自分しだい

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月曜日から世間が慌しいのは選挙のせいだ。日曜日に引き続き月曜日の午後早い時間まで投票が行われたイタリアは、それから開票が始まるにつれて現在誰がどのくらいいいセンまで行っているのかと誰も彼もがそわそわだ。イタリア国民の選挙に向ける関心の高さは今に始まったことではないが、外国人の私ですら気になるのだから此の選挙がどのくらい重要なものであるか、想像がつくというものだ。さて、何時頃結果が分かるのだろうか。其れによってイタリアに暮らす人々の生活が左右されるのだ。明日は朝から此の話題でもちきりでどの職場でも仕事にならないに違いない。

ところで私は春が待ち遠しくてならない。温かいカシミアのセーターの肌触りやショートブーツに足を包みのも好きだけど、私はコットンやシルクのスカーフの感触や、軽いコートをさらりと着て軽快に歩くのはもっと好きだ。春先のひんやりした空気も、新緑が萌えはじめる街路樹の様子も。店頭に並ぶ国産苺の匂いや花屋の前に並べられたフリージアの花も。春の素敵を探し始めたらきり無く見つかるに違いないのだ。昔、私がアメリカに暮らしていた頃。私がまだシングルで全てが可能で全てが自分しだいだった頃。そんなことを良く思い出す。其れは毎日がチャレンジで、毎日が輝いていた時期だった。掻き集めていった貯金は湯水のごとく流れていくから、あっという間に貧乏暮らしになってしまったけれど、それ以外のことは小さなことですら魅力的に見えて自分の貧しい生活を忘れてしまうほどだった。私は幸運だったのだ。良い人間関係に恵まれて。こんな異国の地にいるのに。私が暮らす町にはボローニャよりもずっと春が早くやって来た。2月も終わりになると太陽の陽射しが暖かくて窓越しに立っているならば、うっすり汗ばむほどだった。もっとも其れも海の近くへ行くと潮風が冷たくて、風除けのジャケットのジップを首もとまで上げて身を包まねば居られなかったけれど。私は時々ひとりで海まで歩いた。当時暮らしていたアパートメントから少し坂を上り、そこから真っ直ぐ北に向かって歩いていけばよかった。西に向かえば大西洋が広がっていたが、そちらへ行くよりも北へ向かうほうが安易だったからだ。北のほうには湾があり、冷たくて足を浸すことも出来ないけれど、眺めて居ると色んな空想が思い浮かぶような深い湾だった。私が昔見て好きになった、ヒッチコックの映画に出てくる湾だった。私がその湾を訪れたのはまだ私が此の街に暮らす前の、初めて此の町に旅行者として来たときのことだった。案内役の髪の長い女性が説明してくれて、ああ、その映画なら私は知っている、私の大好きな映画だから、と言って案内役の女性と言葉を交わしたから良く覚えているのだ。へえ、此処だったのか。飛び込んだら深くて助からないのではないだろうかと思いながら、水面から底を覗き込んだのだ。そうして此の町に暮らし始め、時々思い出したように湾を訪れるようになった。何が在るでもない。単なる湾なのに、此処へ行くとほっとした。そしてまた坂道を上ってアパートメントに帰っていった。坂道の途中にはグロサリーがあって、店先に花が売られていた。いい匂いがすると思って覘いてみたら、大好きなフリージアがあった。この花には思い出がある。いい思い出だ。貧乏だったから贅沢は出来なかったが、そんな風にフリージアを見つけては、数本包んで貰って部屋に飾った。日当たりの良いその部屋にフリージアの花が加わると、春以外の何物でもなかった。ああ、私の部屋に春がやって来た。そんなことを言いながら幸せを感じたのだ。幸せに感じるというのは大切なことだと思った。此の気持ちを大切にしようと思った、あの頃。あの頃ほどの貧しさはもう無く、感謝の気持ちで一杯だ。でも何故だろう。あの頃のほうが幸せだったような気がする。自分が自分で居られたような気がするのは、単なる気のせいなのだろうか。それとも冬の憂鬱のせい。其れならば早く冬が通り過ぎてしまうと良い。


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永遠の浪漫

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イタリア中が投票に沸く日曜日。昨日の雪が夜中のうちに止んで、朝から快晴。陽射しが雪を更に白く輝かせて目に痛い。昨晩のうちに除雪車が主要道路の雪を除けて車が普通に通れるのは嬉しいことだが、路上駐車していた車たちは除雪車が除けた雪に埋もれて酷い目にあったようだ。朝から沢山の人達が雪に埋もれて姿を消した自分の車探しに奮闘し、車を救出すべく雪かきに忙しい。大半の人達は車の利用を観念して、いつもなら歩かないに違いない1,2キロメートルの距離をてくてく歩く姿はとても健康的且つ楽しそうだ。しかし歩道が除雪車の除けた雪で大変なことになっているので人々が車道を歩く。車はそんな人達に注意しながら走る。いつもなら交通の激しい主要道路は今日に限ってはのんびりでゆったりだ。今回の投票は雪に見舞われてどうしたものかと思っていたが、人々の関心は揺るぐことないらしい。誰が勝利を得ても良い。兎に角今のイタリアを何とかして欲しい、と言うのが投票権利の無い、日本国が二重国籍を認めない限りは一生外国人のままで居ると決めた私のひそかな願いである。

昨日旧市街を歩いていたら携帯電話にメッセージの受信を発見。確認してみたら友人からであった。彼女は今回の選挙の関心が高じてローマに選挙演説を聴きにいったらしい。チャオ! 今、ローマに居ます。とのことだった。そういえば数日前にあった時、そんなことを話していた。雪が降ってもいくのかとの私の問いに、こんな大切なことは雪だって何だって参加しなくては、と言って笑った。私よりも15も若い彼女。おっとりした性格で彼女と話して居ると幸せが伝染してくるような幸せさん。性格も年齢も違う私たちがこんな風に友達になるなんて、初めて会ったあの日には夢にも思わなかった。選挙演説を聴いた翌日はローマの街を見て回ると言って喜んでいた。ローマに居た頃何処に住んでいたのかと訊かれプラティ地区だと答えると、あそこには有名なピッツァの店があると彼女は言った。そうだ、確かにあの店の切り売りピッツァは有名でいつも客で一杯だった。私がプラティのアパートメントで4人のイタリア人たちと暮らし始めて間もなく、ボローニャから相棒が様子を見に来た。快適だけど大変なのよ、と電話で言った私の言葉に、おいおい、其れは大変だ、と思ったらしい。しかし私が大変だったのは別に4人のイタリア人たちのことではなくて、何しろ人数が多いから全てが順番待ちであることだった。そして若い彼らは夜な夜なキッチンに集まって夜遅くまでお喋りに興ずる。私が明日の朝早いからと自室に退散しようとすると、大抵誰かがごねて、あと20分、あと10分と結局遅くなってしまうことだった。さて相棒がやって来た。4人のイタリア人たちが、さあ、いつもひとりぼっちの妻と一緒に散歩へ行けと相棒に言う。此処を真っ直ぐ行くと大通りがあって、其れをずっと行けばポポロ広場にいけるとか、此の近くに美味しいカッフェと菓子の店があるとか教えてくれた。その中のひとつが切り売りピッツァの店だった。美味い。その上安いんだ。と言ったのは確か当時大学で建築を学んでいたジャンカルロだった筈だ。性格の良い彼は友達がびっくりするほど多くて、彼らと出歩くからなのか安くて美味い店を沢山知っていた。それで私たちはアパートメントからプラティ界隈の散策に出たのだ。直ぐにお腹が空いて切り売りピッツァの店を目指し、熱々のを切り分けて貰ってかぶりつく。美味しくて軽くて安くて、私たちはいったい何度切り分けて貰っただろうか。相棒は此の辺りのローマっ子たちのお喋りに混じりながら、君たちはこんなのを毎日食べられるなんて幸運だね、と言っていた。相棒がボローニャに戻ると、時々電話であの店のことを訊かれた。うん、この間の休みの日に行って食べた、などと私が答えると相棒は再びローマに跳んで来たくなったものだ。彼女と話をしながらそんな昔のことを思い出してその店には良く通ったことを伝えると、ああ、早くローマに行きたいと身を捩った。ローマ、やはりローマは憧れなのだ。他にも素敵な町はたくさんあるけれど、ローマはやはり永遠の浪漫の町なのだろう。どんな理由であったにしてもローマに暮らす機会を得た私は運が良かったのかもしれない。そういうことにしておこう。それにしても妙な天気だ。晴天かと思えば雨が降り、また太陽が顔を出す。明日にはまた雪が降ると言っているけど、何か春の予感がする。多分、此の妙な天気の直ぐ後ろには春が待っているのかもしれない。


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白いボローニャ

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外の雪。眺めていると凍り付いてしまいそうだ。昨夕、仕事帰りに旧市街を放浪して体が冷えてしまったらしい。晩になって熱が出た。しかし其れも朝を迎えると平熱に戻り、迷った挙句また旧市街の散歩に出掛けた。雪は降っていなかった。しかし雪に覆われた路面は冷たくて、酷く滑りやすかった。だからなのか、行き交う車も街を歩く人もとても少なく、嬉しいような淋しいような。いつもとは違う土曜日の風景だった。バスの終着地まで行こう思っていたのにふたつ前で下車したのは、何の理由も無かった。ふと思いついてバスから飛び降りてしまったのだ。七つの教会群のある広場に向かって歩いていたら見慣れぬものが目に飛び込んだ。老人と犬だった。でも何か見慣れないものが・・・と観察してみたら、犬が靴を履いていた。四つの赤い靴。目を見開いて驚く私に老人が声を掛けてきた。フォックステリアですよ、と。私はうんうんと頷きながら、あなたの犬は散歩の時にいつも靴を履いて出かけるのかと質問すると、何足も持っているのだといって照れ笑いした。雨の降る日は長靴を履くし、真夏の太陽で路面が焦げそうな日は涼しげなサンダルも履くと言う。そんな犬に向かって、あんた、お洒落ねえ、と話しかけていると通行人たちが集まってきて犬は一気に注目の的、人気者になった。狐や鼠を獲るフォックステリアは見かけによらず高貴な気持ちを持っているらしく、えへん、と胸を張って見せる。その姿勢のよさと赤い靴がミスマッチで益々人気は高まる一方だった。それではまた会いましょう、と老人と犬に挨拶をして私は人の群れから離れた。七つの教会群を通り過ぎ、美味しいカッフェを提供するいつものバールも通り過ぎて目指したのはサン・ペトロニオ教会だった。教会の上階から雪に覆われた白いボローニャを眺めたいと思って。ところが上階へと続くエントランスは閉まっていた。がっかりだったが、そんなこともあるかもしれないとは想像していたから、小さな溜息をひとつつくと、まあ、いいさと気を取り直した。子供たちが昨晩積もった雪の中を走り回る。滑って転んでどろどろになるが泣く子供はいない。それどころか何がそんなに楽しいのか、どろどろになったズボンを摘み上げながら高らかに笑う。其れを見て親たちが嘆き、子供たちはまた何も無かったみたいに走り回る。私もそうだった。雪が降ると庭に飛び出し、それから公園に駆けつけてぐるぐる走り回った。いつもなら転ぶと同時に大泣きするが、雪の中に転がることが特別なことに思えて笑いが止まらなかった。大きな雪だるまを作ったのに、怪獣の像みたいだと言われてかんかんに怒ったことですら今はよい思い出だ。あんなに雪が好きで雪の中を走り回っていた私は、今は酷い寒がりで雪が降ることを望まない。そう言いながらもこんな日に散歩に出掛けるのだから、私は案外昔から何にも変わっていないのかもしれない。大きな子供。大人のぬいぐるみを着た子供。多分そんなところだろう。それにしても。数日前、仕事を半日休んで楽しい午後を過ごした。あの日も寒い一日で、手も鼻も耳も凍ってしまいそうだった。酷く寒そうに見えた広場の噴水の横を通り過ぎながら、こんな日に人と約束をするなんてと思ったのだ。しかし其れでよかったのだ。予定を数日ずらしていたら、此の雪で延期になって、約束が知らない間に消えてしまっていたかもしれない。そんなことってよくあることだ。だから、楽しいことはあまり先に延ばさないほうがよい。気が付くと雪が降り始めていた。私は雪から逃げるように近くのカフェに飛び込んで、温かいチョコレートを注文した。雪片はどんどん速度を上げて落ちてくる。週末の雪。此の雪が今年最後の雪になると良いけれど。


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石鹸の匂い

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火曜日は晴れ。予定通りだ。話によると明日頃から大きな寒波がやって来て北イタリアをすっぽりと包み込んでしまうらしい。これも聞く話による情報だけど、また雪が降るらしい。其れも楽しみが一杯詰まっている週末に。何と言うこと。と思いながらも雪の降る旧市街を散策するのも良いだろうと、心のどこかでプランを練る。そうだ、塔に登ってみようか。塔の上から雪化粧したボローニャの街を眺めてみようか。まだ一度も見たことのない、塔からの雪の眺め。しかしあまり雪が積もれば、そうも行かないかもしれないけれど。大体バスで旧市街に行くこと自体が億劫かもしれないのだから。

私がボローニャに到着した日は5月24日だった。冬の微塵も無い初夏だった。なのに町の人はまちまちの装いで、袖なしの女性が歩いていると思えば、まだキルティングのジャケットを着ている老紳士も居た。それは奇妙な風景であった。袖なしのワンピースを着た私と相棒の友人が旧市街のポルティコの下を靴の踵の音を小さく立てて静かに歩いてくる様子は17年が経つ今も忘れない。美しい、其れは美しい様子だった。そもそも彼女は友人ではなかった。彼女が旧市街のアパートメントを分け合って暮らしている女性、クリスティーナが相棒の友人だったのだ。私たちがボローニャに引っ越してくるにあたって暫く部屋を空けてくれたクリスティーナ。街中のほうが便利でいいでしょう、と言う気配りだった。そして私たちはそのアパートメントに2週間居候して、あの袖なしのワンピースの美しい姿の女性と仲良くなったのだ。古いイタリア映画に出てくるような美人でチンツィアという名だった。彼女とクリスティーナはボローニャ大学時代からの友人で互いに励ましあい刺激しあってきた中だそうだ。もう直ぐ30歳になろうとしていた彼女たちはそれぞれ才能に恵まれていて、ひとりは駆け出しの弁護士として、もう一人は広告デザイナーとして活躍していた。此の2人は若く、そして豊かであるがために住まいの中には素晴らしいものが鏤められていた。美しい大理石の床や全ての部屋から見える緑溢れる中庭だけでも素晴らしかったのに、1800年代のボローニャの食器棚やテーブル、それから手描きの紅茶のカップなどがさりげなく置かれていた。ボローニャは日に日に暑さを増していった。そんなある日彼女たちが言ったのだ。こんな暑さはまだ序の口で、其のうち暑いなんて言うのも面倒臭くなるほど暑い夏がやってくる。でも、冬を思えば我慢が出来る。ボローニャの冬の陰気なことといったら! そう、彼女たちが私に言い聞かせるのだ。其のうちあなたにも分かるわ、と。ええ、私はあなたたちの言うとおり、直ぐにその意味が分かったわよ。陰気なだけではない。暗くて寒くて長くて。そんなことを考えているうちに彼女たちが愛用していた石鹸をのことを思い出した。手を洗うための固形石鹸だった。レモン色で、泡立てるとレモンの匂いがした。泡切れが良くて気持ちの良い石鹸。私が褒めると旧市街の大きな化粧品店で売っていると言った。700リラなの。石鹸にしてはちょっと高いけど、長持ちするし、いい匂いだし、此のくらい贅沢してもいいわよね? 彼女たちは互いに顔を見合わせて頷いた。金銭的問題の無い彼女たちが700リラの石鹸のことを贅沢と言ったのに驚き、実は彼女たちは案外質素に暮らしているのかもしれないと思ったのだ。あの石鹸、今でもあの店で売っているのだろうか。あのレモンの匂いが急に懐かしくなった。


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ロマンティック

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夕方になって降りだした雨。今日は一日晴天とばかり思っていたから、昼過ぎから雲行きが怪しくなってきたのにはがっかりだった。17時を待たずに空が暗くなり、あっという間に雨が降りだした。雨。雨が降らなければまだ空は明るくて、夕方の散策を楽しめたかもしれないのに。

金曜日の夕方、久しぶりに寄り道した。久しぶりになった理由は此のところ少々多忙だったからだ。久しぶりと言ったって実際はたったの数日振りなのだけど、寄り道が大好きな私としては数日振りでも久しぶりなのだ。寄り道先は食料品市場界隈の新しい店。先日混んでいては入れなかった店。その次に立ち寄ったときは休みで、その次も休みだった。さて、どうしたのだろう。と思っていたのだ。行ってみると店はまだ準備中だった。準備中では仕方が無い、といつものフランス屋へ行くことにした。フランス屋と呼んでいるが実は店の名前は別にちゃんとある。Fleur du Vin という素敵な名前が。花のワインという意味だそうだ。ただ、私がフランス語に長けていないために上手く発音できなくて、簡単にフランス屋と呼んでいるだけなのである。店に行くといつも居る店主は不在でふたりの女性が店を仕切っていた。ひとりはおそらくこの店の責任者的存在の女性で、もうひとりは以前多分何処かであったことがあるに違いない、しかしどうしても思い出せない女性。先客たちは上の階のテーブル席についているらしく、カウンターでワインを楽しむ人は誰も居なかった。ああ、寒い。と言って入ってきた私に彼女たちは機嫌よく挨拶した。こんばんは、シニョーラ。久しぶりですけどお元気でしたか。彼女たちは何時だってこんな風に気持ちが良い。それで今夜は何にしますか。赤にしますか、白にしますか。それで私はまろやかな口当たりの赤ワインを注文した。そのうち責任者的存在の女性がもうひとりに言った。あのチーズを少し切りましょう。そうして出てきたのは白黴タイプのとろりと柔らかいヤギのチーズだった。バケットにチーズを乗せて口に放り込んだらヤギのチーズ特有の臭みとまろやかさが口一杯に広がった。うーん、美味しい。そうでしょう、これはとても美味しいの。そんなことを話しているうちに前日のヴァレンタインデーの話になった。年々この日を祝う人が少なくなったこと、それにしてもイタリアの男性がだんだんロマンティックでなくなっていること。そういえば私の相棒も昔は大変ロマンティックで24本のバラの花を私の職場に持ってきて皆を感激させたこと。近年はそんなこともすっかり無い。そうよ、結婚が長くなるとそんな風なのよ、イタリアは。そう言って私たちはあははと笑い、その話をお終いにした。男女の客が入ってきたからだった。私たちは此の男性客がずっとずっとロマンティックな心を忘れずに、横に居る恐らくは恋人か奥さんの違いない女性に接してくれることを密かに祈った。
グラスに注がれた赤ワインの最後の一滴を飲み干して、また来ることを約束して外に出た。店主とのお喋りもいいけれど、やはり女性とのお喋りが楽しい。共有できる感情が私たちには少なからずともひとつくらいはあるのだから。それにしても。イタリアの男性はだんだんロマンティックではなくなりつつあるのか。昔アメリカに居た頃は、イタリア人男性は女性に優しくて、大変ロマンティックだからと結婚したばかりの私を皆が酷く羨ましがったものだけど。ふふふ。そんなこともあったな、と20年も前のことを思い出してひとり笑った。時代と共に変わりつつあるのは男性も女性も同じ。女性も随分強くなったもの。そんなことを考えながら夜道を歩いた。


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