雷の音に耳を傾けながら

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イタリアが予選リーグに敗れたので、人々の関心は早くも夏の休暇に注目している。3回戦目のウルグアイに敗れた時はすっかり悲しみの海に沈んでしまったが、それも期間が経つと共に癒されて楽しいことに心が向いているようである。それはとても良いことで、いつまでもうじうじしているよりはずっとポジティブでよい。うちの引っ越しはついに来週に迫り、このところ大変忙しい。正直言ってサッカーどころではなかったのだ。イタリアが早めに白黒つけてくれて丁度よかった、などと私が言うものならば、相棒は再び悲しみ海に足を突っ込んで頭を左右に振る。引っ越しよりも決勝トーナメントの方が大切だったと言わんばかりに。しかし、だからイタリアの男という奴は、などと言ってはいけない。彼らにとって4年に一度のこれは、本当に本当に大切なことなのだから。

雨が降りそうだと思いながら、結局降らずに夜を迎えた。夜と言ってもまだ遠くの空が薄明るい21時ごろ通り雨が降り、大きな虹が現れた。それは思いがけない空からのプレゼントのように思えて、私と相棒は小さな子供のように喜んだ。虹だ、虹だ。私達は幾度も声をあげながら、まだ降り続く通り雨もものともせずにテラスに出て虹を仰いだ。そうして穏やかな晩を過ごして日曜日を締めくくろうとした頃、大きな雷が鳴り響いて、音を立てて雨が降り始めた。小さい頃は雷が怖いと言って姉にしがみついていたが、何時の頃からか雷が好きになった。それは多分、姉と過ごしたあの怖い雷の夜の思い出のせいだろう。姉の腕にしがみついて眠ったあの夜の思い出は、あれから随分経つと言うのに色褪せることなく、むしろ昨日のことのようにすら思える。勿論、姉はもう忘れているに違いない。私達の姉妹愛は何時も一方通行に近かったから。すべてにおいて優れていた姉は、大人からは褒められ子供たちからは頼りにされ、信頼を一身に受けていた。そんな姉を持つ私は、内気の弱虫の泣き虫で、いつも姉の後ろに隠れていたような気がする。姉はきっと面倒くさいなあと思っていたに違いない。歳月を経て、様々な経験を通じて、内気の弱虫の泣き虫だったと言っても誰も信じてくれぬほど強い女になった私だが、雷の音に耳を傾けて姉と過ごした晩のことを思い出すと、今でも小さな妹に戻る。

雷の音に耳を傾けて眠りにつく。今夜は良い眠りにつけそうだ。


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金曜日の夕方は寄り道

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夕方前に降った雨。降り始めも突然ならば上がるのも突然で、先ほどまで激しく降っていたのが夢だったようにぴたりと降り止むと、再び太陽の光が降り注ぐ。そんな夕方は光が目に突き刺さるようで、サングラスなしでは歩くこともできない。金曜日の夕方は足取りも軽く、まっすぐ家には帰れない。ちょっとワインでも頂いて帰ろうか。それとも冷たいジェラートにしようか。迷いに迷う、楽しい迷い。


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ヒグラシの声が聞こえる

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6月もあと少しね。昨朝立ち寄った近所のクリーニング屋さんの女主人にそう言われた。言われてみればその通りだった。毎日仕事でカレンダーを見ているくせに、週末になると日付感覚が無くなってしまうらしい私は、その言葉に改めて驚くのだ。
私が暮らす界隈は丘へと続く道なりに存在するために、ボローニャ市街地の中でも緑が割合多い場所だ。それだから鬱蒼と森のように木が茂る場所が点在する。そしてそんな場所に好んで暮らす人たちの家にも大抵木が茂っていて、窓を開けると背の高い木が存在するといった具合だ。今朝、森のような場所の前を歩いたら聞こえてきた、ヒグラシの鳴き声。その途端、私は子供の頃の夏休みにタイムスリップしてしまった。

私が小さな子供だった頃、昼寝が大嫌いだった。昼食のあと一時間ほど昼寝をするのが決まりだった夏休みは、私には本当に辛かった。眠る努力をしたが眠れず、本を読もうとすれば眠るように促され、だから私はいつも眠っているふりをしたのだ。姉の少しこちこちら側に横たわって。あの頃から私は空想するようになった。額をかすめるように膨らんではしぼむレースのカーテンを感じながら眠ったふりをしている間にできること言ったら、空想しかなかったからだ。時にはテレビで見た外国の何処かの麦畑を走っている自分を想像してみたり、海辺で打ち寄せる波に気をつけながら貝殻をひとつふたつと拾い上げる私と姉の様子を空想した。そのうち私は書くことを覚え、昔、小説家になるのを夢見ていた父が買い込んだ何百枚という原稿用紙を幾枚か無断で拝借して、私の中に存在する空想を思いつくままに紙に綴るようになった。父はそんな私を見ながらどんなことを思っただろう。母はそんな私を快く思っていただろうか。私は全くの夢見る夢子さんだった。天真爛漫で、いつも何か空想していた私を、恐らく父は嬉しく思い、現実派の母は心配したに違いないのだ。あれから長い年月が経つが、あまり変化はないようだ。現実を見つめながら社会に参加して仕事などしているけれど、一歩職場を出れば私はあの頃と同じ空想が大好きな大きな子供なのだ。

ヒグラシの鳴き声に耳を傾けて足を止めたきり動かなくなった私に、近所の犬が近づいてきて私の膝小僧を鼻でつついた。シニョーラ、こんなところで立ち止まってどうしたの、とでもいうように。犬の飼い主が怪訝な顔をして見ているので、多少なりとも照れながら、ほら、聞こえるでしょう? と私は森の方を指さした。すると犬の飼い主は、ああ、本当だ、君に言われるまで気がつかなかったよ、と笑い、夏なんだねえ、と感嘆した。

夏なんだねえ。うん、その通りだ。


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茄子が好き

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旧市街の市場は今が一番元気が良い。幾種類ものトマトは観察すればするほど興味が湧くし、緑色の濃いズッキーニも今が一番味が濃い。私の大好きな杏、エミリア・ロマーニャ州で収穫したものが特に美味しい。大粒のさくらんぼう。艶があって、まるで宝石のようだ。そして茄子。イタリアには本当にいろんな種類が存在する。その料理の仕方も様々だけど、私は食べるよりも見て楽しむ派。今日も食料品市場界隈の店先で、美しい色の茄子を見て楽しんだ、

茄子と言えば、茄子のオイル漬けがとても美味しい。茄子を長細く切って調理したものオイルに漬けたものである。料理法は未だに知らないし想像したこともないけれど、それは私の好物で、美味しそうなのを見つけると購入せずにはいられない。特に夏場はこれがあると食が進む。美味しい茄子のオイル漬けと甘い新鮮なナポリ産の小粒トマト、水牛の乳で作ったモッツァレッラとルーコラがあれば私は満足。時にはこれに薄く薄く切った生ハムが欲しくなるけれども。ところで最近、私は美味しい茄子のオイル漬けを手に入れたのである。それは相棒の友人、ジャンフランコの奥さん特製なのである。数回会ったことがある。40歳にもならぬ若い女性だが、今では家では作らなくなった様々な美味しいものを、ちょいちょいと手作りしてしまう凄い人だ。仕事をしてないから時間があるのよ、と本人は言い訳をしていたが、しかしふたりの子供を育てることで時間はあって無いようなもの。彼女は、つまり、古いイタリア女性が家でしていたことをしっかりと受け継いだ、残り少ないイタリア女性なのである。だからジャンフランコは、昼は必ず家に帰る。何しろ美味しい食事が待っているから。そして夜だって、夕食を家でとってから出掛けるのだ。家で食べる食事よりおいしいレストランなんて、なかなか無いからね、と。ジャンフランコからその話を聞いた時、酷く感動したものだけど、茄子のオイル漬けを貰って私は深く納得したのである。先日バールに立ち寄ったらジャンフランコに会ったので礼を言ったら、そうだろう、妻の茄子のオイル漬けは本当に美味しいんだ、と自慢げに言い、また近いうちに作るから、そうしたら家に届けるよ、と言って私をとても喜ばせた。

ところで今日は白い茄子を見つけた。店の人に訊いてみたら、れっきとした茄子だそうだが、一体どのように料理するのやら。料理するよりも、花の代用品として家の中に飾ってみたらどうだろう。涼しそうで良いのではないか、と。


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大切なこと

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私がイタリアに暮らし始めて直ぐに目についたのは、工事中の様子だった。オレンジ色のバリアで閉鎖されていて、それでなくとも工事中の路面がさらに嫌な感じだった。私はどうやらオレンジ色のバリアが嫌いらしく、其ればかりが視界に飛び込んできて私を酷くイライラさせた。それにしても何処もが工事中だった。周囲の話を集結すると、集中して一気に片付けようとしないから何時になっても終わらず、そのうち別のところでも工事が始まってこんなことになってしまうのだそうだ。シフト制でもないらしく、その様子はまるで会社員のようだった。美しい町並みがオレンジ色のバリアで囲われていて、残念だと思った。見た目もさることながら、困るのは道路の工事だった。いったん閉鎖されるとなかなか開かない。6月9日に閉鎖されたSTORADA MAGGIOREの道路工事は何と12月7日まで続くそうだ。話によると新しいバスの為の工事らしい。新しいバスも良いけれど、この界隈の人達は正直あまり快く思っていないようだ。此処が終わったら今度は別のところで始まるに違いない新しいバスの為の道路工事は、これからボローニャの人達の悩みの種となるだろう。

今日はイタリアの二戦目。前回のような夜の中継ではなく、18時からのイタリア、コスタリカ戦。仕事を終えて帰るとどうしても始まる時間に間に合わぬ。そう言う訳で多くの人は早めに仕事を切り上げることにしたらしい。近所の会社は何処も既に閉まっていた。そんな中、私は旧市街へ行った。案の定旧市街もひと気が無く、混んでいるのは大きなスクリーンを持つバールやカフェばかり。そんな人たちを横目で眺めながら私が行ったのは、フランス屋だった。二戦目に関心が無かったわけではない。ただ、私という人間は、映画でもサッカーでも始まりから観ることが大切なのだ。はじめを見逃してしまうと関心がどうしようもなく萎えてしまうのだ。ところでフランス屋は何時になく閑散としていて、何時もいるはずの店主すら不在だった。若い女性店員は見慣れぬ顔で、最近入った人に違いなかった。今日は店主が居ないのね、と私は話を切り出した。すると店主は用事があって後からくるのだと彼女は言った。あらあら、もしかして店主までイタリアの二戦目を家で観ているのではないでしょうねと問い詰めると、彼女はたった今気がついたように目を見開いて、ああ、用事とはもしかして観戦のことだったのかもしれない! と感嘆した。お客さん、あなたの推測力はすごいわねえ、とでもいうような感じで。私は彼女にチーズの持ち帰りを頼んだ。それはいつもここで購入するもので、最近は何処のどんなチーズよりも気に入っているのだ。これをつまみに赤ワインを頂くのが良い。特に今日のような夕方は。暑くもなく寒くもなく、ほんの少し涼しい風が吹き渡る夕方は。彼女は上手に切り分けてくれたが、うっかり大きく切り分けてしまったと言って詫びた。見ると確かに大きめだったが、いや、なに、私ともう一人これを好物としている人が家に居るから問題はない。大きく切った為に目方が増えて値段も張ったが、最近質素な生活をしているからよいだろう。レストランにも行っていないし、友達と夕食に出掛けることもないし、欲しい靴もサルディが始まりまで買うまいと辛抱しているのだ。代金を払い、店主に宜しくと一言残して店を出た。近所のバールは観戦客満席だったが静かだった。誰もが息を飲み込んでテレビに釘付けだった。予想はしていたがコスタリカは強く、イタリアは苦戦しているようだった。

家で観戦している相棒の心配な様子が目に浮かぶ。それとも何をもたもたしているのだと自国のチームに腹を立てているかもしれない。こういう時はむやみに家に戻らないのが得策。私は散歩してから帰ることに決めた。人のいないポルティコの下をゆっくり歩いた。車すら通らないから静かな夕方だった。こつーん。こつーん。と靴の音がした。私は柔らかいモカシンシーズを履いているから音はしないはずなのに。と、後ろを振り向くと後方に老女というには若々しい笑顔を持つ人がゆっくり歩いていた。髪は既に銀髪で、70代半ばだろうか。さらりとしたワンピースに低い踵の靴を履いていた。何も訊ねていないのに、彼女は言い訳でもするように言った。バスがね、寒いのよ。それで下車して歩くことにしたの。そう言って彼女は私に笑いかけた。どうやらバスに一旦乗ったものの、車内の冷房が強すぎて我慢が出来なかったらしい。私も彼女のように冷房が苦手で、あまり寒い時は下車して歩いてしまうから、気持ちはよくわかる。其れで何処まで歩くのかと訊くと、私の大好きなジェラート屋さんCAPO NORDの更に先まで行くと言う。それは随分長距離ではないかという私に、大丈夫、急いでいないから、歩いていればそのうち辿り着くわ、と言って私に手を振って追い越して行った。ショックだった。歩いていればそのうち辿り着くとは。それは地道で、しかし、もしかしたら一番良い手段なのではないだろうか。今の時代は早くて簡単な方法ばかりを探して、ぜいぜいと息を荒くしているけれど、ストレスばかり溜まって良いことなどひとつもない。もしかしたらこんな風に楽しみながらゆっくりゆっくり歩を進めていくのが、人間らしくて楽しくて、大切なことなのかもしれないと思った。

イタリア二戦目は勝利を挙げられず。帰ると家の中は、悲しみの湖だった。相棒に、ポルティコの下で会った老女の話をするのはまた機会にしたほうが良いだろう。


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