シボル

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金曜日はいつだって嬉しいものだが、今日の金曜日は飛び切りだ。6月2日の月曜日はイタリア共和国建国記念日だから、3連休と言う訳だ。月曜日に祝日が当たるように工夫されていないイタリアでは、こんな風に偶然3連休になろうものなら天からのご褒美にさえ思える。それにしてももうそんな時期なのかと感嘆する。5月が終わろうとしているなんて。

今日はバスのストライキの日。と言っても終日という訳ではなく、人々が通勤通学に必要な時間帯はきちんと稼働しているのだから有難い。その辺りは良心的だと感心するが、金曜日だからといって寄り道していたらバスが止まってしまうから、さっさと家に帰らなくてはならないのが難点だ。そんなことを言いながらも旧市街でバスを乗り替えているうちに家に直行するのが惜しくなり、すぐ近くのフランス屋に立ち寄った。店はまだ混んでいず、店主は電話中だった。どうやら予約の電話らしく、はい、はいと言いながら電話を切った。美味しい赤ワインが入荷したそうで、私はそれを注文した。此処に立ち寄るたびに店主はこんな風に珍しいものや新しい種類の美味しいのを進めてくれるようになった。席に着くでもなく、店主とお喋りを楽しみながら立ったままのワインの時間。長くても15分くらいのことだけど、それは私にとって大変楽しい時間である。赤ワインを頂きながら、ふと思い出した。フランスが好きだったシボルのこと。

シボルと私はアメリカで知り合った。彼女と私は単なる知り合いよりももう少し親しく、しかし友人とまではいかない関係だっただろう。私達は友人の友人だったから。私と友人が一緒に暮らすアパートメントにシボルが出入りするようになったのは何時の頃だったろう。香港生まれの香港育ちで、スレンダーでお洒落な若い女性だった。身に着けているものから明らかに豊かな家に育った娘と窺えたが、彼女は特にそんなそぶりをするでもなく、いたってシンプルだった。潔くショートにした髪が良く似合う彼女。フランスが大好きだった。中でもパリは特別らしかった。アメリカに来る数年前に半年だか1年だか、2年だか、パリに暮らした時期があったそうだ。初夏から夏にかけて、レストランのテラス席で過ごす夕食時の素敵さ、華やかさを彼女はとても愛していた。愛していた物は沢山あったが、そのうちのひとつがそんな時間で、そしてそのうちのひとつはフランスの赤ワインだった。彼女が語るパリの夏の晩はいつか見た映画の一場面と重なり、私と友人を大変酔わせた。そして私達はいつか私達もパリへ行ってみたいと願ったものだ。そんな彼女のパリであったが、香港に暮らす家族に呼び戻されて終わってしまった。暫く家族の元に居たけれど、シボルはまた異国へと飛んでいきたくなった。それがアメリカで、サンフランシスコだった。彼女がそんな気まぐれを起こさなかったらば、私達は一生会うこともなかっただろう。そう考えると、人生とはなんと気まぐれで運命的なのだろうと思う。シボルはそのうち家族の元に戻って行った。パリに居た時と同じように彼女は家族に呼び戻されたからだ。パリの夏の晩も、アメリカの自由の空気も、ほんのひと時しか味わえなかったシボル。でも、家族の元に帰るときは大変潔く、それが私達周囲の者の寂しさを慰めてくれた。多分彼女は家族の元に帰ることを多少なりとも喜んでいるに違いないと。
フランス屋の店主に良い週末をと挨拶して店を出てから思い出した。シボルが愛したものがもうひとつあった。それはフランスの靴。ねえ、フランスの靴は本当に素晴らしいのよ。シボルがあの低いハスキーな声で語ると、フランスの靴が世界一素晴らしく聞こえた。今の私だったらば、こう言うに違いないのに。ねえ、シボル、イタリアの靴も素敵なのよ。

週末。雨があまり降らぬことを祈ろうか。
 

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やせっぽちのアスパラガス

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雨が降ると思って傘を携えて家を出れば降らず、今日は良い天気になりそうだと思って出掛ければ大雨に遭う。最近、空との相性が今ひとつらしい私は、じれったくて仕方がない。もう少しすれば天気が安定するのだろうか。夏型気候になるのだろうか。最近の私達の関心と言ったら、空の様子ばかりである。

さて、今日は雨に降られず、鞄の中の小さな傘が恨めしく思えるような快晴。夕方があまりに明るいので、仕事帰りに旧市街の市場に立ち寄ってみた。今は野菜も果物も豊富で兎に角美味い。店先を覗いて歩くだけだって楽しい。それが初夏である。私の好物はアスパラガス。綺麗な緑のぷっくり太いのも美味しいけれど、もっと格安の細いのがよい。緑は太いものよりも更に濃くて見るからにビタミンが豊富そう。何しろ細いので、すぐに茹で上がる。其のまま頂くのもいいけれど、さっと茹でて、刻んだ新鮮な大蒜とソテーして、絶妙のタイミングで茹でたパスタに和える。そして食べる直前にポルトガルで買ってきた塩をパラパラと散らしたり。これに上等の赤ワインがあればこれ以上ご機嫌なことはない。そういう私を相棒は、安上がりでよいと笑うけど、そんなことくらいで喜べる単純な性格を私は案外気に入っているのだ。昔、ローマに暮らしていた頃、友人の家に連れて行ってもらったことがある。そこはローマから北に車を走らせたところにあるヴィテルボという町だった。もう直ぐウンブリア州ということもあって、緑の濃い小高い場所に町は存在していた。旧市街には手つかずのと言っても良いような中世の建物が残っていて、しかしそれはローマともボローニャとも違う、神秘的な印象のものだった。私達は人々が寝静まったような時間に旧市街に繰り出して、ひと気のない道を足音を立てないようにしながら歩いた。足音を立てないようにしたのは、何かそうしなければいけないような雰囲気が漂っていたからだ。昼間、私達は野に繰り出して野生のアスパラガスを探しては摘み取った。それはひょろりと細長くて、店で売っているものよりも更にやせっぽちだった。こんなの、美味しいの? と訊く私に友人は、そうなの、美味しいの、と言ってせっせと摘み取った。結構な収穫だった。その晩、友人の家で野生のアスパラガスを食べた。確か塩の湯でさっとゆでただけだった。それは私が今までに味わったこともないような美味しさで、あれほど沢山あったと言うのに友人と友人の父親と私の3人であっという間に平らげてしまった。あれが初めで最後だった野生のアスパラガス。ボローニャ辺りでも探せばあるのだろうか。例えば標高500mほどの辺りまで行けば。それともやはりあれはヴィテルボならではのものなのか。人だかりのある店で細いアスパラガスを買った。旬とあって売れるのが早いようだ。最後の一束だった。そして甘い匂いのする杏子を山盛り買った。今夜は季節の美味しい夕食と相棒に宣告したら、アスパラガスだなと言い当てられた。彼もまた、細いアスパラガスが好物なのだ。

美味しい夕食と何時までも明るい初夏の空。気分の良い晩である。

 
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優しい夕方

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今日は2度もひどい雨が降った。朝は冷え込んでいたが空が明るく、良い天気になりそうだと思っていたのに。午後になって直ぐに強い通り雨が降った。向こうの方から黒い雲の群れが風に乗ってやってくるのに気がついてはいたが、まさかこんな激しい雨になるとは思っていなかった。窓を開けるとぷんと土の匂いがした。雨に濡れた土の匂いが好きだ。子供の頃に嗅いだ匂い。それから思春期の頃に仲良しの誰かと肩を並べて歩いた時に嗅いだ匂い。夕方、父と同じバスに乗り合わせて、停留所から家までの坂道を一緒に歩いた時に漂っていた匂い。どれもこれも懐かしくて恋しい思い出。日本の思い出と言っても良かった。ああ、日本にいるみたいだと思いながら、しかし日本でこんな激しい雨を降るのを見たことはあまりないと思った。亜熱帯地方で見るような雨。もっとも私は亜熱帯地方に行ったことはないけれど。そのうち太陽が出て地面が渇き、穏やかな午後になるかと思えば、16時を回った頃に再び激しい前が降り、窓という窓を激しく叩いた。気まぐれさん。雨のことをそんな風に呼びながら、自分と同じだと気がついて苦笑した。

帰り道に旧市街に立ち寄ると大通りに面した大きな教会の扉がいつにも増して大きく開かれていた。サン・ピエトロ教会だ。中には沢山の人が居て、どうやらミサをしているようだった。美しい歌声が聞こえた。そんな歌声に誘われて私も教会に吸い込まれていった。そう言えば昨年の5月の終わりにもそうだった。私は大きく開かれた扉と歌声に誘われて中に入ったのだ。この時期にはボローニャの丘の上に建つサン・ルカ教会の聖母がボローニャに降りてきて、そしてまたサン・ルカ教会に戻っていくのだけど、その一連の行事のひとつがこの教会のミサなのである。私は教会に集まった人の多さに驚き、そして歌声の美しさに心を動かした18時半に教会から出ると、何処からか大きな鐘の音が聞こえてきた。それは幾度も鳴り響き、道行く人々の足をふと止めさせるほどだった。あっ、と小さな子供が声を発したと思ったら、目の前に紫色の風船が横切り、それはゆっくりと空へ昇って行った。夕方の雨に洗われた空は青く高く住んでいた。金色の太陽の光が紫色の風船をやんわり包んでいた。優しい夕方。これと言って何もないけど、そんな夕方が好きだ。穏やかで、ほっと息をつきたくなるような夕方。私には必要だった。


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上階の夫婦

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今月に入ってこの春購入した小さなアパートメントの住人会議が2度もあった。今夜はその2度目で、私は少々うんざりしていた。其れと言うのも購入するまで建物の修復やらなにやらを控えていることを知らなかったからだが、一番の理由は月曜日の晩だからだ。ここの住人会議は月曜日の晩が恒例らしく、多分それなりの理由があるに違いないが、今のところ私にはわからず、それでなくとも憂鬱な月曜日がますます気重になるのであった。住人会議と言っても管理人のほかに4家族しかいないけれど、しかし其れであっても出費が伴う話し合いなので皆それはそれは真剣で、時々意見を求められてはまるで授業中に皆の前で源氏物語の一説か何かを暗誦せよと不意に教師に指名された時みたいに、私はどぎまぎしてしまうのだった。夜の11時まで続く住人会議をうんざりしているのは他の家族も同様らしく、こんなに頻繁に住人会議をされては困るのでこの議題は是非今夜決めてしまおうと意見する私に、そうだそうだ、と皆が賛成し、おかげで帰りが遅くなったが半月か、長ければ一年は住人会議を開かずに済みそうだ。それにしても月曜日から大変疲れた。住人会議のせいだけではない。月曜日のせいだ。

ところで上階の夫婦は大変洒落ものだ。20歳前後の息子と娘がいるので、想定年齢は55歳前後である。夫は随分髪が白くなり、口髭さえも白くなっている。肩まで着くような髪。カジュアルスタイルだが、いつもきちんとした仕立てのジャケットを着ている。カラフルな色のコットンパンツで素足にスリッポンを履いている。妻の方も髪がグレーになりつつある。何か大切な職に就いていると聞いているが、威張った感じは全然なくて、それどころか好感度抜群だ。彼女は夫ほど衣服に力を入れていないが元々センスが良い人らしく、他の人が身に纏ったら全く普通に見えるシャツやカーディガンをさらりと粋に着こなして、大抵なめし革の赤いモカシンを履いている。これは彼女に非常に似合っていて、それが彼女の印象を更に良くしているように見えた。そんな彼女が今夜は興味深いネックレスをしていた。たっぷりした長さのチェーンネックレスを二重に巻いていた。素材は何かのメタルらしく、銀色に光っていた。品の良い、美しい光を持つネックレスだった。私の横に座った彼女のそれが、私は気になって仕方なかった。話し合いを終えて立ち上がろうとした彼女にネックレスのことを訊いてみたら、彼女は一瞬びっくりして、VIA SAN FELICEをずった行ったところの右側の店で買ったと言った。古い店なのよ。昔からあるからあなたもきっと知っている筈。そこまで言うと彼女はにやりと笑い、ほら、これは量り売りのチェーンなの。メートル単位で売ってくれるのよ、と言った。どうやら店はボタンなどを売る裁縫道具店か何かで、彼女はそういう店で面白いものを見つけてはアクセサリーにしてしまうらしい。素敵な彼女。私はそんな彼女とこれから毎日顔を合わせるのかと思ったら、嬉しくなった。これから、と敢えて言ったのは、まだ入居していないからだ。引っ越しは6月上旬の予定。そして予定は何時だって未定なのだ。


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散歩と私

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週末は気分がいい。毎日が土曜日だったらばと思うけれど、しかしそれでは土曜日の有難味が無いと言うものだ。だから土曜日はやはり週に一度だけが良いようだ。いよいよ初夏の気候になって、クローゼットの中に吊るされていたトレンチコートやジャケット、それから冬物もすべて大きな紙袋に詰め込んで近所のクリーニング屋さんへ行ったらば、まだ閉店時間前というのにシャッターが下りていた。さて、どうしたものか。店主の具合が悪いのか、それともこんな素晴らしい天気だから、何処かへ遊びに行ってしまったのか。何にしても、この大荷物をもって再び家に引き返さねばならなくて、まったく残念であった。月曜日の夕方行ってみることにしよう。もう冬物やトレンチコートは一日も早くクリーニングに出してしまいたい。

旧市街へ行った。いつも下車する停留所よりふたつも早く降りたのは単なる気まぐれだった。誰か有名な人が、何事にも理由があるものだと言っていたが、それは私に限っては当てはまらないらしい。勿論理由が伴うことも多々あるが、私は案外気まぐれで、思いつきで行動することも多いのだ。それは土曜日に良くあることで、それは何の約束もない自分の為の散策だからかもしれない。それに今日は歩くのが楽しかった。いつものモカシンシューズも悪くないが、最近購入した靴が大変歩きやすかったからだ。この靴のスタイルはあまり私らしくないので随分長いこと悩んでいたが、このところ歩くのが苦手になり始めたのがきっかけで、歩くための靴の購入に至った。調子に乗って歩き過ぎて疲れてしまったが、久しぶりに気持ちの良い散歩だった。途中で最近できた小さな店で喉を潤した。知り合いのソニアが、この店はなかなかいいと言っていたのを思い出して。ミキサーで好きなものを合わせてジュースにしてくれるのである。そんなもの、家で作ればよいではないかとソニアに言った私だが、同時にこれは良いとも思ったのだ。下手なものを飲むよりは、こんなものの方が体に良い、と。店の床には様々なタイルが敷かれていた。私が以前ナポリで見たものによく似ていた。訊いてみれば南イタリアの古いお屋敷が改装する際に剥がされた古いタイルだそうだ。この店の内装はすべて自分が手掛けたのだと、眼鏡をかけた店主が胸を張った。なかなか良い趣味をしていると褒めると、彼は丁重に有難うと言った。果たして私はこの店を大そう気に入り、店主とひと言ふたこと言葉を交わし、また近いうちに来ると約束して店を出た。

歩き過ぎて足が棒のようになった。でも歩けるって幸せだ。私はこの冬酷い風邪を引いて、何日もベッドで過ごしながら散歩を懐かしんだ。週末の散歩。行く先々で人と会話すること。これらが無かったら、何と淋しいことだろうと。元気な限り私は散歩を続けよう。うん。それがいい。


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