冬の青空

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それにしたって寒いではないか。と文句を言いたくなるほど寒い。寒がりの私をいつも鼻先で笑う相棒をはじめとする友人知人たちでさえ、寒いと言って身を縮める。ということは、本当に寒いということだ。冬の休暇に入ってから曜日の感覚が狂っているが、しかし日にちの感覚は正常に働いているようだ。12月30日。今年も残り1日と言うことだ。寒いが空が青く、日差しが空から降り注いで気持ちが良い。明日は忙しくて時間をとれないかもしれない。今年最後の散策になるかもしれないと思って、しっかり身体を包んで外に出た。

旧市街は賑わっていた。旅行者が沢山いた。ボローニャの其処此処を珍しそうに眺めている様子は新鮮だ。こんな風に好奇心を持って物事を眺める気持ちは大切だと思う。私が他の町を訪れる時に持つ好奇心をボローニャの生活の中にも常に持っていたいと思う。慣れてしまった生活も、そんな心を持っていたら、何か新しいものを見つけたり、気が付かなかっくたことに気づいたりするのかもしれない。つまらないとか、何もないとか思っていたら、目の前にある素晴らしいものを見えないのかもしれない。
塔の下の本屋の前は、人で一杯だった。私は人と待ち合わせをする時、良くここを指定するのだが、こんな寒い日の待ち合わせは少々辛いかもしれない。そんな人々を眺めながら本屋の中に飛び込んだのには訳がある。本屋のショーウィンドウの眺めていたら見つけたのだ。それは随分前にブダペストにある写真館が運営しているサイトが注目していた女性のDVDだ。彼女に関心を持ちながら何となく記憶から流してしまっていたら、別のサイトにこの女性についての映画ことが綴られているのを数日前に見つけて記憶を新たにしたところに、今度はショーウィンドウの中にそれを見つけた。単なる偶然ではないような気がしたのだ。むしろ、私に呼びかけているような気がしてならなかった。ところで本屋の中は最近レイアウトを変えたらしく、元々分かりにくかった店内が更に迷路のようになった。と言ってもそれほど広い店ではないけれど、益々訳が分からなくなったと言って良い。ようやく写真の本棚に辿り着くとひとりの青年の先客が居た。彼は何かを探しているらしく、棚の前を熊のようにうろうろするので、いわば迷惑な先客だった。それで私の探しているものだけど、簡単に見つかると思っていたのに見つからない。それで私も青年同様に棚の前をうろうろすることになった。そうして私は探していた物をようやく棚の下の方に見つけて、あった、と言いながら手にしようとすると、別の手がそれを本棚から抜き取った。青年だった。彼も同じものを探していたらしい。ショックを受けて青年の顔を見上げる(と言うのは彼はとても背が高い人だったからだ) 私を青年は不憫に思ったのだろうか。どうやら同じものを探していたようですね、と詫びるように言いながら、探し物のそれを私に差し出した。しかしこの場合、先に居たのは彼だし、それに私は彼よりもずっと大人なのだし、と私は冷静に考え直して言った。もうひとつ、ショーウィンドウにあるから私はそれを店の人に頼んでとり出して貰うから大丈夫。すると青年は意外なことを言うではないか。いいえ、シニョーラ、そんな面倒臭いことは僕が頼みますから、これをどうぞ。青年は外見はパンクスタイルの、耳に幾つものピアスをつけて、やたら銀色のチェーンをジャラジャラつけていて、髪も酷くぼさぼさだったから、私は彼の言葉に酷く驚いてしまったのだ。どうやら私は彼を外見だけで判断しすぎてしまったらしい。それともやはり、イタリアのことだ、年上には礼儀正しくということなのか。私は有難くそれを受け取って、どうも有難うと礼を言うと、青年は大したことではありませんよと言ってはにかんだ。案外恥ずかしがり屋なのかもしれない。と思いながら、まだ自分が彼を外見で判断していることに気が付いて深く反省した。それにしたって気分がいい。気持ちの良い青年と、関心を持っていた女性のDVD。空は高く青く、まるで昔私が暮らしていた、サンフランシスコの空のようだと思った。昔の友達が恋しくて、サンフランシスコでの生活が恋しくて、時々ボローニャから脱走したくなるけれど、こんな空だ時々見れるならばまだまだ頑張れる。そんな気がした。

先ほど手に入れたDVDを見ようと思って椅子の上にちょっと置いたら、猫がその上に体を横たえて眠ってしまった。幸せな寝顔を見ながら思う。まあ、いいさ、冬の休暇はまだまだ続くのだから。


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彼女のこと、雪のこと。

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彼女の存在を知ったのは8年くらい前だっただろうか。いつものバールでのことだった。私はバールに行き始めたばかりだったから、知り合いなどひとりも居なかった。彼女はこの近くに住んでいるからもう何年も十何年も、通っているようだった。だからバールで働く女の子たちも彼女の名前を知っていて、親しくしているようだった。彼女は何時も犬を連れていた。犬はカテリーナと言う名前で、初めて会う私にも笑顔ですり寄ってくるような犬だった。だから犬はバールの常連客たちにも人気で、カテリーナ、カテリーナと何時も声を掛けられて可愛がられた。彼女はイタリア人にしては控えめで、内気そうな女の子だった。女の子、と言っても彼女は既に女性と言っても良い年齢だったが、女の子と呼ぶ方がぴったりくるような印象だった。存在を知りながら話をしたことが無かったのは、彼女が内気で知らない人に声を掛けるタイプでなかったから、そして私よりも随分年下の彼女に声を掛ける理由がなかったからだ。
何年か前、誰かと立ち話を終えて独りぽつんと立っていたら、彼女に声を掛けられた。実に聞きとりにくい質の声だったから、何を言われたのか分からなくて、えっ、何? と訊き返さねばならなかった。でも本当の理由は、彼女が日本語で声を掛けてきたために、まさか日本語で声を掛けられるとは夢にも思っていなかった私の耳が言葉をキャッチできなかったのである。彼女はボローニャ大学で日本語を学んでいるのだと言った。始めはドイツ語をとっていたが、難しすぎたので日本語に変更したと言ったので、周囲にいた人たちが口を揃えて言った。どういうことなんだい。どう考えたって、日本語の方が難しいじゃないか。実は私もそう思ったのだが、多分こういうことなのだ。彼女の大人しい性格上、ドイツ語のような強い印象の発音が向いていなかったのではないだろうか。言葉には向き不向きがあると常々思っていた私である。事実、私もフランス語に幾度もチャレンジしたのに、あの美しい花のような発音と私の性格が上手く合わず、暗礁に乗り上げたままだ。こんなにもフランス語の美しい音が好きなのに。兎に角、彼女は私に関心があったらしかった。それで私をバールの中で見つけるたびに声を掛けて来るようになった。犬も私に関心があるようだったから、丁度よかったといえよう。知れば知るほど彼女が内気な性格であることが分かった。こんなに内気なイタリア人を見たことが無かったから、私は少々戸惑っていたのかもしれない。
その彼女がクリスマス前に私に言った。大学を終えて日本語を話す機会が無くなってしまったから、週末の午後にカップチーノでも飲みながら日本語を話す機会を作ってもらえないだろうか、と。それは内気な彼女にしては多分大変な勇気を要する言葉だったに違いなく、とても心配そうな表情をしていた。土曜日、土曜日の午後なら時間を作れる。そう言うと、表情がぱっと明るくなって嬉しそうに笑った。
そうして土曜日の午後に私達はバールで会った。大雨が降る中、傘を差してもずぶぬれになるような雨の中を歩いて。ああ、雨は本当に嫌よねえ、と言う私に彼女は言った。明日は雪になるらしい、と。そんなことは初耳だったので、まさか、と笑い飛ばしたけれど、一時間後、バールの外に出てみたら雪が降っているではないか。常連客の名前も知らない女性が、雪は素敵よねえ、と言うので、まさか雪は大嫌いだとも言えず、うーん、寒いけれどねえ、と言うと隣で彼女が笑っていた。ついさっき、日本語で、私は雪が大嫌いだと話をしたばかりだったからだ。また来週の土曜日に会えるかなと心配する彼女に、うん、来週は何も予定がないから大丈夫と言って別れた。私が彼女の役に立つとは、夢にも思っていなかった。人の役に立てるのは案外嬉しいものである。

昨日の雪は2時間もすると止んでしまったが、朝方再び降り始めたらしく目を覚ますと雪景色。窓辺で見る雪は確かに美しいが、できれば山の方だけに降っていただけると有難い。


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凍える土曜日

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2日間の祝日の後は土曜日。明日は日曜日なので、今日は貴重な一日。何が貴重かといえば、店が普通に開いていることが貴重なのだ。昔に比べたら俄然店を開ける日、時間が多くなったにしても、しかし祝日と日曜日は昔通りと思うとよい。まあこれはイタリアに限ったことではない。ヨーロッパの多くの国がこんな感じなのだから、そう思えば別に苦痛でも何でもない。ただ、兎に角、食料品や薬などを買いそびれると困ることになる。そう言う訳で貴重な一日と呼ばせて貰おう。

今日は朝からさっさと起きてボローニャ旧市街に出掛けた。酷く寒いからしっかり着込んで出掛けるようにと相棒が言っていたが、着込んでいてもまだまだ寒く感じる朝だった。俄かに風が吹いていた。ボローニャの冬は寒いけれど、風が吹くことはあまりない。少なくとも私はそう記憶している。兎に角その風が凍るように冷たく、すれ違う人々の装いもまるで北国のようだった。いや、私はまだ北国の冬を経験したことが無いから、こんなものではないのかもしれない。ただ、ボローニャにしてはやけに厚着で、北国のようと表現するのがぴったりくる。
冬のセールはまだ公には始まっていないけれど、多くの店では秘密で割引を繰り広げている。其れを何故知っているかといえば、私が電話番号を残している数軒の店から、誘惑のメッセージが届いているからだ。一般のお客さんよりも先駆けて割引しますよ、と言った感じの。私はどの店の常連でもない。なのに電話番号を店に残してあるのは、実に単純な理由なのだ。丈詰めである。例えばパンツ類の長さ調整、コートの丈や袖の長さの調整。私が衣服を購入するときは、必ずこの作業がついて回る。そうして仕上がると店から電話を貰って、引き取りに行くと言った具合なのだ。電話番号を残すメリットがこんなところに現れるとは。常連客に交じって恩恵を受けることが出来るのだから案外悪くない。一着購入するのに常にエクストラの費用が掛かっているにしても。それで、そのうちの一軒に立ち寄ってみた。常連さんと思われる客が幾人もいた。店の中をぐるりと見せて貰って外に出た。有難いことに私の心を刺激するものはひとつもなかった。相棒にそう言ったら、きっと喜ぶことだろう。次の店に入るのは止めにして暫く辺りを散歩した。しかしそれも長く続かなかったのは、どうにも寒くていられなかったからだ。まるで雪の日の寒さ。不本意ながら帰りのバスに飛び乗った。寒い寒い。私はそんなことを幾度も小声で言いながら、停留所から家までの道のりを歩いた。

早い夕方に、強い、冷たい雨が降った。雨の中、いつものバールに行った。知人とカップチーノを楽しむために。そうして店を出る頃には、あの冷たい雨はすっかり雪に変わっていて、私を酷く驚かせた。雪が降るなんて。ああ、雪が降るなんて。山にスキーに行くと言っていた知人は喜んでいるだろう。街に残った私には、雪は決して嬉しくないけれど。

ああ、雪が降るなんて。


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ザクロの実

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遠くに暮らす家族を思う。クリスマスを迎えるたびに、私はそんな風にして一日を過ごすのだ。家族を遠い国に残してきた、姑のところのお手伝いさんも、そんな気持ちで一日を過ごしているのかもしれない。年老いた姑も、先だった夫のことを思っているのかもしれない。相棒はどんなことを思っているだろうか。猫はどうだろう。猫にだって何かしらの記憶や感情があるに違いないのだから。

先日ボローニャ旧市街の食料品市場を歩いていたら、大きなザクロの実を見つけた。ザクロ。私はこれを好んで食べたこともなければ、買い求めたことなどもないけれど、何か感じるものがあって、店の前に並んでいるとついつい足を止めて観察したくなる。
子供の頃、家の近くにザクロの木が生えていた。いや、生えていたのではない。他所の家が庭に隅っこに植えていたのだ。とても隅っこに植えてあった為に、道まで枝がせり出していて、私たち子供たちにとってみれば、さあ、自由に実を捥いでくださいよ、と言っているように見えた。いつだか、誰かが捥いでくれた。小振りの、実の一部がぱかりと割れてルビーのような小さな粒が見えるのを。その家の人だっただろうか。それとも通りすがりの人だっただろうか。どちらにしても私は、酷くものほしそうな顔をしてザクロを眺めていたに違いなかった。初めて手にしたザクロの実は案外重くて、光にキラキラと輝いていた粒は、遠目に見るよりも更に美しかった。こうして粒をとって食べるのだと、捥いでくれた人が教えてくれた。私は喜んでそれを家に持ち帰って、指でつまんで口に入れてみた。酸っぱい。思いがけない酸っぱさに、私は驚いた。何故なら私はザクロを甘い果実と思い込んでいたからだった。それから私は急激に、ザクロに関心が無くなってしまった。酸っぱいのはごめんだというように。
ボローニャに暮らすようになって、相棒が引退した床屋の家からザクロを貰ってくるようになった。今年も沢山実ったんだ、ザクロは縁起がいいんだよ、と言って。そんなことは初耳だったし、誰に訊いてもそんな言葉は出てこなかったが、床屋と相棒がそう思い込んでいるのだから仕方がない。私もその哲学に便乗して、幸運を呼ぶザクロを居間に飾るようになった。食べずに飾ったのは、昔の酸っぱい思い出があったからだ。勿論大人になってから、私は酸っぱい食べ物も好きになったけれども、例えば梅干しとか、檸檬とか、お酢とか。でも、ザクロをもう一度食べたいと思わなかった。ザクロを持ってきた相棒にしても同じだった。何だ、君は飾るだけで、ちっとも食べないんだな。と、言うくせに、自分は絶対手をださない。だから私達にとってザクロは幸運を呼ぶ置物的存在と言っても良かった。
昨年の冬、ヴィエンナを散策していたら、ギリシャ人経営の店のガラス越しに大量のザクロが見えた。私は足を止めて、中に入るでもなく、ガラス越しにそれを眺めた。自分の握り拳よりふたまわりも大きいザクロの実。新鮮なザクロあります、といった感じの貼紙が掲げられていて、何か特別なもの的存在であった。こんなザクロ、誰が買うのだろう。私にとってザクロは誰かの家の庭に実っているのを分けて貰うものだったから、店でわざわざ買うなんて信じられない、そんな果実だったのだ。すると店にご婦人が入っていってザクロを袋いっぱい買い求めた。ご婦人はザクロが好きらしい。まさか私と相棒のように居間に飾るのではあるまい、幸運を呼ぶとか何とか言って。

ボローニャ食料品市場のこのザクロは、一体どんな人達が買い求めるのだろう。一度誰かに訊いてみたいものだ。ザクロを美味しいと思うかどうか。私にとってザクロは、幾つになっても口をつぼめて、酸っぱーい、と言いたくなるような存在なのだから。


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喜びの日

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外は酷い寒さ。日に日に寒くなっていく。でも、ゆっくりと起きてゆっくり朝食を楽しむならば、冬も案外悪くない。縫物をしたり。仕事に出掛けた相棒から電話を貰って、いつものバールに来ているからちょっと家から出てきて一緒にカップチーノでもしないかと誘われたり。いつも昼間はひとりで留守番をしている猫は、私が仕事に行かないのを不思議に思っているようだ。今日から2週間の休暇だからね。などと説明してみたが、さて、理解できただろうか。何を言っているのさ、などと思っているのかもしれない。それにしても暖房が程よく利いた家の中で過ごせるのは何て有難いことなのだろう。そんな風にして私の冬の休暇は始まった。

先日、道を歩いていたら正面から大きな声を掛けられた。私の名前を呼んでいるのだが、私はその人に見覚えが無かった。眼鏡を掛けていなかったから、というよりも、前方から自転車でやって来る男性に見覚えが無かったのだ。誰だろう。男性は私の前で自転車を降りて、やあ、元気だったかい、と言った。改めて見てみると、それはこの界隈に住んでいるシルヴァーノだった。彼を知ったのはいつものバールで、もう7年くらい前のことだ。仕事をしているのかしていないのか、兎に角毎日バールに来ている、早く言えば常連中の常連、と言うことらしかった。その彼は数年前からバールに来なくなり、道端でも姿を見かけなくなった。どうしたんだろう。時々誰かがそんなことを言っていたが、彼の消息は手に入らなかった。私が何故シルヴァーノと分からなかったかと言えば、彼がすっかり痩せて、そして髪がすっかり白くなっていたからだ。すっかりおじいさんになっていた。其れほどの年でもないのに。元々薄かった頭髪の前方はすっかり禿げ上がり、よく見たら額のところに大きな縫い目が。私は驚いて、手術でもしたのかと訊くと、彼は大きく首を左右に振った。そうして彼は語りだした。私の知り合いにはボローニャ市内の家で普段は生活しているが週末や休暇用の山の家を持つ人が多く、彼もまた休暇の為にアペニン山脈の小さな村の山の家に行っていた。山道を歩いていたそうだ。すると急に道が崩れて彼はまっさかさまに転落したのだそうだ。額を20針も縫う程の大きな傷を作り、そして頭の血管が切れたり胸の骨が折れたりと大変だったらしい。でも、と彼は言う。死んでもおかしくないほどの事故だったのに、今もこうして生きている。神様はまだ僕を地上で修業させたいようなんだ。彼はしみじみとした顔で言った。そうね、死んでもおかしくない事故だったのに、今もこうして生きていて、自転車のペダルをこいでいる! 私がそう付け加えると、ああ、本当だ、自転車に再び乗れるなんて、あの事故が起きた時には誰にも想像出来なかったのに! と、まるでたった今、其れに気が付いたように、彼は嬉しそうに笑った。私達はクリスマスのお祝いの挨拶をかわし、また近いうちにバールで会う約束をして別れた。彼は嬉しそうに自転車、自転車と言いながらゆっくり向こうに消えて行った。彼にそんなことが起きていただなんて。私はもう一度驚き、そして今も元気に生活していることを知って嬉しく思った。何が大切って、やはり元気に生活することが一番大切。日常生活も豊かさも仕事も何もかも、元気でなかったら何の意味もない。つい忘れてしまいがちな健康のことを、もう一度感謝しようと思った。

今年もクリスマスを迎える喜び。この日を元気に迎えることが出来る喜び。猫は居間に飾られたクリスマスツリーを遊び道具か、それとも自分へのご褒美か何かと思っているらしい。毎日天辺まで上り詰めては私と相棒に嬉しそうな笑顔を向ける。おかげでツリーは疲れ気味でほんの少し傾いているが、猫が楽しいのなら、まあいいか。猫にとって初めてのクリスマスなのだ。

Buon Natale.
地球上のすべての人に喜び溢れるクリスマスがありますように。


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