて感じる。それからズッキーニの花。これを小麦粉を水で溶いたものにくぐらせてひまわり油でからりと揚げたものは、夏のご馳走。揚げたてに自然の塩をひとつまみ振りかけて頂くと、今年も良い季節になったのだと喜びが込み上げる。でも買い物はしない。買い物をしたら重くて重くて、散歩どころではなくなるから。トマトもズッキーニの花も眺めるだけ。今日は歩きたくて仕方がないのだ。街は一足早く夏の割引が始まっていた。サルディではない。サルディは市で始まる時期が定められているので、勝手に始めることは出来ないことになっている。しかし近年はサルディと名乗らぬ割引を何週間も前から始める店が多い。例えば相棒の靴を見るために靴屋に入ってみたところ、店員が案内してくれるのだ。価格は3割から5割引きますので、気に入ったものがあったらお知らせください。と、こんな具合に。だから店に入ってみることが必要だ。しかしこの調子では、サルディが正式に始まる頃には良いものは売れてなくなっているに違いない。5割という言葉に心を揺らすが、ここでもただ眺めるだけ。今日は買い物をしたくない。今日の私はこのカンカン照りの土曜日に、日陰を求めながら街を彷徨うのが楽しくて仕方がなかった。カフェのテラス席はまばらに満たされていて、ぬるい風が人や建物の間を縫うように流れていった。暑さは年々苦手になっていくが、それでいて夏でも土曜日の散歩はこれからもずっとやめられそうにない。言うなれば私の趣味みたいなもの。週末を楽しむ一つの方法みたいなもの。そうして疲れたら、渇いたのどを潤すためにカフェに飛び込んで、レモンジュースを注文するのだ。このレモンジュースと言うのは、レモンを2,3個絞って貰ったもので、それに幾つもの氷の塊を入れて砂糖を入れてぐるぐるとかきまぜたもの。どの店にもあるとは限らないが、頼めばリストにないものだって快く作ってくれるのがイタリアの良いところだと思う。酸っぱくて冷たくてちょっと甘いレモンジュース。ビタミンを摂ったら、再び散歩の始まりだ。
歩き過ぎたわけでは無いのに酷く疲れたのは暑かったせいだ。この季節の散歩は程々にするのが良いだろう。どんなに好きなことも、程々にしておくのが私にはちょうど良い。

朝から蝉が鳴き続けている。もう夜の9時だというのに。気が狂っているかのように、ひたすら泣き続ける蝉。夏の象徴のひとつとはいえ、そろそろ鳴き止んでも良いのに。


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雨が沢山降ったから

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窓を開けずに過ごす一日。空がとても青く高いけれど、日差しがこんなに強いけれど、風がとても冷たいのはこの素晴らしい空の向こう側に低気圧が渦巻いているせいなのだろうか。それとも単に雨が沢山降ったからだろうか。長袖にジーンズ姿ならば窓を開けても良いのだろうけど、半袖に膝上丈のパンツ姿で居たかったから、必然的に窓を閉めて過ごすことになった。猫がテラスに出たがるので、時には少し大きな窓を開けたにしても。

ところで只今、うちの冷蔵庫にはトリュフがごろごろしている。それは直径3㎝程の黒トリュフで、ごろごろしていると言いながらも、実を言えば紙に包んでさらに広口の瓶に入れて保管されている。ただ、何時も存在しないものがあるものだから、ごろごろしているような感じがしてならない。数日前に相棒が持ち帰った。近所のタバコ屋のステファノは何時の頃からか私達の良い友人で、特に相棒とは気が合うらしい。幾度か彼の家の夕食に呼んでくれたのも、そんなことからだった。ステファノの幼馴染のマリーノはこの辺りは知られたトリュフ採りの名人。まだ時期が早いが雨が沢山降ったから、と山に犬を連れて行ってみたところ、案の定トリュフが沢山見つかったそうだ。トリュフが好物の幼馴染にとマリーノがステファノに紙袋にいっぱい持ってきたのは、年老いた彼の母親もまたトリュフが好物と知っていたからだった。そしてその袋から7個を取り出して、トリュフが好物な君の奥さんに、とステファノが相棒に分けてくれたらしい。幸運だね、僕たちは。そう言って包んであった紙をそっと開いてみたら、ぷーんといい匂いが立ち昇った。滅多に見ない、立派なトリュフで、うちにそんなものが存在すること自体珍しい。いつもはもっと小振りのものしか手に入らないからだ。それだって知人友人からのお裾分けなので、運が良いのだった。兎に角そんな訳でいいトリュフが手に入ったので手打ちパスタを購入してトリュフ和えを食した。調理方法は実にシンプルだが、何しろ素材が良いので頭が下がるほど美味しい。これに爽やかな冷えた白ワインと少し酸味のある黒いパン。私達には上等な食事だった。美味しいものはシンプルに調理するのが良いと思う。少なくとも私と相棒はそんなものが好きだ。食事をしながら、ふと思い出した。昔、アメリカで生活していた頃の私達のフラットには、招かずとも常に友人が立ち寄って夕食を共にしたこと。近所に暮らしていたロバートはひとり暮らしだったこともあって週に2度は食事を共にしたし、大型バイクで身軽に動く写真家のトーマスも、夕方7時ごろをめがけてうちに立ち寄った。何か足らないものはあるかい、などと言いながら階段を上がってきて、やあ、ワインが無いじゃないか、と言うや否や、再び外に飛び出しては近所のリカーショップで北カリフォルニアのワインを買ってきた。上等の夕食には上等のワインを、なんて言いながら。私達はそんな友人たちが突然現れることを嫌だと思ったことは一度だってなかったように思う。寧ろ、突然誰かが現れることを楽しんでいたのかもしれない。今まさにパスタを煮えたぎる湯の中に入れようとする頃に呼び鈴が鳴ると、誰だろうなんて思いながら私たちは笑っていたのだから。うちに立ち寄る友人達は皆、私達のシンプルな夕食とお喋りを堪能して、10時ごろになると邪魔したね、と言って帰った。時には一緒に外に出て月を眺めながら散歩をした。気ままで横のつながりだけが全ての私達の生活が、懐かしい。あの頃、こんなトリュフの夕食を堪能する日が来るとは夢にも思っていなかった。市販のパスタに熟れたトマトを煮込んで作ったソースにバジリコの葉を加えただけでも、充分ご馳走だった、あの頃の私達には。そんな自分たちを恋しく思う。すべてが素朴で自然だった。私達はあの町に大切な何かを置き忘れてきてしまったのではないだろうか。

生のトリュフもいいが、私はトリュフ入りバターが好きだ。何年も前にマリーノから分けて貰ったことがあるが、それはそれは美味しかった。愛情がたっぷり入っているからね、とマリーノは笑う。愛情。彼のトリュフに注ぐ愛情は本当に深いのだ。


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お洒落さん

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昨夕の雨と言ったら。バケツをひっくり返したような降り、と言ったらぴったりくるだろうか。豪雨と言えばよいだろうか。兎に角、傘を差して歩くことなど不可能なほどの降りだった。いや、可能と言えば可能。しかし私のような雨嫌いは雨の中を、傘を差しても全身びしょ濡れになるような雨の中を歩くなんて天地がひっくり返らなければありえないことなのである。そんな雨に洗われた、今日のボローニャの空気は清い。久しぶりに空気が綺麗だ、と感じるほど。今日も降りそうだと朝から空を眺めながら一日を過ごした。向こうの空に黒い雲の一群。しかし其れも風に押されて何処かへ行ってしまった。残ったのは明るい太陽の光、そしてきらきらと光る樹の葉を揺らすひんやりした風。向こうの丘が黄色く染まっているのは花が咲いているからだろう。以前は頻繁に足を延ばしたというのに、ここ数年は訪れていない。

今週はPITTI UOMOだった。PITTI UOMOとはフィレンツェで催される男性MODAで、この時期になると、とんでもなく洒落た人々で街が一杯になる。MODAとは何のつながりもない私とて、関心を持たずにはいられない。フィレンツェで宿を確保出来ず、ボローニャに宿をとってフィレンツェ通いする人もいる。だからボローニャ旧市街で素晴らしくイカシタ人に遭遇したりして、全く良い刺激である。この時期に合わせて、街のブティックのショーウィンドウが秋冬物になる。MODAの世界はいつも先の季節に焦点を合わせるものらしく、だから6月にしてそんな具合になる。それにしても私が何時も思うのは、流行とが繰り返すものだということだ。先日旧市街のショウウィンドウに目が釘づけになった。それは赤ワイン色の革のジャケットで、足を踏み入れたことはただの一度しかないGUCCIのウィンドウだった。この店に置かれているものは実に丁寧に作られている、と思う。縫い目を見ればそれが分かる。高級すぎて手が出ないけれど、もう少し手頃な値段がついていればと思わないでもないけれど、まあ、手に入らずに鑑賞するだけのものがあっても良いだろう。GUCCIのものは私にとってそんな存在。鑑賞して楽しむものなのである。それでこの赤い革のジャケットだけど、勿論そっくりとは言わないけれど、昔、母の洋服箪笥に似たようなものがあったと思ったのだ。コロンとした形のボタンは同じ革でくるんであって、かっちりした印象の細身のジャケット。どれほど前のことだったか、あまりに遠い昔のことで思い出せないけれど、確かにこんな感じのものがあったと思った。若い頃、母は大変な美人だったらしい。其の上、明晰とあったから、あれこれ良い話があったようだ。でも、子供の時代に戦争を通過して母親を失くしたり家族が離れ離れになったことから、地味だけど堅実で優しい父と結婚したそうだ。父はお洒落とは無縁の人だった。私が覚えているのは父がハンチング帽に拘りを持っていたことくらいだ。それ以外は関心が無くて、母が選んでくるものをまるで当り前のように身に着けていた。母はお洒落に関心が人一倍あって、フランスやイタリア製の美しい生地や毛糸を見つけると見過ごすことなど出来なかったらしく、それどころか見た瞬間にどんな形に仕上げようなどとイメージまでもが浮かんでくるらしく、それらを購入して、時には自分で、時には馴染の仕立て屋さんに持ち込んで美しいジャケットやセーターを手に入れた。だから、母の洋服箪笥はいつも美しいものが一杯で、母が留守の時にこっそりと箪笥を開けては物色したり自分に当てて鏡に映してみたりした。姉と私は夏休みの夕方、風に吹かれながら母のスタイルブックなるものを本棚から引っ張り出して、此れがいい、あれがいいと批評して楽しんだものである。母が持っていたあのジャケットがGUCCI製であることはまずない。多分そういうものが流行だったのだ、あの時代は。そうして何十年も経った今、また流行が戻って来たということか。母がこれを見たら、大そう喜ぶことだろう。流行と言えば、サングラスもそうだ。90年代初めにアメリカで購入した、気に入りのサングラス。あまりの気に入りで20年も活用して、皆から流行おくれだから別のを購入しただどうかと笑われたものだけど、昨年くらいから気に入りのサングラスと同じスタイルのものがお洒落と言われるようになって、目を白黒させたものである。以前私を笑った人達は一体どう思っただろうか。あんなに笑ってくれたけれど。

ところで私は流行というものをあまり気にしない人間である。私はこういうものが好き、というものが体の中心に存在するので、お洒落さんを見るのは好きだけれども、それとこれは別物なのである。シンプルで素材の良いもの。それが一番自分らしい。


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そうだ、待ってみよう。

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晴れていると思えば雨が降り、そして止んで晴れるかと思えば再び強い雨が降り、気まぐれな空に振り回された先日の夕方、旧市街へ行った。市街地の職場のある辺りは雨がよく降る。一口に言えば気候に恵まれない地域である。だから旧市街へ行けば案外雨が止んでいて、青空のひとつも眺めることが出来るのではないだろうかと内心期待していたのだけれど、大した期待外れで、だからポルティコの存在がことさら有難かった。雨が強く降る日や日差しの強い日は、人々がボローニャのポルティコに感謝する。此れが無かったら、どんなに暮らしにくいだろうか。この町に暮らし始めた頃はその存在が閉塞的で嫌いだったくせに、今の私は感謝などという言葉を用いてポルティコを表現する。全く大したボローニャ贔屓になったものだと我ながら笑ってしまう。何時の頃からそんな風になったのだろう。

雨なのに旧市街を歩いていたには理由がある。私は御使いものを頼まれたのである街の中心に在る小さな店に行くためだった。
店は5年前まで、旧市街の人があまり通らない静かな場所にあった。90年近い歴史を持つペンの店のことだ。5年前のある日、前を通りかかったら閉鎖していたので大変なショックを受けたものだが、そのすぐ後に新しい場所に店を開けたことを知って安心したことを今でも覚えている。店は単なるペンの店と言うよりも、ペンの収集家達が好むような、価値あるペンを置く店だった。私が店の中に入ったことは、一度もない。敷居の高い店。そんな風に言えば良かっただろうか。その敷居の高さは新しい店も同様で、やはり私はそんな素晴らしいペンを道に面したショーウィンドウにくっついて眺める派でしかなかった。そうして遂にやって来た敷居を跨ぐチャンス。そのチャンスを逃す手はなかった。店に行って来てくれないかと頼まれた時に、迷わずそれを引き受けたのは、そんな背景があったのである。店は2本の塔とマッジョーレ広場の間に位置する。ここ数年増えている旅行者が必ずと言っても他言でないに違いない、そんなポピュラーな場所にある。以前のようなマニアが好みそうな趣もなければ、長い歴史を持つ店と言った雰囲気もないけれど、ショーウィンドウを覘けば質の高いものを置く店であることは一目瞭然だ。其の店に初めて足を踏み入れた。先客がふたりいた。どちらもペンの収集家らしく、話しの具合から言って店主と長い付き合いがありそうだった。辛抱強く待って、20分もしたところでやっと自分の番が来た。お使いの品を受け取り用事を済ませてから、待っている間に見つけた美しいペンについて訊ねてみた。それは私からすれば高級な類に属するペンで、無理をすれば手に入れられなくもないが、私には勿体ないほどの機能も見た目も美しいペンだった。店主は快くガラスケースから取り出してくれて、ペンの特徴を、まるでペンの収集家に説明するみたいに詳しく、そしてわかりやすく説明してくれた。手にしてみたら絶妙の重量で、理想的と言っても良かった。やがて私が前の店のことを知っていると分かると、前の店は収集家専用の店とっても良かったが、今の店は地元の人も来やすくなったし、近年増え始めた旅行者の客も増えて有難い話だと語った。昔のようなペンの収集家は年々減っていて、そもそもペンで文字を書くことが少なくなった世の中だから、と店主は少し残念そうに言った。そうだ、私にしたって。昔は書き物が大好きでペンのインクがひと月でなくなってしまう程書いていたというのに、今はすべてパソコンで、ペンで何かを書くのは署名をするときか、それともカードに何かを書き込むときくらいになってしまったではないか。時代の流れとは言え、やはり残念であることにはかわりなかった。それにしたってどうしてあの店を知っていたんだい、と店主が興味を示したので、その奥にある写真屋さんに時々寄っていたからと言うと、写真屋とは長い付き合いで、店が移転した今だってクリスマスには必ず一緒に食事をするんだ、あいつは本当にいい奴なんだ、と写真屋の店主のことを嬉しそうに語ったのがとても印象的だった。ああ、お客さん、さっきのペン、もう製造していないから価値あるものだけど、でも、そんなに好きならば少し割引をしてもいいよ、と店を出る私にそう言った。ありがとう。考えてみる。その気が有るとも無いともいえぬ返事をして店を後にしたけれど、時間が経てば経つほどあのペンが気になるのだ。私には勿体ないほどの美しいペン。身分不相応と言っても良い。あれ程のペンならば、そう簡単に売れることは無いだろう。いいや、最近は豊かなロシア人客が多いそうだから、案外明日にでも売れてしまうかもしれない。でも・・・そうだ、私の誕生日まで待ってみよう。それであのペンが店にまだあったらば、自分への誕生日の贈り物にしようではないか。そうだ、待ってみよう。何でもすぐに手に入らない方が良い。直ぐに手に入らないほうが良いことだってあるのだ。

金曜日の夕方はご機嫌。でも帰り道に大雨に降られた。豪雨、と言っても良いほどの。夕立と言えば情緒があるけれど。虹は出るだろうかと期待してみたが、遂に姿を現すことは無く、やがて涼しい風が吹き始めるとまだ真夏も来ていないのに夏の終わりの匂いがした。何か冷めた感じの、冷めた感情に似た印象の風だった。
良い週末になればいいと思う。私にも、相棒にも、私達の友人知人、そしてまだ見知らぬ多くの人にとっても。


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