革の手袋

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寒い晩はスープがいい。と言うことで、最近スープをよく食べる。今夜はパッサテッリ。旧市街のいつもの店に立ち寄って購入した。美味しくて栄養があって、消化も良い。私はこれが大好きなのだ。それにしたって夕方の暗くなるのが早いこと。仕事を終えて外に出る前から既に空は暗くなって、高いところに月。この月がまた美しくて、その分だけ寒さが身に沁みる。今からこんなに寒くてどうしよう。まだ11月にもなっていないのに。
旧市街に着く頃にはすっかり夜になっていた。Piazza Maggiore辺りは橙色の照明が灯されて、それでなくとも時代がかった風情のボローニャの街が、今夜もまた中世にタイムスリップする。夏の明るい空の長い夕方も好きだけど、寒い時期の橙色の照明に照らされる旧市街の町並みも大好きだ。もしこれが無かったら、ただ寒いだけだったら、ボローニャの秋冬は何と味気ないものだろう。だから、寒くても人々は夜の散歩を辞めない。寒い寒いと背中を丸めながら、襟巻を首や顔にぐるぐる巻きながら、コートのポケットに手を突っ込んで寒空に白い息を吐きながら、人々はこの凍える街を歩くのだ。ああ、でも今からこんなでどうしよう。この冬は長くて厳しい寒さになるという噂は、本当なのかもしれない。

先週冬物を引っ張り出した時、革の手袋が出てきた。昨冬の終わりに綺麗にして、しまっておいた奴だ。旧市街の手袋屋さんで見つけた気に入りの手袋。ちょっと値が張ったが、自分への冬の贈り物、などと言って奮発したものだ。この冬も活躍して貰おうと思いながら眺めていたら、ふと昔のことを思い出した。
私がアメリカに暮らして2回目の冬のことだ。私の貧乏生活もほんの少し明るい光が見え始めた頃だ。仕事を初めて半年経ったこともあり、ようやく家賃を払うのが苦に感じなくなり始めてほっとしていた。殺風景だけれど陽当りの良い部屋。私の部屋は元はリビングルームだったから、どの部屋よりも広くて明るかったが、ドアが無かった。それが唯一の難点だったが、カーテンをつけて取り敢えず目隠しできれば問題なかった。それでも私を訪ねてくる友人たちは、プライヴァシーも何もあったものではないと言って、驚いていたけれど。でも、世間には一つの部屋をシェアする人達だっている。学生向けのレジデンスなどが良い例だけど、それを思えばドアは無くとも陽当りの良い大きな部屋をひとりで使えるのは贅沢と言うものだった。兎に角私は家賃も学費も、時には友人たちと外で食事を楽しめるまでになったのだから、そして家での食生活にしてもオーガニックのものを購入できるようになったのだから、相変わらずの貧乏生活と言えど、それほど悪くない生活だったと言えよう。私が暮らしていた町は冬でもボローニャのように寒くなることは無く、例えば雪が降ることもない。だから冬用のコートと言ってもカシミアのコートが必要なこともなかった。ある日ショッピングセンターの上のフロアを見て回っていたら、手袋を見つけた。薄手で、手のもう一枚の肌みたいな感覚のものが多かった。私の知人のアメリカ女性は大変洒落者で、高価なものを身につけることもあれば、すらりとした足を強調するようなジーンズにシャツを一枚合わせてみたりして、周囲をいつもハッとさせていた。髪はショートカットで、だから耳には大振りのイヤリングをつけて。でも肩がこるからネックレスはしない、などと彼女なりのポリシーがあるようだった。その彼女が、ある日革の手袋をしていた。上質の薄手の革で、ちくちくと縫い目がある手袋だった。縫い目が美しく、私は手に取って見せて貰ったけれど、それは良く出来た手袋だった。何しろ見た目が美しく、上品で、格好良かった。あの日から私は革の手袋が気になってならなかったのだ。かと言って欲しいと言う訳でもなく、ただ、とても気になっていた。さて、其れで偶然手袋売り場を見つけたので、私だったらどんなのが似合うのだろうと思いながら、いいや、私はどんなのが好きなのだろうと考えを改めて、手袋を観察した。緑色が好きな私だから、深緑色の手袋が真っ先に目に留まった。しかしすぐに横にある錆色の手袋に目が移り、さらにはこげ茶色のものに目が移り、要するにどれもこれもが素敵に見えてならなかった。と、売り場の女性が声を掛けてきた。これなどあなたの手に合うと思いますよ。それは薄い黒のナッパ革で出来たすらりとした手袋だった。手に取ってみると黒い革に知人の手袋にあったような縫い目が施されていて、なかなか洒落ていた。手にはめてみたら丁度よく、手のもう一枚の皮膚のようだった。とても好みだったけれど、私には贅沢すぎるという念があった。察したように店員が言った。値段は・・・。確かそれは40ドルほどだっただろうか。迷いに迷って、迷った挙句、私は数日前が自分の誕生日だったことを思い出して、自分への贈り物とをすることにした。ボローニャほど寒くないといえど冬はそれなりに冷え込むわけで、ある晩、鞄から例の革の手袋を取り出して手にはめたら、トラムを待つ隣の人が声を掛けてきた。あら素敵、と。私は何か答えただろうか。思い出せないけれど、嬉しかったことだけは覚えている。もう21年も前のことで、あの手袋はアメリカから引っ越してくるときに何処かに紛れ込んで以来、姿を見ない。

目の前にある黒革の手袋は、あんな洒落た薄手の皮製ではなく、内部にカシミアを施した、防寒重視の手袋だ。だいたいあんな薄手の革では間に合う寒さではないから、あの手の手袋はボローニャ辺りでは見たことが無い。
そうか、もうすぐ手袋の季節なのか。そんなことを思いながら10月もあと残すところ1日であることに驚く。月日が静かに流れていく。


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平日の散歩

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最近直ぐに眠くなる。夕食の片付けやら何やらをすっかり終えて腰を下ろすと、途端に眠気がやって来る。これは疲れているせいか、昔ほど若くないせいか、それとも季節的なものだろうか。細かな用事を片付けたくとも、さて、と椅子に座った途端に頭の中がぐるりと回る。睡魔の登場だ。この睡魔が巧みに私を誘う。さあ、さあ、と。おかげで幾つものことが先延ばしになり、最近沢山のことが不透明になっている。物事がクリアであるのが好きな私だ。だからじれったくて仕方がない。今日こそ、今日こそと思いながら、しかし私は睡魔に促されるまま、心地よいシーツの中へと吸い込まれていくのだ。

今日は仕事を休んだ。別に病気だったわけではない。平日にしかできない諸々のことを片付けるためだ。休みだというのにいつも通りに目を覚まして早々に家を出た。用事が全て終わったのは昼過ぎだった。いや、全てではない。本当のことを言えばあとみっつあったけれど、疲れてしまったので今日はこの辺にしておこうと打ち切ったのだ。疲れたと言いながら、しかし旧市街を小一時間ぶらりと歩き回る元気はある。此れが無くなったらおしまいなのだ。ああ、元気で良かったと思いながら、旧市街を歩いた。平日の散歩は週末の散歩の3倍も楽しい。何しろバスが通常通り運行しているし、旧市街の混み具合は週末の半分だし、何しろ人が働いている時間帯に散歩などしている、その事実に価値がある。嬉しいなあ、嬉しいなあ、と思いながら路地から路地を渡り歩いた。こんなに嬉しいと思いながら散策する人が居るのだから、ボローニャの街もさぞかし喜んでいるだろう。そうして歩いているうちに、私は昨年の秋のことを思い出した。秋と言っても大そう寒く、襟巻をぐるぐる巻いて、暖かいコートを着込んでいたけれど。友人がボローニャにやって来たのだ。料理の世界で活躍する彼女は関心の全ては料理と食料品に注がれていたから、彼女と共に何かをするということはつまり、食事をする、カッフェをする、食前酒を楽しむ、と言うことだった。私にとっては少々困った分野だった。其れと言うのもいつの間にかひどく小食になってしまったからだ。以前のようにあれもこれもと堪能できたのが嘘だったように、胃袋が小さくなってしまったからだ。勿論今も美味しものは大好き。でも、美味しいものをちょっと、で充分なのである。そんな私のことを例えば相棒は酷く心配するのだけど、しかし病気なわけではない。単に食が細くなった、胃袋が小さくなった、お腹が一杯のサインが人より早めに出るだけのことだった。本当のところ自分自身も心配して医者に相談もしてみたが、そのうちまた食欲が出るでしょう、と一蹴されたくらいだから心配はないようだ。それにしたって折角日本から来た友人と少しだって多くの時間を過ごしたいと思い、毎夕待ち合わせをして今日は此処、明日はあそこでと夕食を楽しんだ。そのうちのひとつが偶然通りかかった古びた食堂だった。テーブル数は少ないし、しかし何やら美味そうな印象の食堂。私達は隅っこの席に居場所を確保して夕食をすることになった。この店の得意とするのは家庭料理。給仕とメニュー。それらを取り除けばまるで家に居るような夕食だった。パスタ料理も美味しいけれど私は野菜料理が嬉しかった。昔はあんなに嫌いだった野菜。母が食べなさいと言えば言う程、嫌ったのに。今は何はさておいて野菜がいい。特に火が通った野菜がいい。野菜が持った甘みや苦みがはっきり表れるような調理が良い。さらに付け加えれば、家庭料理程美味しいものはない。料理の世界で活躍する友人がどう思ったかは別にして、私は上機嫌だった。それでついつい食べ過ぎてしまったけれど、店を出る前に店の人が小さなグラスに食後酒をご馳走してくれたから、消化するのは時間の問題だった。あれは楽しい一週間だった。四晩も外で夕食を済まして帰ってくる妻に、相棒は開いた口も塞がらないという感じだったけれど。

そんな秋もあったけど、この秋に友人がボローニャに来る予定はない。どこかへ出掛けて食事をする予定もなく、専ら家で普通の食事。でも、群青色の空に細い細い月。空気が冷たい日は空が青いけれど、月夜も飛び切り美しい。そんな月を眺めながら、今夜は黒パンとスモークサーモン、そして相棒が近所のミケーラ夫婦に親切にしたお礼に貰って来た上等のスプマンテ。それにサラダやチーズなどを用意したら、小食な私にぴったりに夕食だ。怪獣のような食欲の相棒は、こんなものは前菜にしかならぬ筈。さて、どうしようかな。


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微妙

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夜中のうちに夏時間が終わって一時間時計の針を遅らせた為に、目を覚ますと窓の外は輝くような太陽に満ちていた。一時間の違いは何と大きいのだろう。空が暗いと目覚めが悪い私だから、これは大変ありがたいこと。勿論一時間夕暮れが早くやって来る訳だけど、あれとこれは常にセットなので在るがままを受け入れるしかない。
この季節は微妙。気候も微妙だけれど、私の心境も微妙である。楽しかった夏、その後の忙しい毎日を通過して、ぽかんと時間が空く頃、と言うとよいだろうか。そんな時に限って私は体調を崩すことが多く、熱を出して寝込んでいる間に色んなことを考える。考える。いや、夢に見ると言うほうが良いだろうか。

私はごうごうと音を立てて流れる滝の上流を眺めていた。今まさに水が落下するほんの少しだけ手前のところ。水量は言葉に表せぬほどで、微妙な緑色だった。今流れに飲み込まれたら、あっという間に違いない。と言う私に、怖いね、と友人が頷いた。ナイアガラの滝だった。13年ほど前にトロントに暮らす私の友人を訪れた際のことだった。一度は見てみたいと願っていた私の為に彼女が同行してくれたのだ。こんなに流れが速いとは、こんな緑色をしているとは、こんな轟音を立てて流れているとは夢にも思っていなかったから、そして何よりも想像以上の大量の水に圧倒されて、怖いと思いながらももっとよく眺めたいからと滝に近づいて彼女をとても心配させた。ねえ、もう帰ろう。滝に呑まれてしまいそうで怖いから。そう言って彼女は私の名前を呼びながら、幾度も腕を引っ張った。私はずっと見たかった滝を遂に見ることが出来た喜びと同時に、妙な不安みたいなものに駆られていた。不安の正体はわからなかったが、それは其の後、滝のことを思い出すたびに、ふわりと浮かび上がった。帰り道、私は正体のわからぬ不安を抱えてすっかり参っていた。彼女はそんな私を旅の疲れと思っていただろうか。私達はアメリカで一緒に暮らした仲で、しかもちょっとしたことで喧嘩や仲違いをして、仲直りをするたびに更に深く友人となっていった。良いところも悪いところもさらけ出してしまったから、互いのことがよくわかるのだ。だから彼女には、私が参っていた理由みたいなものが分かっていたのかもしれない。そんな時、彼女が鞄の中から小さな電話帳を引っ張り出した。誰かの電話番号を探しているらしく、パラパラとページをめくっていた時、それが私の目に飛び込んできた。知っている名前だった。平凡とは冗談でも言えない、ちょっと印象的な苗字と名前だったから、同一人物だと思った。それは私がアメリカに発つ前に手紙をやり取りしていた人の名前で、それから数年文通をしていた人だった。途中でぷつりと切れて、数年後に来た手紙はカナダからだった。そしてまたぷつりと切れた。それから5年程経っていた。そのことを友人に話すと、それは恐らく同一人物だろうと言った。その長身でスタイルがよくて美人、頭の回転の速さなどから。私の昔の文通相手だと知ると、何とかして連絡をつけてみようと約束した。運が悪かったのは、友人とその文通相手は単なる仕事上の付き合いで、文通相手は仕事を随分前に辞めてしまっていたために、折角付合い先の会社に問い合わせてくれたのに住所も連絡先もわからなかった。新聞に人探しの広告を出してみようかと友人は提案してくれたけれど、私はそのままにしてしまった。だからその文通相手のことはそのままになってしまった。人と人のつながりはとても不思議。例えばあなたと私のように。偶然何てことは無いのだと思う。だからねえ、探してみようよ。と、彼女は言ったけれど。夢の中で私は泣いていた。彼女が言った言葉に。人と人のつながりはとても不思議。例えばあなたと私のように。偶然何てことは無いのだと思う。彼女はそう言ったのに、数年前、私を残して天国へ行ってしまった。私とあなたは偶然などではなく、会うべくして会った仲なのに。
夢から覚めて私は思う。友人にしても文通相手にしても、皆、会うべくして会った人。あの文通相手の女性を、探してみようか。友人があの時提案してくれたように。でも、探し当てて何を言おうか。ううん、それは見つかってから考えればいい。私は会うべくして会ったその人を探してみたい。

夜の冷え込みは格別。外はもう10度もない。窓という窓と雨戸を閉めているというのに、何処ぞから冷えた空気が忍び込むよう。それで今夜初めて暖房をつけてみた。暖かくしていれば、微妙な心境も和らぐに違いないと思って。


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空気が冷たい日は空が青い

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数日前から冷たい風が吹き始めた。もう、南からの暖かい風は何処を探してもなく、乾燥した、首元を脅かすような北風が我が物顔して吹いている。10月にしては温暖だったのだ、だからすっかり忘れていたけれど、もうそんな北風が吹いても少しも可笑しくなかったのだ。二晩ほど強い風が吹き荒れたから、街路樹の葉が随分と落ちてしまった。落ち葉が風に吹かれると、かさかさ、かさかさ、と音を立てる。そんな音に耳を傾けながら、じきに秋が終わるのを感じるのだ。
季節の変わり目は気をつけなくてはいけない。と、いつも遠くに暮らす母に言い聞かしているくせに、自分が体調を崩してしまった。いや、なに。単なる熱と頭痛だけれど、それも3日も続くようなら少々うんざりするもので、最後は仕事を早々に切り上げて家に帰えるなり泥のように眠った。こんなに眠ったのは久しぶりだった。相棒が、よくもそんなに眠れるな、と感心したほどだ。眠り。それは私にとっては最良の薬。どんな薬を服用するより、これが一番効き目がある。私はそんな風に教えられて育った。同じように教えられて育った姉もまた、今でもそうだと信じていることだろう。

土曜日。朝から冷たい風が吹いて、昼間と言うのに12度しかない。素肌にセーターを着て丈の短い薄手のトレンチコートを羽織って家を出た。来週の土曜日は祝日で何処も彼処も休みになるに違いないから、今日のうちに旧市街を楽しんでおこうと思ったのだ。停留所でバスを待つ人達の装いが、昨日までと随分違う。一様に身を包んで、冷たい風に負けまいとしているかのようだった。自分なりに厚着と自負していた私だったが、人々は季節の一歩先を歩いているようだ。薄着の人達はロシア辺りから来た人達。このくらいの寒さは何でもないわと言うかのように。そういえば、彼らは4月になると早々に半袖になっていたっけ。イタリアの春は彼らにしてみれば夏のようなものらしい。少し前までショーウィンドウの暖かいコートやブーツが季節はずれに感じていたが、今日はそれらが丁度よく見える。寒くなった証拠である。イタリアのモーダを観察するのが好きだ。色んな発想、感性、色合い、肌触り。そのどれにも刺激を感じる。そして何時かの流行が戻ってくるのを確認しては、ああ、母のクローゼットにこんなものがあった、などと思うのだ。モーダを観察するのが好きなくせに、自分がモーダを追うことは無い。私は私。私らしくいられることが大切なのだから。だから気に入りの店のショーウィンドウを眺めて美しいと思っても、素通りすることは容易である。私にとっては観察することは一種の趣味みたいなもの。しかし、靴だけには酷く弱い。だから好みのものに出会ってしまった時には、ショーウィンドウの前から離れるのが大変なのだ。靴は美しいだけではいけない。履き心地の良さ、歩きやすさも重要だ。うっかり店に入って試したりして、自分の足にぴったりくると、それはもう離れがたい、拒みがたい存在となるのだ。

空気が冷たい日は空が青い。いつか誰かが言っていたけれど本当にそうだと思った。夜中のうちに夏時間が終わる。明日目を覚ましたら、空が早くも明るいことだろう。その代わりに夕方暗くなるのが早くなる。秋が早々に引き揚げて、冬がやってきそうな予感がする。


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遅れてやって来た夏

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昨日、洗い上がったジャケットを引き取りにクリーニング屋さんへ行った時、女主人が言ってたとうり、蒸し暑い日曜日になった。店に入るなり、暑い、妙に蒸し暑くてやってられない、と溢す私に女主人が窘めたのだ。まあ、あなた。明日はもっと暑くなるのよ。海に行きたくなるくらいに。彼女はそう言って、人差し指を私の前にちらちらさせた。まるで教師が生徒に言い聞かせるみたいに、母親が娘に言い聞かせるみたいに。私はと言えばそんな彼女の様子よりも彼女が言った言葉に気をとられていた。海に行きたくなるくらいに。それは何かわくわくした響きが含まれていて、同時にまた汗ばむことになるのかと言った溜息も含まれていた。彼女の表情から彼女の心境を読み取ろうと試みたが、うまく行かなかった。だから本人にその所を訊いてみたところ、あら、まあ。どうかしらね。嬉しいのか嬉しくないのか自分にもわからないわ。と言ったのでふたりで大笑いした。少なくとも彼女の夫は嬉しいだろう。彼は釣りが趣味で、天気が良い日はいつも釣りだ。寒いよりは暑いほうがいい。彼女の夫はいつもそう言っていたから。

遠い昔を思い出す。この時期はインディアン・サマーだった。私がアメリカに暮らしていた頃のことだ。8月とて思い切り気温が上がることのない海のある町に暮らしていた私にとって、10月の遅れてやって来た夏と言うか、気まぐれに立ち寄った夏と言うか、ぶり返しの夏と言うか、兎に角誰もが半袖姿になるようなからりと空が晴れ上がる10月は神様からの贈り物に思えた。一年通して過ごしやすい気候であることは、今思えば全く有難いことであったけれど、何しろ若くてエネルギーが有り余っていた当時の私は、汗をかきたい、嫌と言うほど汗をかきたいと願っていた。だからジムにも通ったし、心は常にアリゾナやネヴァダ、南カリフォルニアへと向かっていた。半袖シャツにショートパンツ。そんな姿で歩くのを心から望んだものだ。10月の暑さ。終わったと思っていた夏が再び私達の目の前に現れて、誰もが有頂天になった。仕事を終えて真直ぐ家に帰るのがもったいなかったから、行けば誰かしらと遭遇できる界隈を彷徨った。案の定仲間のひとりを見つけ、一緒にテーブルに着いて飲み物などを頂いていると、同じようなことを考えて此処に来た別の仲間が加わるのだ。グラスの音、大きく開け放たれたガラス窓。街の喧騒。それは本当の夏にはない愉しさが含まれていた。そのうち季節は嫌でも秋になり冬になっていく。一瞬の夏。私達は偶然手に入れた、運良く手に入れた一瞬の夏を楽しまずにはいられない、そんな気持ちだったのか。翌日仕事があるのも忘れて遅くまで話し込むから、翌日はいつもぐったりだったけれど。だけど私達は今年も満喫したのだ、インディアン・サマーを。そうした事実が、何とも言えぬ満足感となり、その満足感が目覚めの悪い私を慰めた。この時期には、角のオーガニックのグロサリーストアの前に大きな橙色の南瓜がごろごろしていたっけ。名前はもう忘れてしまったけれど、洒落た若い男性と、フランス人の女性の店員が、いつも良くしてくれた。あの店はまだ存在するのだろうか。道を挟んでむこう側に暮らしていたハープ演奏者とギター演奏者の夫婦は、今もあの家に暮らしているだろうか。緑色の屋根の一階建ての家。大きな犬を二匹飼っていた。

10月の夜は何となく物思いにふける。楽しかった10月のことを思い出したからだろうか。それとも蒸し暑い日曜日のせいだろうか。空には星が散らばっているのに、月を見つけることは出来なかった。こんな夜は早く寝てしまおう。


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