週末

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長い休み明けの一週間は辛い。何しろ睡眠たっぷりの呑気な毎日だったから、朝6時起きの忙しい生活で頭も体もすっかり驚いている。それでもたっぷり休養しておいたから乗り切ることが出来た。でも限界。今日が土曜日で本当に助かった。朝晩の冷え込みとは裏腹に、昼間の蒸し暑さと言ったらどうしようもない。それはまるで日本の梅雨時のような気候で、ほんの少し懐古にふけった。街には随分沢山の人が戻ってきたが、それでもまだ休暇を終えぬ人もいる。旧市街にも飛び石のようにして重いシャターを下ろしたままの店が幾つもある。私の好きなジェラート屋も、それから割と大きめな生地屋さんも。タオルやシーツ、掛布団などを専門に置く店も閉まっているし、マッジョーレ広場の近くの食料品界隈の、八百屋さんにしても然り。そのうち日焼けした肌を自慢しながら戻ってくるに違いなく、そうしたら本格的にいつもの生活サイクルが戻ってくる。

久しぶりにクリーニング屋さんへ行った。此処も3週間休みだった。行ってみると何処かで沢山太陽を浴びてすっかり元気を蓄えた女主人が居た。肌が日に焼けているから金色の髪の毛がさらに美しく見える。店には先客が居て、恐らくは店主と長い付き合いのある常連客とみた。何しろ互いの名前を呼び合っているのだから、きっとそうに違いない。客は息子のジーンズの縫い目がほつれてしまったからと言い、クリーニング屋と良い関係にある仕立て屋さんにお願いしたい、とのことであった。縫い目のほつれはほんの少しで、履いてしまえば特に目立つ部分でもない。私ならば自分でちくちく縫ってしまうけれど、と思いながら、こういう人たちが世の中に居る限り仕立て業は成り立つのだろうと思った。美しい花柄のブラウスを着た先客は、恐らく自分で縫物などしたことに違いない。そういう人たちがボローニャには案外沢山いる。掃除もアイロンがけも自分でしなくても良いような家庭の人達が。そうして私の番になる頃、店の向かい側にあるバールの前に沢山の正装をした人達の群れを見つけた。この暑いのにも拘らず男性たちはスーツにネクタイ姿で、女性たちは光沢のある襟ぐりが大きく開いたロングドレスで。髪までもが念入りに手入れされた人達は手に手にシャンパングラスを持ち楽しそうにお喋りをしていた。私達は目を丸くした。午前中からシャンパンなの?土曜日の午前10時にシャンパンは、あまり聞いたことがない。アメリカなどでは日曜日のブランチにシャンパンをオレンジジュースで割ったものなどを頂くけれど、イタリアではあまりない話なので私達は何事かとその様子を観察した。どうやらこれから結婚式らしい。シャンパンを頂いてから教会で結婚式と言うのも珍しい話で、イタリアも随分変わったものだと女主人と私は顔を見合わせて笑った。それにしても暑い。外も暑いがクリーニング屋さんの店内は特に暑い。私は早々に用事を済ませて外に出た。
その足で旧市街へ行った。食料品市場の魚屋さんのひとつがいつも以上に賑わっているのは隣の魚屋さんが今週いっぱい夏休みだからだ。何時まで経っても回ってこないに違いない順番をどの人も黙って待つ。イタリア人がこんなに忍耐強い国民だったとは今日まで知らなかった。その先の青果店で唐辛子の束を見つけた。一束2ユーロ50セント。これはいい。これをキッチンの入り口に吊るしたらよいだろう。最近つまらないことばかりが起きているから、唐辛子の束を吊るして自分たちを不運から守ってもらおうではないか。何時の頃からか、私はそんな昔からの言い伝えみたいなものが好きになった。それらが本当にそうかどうかは別としても、守られていると言う気分が大切なのだ。しかしここも大変な繁盛ぶり。土曜日の買い物は本当に難しいのだ。暫く待ってみたが諦めて、月曜日の夕方また来るからと声を掛けて歩き始めた。

8月が終わっていく。それでいいような気もするし、ちょっぴり寂しい気もするし。肌をしっかり焼いた男女たちの横をすり抜ける。いつもならば私が一番小麦色なのに今日はとても白く見える、と可笑しな気分を味わいながらバス停へと向かった。週末。たっぷり楽しんだら、月曜日には爽やかな印象の9月が待っている。


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夏から初秋へ

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朝の薄暗いこと。何しろ夏休みの間は全く気楽な生活で、時計に関係のない生活を楽しんでいたと言ったら実に聞こえが良いけれど、世間的には全くケシカランと言っても良い時間に目を覚ましていたものだから、夜明けが遅くなったことに気がつかなかったのだ。昨朝目を覚ましたら、外がまだ薄暗かったので驚いた。東の空に目を凝らしてみたら、微かに空が明るかった。まだ夜が明けていない、朝の6時。夏休みに入る前はこの時間はもう明るくて、今日も暑くなるよと宣言しているかのようだったのに。昨日からいつもの生活に戻った。もう少しベッドに潜っていたいのを振り切って早起きして、カフェラッテとビスコッティの朝食をとり、身支度を整えて仕事に出掛ける。時計を気にしながらの生活。私らしくないようでもあり、私らしくもある。こんな生活があるから休みの日が楽しい。何でもゆるく進んでいく休みの日が楽しいのだ。だからいつもの忙しい生活も悪くないのだ、と言い聞かせながら明日も早起きをするのである。

13番のバスが通る停留所の背後の金物屋さん。色んなものを置いているので、私はなんでも屋さんと呼んでいるけど。先週末、バスを待ちながらショーウィンドウを覘いてみた。様々なものがごちゃごちゃと置かれていて、旧市街の店とは大違い。しかしこの手の店と言うのはそんな置き方をするものなのかもしれない。取り敢えず、客に人気があるらしく、いつ見ても店内に客が順番を待っている。私は雑多に置かれたショーウィンドウの片隅にある置物に惹かれた。体長40センチほどのフクロウだった。良く出来た置物は木製にも見えるしセラミック製にも見える。頭部と胴体の間に切れ目があるところをみると、首が動くのだろう。フクロウは幸運を招く鳥として世界中で愛されているし、フクロウのものを収集しているマニアもいると聞く。それにしても此れは。と、よく見ると、商品名が書かれていた。目の前を通る鳥を驚かすフクロウ。そんなものが存在するとは考えてもいなかったので、私はガラスに額が付きそうになるほど近づいて観察した。そんなことをしていると、今にもフクロウの首が揺れて鳴きだしそうだった。私が関心を持って観察しているうちに、待っていた13番にバスは通過してしまい、またバスを待つ羽目になった。店のひとが今にも外に出て来て商品の説明をしそうだったので、私はそっとそこから離れた。すると先ほどから向こうの方から私とフクロウを観察していた年の頃は40歳ほどの男性が、私が退いて空いたショーウィンドウの前にやってきて、フクロウを観察し始めた。多分彼は私が熱心に観察しているフクロウに関心を持っていたに違いなかった。さあ、彼はどんなアクションを起こすのだろうか。わくわくしながら見ていると彼は店の中に入って行き、店の人を連れて外に出てきた。どうやらフクロウのことを訊いているらしかった。ああ、彼はやはりフクロウが気になっていたのだ。そして暫くすると彼は店の人に促されて店内に吸い込まれていき、いよいよフクロウを買うのか、と、その時先ほど逃した13番のバスがやって来た。乗るか、乗らぬか。彼のアクションが気になるけれど、ええい、乗ってしまおう、と私はバスに乗り込んだ。窓際にしがみついて店内を凝視してみたが、距離がありすぎて見えなかった。あのフクロウがもうなかったら、それは運命。彼が家に連れて帰ったに違いない。もしあのフクロウがまだあのショーウィンドウに置かれていたら、私が店に入って訊いてみよう。どんな風にして鳥を驚かすのか、頭がぐらぐらと動くのか、怖い声でも出すのか。それにしたってどうして鳥を驚かすのか。これはもしや、種を蒔いたばかりの畑の前に置かれるのか、案山子を置くように。案外家の入口に置いたら面白いかもしれない。相棒が前を通るたびに、フクロウが相棒を驚かす。そんなことを想像するのも楽しい。

朝方の冷え込みは凄い。今までコットンのシーツに包まって眠っていたが、もうそれでは足らなくなった。あまり我慢せずに、今夜から軽いのを一枚掛けることにした。夏から初秋に移り変わる証拠。それにしてもまだ8月を終えていないのに。


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夏の終わりのセンチメンタル

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夏休みの終わりは一年の終わりよりも淋しい、と私は子供の頃から思っていた。そんなことを子供の頃から思っていた私は、一種、感情が冷めた子供だったに違いない。それともその反対で、感受性の強い子供だったのかもしれない。どちらにしても私は夏休みを終える頃になるとそんなことを感じて、ほんの少しセンチメンタルな気分になる。その夏休みが、たとえ何処にも行かずに何事もなく終わるにしても。夏の終わりのセンチメンタル。私は何時の頃か、そう呼ぶようになった。

テレビのニュースによると高速道路が大渋滞とのことだ。最後の最後まで楽しんで、明日から始まる仕事の為に家路につく人たちの車の列。これは毎年同じことで、特に珍しくもなんでもない。皆、承知の上でぎりぎりに帰ってくるのだから放っておいても良いかと思うが、そんなことを報道するほど今日のイタリアは平和ということなのかもしれない。
そんな中で、新聞のボローニャ版に面白い記事が載っていた。其れというのも昨夜中、市内の菓子店に泥棒が入ったという話だ。ボローニャのサッカー場の近くに位置するチャームという名の菓子店でのこと。ガラス戸をこじ開けて侵入した泥棒が盗んだものはと言ったら、50個ほどのケーキだった。店内にある冷蔵庫に収められていたひとつにつき30ユーロほどの、様々な種類のケーキを50個ほど。それ以外に盗まれたものはないらしく、店の人が不可解と言いながら、思わずくすりと笑ってしまったという話だった。盗んだケーキを転売することは無いだろう。それではお腹が空いていたのか。何処かでパーティでもするのか。防犯カメラは壊されていたし、こんな泥棒を探し出すのは難しいね、と店主と警察の話であった。あはは。長くボローニャに暮らしていると色んな話を耳にするけれど、こんなへんてこな話は聞いたことが無い。夏休みの終わりにぴったりの、ちょっと間抜けで笑いを誘う事件だった。

姑のところで日曜日の昼食を終え、家に帰って来る前に近くのバールで相棒とカッフェをした。と、横から私達ふたり分のカッフェを払ってくれる者あり。振り向けば名前も知らないけれど、このバールで毎日のように会う青年が居た。あら、いいわよ。という私に、この間君の旦那さんにご馳走になったからな、という。青年は案外義理堅い性格のようだ。彼の手元には持ち帰り用のカッフェが。誰に持って帰るのか、あんた、彼女はいないって言っていたけど。と問う私に、ああ、君は分かっていないな。女は持ち帰りのカッフェくらいでは満足しないんだ。女は例えば薔薇の大きな花束だったり、小さな箱に納められた宝石だったり、ピカピカに磨いた車でのドライブが好きなのさ、と言いのけた。成程、青年は色んな経験をしているらしい。それではこれは誰の為なのかと訊けば、家で待っている父さんの為だと言った。そうか、父さんか。それでは冷めないうちに持っていかないとね!私達は良い日曜日の午後を、と挨拶を交わして別れた。名前も知らない単なる知人が沢山いるバール。深入りせずに気さくな話をしながらカッフェをするのは楽しいものだ。

あの青年も、隣に立っている女の人も私も、明日から仕事が始まる。


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秋物見つけた

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じきにいつもの生活が始まるのだ。そう思うと今日という日を満喫しておかなければならないような気がする。勿論いつもの生活も悪くないけれど、忙しい中あれもしなくてはと焦ることなく、あれもしておこうかな、此れもしておこうかなと思えるのは悪くない。ちょっとした余裕、というと大変聞こえが良い。実際そんなことは時間に余裕が無ければできない小さな事が日常には満ちているものだ。それにしても雨。朝方、雨が降り始めた音で目を覚ました。しかし強い雨ではなく、目を覚まして耳を覚ましても雨音など聞こえなかった。確かめるために窓の外を覗いて、ああ、やっぱり雨が降っているのだ、と分かったくらいだった。ならば何故私が雨の音で目を覚ましたのだろうか。それは理屈では言い表すことが出来ない、直感に似たものだったのかもしれない。もしそれが本当だったとしたら、私は雨と何か深い関係みたいなもの、があるのかもしれない。自分が気がつかないだけで。

雨が降っても外に出る。激しい雨ではない。静かに淡々と落ちてくる幾筋もの雨。傘を差せばよいだけだ。いつもの私らしくない。今日は雨に寛容だ。
最近バスに乗ると行きも帰りも乗車券のコントロールに遭う。タダ乗りをしていないかどうかのコントロールだ。8月はタダ乗りをする人がとても多いからだ。いつもはマンスリーパスを買うけれど、月の半分以上が休暇でバスを利用しないから、8月はパスを買わない人が多いのだ。其れなら普通の乗車券を買えばよいのだが、ついついズルをしてしまう、という人間の心理をついた乗車券のコントロール。何しろ乗車時に乗車券を見せねばならないわけでもないから、コントロールに遭わなければタダ乗りが出来てしまうのだけど、こうも頻繁にしていたら成功率は低いだろう。一台のバスにバス会社の検察員が4人も乗り込んでくるから抜け道などない。乗車券を持たないことを指摘されて、ああでもない、こうでもないとごねると、恥ずかしい思いをするので速やかに降参するのが良い。昨日は速やかどころか自ら乗車券が無いこと、次の停留所で降りるから一緒に降りて貰えないだろうか、そしたら直ぐに罰金の手続きをするから、と申し出た男性が居て、周囲を酷く驚かせた。驚きというよりも感動といったほうが良いかもしれない。そんなことを言われたら検察員も優しくしたくなるもので、自己申告を有難うございますとか何とか言って、次の停留所でふたりは仲良く下車した。罰金は普通乗車券の約40倍。馬鹿馬鹿しいからタダ乗りをしようなんて思わないほうが良い。乗車券を買うお金が惜しい時は、歩く。これしかないだろう。

旧市街の開いている店の半分はまだ夏のサルディを続けているが、それも仕方のないことだろう。例年ならばまだ残暑で夏物への関心が絶えない頃なのだ。ところが今年は意外に涼しくて、8月15日を過ぎるや否や気温が上がらなくなってしまった。昼間だって25度のこの頃は人々の気持ちが秋へと移り変わりつつあると言って良い。昨年だったら早くもショーウィンドウを飾る秋冬物を暑苦しいと嫌悪すら感じるというのに、今年に限ってはそれらがとても魅力的に見える。先取り。先取りは素敵だ。特に今年は先取りがいい感じである。とても高価で有名だが、同時にとても良いものを置いていることでも有名な俗に言うセレクトショップがボローニャの中心に在る。店の中は何時も顧客で賑わっているし、店から出てくる人々の手には店のロゴの入った大きな紙袋が下げられているから、この店に不況の風は吹いていないようだ。そして私はショーウィンドウを覘くだけ。一度中に入ったことがあるけれど、そして素晴らしいものを置いていることを確認したけれど、私には見るだけ、が丁度良いようだ。其の店のショーウィンドウで先日素適なものを見つけた。磨かれたガラスの中に飾られた秋物。厚みのある絹のブラウス、さらりとした絹の、奇抜な柄を施したパンツ。遊び心があってひと目で気に入った。足元は踵の低いかちりとした紐靴。黒い革は柔らかそうで、上品な艶を放つ。読めないような字で書かれている表示を目を凝らして読んでみたら、ドルチェ&ガッバーナ。こんな素敵なものを作り上げているとは今の今まで知らなかったので、感嘆の溜息をついた。感嘆の溜息は、その横に書かれた価格にも向けて。全然手が出ない。どんな人がこれを購入するのだろうと想像しながら店の前を退いた。何時の日か、こんな素敵な装いが似合う女性になりたいものだと思いながら。

ショーウィンドウを覘く。時にはとても刺激的で、自分を磨く素となる。


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いつもの顔

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金曜日。休暇先から多くの人が戻って来たらしく、バスが通る大通りの交通量は昨日の2倍だろうか。バスの本数は相変わらず少なくて不便この上ないけれど、確実に街に活気が戻ってきたことを私は嬉しく思う。多分、楽しかった休暇を終えて街に戻ってきた人たちにしてみれば、楽しかった休暇が終わってしまったこと残念に思っているに違いないのだけど。私などは街に取り残された側だから皆が町に戻ってくるのを、いつもの顔を見ることが出来るのを嬉しく思うと言う訳だ。もっともいつのの顔ぶれが無いことを寂しく思っていた訳ではない。久しぶりに見て、ああ、嬉しいな、と思ったことに、実を言って自分でも驚いているのだ。

旧市街は賑やかさを増したが、私が待ち焦がれている店はまだ休暇が終わらない。どんな店かと言えば生地屋さんだ。この店には暫く行っていなかったが、此処に来てどうしてもこの店に用がある。私はカーテンの生地を購入したいのである。今度の家の窓の大きさが全然スタンダードでないので今までのものでは合わないのだ。それでカーテンを縫ったりソファの布を張り替える専門職人である友人のルイージに頼もうと思っていたが、彼はカーテン作りからは手を引いたとのこと。すべて他の職人に仕事を回してしまう程の徹底ぶりで、速やかに諦めねばならなかった。それでも彼は大窓用の生地を一枚プレゼントしてくれたので、昔彼が作ってくれたものを参考にしながら縫ってみたら、思いのほか上手に仕上がった。それで他のも自分で作ろうを思うようになったのだ。しかし生地屋さんが休みではどうしようもない。この、有り余る時間を有効に使おうと思ったのに。今週中に作ってしまいたかったのに。それにしても引っ越して、ひと月以上が経つのにカーテンが無いとは。母がそれを知ったら驚くだろう。外から家の中が丸見えなのはよくない、と。同感だ。しかし幸運なことに幾つかの窓の前には樹木があって外部からの視線を遮ってくれるのだ。樹木が無いところも心配はない。何しろどの家も休暇で留守だったのだから。そんなことを言ったらば、母はますます驚くだろう。不用心。直ぐにつけなさい。母に言われそうなことはすぐに想像がつく。こんな大きな大人になった今でも、母には頭が上がらないということか。

旧市街に位置する生地屋さんはまだ休暇中だが、家の近くのシチリアの店が休暇を終えて店を開けた。この店のシチリアのパンは美味い。本当は別の名前があるに違いないが、私と相棒、そして近所の人達はそんな風に呼んでいる。ほんのり甘いパンの生地。中には様々な野菜が入っているのだけど、ピリリと辛い。ほんのり甘いのとピリリと辛いのが絶妙で、この辺りのボローニャ人達のハートをつかんで離さない。立ち寄って訊いてみると、シチリアのパンは16時に焼き上がる予定らしい。16時ね。そう、16時よ。シラクーサ出身の若いハツラツ美人さんが、そう言って私にウィンクしてくれた。

あ、もう16時じゃないの。無くなる前に行かなくては。


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