賢さ

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外が眩しい日。惜しみなく降り注ぐ太陽の光。2月最後を飾るに相応しい一日の始まりだった。なのに目覚めが悪かったのは、夜中に爆音で飛び起きたせいだ。ものすごい音がして、その後、けたたましくアラームが鳴った。何処かでガス漏れでもしたのだろうか、それとも車だろうか。何にしてもひどく眠く、其の上、アラームが鳴り響いて神経に触った。猫は。猫はどうしているだろう。と、居間に様子を見に行くと、びっくり仰天眼で固まっていた。人間の私ですら驚いたのだから、こんな小さな猫の驚きは、さぞ大きかったに違いない。背中を幾度か撫でて宥めると再びソファの上に横たわり、大きな欠伸をすると直ぐに眠りに就いた。妙な不安の暗雲が脳裏に立ち込めたが、警察や消防車のサイレンが鳴り響くでもなく、そのうち例のアラームすらも止まって、元の静寂を取り戻したから、私も再び眠りに落ちていった。

扁桃腺を直す抗生物質はよく利くけれど、体への負担も大きい。6日間飲み続けたら扁桃腺は治るだろう。でも、今度は身体がしんどくなりそうだ。それでも朝だ、さあ起きよう、と思えるのは外が眩しいほど明るいからだった。簡単な朝食をとって外に出た。今日は旧市街へ行く体力も気力もない。行先はクリーニング屋さん、バール、そしてその隣の石鹸の店。
人は私のクリーニング屋さん通いを不思議がるが、それほど不思議なことではない。私はセーター類と繊細なブラウス類を家で洗うのを一切しないことにしたからなのだ。其れには幾つかの理由があって、ひとつは上手に扱えないこと、ひとつはそれに費やす時間とエネルギーのこと、そして一番の理由は、近所のクリーニング屋さんがひとつひとつ手洗いして綺麗に仕上げてくれる上に、持ち込む回数が多いからと良心価格で引き受けてくれること。別に私がそう頼んだわけでもなく、何時の頃からかそんな風になった。それから、時々持ち込むシルクのスカーフ類は無料。そんなことはする必要ないと幾度か女主人に言ったけれど、彼女が、いいのよ、と言うのだからいいのだろう。週に一度、山のようなアイロン掛けを、契約を交わした女性に家に来て貰って2時間ほどの間にやっつけて貰う、という知人友人が多いけれど、それから中には週に二度、家中の掃除洗濯アイロン掛けをして貰うという人達もいるけれど、うちはそれには及ばない。普通のアイロン掛けは案外好きだし、掃除だってわりと好きだし、何しろ頼むほど広い家ではない。洗濯だって洗濯機がしてくれるわけで、後は干せばよいだけなのだ。それでね、そのかわりにと言う訳ではないけれど、セーターと繊細なブラウス類だけはクリーニング屋さんに頼もうと思ってね。そう言われては相棒も文句の言いようがないらしく、私は大腕を振ってクリーニング屋さんに洗い物を持ち込むのである。それでクリーニング屋さんへ行くと、女主人が夜中の大きな爆音のことで興奮していた。聞こえた、あれは何だったのだろうと答えると、其れはこの並びにある銀行のバンコマット、つまり自動引きおろしの機械が爆破された音なのだと教えてくれた。近くのバールが夜中の3時に閉まるのを見計らって仕組まれた爆破だったらしい。あのけたたましいアラームは銀行のものだったようだ。30秒間のうちに機械の中から現金が持ち逃げされて、残されたのは壊れた機械と、爆破でダメージを受けた、運悪く前に路上駐車してあった車が二台。でも、女主人が言いたかったのはそんなことではなくて、其の上に住んでいる住人は心臓が破裂するほど驚いたでしょうね、ということだった。そう言えば、其の上には、バールの常連のトリュフ採りの達人、トッフラが住んでいる筈だ。80歳を過ぎた彼はさぞかし驚いたに違いない。そうだ、トッフラはどうしているだろう、ということで私と女主人は急いでバールに足を運んでみたが、トッフラの姿はなかった。いつもならこの時間には必ずここに居るのに。あまりの驚きで寝込んでしまっただろうか。腰でも抜かしただろうか。何しろ独り暮らしだから、彼に会うまでは誰にも分からないことだった。まあ、大丈夫だろう。何しろあの戦争を潜り抜けてきた強者だもの。いつも良くしてくれる女主人にカップチーノを奢って、その足で石鹸の店に行った。この店の手作り石鹸をいろいろ試してみたが、ラベンダーの石鹸が一番の気に入りだ。其れをふたつ購入すると、私の本日の用事はすべて終了。家に帰ると朝寝を楽しむ猫が日向で丸くなっていて、あなたは平和ねえ、などと私に言われたのも気にすることなく一瞬目を開けて大きく寝返りを打ちおわると、再び眠りに落ちた。

平和。平和は平和でなくなって気が付くものなのかもしれない。願わくば、平和のうちにその幸せを感謝することが出来ればよいと思うけど。健康もまた、害して初めて気が付くのだ、元気で居られる有難さに。本当の賢さとはそう言うことに気が付くことかもしれない。私達が皆そうであればよいのに。


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冬の終わり、春の始まり

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2月が終わって3月になる。ちょっと失敗だったのは、扁桃腺を腫らせたこと。冬の終わりは気をつけねばならないと知っているくせに。
冬の終わりは春の始まり。朝まだ夜明け前に、外から鳥の囀りが聞こえてくると、そんなことを思う。まだ夢の中だというのに、鳥の囀りだけは聞き逃すことが無い。子供の頃からずっとそうだ。多分これからもずっとそうだ。


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記憶の引き出し

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雨が降ると言われていたのに降らずに済んだ月曜日。月曜日と言うだけで憂鬱なのに、其の上雨が降ったらどうしようもない、と思っていたから嬉しい以外の何者でもない。夕方は美しい夕焼け空だったから、明日も晴天に違いない。いや、是非とも晴天になって貰おう。
猫が予防接種を受けに行った。別に自ずからのこのこ歩いて注射を受けに行ったわけではなく、勿論相棒が獣医さんに連れて行ったのである。相棒の話によれば、人間に打つような注射を首の裏側に打ったらしい。猫は生まれて初めての注射にちょっとしたショックを受けたらしいが、見ていた相棒の精神的ダメージの方が大きかったのではないかと私は察している。家に帰ってくるなり猫も相棒もソファの上に項垂れて寄り添って昼寝をしたそうだから。予防接種はひと月後にもう一度行われるらしいが、うちの猫と人間の顔をした大型猫は共に獣医さんに行くのを渋るだろう。

私は昔から人を覚えるのが得意だと思っていた。一度会ったことのある人、一度言葉を交わしたことのある人。其ればかりでない。その時の状況や、どんな匂いがしたとか、どんな感じの風が吹いていたとか、木の影が路面に落ちていたとか、音、そう、どんな音が聞こえたとかもこまごまと覚えていて、家族にどうしてそんなことばかり覚えているのか、もっと覚えるべき大切なことは沢山あるだろうと窘められたものである。でも、私にとってはそれらも大切なことで、記憶の引き出しにとっておきたいようなものばかりなのだ。だから、20年振りくらいに街ですれ違って、ねえ、あなた、私たちあの時お話ししたわよね、なんてこともあって、相手を酷く驚かしたりするのである。でも、二度ほどすっぽりと記憶から抜けていて、相手を大変悲しませたことがある。
一度は私がまだ13歳の頃。私は夏になると山にキャンプへ行くのが好きだった。教会が主催する子供のキャンプで、方々からやって来る同じ年齢の子供たちと一週間共に過ごすことを、毎夏楽しみにしていた。そこで私は同じ年にしては落ち着きのある女の子に声を掛けられた。私の名前を知っていて、3年前にここで私達は仲良くなったのだという。ところが相手の名前を聞いても、どんなに顔を眺めてみても私の記憶からすっぽり抜けていて、彼女を悲しませてしまった。ごめんなさい。ごめんなさい。私はすぐに忘れてしまうお馬鹿さんなの、許してね。私はそう言って彼女に詫びて、もう二度と忘れないように沢山お話をしようと提案した。私達はとても良い友達になって、それから高校生になるまで頻繁に手紙や電話を交わしてものである。でも未だに私には分からないのだ。どうして彼女が私を知っていて、私は彼女のこれっぽっちも覚えていなかったのか。
二度目は大人になってから。私がフィレンツェのオフィスで働いていた頃だから15年前位の事だろうか。ローマのオフィスに電話をしたら、電話に出た日本人女性が私の名前を聞いて歓喜をあげた。久しぶり。久しぶり。もう一度話が出来るなんて嬉しいわ。それで相手の名前を訊ねてみたが、私の知人友人リストにはない名前だった。彼女はがっかりしながらも、どんな風に私達が出会ったか、何時頃、何処で、とこまごまとした説明をしてくれた。此処まで明快ならば、多分私達は本当に知り合いなのだろうと、それから私達は仕事を通じて親しくなった。彼女がイタリアを去る少し前に、折角また会えたのに離れ離れになってしまうといった言葉が心に残った。彼女にとって私はそんな存在だったのかと思ったら、彼女のことを思えだせずにいた自分があまりに残酷で憎かった。
どちらも私の辛い思い出である。だから私は、もうそれを繰り返したくないと、どんな小さなことも忘れずに記憶の引き出しやら、記憶のポケットにしまっておこうと思うのだ。自分が悲しい気分になるのはまだいい。でも人に悲しい思いをさせるのはもう二度で充分だ。

獣医さんによると猫は少々太り過ぎとのことである。そうかなあ。そうかなあ。猫と私は胴回りの肉付きが気になって仕方がない今夜なのである。


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土曜日が好き

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正午に家を出た。行先は旧市街。毎週、土曜日が待ち遠しい。私にとって土曜日とは、何のDutyも無い、自分の為に自由に使える日である。唯一あるのは近所に暮らす知人とのカフェでの日本語のお喋りくらいで、其れもまた、気分がのらなかったり体調が悪かったり他にしたいことがあるならば、延期すればいいだけのことだ。朝の早起きも必要ないし、バスの時間を気にすることもない。時には小さな約束があって、時間を気にしながら早々に散策を切り上げねばならないこともあるけれど、極力何の約束もいれないで自由気ままに過ごす、これが私の土曜日だ。かと言って、家を出たら最後、糸の切れた凧のように戻ってこないなんてことは無く、散策に満足したら家に戻る。戻る家があるのは有難いものだ、などと思いながら。其れに猫が居るではないか。日頃独りで留守番をしている猫にしてみたら、週末くらい家に居てほしいと言ったところだろう。だから玄関のドアを閉める前に声を掛けるのだ。今日は早めに帰ってくるから、と。でも、猫はこんな風に思っているに違いない。そうかしら。何時もそんなことを言って、充分帰りが遅いけど。

旧市街に着いたのは太陽が一番高い時間帯で、眩い光に溢れていた。時折吹く強い風がびっくりするほど冷たいけれど、気温は確実にいつもより高く、街のデジタル温度計は13度を示していた。こんな時間に歩ける喜び。本当のことを言えば、目覚まし時計を止めた後にもう一寝入りしてしまい、この時間になってしまっただけだった。2月も残り1週間。そう思うと心が逸る。街のショウウィンドウに春のコートなどが飾られていやしないだろうかと探してみた。例えばレモン色や、気分がすっとするような明るい緑のコートなど。でも、見つからなかった。まだ早すぎるということだろうか。人の波にのまれたようにして、食料品界隈に足を踏み入れた。並んで在る2軒の魚屋は、どちらもが競うように大変な繁盛ぶりだった。辛抱強くないイタリア人たちが、郵便局などでは1分でも早くことを済ませたいと他の人を出し抜くイタリア人たちが、文句のひとつも言わずに魚屋の前で待つその姿は、珍しい植物や野鳥にも値する。新鮮でおいしい魚を得るためには、忍耐力が必要、ということなのだろうか。今度誰か身近な人に訊いてみることにしよう。小路を通り抜けられないほどに広がった2軒の魚屋を取り囲む客たちの輪を、すみません、ちょっとすみません、と声を掛けながら先に進むと、その先には趣味の良い小さな彫金の店があって、その筋向いには高級鍋や食器、かと思えば釣り道具なども扱う摩訶不思議な店があって、この界隈は退屈する暇がない。面白いのは品物ばかりではない。古い建物、例えば1800年代やそれよりも前の建物の地上階を利用した其れ等の店の内部は、感心するばかりである。先日、他の通りの骨董品店に入ってみたところ、外からは想像出来ぬほどの奥行きのあるウナギの寝床のような店の作りに驚くと同時に、天井の驚くほど高いことや手つかずのフレスコ画に、肝心の骨董品を物色するのを忘れて天井ばかり眺めていた。だから店員に何か探し物かと訊かれた時、天井画、などと見当はずれな返事をして近くにいた人々に笑われたものだ。1800年代の足の長い20センチ四方のテーブルを探していた私は、それが無いのを確認して店を出たが、また来月にでも立ち寄ってみようと思った。何か入庫しているかもしれないから、それからまた、あの素晴らしい天井画を眺めに。話は戻るが、魚屋の通りの最期には食料品店がある。言うなればこの店で野菜や果物ばかりでなく、手打ちパスタも乾燥パスタも生ハムやチーズもそのほかの基本的な食料品の殆どが手に入ると言った、全く便利な店である。いつも混みあっていて、この店の景気の良さが分かる。そんなことは無いだろうと思うけれど、何時の日かこの店が商いを辞めるようなことがあったらば、ボローニャの沢山の人々が残念がるだろう。私が好きだった靴屋さんが10年前に無くなった時も残念だったけれど、多分この店の存在は遥かに大きいに違いないのだ。

昼間の晴天が嘘のように空に敷き詰められた分厚い鼠色の雲。夜のうちに降り始めるのかもしれない。雨が降って、そして晴天になって、そんなことを繰り返しているうちに春になるのだろう。想定、9月生まれの私の猫はまだ春の素晴らしさを知らない。外で囀る鳥の声に、春が近づいている証拠だと語り掛ける私の言葉を、だから猫は少しも理解していないだろう。鳥が囀る春。新緑に溢れる春。冬眠している天道虫たちが飛び交う春。私は待ち遠しくてならないのだ。


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群青色

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毎日少しづつ日が長くなっていく。連日の晴天で、其の上夕方が明るいので、気分がよくない筈が無い。夕方空が明るい。其れだけでこんなに楽しい気分になれる。我ながら単純であるが、素直に嬉しいと思えることは案外悪くない。

仕事帰りに旧市街に立ち寄った。2月2日以来、ボローニャ旧市街の中心に建つ、二本の塔から真っ直ぐ走る大通りが工事で閉鎖されている。この大通りが完全通行止めになって、バスのルートも大幅に変更された。先週、知人が6月まで工事だと言ったのに私は酷く驚いたが、改めて情報を集めてみたら今年の12月まで工事で閉鎖と分かった。もう驚きはない。驚きの代わりに落胆が大波のように押し寄せた。旧市街の大変古くなった配管を取り換えるための工事だそうだ。旧市街で商いを営む人や暮らしている人達に必要な工事とは知っているものの、11か月もかかる工事に誰もがうんざりしていることだろう。私は願うのだ。地面を掘り返して遺跡などを見つけないことを。あれはボローニャに暮らし始めた頃のことだ。市営の地下駐車場を作る工事が始まったものの、ある日ぱたりと止まってしまった。訊いてみれば遺跡を掘り当ててしまったので工事にストップがかかったとのことだった。イタリアではよくある話しだった。いや、10年程前に行ったクロアチアの、アドリア海に面した町でもそんなことがあった。工事現場で大騒ぎしているので何かと覗いてみたら、遺跡を見つけたとのことだった。掘り当てた工事現場の人たちと市の職員は歓喜を上げていたが、其処に大きな建物をたてようとしていた主は、此れで工事がストップだと落胆していたものだ。この辺りの人達の多くはイタリア語をまるでイタリア人のように話すので、私と相棒はこの騒ぎに首を突っ込んで様々な面白い話を教えて貰ったのだ。其れでボローニャだけれど、もしこの大通りの地下に遺跡などを発見してしまったら、なのである。ああ、遺跡など見つけずに、速やかに事が運びますように。
大通りはそんな有様なのに、少し入るといつもの情景がある。それらを眺めては胸をなでおろし、この寒さにも拘らず散策に時間を費やすのだ。それが金曜日の夕方であるなら尚更だ。5日間の疲れを忘れるかのように歩き回る。群青色の空は一日良い天気だった証拠。明日も良い天気になる知らせ。

帰りがけに小さなパン屋さんに立ち寄った。無花果と胡桃が練り込んであるパンが売り切れだったが、葡萄パンがあったので週末の朝食用に購入した。週末の朝食は平日とは少し違うものを。私の昔からの、週末を楽しむ朝の小さな儀式なのである。


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