春だ、春だ。

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長い一週間の締めくくりは、心待ちにしていた晴天。今朝は腹をくくって朝寝坊したのだが、窓の外に空の明るさと暖かい空気を確認するなり、朝寝坊を悔いた。こんな日は、早めに起床して一日を満喫するのが一番なのに。しかし沢山体を休めたから、疲れも、扁桃腺の痛みも克服したようだった。私の扁桃腺は疲れとセットである。世の中には風邪やインフルエンザに罹るときだけ扁桃腺を腫らす人が居るようだけど、私の扁桃腺の場合、それ以外の時も、例えば無理をしてしまった時、例えば精神的にがっくりきて疲れたと感じた時にも、なのである。繊細と言えば聞こえがいいが、当の本人は大して繊細ではないから、そんな扁桃腺に時々腹をたてたりするのだ。

クリーニング屋の前を通りと女主人が大きく手を振ってくれた。時計を見ればもう直ぐ店を閉める時間だった。恐らくこれから田舎に車を走らせて、両親から受け継いだ家に行くのだろう。こんな天気の良い週末だから。彼女の夫は釣りに出掛けているに違いない。普段は妻と一緒に仕事をしているが、天気が良いと仕事を妻にすっかり任せて釣りに出掛けてしまうのが夫の難点なのだ、と随分前に彼女が言っていたから。色んな形の夫婦が存在するが、私はクリーニング屋の夫婦が大好きだ。
ボローニャの旧市街は人で一杯だった。その様子は、春だ春だと春の光を求めて土の中から這い出た小さな虫たち、と言った感じで、私もまたそんな虫の中の一匹なのかと思うと思わず笑いが込み上げてしまう。急に暖かくなって、街のショーウィンドウに飾られている春物が目に楽しい。其の中でも、私は帽子屋のそれに心を惹かれた。以前まで、ボルサリーノ帽子店があった場所に、別の、やはり老舗が其処に納まってから一年が経つ。長く帽子店で働いていた眼鏡を掛けた店員は次の老舗にも気に入って貰えたらしく、今も此処で働いている。店が閉まると決まった時、大変心配していた彼だから、此処で働けることになったことを喜んでいるに違いない。私はと言えば、ボルサリーノの帽子が好きだったから、と言っても、専らショーウィンドウを眺める観客的存在だけれども、店が閉まったことを今でも残念に思っている。新しく入ったこの老舗が良くないと言っている訳ではないけれど、そしてこの店にも素敵な色々があることを認めているのだけれど。そんな私を周囲の人達は、私の好みは習慣化され過ぎていると言う。そして、そうだ、拘り過ぎずに、もっと自由で良いのだ、と、私も知っているのだけれど。
鮮やかな色の帽子が宙を飛んでいる。私には到底似合いそうに無い色の。私はもっとシンプルがいい。シンプルな自分にピッタリな。其のままの自分で居られるような。

明日、目を覚ますと夏時間だ。もうそんな時期になったことを、私は心から嬉しく思う。活動開始の春。やはり私は小さな虫と同じなのかもしれない。


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感情

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一日中雨が降った水曜日は、其れでなくとも週の真ん中で愉しいことなど何もないのに、横殴りに雨が降ろうものならば、溜息のひとつもついてしまう。勿論、悪いことばかりではない。乾燥していた空気が雨に濡れ、埃や塵が洗い流される。この雨が上がった日は、空が青く澄み渡ることだろう。

もうじき復活祭がやって来る。この移動型祝日には本当に手を焼く。兎に角、毎年復活祭の日が違うから、復活祭までに必ず終了させるなどと約束したら大変だ。例えば相棒がそうだ。私の好きな幅広の箪笥を復活祭までに必ず修復して寝室に置いてくれると約束したからだ。ねえ、もうじき復活祭だけど、と言う私の催促じみた言葉に、彼は初めて気が付くのだ、今年の復活祭は4月第1週日曜日であることに。なんてこった、と嘆く彼。約束は約束だものねえ、と冷淡な私。さて、彼の約束は果たすことが出来るのだろうか。
箪笥は友人から譲られたものだ。舞台役者が夢だった彼は、それを追うために数年前に骨董品店を畳んだ。ローマ近郊の小さな町の劇団か何かと良い契約をしたからだった。時々彼から連絡があって、その町で上手くやっていること、やはり役者が彼の運命の仕事であること等を嬉しそうな声で報告するのだった。その後フランスに渡り、浮いた話が幾度かあったが、少し前にボローニャに戻ってきた。此処が僕の居場所と笑いながら。ボローニャ人は飛び出しても、いつかまた町に戻ってくる、などと初めに言ったのは誰だっただろう。其れはまるで彼のことで、そして相棒の事のようにも思えた。しかし、飛行機の窓からボローニャの赤い街が見えると、胸が一杯になると思ったのは彼らではなく外国人の私だった。自分の町でも何でもないのに、此処で生まれ育った訳でもないのに。それは説明のしようのない感情で、多分私にしか分からないことだ。誰にでもそんな感情はあるものだ。理屈では割り切れない感情。言葉で言い表せない感情。

歴史的建築物に子供の頃から普通に接してきた人達。こういうものが、こういう色が、知らぬ間に心や脳に植え付けられていく。いつか彼らが大人になってボローニャから離れても、大きな世界に羽ばたいていっても、帰ってくるのだろう、故郷に。そうであってほしいと私は願う。


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3月の晩に思う

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天気予報が当たらない。昔から春の天気は変わり易いと言うけれど、兎に角この移り気な天気に振り回されっ放しだ。晴れているかと思えば急に空に分厚い雲が敷き詰められ、ああ、雨が降るのかと心の準備をしていれば、再び空が晴れ渡る。かと言って安心していると、静かな雨が降り始め、あっという間に路面が濡れて黒く光る。

子供の頃から3月になると同じことを思った。其れはどんなことかと言えば冬が終わって春を迎える喜び。そして一瞬のメランコリー。何がメランコリーなのかは実は私自身にも理解できず、一瞬の、と言いながらも拭うことの出来ない存在なのだ。
先日の夕方、旧ボローニャ大学に行った。興味深い集まりがあると知って、それを覗く為に仕事時間を終えるや否や、バスに乗って旧市街にやって来たのだ。もう直ぐ18時半と言う時間だった。旧ボローニャ大学内は橙色の灯りに照らされていた。どんなに強く心を持っていても、中世の世界に吸い込まれそうになるのは私だけではないだろう。建物の壁という壁には、大学に通った生徒たちの家紋が掲げられていて、そのどれもが美しく、そしてところどころにラテン語で何か綴られているのだから、眺めているうちに錯覚しても仕方がないことなのである。集まりのある大広間へと続く通路を歩いていたら、家紋を修復している人を見つけた。何か細い筆のようなものを使って。ずっとそれを眺めていたかったけれど、修復の邪魔をしたくなかったし、それでなくとも集まりの時間に遅れていたので、後ろ髪を引かれながらその場を去った。遅れての参加だったから、僅か30分ほどしか話を聞くことが出来なかった。残念だったけれど、それでも間に合ったことを嬉しく思った。何時の頃からかそんな風に考えるようになった。ああ、残念。ああ、悔しい。でも。100%満たされないけれど、でも、それでもポジティヴなこともあるさ。そう考えれば、感謝の気持ちも沸くというものだから。大広間から出て、先ほどの通路に用意されたアペリティヴォへ向かった。流石に19時を過ぎているので、それともアペリティヴォの邪魔をしないためにか、先ほどの修復をする人の姿はなかった。もし見掛けたら、少し話をしてみたいと思っていたのに。とても興味深い仕事だから。

その晩は久しぶりに酔った。酔っぱらったと言うよりは、心地よくちょっと酔ったと言うと良いだろう。何がそんなに私を酔わせたのか。発泡ワインのせいだろうか。いいや、多分あの修復師のせいだ。黙々と作業をする修復師の後姿に、私は魂の一部を奪われてしまったのだろう。
3月の晩に思う。春を迎える喜びと一瞬のメランコリー。そして何か新しいことが始まる予感。


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美しさ

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今日は春分の日。近所の庭に李だかの花が咲いている。その様子は満開と言うよりは、大騒ぎしながら咲いていると言って良い。無数の花たちが春だ春だと歓喜の声を上げながら、咲いているように見えた。
春だもの、と週末にしては早起きして散策に出掛けた。ボローニャ旧市街は人で一杯だった。旅行者も多く見掛けたが、見本市に訪れている見受けられる人も多かった。明日まで催されている美容関係の見本市だ。誰に教えて貰わずとも、この見本市に来た人達と分かる彼らは、すれ違いながら成程ねえ、などと感心してしまうような風貌なのだ。着飾っていると言うのでもないけれど、美しいことに携わる人達、美しいものに関心を持つ人達というのは、ほんの一瞬どこか違うような気がする。長くこの街に暮らしながら、この有名な見本市に足を向けたことが無い私だけれど、こんな風に彼らを観察しては美の世界にほんの少し参加したような気分になるのである。私はいつも思うのだけど、美しさの在り方は、人によって違うと言うこと。どれが美しいとか美しくないとか、どれが綺麗とか綺麗でないとか、ひと言には言えないのだ、と。

昔、こんな人がいた。アメリカに居た頃の友人、シャロンだ。彼女は一見女らしさが無く、周囲の男たちも舌を巻くほどの強い精神の持ち主だった。写真を撮るためにタクシードライバーと言う職種を選んだ。何かはっとしたものに出会った時に、心惹かれる情景を目にした時に、すぐに車を止めて写真を撮ることが出来るように。そんな理由でタクシードライバーをしている人を私は沢山知っていたが、彼女は其の中でも情熱的な人だった。痩せた体形にシンプルなシャツにジーンズと言った姿で、分厚いセルロイドフレームの眼鏡を掛けていた。其れは彼女の拘りで、彼女自身が作り上げたシャロンスタイルだった。周囲の男たちはそんな彼女を女っ気が無くてとか、洒落っ気が無くてとか言っていたけれど、本人はそれを気にすることもなく、彼女は自分の道をまっすぐ見つめながら一歩、また一歩と歩いていた。そんな彼女を私は美しいと思っていた。何かにまっすぐな人は、何かに一生懸命な人は、それだけで美しい。きっと中身が充実しているからだ。私もそんな風でありたいと思っていたから、彼女の存在を眩しく思い、そして嬉しく思っていた。何時だったか、彼女に言われたことがある。あなた、変わっているわねえ、と。え? 私が変わっている? と訊き返すと、そうよ、あなた、変わっているわ、それって素晴らしいことなのよ、と言って笑った。それでいいのよ、あなたはあなたのままでいるといい。
彼女はその後、写真で生活をたてるようになった。写真のクラスで教えたり、個展を開いたり、スタジオを持つようになったり。彼女がまっすぐ見つめて追いかけてきた彼女の世界が、花開こうとしているのを知ってとても眩しく思えた。

私は。私は途方に暮れている。テラスに置かれたジャスミンが蔓を延ばす方向を見失って宙ぶらりんでいるように。そんな私は美しさに欠けているに違いない。でも、幸せでないわけではない。むしろ今ある全てに感謝しているのくらいなのだから。でも、私の蔓はこれからどちらに延ばしたらよいだろう。答えは知っているのに、そうと認めるのが少し怖い。本当は簡単なことなのに。


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ボローニャの生活とか人生とか

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無いものを数えるより、有るものを数えてみる。何時から私はそんな風になった。其れには小さなきっかけがあった。悪い点ばかりを見つめないで良い点を探し出してひとつふたつと指折り数えてごらんなさい。私がボローニャに暮らし始めて、しかしいつまで経っても軌道に乗れず、上手くいかなければいかない程、心が以前暮らしていたアメリカの町に向いていてどうしようもなかった頃、誰かが私にくれた言葉だ。あれは誰だったのだろう。私にとって良い友人と呼べる、数少ない友人の中のひとりだっただろうか。それとも通りすがりに等しい知人とも呼べないような人だったかもしれない。何にしろ、私はその言葉に救われたような気がした。そうだ、良い点を探してみよう。そして数えてみるのだ。そうして眺めてみるとボローニャの生活には案外良いことがあるもので、どうして今まで気が付かなかったのだろうと自分の盲目さに腹を立てたりしたものだ。そのうち心が落ち着くと、ボローニャからもう少し枠を広げて自分の人生について考えるようになった。

人間とは少しづつ学ぶのだ。いつか振り返った時に、自分を褒めてあげられれば良いと思う。でも、まだまだ。もう少し時間が掛かりそうだ。


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