彼女の電話

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飛ぶように過ぎてゆく毎日。こんな風に私たちの夏もあっという間に過ぎていくのかもしれないかと思えば、この暑い日々が愛おしい。どんなに朝から晩まで蝉が鳴いていて、どんなに窓からの風がうだるような暑さであっても。空が高いのは良いことだ。空が明るいのは素敵なことだ。ただ、毎日の頭痛には閉口だ。酷い痛みではなく、しかし額の辺りを中心に眼球にまで届くような鬱陶しい痛み。夏になると良くあることだ。聞けば誰にでもあることらしいから、あまり心配はしていない。睡眠時間をたっぷりとって体を休めるのが良いだろう。

先日、見知らぬ電話番号から電話を貰った。大抵の番号は登録してあるから、見知らぬ電話番号と言うのは珍しいことだった。銀行から掛かってくることがたまにあるくらいで、あとは・・・と考えてみたが思いつかず、とりあえず電話に出てみたら、懐かしい声が聞こえた。ティツィアーナです。私のこと、覚えていますか。ハスキーな、女性にしては低い彼女の声だった。彼女は私とは特に仲が良くて食前酒を楽しみに出かけたりする仲ではなく、いうなれば衣服店の主人とたまに来るという関係だった。しかも其のたまに店に来る客ときたら割引の時期にしか来ない。それなのにああでもないこうでもないと探した挙句に何も買わずに店を後にすることもある、店主にとってみればとんでもない客だった。ティツィアーナの声を聞いてそんなことを思い出しながら、私は驚きの声を上げた。まあ、あなた!いったい今何処で何をしているの?急に姿を消すなんて。私がそうといたのには理由がある。彼女は昨冬のある日、忽然と消えてしまったからだ。冬のセールがすっかり終わらない時期だったが、何時まで経っても店の外に下りた鉄の格子戸に一抹の不安を感じながら、もしかしたら冬の休暇に出かけているのかもしれないと思ってみることにした。そうでもなければ残念すぎる。気に入りの店のひとつだったから。彼女とのお喋りを私は案外楽しんでいたのだから。電話の向こうの彼女はさばさばとした声で言うのだった。あら、私言ったじゃない、店を閉めるってこと。其の後は、言った、いいや聞いていないの押し問答で、しかし仕舞いには笑いながら、そんなことはどうだっていいわ、それで元気なのかしらと互いの状況を訊ねあった。彼女が店を閉めたとき、沢山の電話番号が手元にあったそうだ。しかし思い入れのあった自分の店を閉めたことが淋しくて残念で、暫く放っておいたそうだ。そして数ヶ月が過ぎて季節が夏になり気持ちが落ち着いたので電話番号を整理しているうちに数人の人の声を聞きたくなったらしい。そのうちのひとりが私だったとは、私はなんて幸せ者なのだろうか。私がそんな風に喜ぶと、あら、当然でしょう、と言わんばかりの口ぶりでこう言うのだった。あなたの感性はちょっと風変わりで私にはとても新鮮だったから、あなたが来るのを楽しみにしていたのよ。それを聞いた私は、あら、それなのに私は割引の時期にしか顔を出さなくて悪かったわね、と詫びると、さばさばした性格の彼女はあっはっはっと笑って、私の笑いを誘った。そうねえ、そうだったわねえ、と言いながら。私も彼女と話をするのが好きだった。彼女のからりとした性格が大好きだった。似合わないものは率直に似合わないと言う彼女が好きだった。それで彼女は今、旧市街の同じ通りで別の仕事をしていると言う。好きな時に休憩時間をとってひょいと職場から抜け出せるらしい。だからね、時々声を掛けて頂戴。ちょっとカップチーノとか、そうねえ、冷たいものなんか一緒にどうかしら。そう言って彼女は電話を切った。私は狐に包まれたような気分だったが、そうだったのか、彼女はそんな風に思っていたのかと嬉しくなり、近いうちに彼女の職場に立ち寄って冷たい飲み物にでも誘ってみようと思った。しかし私の考え方の何処が風変わりなのだろう。教えて貰いたいものだ。

まだ空がようやく薄暗くなりだした21時半頃、大きな大きな満月を見た。いつものような真珠色ではなく、まるで卵の黄身のように黄色い満月だった。周囲は風が吹いていて一気に昼間の熱をさらっていった。木の枝が風に揺れる音はさざ波のようだ。ボローニャに居ながら波の音が聞けるなんてなんて素敵なんだろう。それにしても涼しくなった。どうやら今夜は安眠できそうだ、波の音を聞きながら。


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思い出したこと

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何時までも熱が冷めない木曜日の夕方。蝉ががむしゃらに鳴く夕方。でも一日がもうすぐ終わろうとしているこの時間が好き。たとえ涼しい風が吹かないにしても。もうすぐ21時になるが何しろ空が明るいので晩という感じが全然しない。だから夕方と私は呼び、こんな明るい空の夕方が何時までも続けばよいと願う。一年で一番日が長い時期だ。多分22時にもなれば空が暗くなるに違いない。こんな夕方はテラスに椅子を持ち出してのんびりと風に当たるのがいい。ワイングラスに注いだ冷えたスパークリングワインを少しづつ口に含みながら、木の枝が風にそよぐ音に耳を傾ける。私はそんな夕方が好きだ。もっとも今のアパートメントはテラスが存在しないから、そんな夕方が好きだった、と過去形で言うのがよいだろう。しかしそれも今週一杯で、来週になればそんなテラスで過ごす夕方が再び実現する。幸運だ。全く幸運だと思う。

最近、思い出したことがある。私がまだ子供だった頃のことで、私たち家族が郊外の家に住んでいたころのこと。東京の街中から引っ越してきた姉と私には長閑すぎて時間をもてあましてしまいそうだった。しかしすぐに姉は新しいことを家に持ち込んできて、私を夢中にさせた。4歳と7ヶ月年上の姉は、いつも私が考えてもいなかったことを教えてくれた。其のひとつがビートルズだった。ビートルズはすでに解散していたが、姉は夢中だった。学校の帰りに輸入レコードを手に入れたといって母に叱られていたようだけど、しかし母はビートルズを悪く思ってはいなかったらしく、そのうち皆で音楽を聴くようになった。姉はビートルズの歌詞を理解していただろうか。しかし何をさせても賢くて手っ取り早い姉は、まるで外国人のように音楽に合わせて歌っていた。すごいなあ。と私は横で聞きながら、全然意味が分からなくて少し残念だった。そして私を夢中にさせたものはビートルズだけではなかった。アメリカのラジオ局にダイヤルを合わせること。此れは長い間続いた。姉とふたりきりで午後を過ごした子供時代の夏休みが特にそうだった。宿題とか昼寝とか、そんな野暮なことは抜きにして、私たちはそれぞれのことをしながらラジオに耳を澄ませたものだ。あの午後、姉は何をしていただろう。私はといえば窓辺に置いた机の前に座って、時々風で膨らむレースのカーテンが額を擦るのを楽しみながら、手紙ばかり書いていた。遠に暮らす友達に。夏の一瞬に知り合った同じ年頃の人達へ。普段は会うことも出来ない、また来年の夏まで会うことが出来ない人達へ。

何時だったか、私がアメリカに居たころだったか、それともボローニャに暮らすようになってからか、姉が私に訊いたことがある。何故あなたは外国に暮らすようになったのだろう。なぜ外国を好きになったのだろう。何故外国語に関心を持つようになったのだろうと。あの時私はどう答えたか。幾ら考えても思い出せない。でも、今の私だったらこう答える。ねえ、お姉さん、それはあなたが外国の風を家に持ち込んだからなのよ。私はあの風で病に掛かってしまったのかもしれない、と。


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暑いのが苦手

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窓を開けておいたのに少しも涼しくなかった晩。それだから案の定寝苦しくて、ああでもない、こうでもないと寝返りを打っているうちに朝になった。こんなに私が苦闘している横で相棒は軽やかな寝息をたてているのが不思議だった。私たちは本当に同じ部屋に存在するのだろうかとこの目を疑うほどに。そんな相棒が寝苦しくてよく眠れなかったと言いながらベッドから抜け出すのを横目で眺めながら、私は深い溜息をついた。こんなだから快適に過ごせる筈もなく、眠さと暑さによる疲れと戦いながらの1日だった。飼い主と共に歩く飼い犬が頭を垂れてとぼとぼ歩く。いつもならばうきうきした足取りなのに。私の知っている近所の犬も、はーっと溜息をつきながら散歩をしていた。通りすがりに私と犬は目と目で会話する。暑いわねえ。こんな夕方は散歩はしないほうがいいんじゃないの? そうなのよ、奥さん。でもね、真昼の散歩よりは良いかと思って。

こんな暑い日には思い出す。私が暮らしていたアメリカのあの町のこと。その町は暑いといってもボローニャのような夏があるわけではなかった。それどころか、私が暮らした町のどの町よりも涼しくて、7月でも8月でも夜になると肌寒くてスカーフや上着が必要になるほどだった。ところがふとした拍子に恐ろしい夏日になり、そんな暑さに慣れていない人々を喜ばせたり驚かせたり、ぐったりさせたりするのだった。私と相棒は街の中心から少しはなれたところにある大きな公園の近くに住んでいた。其の公園に沿って西へ西へと歩いていけば大西洋に辿り着く、そんな界隈。フラットには4世帯が入っていて、私たちは上の階の半分に住んでいた。風通しの良い家で、キッチンの先には小さなテラスがあった。テラスは隣の家と共用で、そこに私たちは様々なハーブの鉢を置いていた。陽あたりが良く風通しがよく、ハーブを育てるにはもってこいのテラスだったからだ。隣の家にはイタリア人女性が住んでいたから、彼女にとってもそれは大変都合が良かった。バジリコ、サルビア、ローズマリーノ、ティーモ・・・とイタリアの食事に欠かせない様々を育てていて、私たちの家を訪れる人達は皆このテラスを羨ましがった。其処は猫の特等席でもあった。私たちの大きな猫、グラッパ。一番最後にこのテラスにやってきたくせに、まるで自分のテラスのように占領していた。そして誰かがハーブを摘みにやってくると、大きな頭をぐるりと回して一瞥して、まるで貧乏ゆすりをするかのように長い尻尾をパタン、パタンと上下させて木製の床を叩くのだった。それだから誰もが、ちょっとごめんなさいねと詫びながら、大きな猫の上をまたいで向こう側にあるハーブを摘むのだった。そんな猫だが暑さにひどく弱かった。ある日突然やって来た暑さに猫は目が回ってしまったらしい。私が家に帰ってくると階段を上がったところに仰向けに寝そべっていた。大の字になって。木製の床の僅かな冷たさを背中から全て吸い取りたいかのような格好で。そんな猫を見たことがなかった私は心配して、大丈夫かと猫をさすると、猫は一言にゃーと鳴いて、それっきり黙ってしまった。そうねえ、あんたは大そう暑そうな毛皮を纏っているからねえと猫に話しかけると、猫は恨めしそうに私を眺め返すのだった。あたし、暑さに弱いのよ。そう言っているかのように見えた。私がタオルで猫の上を扇いであげると、気持ちよさそうな深い溜息をついてごろごろと喉を鳴らした。あれから何度か暑い日があった。其の都度猫は私に強請るのだった。ねえ、タオルで扇いで頂戴、と。あの猫。そういえば寒いのは全然大丈夫だった。猫は寒いのが嫌い、という常識は私の猫には当てはまらなかったと今思う。

私も床の上に大の字になってみたら、どんなに涼しいだろうかと思うけど、私は猫ではないからそんなことは出来ないわ、と自分に言い聞かせる。でも、引越し先の居間の黒い大理石の床はとても気持ちがよさそう。一度くらい試してみたいものである。


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ボローニャの夏

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今日も快晴。長いこと雨降りと低温だったボローニャだから、こんな快晴は嬉しくない筈がない。待ちに待った素敵な季節。開放的な季節なのだから。ただ、少々急激過ぎた。こんなに急に暑くなるなんて。幸運だったのは昨晩ついに探していた夏服がしまってあった箱が見つかったことだ。もう長袖なんて着ていられない。何しろとっくに30度を超えているのだから。ボローニャの夏は暑い。周囲を山に囲まれたボローニャ。風の行き所がなくて夏は蒸し暑くて仕方がない。丘の町ピアノーロに暮らした5年間は夏は快適だったけど、其の分冬は辛かった。そうして戻ってきたボローニャの町での暮らし。冬の寒さがそれほどでなかった分だけ、夏の暑さは覚悟しなくてはならない。そういうものだ。全てを手に入れようなんて、調子の良いことは考えてはいけない。少なくとも此処ボローニャでは。良いこともあればそうでないこともあるさ、と初めから思っていればよいだけのことだ。

恒例の日曜日の昼食会を終えてピアノーロから帰ってくるとバスの停留所の背後にある床屋の入り口の階段に腰を下ろしている男性がいた。昼過ぎの、真上から照りつける太陽を逃れるように、僅かな日陰にへばりつくかのような形で座っていた。白い長袖シャツに黒いズボン。黒い革靴に、黒いサングラス。白髪の混じらないウェーブの掛かった黒髪。私が其の前を通り過ぎようとした時、男性が口を開いた。やあ、元気かい。私はその見知らぬ男性が自分に声を掛けたことに驚き、恐らく酷く動揺した表情をしたに違いなかった。男性は数秒私の返事を待ったが何の返答もないので、サングラスをかけていたら誰だかわからないかな、と言ってサングラスを外して笑った。近所のレストランの給仕人だった。あら、全然分からなかった。私は非礼を詫びて、其の間に確か彼は休暇で暫く見かけなかったことを思い出して、休暇はどうだったかと訊ねてみたら、生き返った気分だと言って深呼吸をして見せた。私と相棒は今のアパートメントに昨冬引っ越してきて以来、彼が働くレストランへ頻繁に足を運ぶようになったのにはわけがある。ボローニャに戻ってきたし、私たちはいつも真面目に働いているのだし、短い人生だ、もう少し楽しもうじゃないか。其の楽しみのひとつが時々レストランで食事をすることだった。勿論当時は月に二度ほどのつもりだったが、このレストランへ行くようになるとまるで自分の家のような気分で食事が出来るので、毎週足を運ぶようになった。メニューにないけど、こんなの出来る? と訊けば一瞬考えて、ふーん悪くないね、と希望の料理を出してくれる。時には店主のほうから、今日は実はこんな魚があってね、こんな料理を出すことが出来るけど、どうだい? と提案がある。頻繁に通っているうちに店に置かれている全ての菓子類を作っているという店主の姑とも顔見知りになり、其のうち店主の美しい金髪のお嫁さんと小さな子供たちとも知り合い、そして給仕人たちとも親しく言葉を交わすようになった。其の中でも彼は実に気の利いた話をするのでどの客からも好まれて、私たちもまた彼と話をするのが楽しみだった。その彼の喋り言葉にはどの町のアクセントもなく、しかし相棒は何を根拠にしてかトスカーナ人だと推測し、私はウェーブのある黒髪からプーリア人だと推測した。そうしてある晩訊ねてみたら、プーリア人だと分かり、いやあ、推測に関しては女性のほうが秀でていると言うけれど本当だったね、と言って彼が相棒にうウィンクを投げた。其の様子はどうも、言い当てた私を褒めると同時に、おいおい、君の奥さんは鋭いな、君も大変だなあ、と言っているようで、私たち3人は互いの顔を見合わせると、あっはっはっとお腹を抱えて笑ったものだった。さて、彼はどうやらプーリアへ帰っていたらしい。そしてボローニャに戻ってくるなり日曜日の昼に仕事、しかもこんな暑さで体がびっくりしているとのことだった。でも、プーリアのほうが暑いでしょう、と言う私に彼は首を横に振る。暑いけど、こんな暑さじゃない。ボローニャの暑さは一種独特なんだよ。ふーん、成程ねえ、一種独特。そうしているうちにバスがやって来て、またねと手を振って彼はバスに飛び乗った。炎天下にひとり残り、空を見上げる。暫く雨は降らないだろう。そして気温は上がる一方。一種独特のボローニャの暑さと上手く付き合っていく方法を見つけなければと思いながら、思い出したかのように私は再び歩き出した。


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半袖シャツと海辺の生活

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初夏になったと思ったら夏を迎えたボローニャは、驚くほど暑い。肩を出して歩く女性を見かけるたびに、ほんの少し羨ましい。昨年12月終わりに引越しをした際、夏物を丁寧にし畳んで箱の中に詰め込んだあの箱が見つからない。それでも少し前までは良かったのだ。薄い長袖でも何とか我慢できたから。しかしこうも暑くなっては我慢がならぬ。昨日も今日も箱探し。ああ、もうそろそろ見つかってもよさそうなのにと思いながら。今朝は驚くような快晴。窓から差し込む太陽の光で目が覚めた。いつもならもっと眠っていたいと言いながらもぞもぞベッドから抜け出すのに、今朝は暑いとぼやきながら起床した。窓を開けたら涼しい風でも入ってくるかと思ったが、外には一寸の風もなく、道行く人達の様子はまるで真夏のようだった。私は一番涼しいに違いない木綿の長袖シャツに白いパンツをはくと、すばやく素足にモカシンを履いて家を出た。旧市街へ行こう。何しろ昨日はイタリア中の交通機関がストライキで、金曜日と言うのに夕方の寄り道もせずに帰宅してしまったのだから。金曜日の夕方を楽しめなかったことを私はとても残念に思っていたのだ。昨夕の分まで散策を楽しもう、という魂胆だった。この素足にモカシンとも其のうちお別れだ。素足でサンダル。そうだサンダルがしまってある箱も探さなくては、と思いながら、ようやく来たバスに乗り込んだ。目を射るような強いイタリアの太陽の光。サングラスなしでは外を歩くことが出来ない。乗客のどの顔にもサングラスが掛かっていて、それらを眺めるのはなかなか面白い。昔、眼鏡店の宣伝でこんなことを言っていた。眼鏡は顔の一部。確かにそうだ。掛けている眼鏡が似合うかどうかで、それが素敵かどうかで、その人の印象まで変えてしまう。成程ねえ、と思いながら、そ知らぬ顔で人々の顔を眺める。

ボローニャ旧市街には沢山の旅行者がいた。何時になく活気があり、空から強い光を放っている太陽も驚いているに違いなかった。これがヨーロッパ最古の大学である旧ボローニャ大学でアルキジンナージオ宮・・・と説明する女性と彼女を取り囲むアメリカからの旅行者達の横を通り過ぎながら、うんうんと心の中で頷く。それなりに知っていることだけど、こんな風に人が説明するのを聞くのは大好きだ。時々、そんな説明の中に思いもよらぬ発見があったり、新しいアイデアが浮かんだりする。そんな時、人の言葉とは魔法のような効力があると思うのだ。アルキジンナージオ宮の並びの店の前を歩いては歩みを止め、ウィンドウショッピングを楽しんだ。もうじき夏のセールが始まるのだ。もう少しの辛抱だ。と自分に言い聞かせてみたが、観念した。暑い。半袖シャツを買おう。私は店に飛び込んで、あれと此れ、と注文して棚から取り出して貰い、ぴったりのサイズを選び出して驚くほどの速さで買い物が済んだ。我ながら速いと思ったが、店の人も驚いたらしい。決断が速いですね。褒め言葉にも聞こえるが、お客さん、買い物をするときはもう少し品質と値段を吟味しても宜しいと思いますよ、と窘められているようにも聞こえて少し恥ずかしくなった。良い買い物が出来た礼を言って店を出た。正午だった。其の足でカフェ・ザナリー二へ。昔のように通うほどではなくなったが、今でも時々気が向くと此処に来る。冷たいレモンジュースを注文して一息つく。右手に立ってカッフェを頂く若い女性がカウンターの中の店員と親しそうに話しをしている。どうやらこの近所に暮らす人らしく、この店が数年前ボローニャのコーヒーブランド“セガフレッド”に買い取られる前からの常連らしい。そういう客は沢山いる。買い取られたとは言え、店員は昔ながらの顔ぶれで、店内に置かれている菓子も昔と同じ。違うのは扱っているコーヒー豆だけと言っても過言ではないだろう。それで隣にいる若い女性だが、来週半ばから暫く街を離れるらしい。毎年同じで刺激はないけど、好きなのよ、サルデーニャの海辺の生活が。どうやらサルデーニャの海辺に家を持っているらしい。恐らく両親所有の家だろう。店員が言う。私からしてみたらサルデーニャの海辺と言うだけで充分刺激的ですよ。其の言葉に周囲の人たちが一斉に目を見開いて頷く。彼女たちの話に耳を傾けていたのは私だけではなかったらしい。実にイタリアらしく、実にボローニャらしいと思った。彼女たちの愉しいお喋りが終わり、グラスのレモンジュースがすっかりなくなったところで店を出た。暑い。彼女の海辺の生活が始まっても私の夏休みはまだ2ヶ月も先。しかし夏とはなんと解放的で気分が良いのだろう。長い冬の後の夏を満喫しておかなくては。夏の太陽を充分吸収しておかなくてはと、再び元気に歩き出した。


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