フランス屋

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快晴だけど飛び切り寒い1日だった。その上つまらない事があって、冴えない1日だった。帰り道、体が冷えて凍えてしまいそうだった。時々店に入ってみるものの、体が冷えてどうしようもない。そうだ、と思いつき大好きなATTI に立ち寄った。何が好きかって、此の季節にしか出回らない揚げ菓子と、胡桃や干し葡萄、ウイキョウなどがたっぷり入ってずっしりと手応えのあるパン。パンは顎が疲れるほどだ。歯が痛いときには絶対に手を出さない。親不知が殆ど良くなったので、久しぶりに食べたくなったのだ。それから謝肉祭前後にしかない菓子。うっかりすると時期が過ぎてしまって残念なことになる。店は珍しく空いていて順番を待たずに欲しいものを手に入れることが出来た。その足でフランスワインの店に行った。チーズが欲しかったからだ。昨晩突然知人が立ち寄って上等な赤ワインの栓を抜いたのだが、それと共に出した好物のトリュフ入りペコリーノチーズが大変な好評であっという間に無くなってしまったからだ。まあいいさ、喜んで貰えたのだから。しかしチーズの無い生活は淋しい。しかしいつものペコリーノではなく、今日は気分を変えてフランスチーズを求めてみようかと思ったわけだ。火曜日とあって店は空いていて、チーズを物色しているうちに赤ワインを少々ご馳走になった。ほら、いつもと違うのがあるけれど、いかが、と。そのうち別の客が入ってきた。年齢で言えば50代後半の夫婦もので、こざっぱりとした礼儀正しい人達だった。どうやら店によく来る客らしく、しかし耳を澄ましているとどうやら此の辺りで店を営んでいることがわかった。夕方になって春物が届いて、急に忙しくなったといった。しかしは春物が入るのはなんて気分がいいのだろう、道が先に続いているように感じるよ、と夫のほうが言ったので、成程面白いことを言うなと感心した。冬の寒い日に明るい春物が届くのは確かに気分の良いことである。夫婦はいつもの白ワインを2本、と手に取るとそれらをカウンターに並べた。と、夫が私のほうを見て、その赤ワインは美味しいかと訊いた。なかなか良い、初めて頂いたけど、と答えると、よーし、それも一本もらおうと言って、もう一本カウンターに置いた。ふと思いついて訊いてみることにした。あの白ワインは美味しいのか、と。すると夫は頬を緩めて、美味しいんだ、それに此のワインをパリで頂いて、とってもいい思い出もあるんだよ、と言って妻のほうを眺めた。成程、パリで休暇を楽しんだが、それとも求婚でもしたのだろう。私は分かったような顔をして深く頷くと、夫は嬉しそうに笑った。妻はそんな夫を見て、なあに、何の話をしていたのと訊いたが、夫はまるで何も言わなかったみたいに、とぼけた表情をした。仲の良い夫婦だ。それでは皆さん、楽しい晩を、と言って彼らは店を出て行った。ワイン屋の主人の話によれば、彼らは子供服の店を営んでいるとのことで、名前を聞いたら誰でも知っているような古い店の経営者だった。商売が長く続いているのは彼らの人柄のせいに違いない。ああ、それにしても、美味しそうなチーズが手に入った。ただ、バスの中で臭くて仕方が無かったけれど。毛皮のコートを着た上品なご婦人があまりに嫌な表情をしたので、フランスチーズのせいであることを述べると、急に表情を変えて、あら、それなら仕方が無いわね、臭いけど美味しいのよ、と言って楽しそうに笑いながら下車していった。・・・あら、それなら仕方が無いわね、臭いけど美味しいのよ。彼女の言葉を繰り返して言ってみたが、臭いものはやはり臭くて少々肩身の狭い思いをしながら家路についた。

それにしても今日がたったの火曜日だなんて。明日が金曜日だったらどんなに嬉しいだろう。


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人間づきあい

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快晴続き。しかも今日は昨日よりも暖かかった。此の分で行けば案外春は早くやってくるのかもしれない、と希望をたっぷりこめて話す人々。しかし明日はもう雨降りで、ぐずついた天気の一週間になるらしい。まだ1月だもの。まだ春を語るのは早すぎる。

昨晩、友人達に誘われて夕食に出掛けた。最近良く誘われては何処かに出掛けることの多い、うちから数えて40kmも北のほうに暮らしている恋人達である。店に行ってみると彼らのほかに4人居た。彼の弟夫婦と彼女の友達カップルだった。相棒は弟夫婦を良く知っているらしく、すんなりと話に溶け込んでいったが、私の方はそうも行かない。自己紹介から始まって、今時日本人に驚くことも無いと思うが、兎に角大変興味をもたれてしまい質問ずくめなのである。そういえば私がボローニャに来たばかりもそうだった。初めて見る東洋人にすれ違う小さな女の子は驚いて泣くし、老人はまるで不思議なものを見たみたいに歩みを止めて硬直するし、若い人達だって日本と中国の違いすらわからず、私は行く先々で何時だって注目の的で質問攻撃だった。仕事を得てローマに移るとそこは別世界で、誰も日本人に驚く人など居なかった。質問攻撃は4人のイタリア人たちと一緒に暮らし始めたときだけだった。それが済むとすんなりと私を受け入れて、特別な目で見られることもなく、まるでずっと此処に居た人間のように生活に溶け込んだのだった。兎に角昨晩は17年ぶりくらいの質問攻撃だった。確かに私は違う文化を持つ国に生まれた外国人なのだけど。私に言わせれば耳慣れぬフェッラーラ県のアクセントたっぷりのイタリア語を話す彼女の友達カップルのほうが、ずっと異国人に思えた。ボローニャの生活が当たり前になってきた頃、ボローニャのアクセントが耳に染み付きそれを耳にするのがごく当たり前のことになった。そして時々別の町に行って違うアクセントのイタリア語を聞くと、ああ、ボローニャの外に居るのだなと実感したものだ。ボローニャを歩いていても、別のアクセントが聞こえてくると、ははあ、彼らはミラノから来たのだなとか、ヴェネト地方の人らしいとか、耳を澄ましながらアクセントの違いを楽しんだりするのである。さて、初めて会う人達と過ごす時間は楽しくもなかなか緊張するものだ。話の関心の持ち方や話し方の癖、慣れない話のリズムや、それから昨晩のように沢山質問があろうものなら特に。しかし良いこともあった。弟夫婦の奥さんだ。私より年上のようであるが、初々しいお嬢さんのような雰囲気を持つ彼女は、私がアメリカで知り合ったスイス人の女の子に良く似ていた。顔立ちだけではない。相手への気の使い方や話し方、笑顔までが良く似ていた。あなたがスイス人みたいに思えて仕方が無いといったらば、彼女はボローニャ生まれのボローニャ育ち、ばりばりのボローニャ人なのよと言って笑ったけれど。夕食を終えたのは夜中。その後うちの近くのカフェに行って2時間も音楽を楽しみながらお喋りした。小さな緊張の上によく話をして、夜更かしをしたからくたくたになった。でも。人間づきあいは楽しい。生活から人間づきあいが無くなったらきっと味気ないものになるだろう。今年はこんな風に色んな人と会ってみると良いかもしれない。掛け布団を目元まで被り、眠くて重い瞼を静かに閉じたまま、そんなことを考えていた。


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食料品市場界隈

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昨日から太陽に恵まれたボローニャ。太陽の光がこんなに気持ちの良いものであることを忘れかけていた。空が晴れ渡っているからなのか、妙に寒い。昼間は5度にも上がるけど朝晩はボローニャ市内とて氷点下にまで下がる。はーっと息を吐く。立ち上る白い煙のような息が寒さの証拠。思いがけず精神的にも肉体的にも重い一週間だった。折角の土曜日だが気が済むまで眠ることにした。しかしそれも窓から差し込む太陽の明るさでおちおち眠っていられなくなり、予定より早くベッドから抜け出した。窓の外は驚くような明るさ。人々が嬉々として歩き回っていた。ゆっくりと朝食を頂いて、のんびり身支度して家を出た。ボローニャ市内に暮らし始めてから、ストレスが減った。どんなストレスかというと、バスの時間に合わせて外出するストレス。気が向いた時に家を出てもバスが直ぐにやって来るって、なんて素敵なんだろう。と言うと周囲の人は笑うけど。ボローニャ旧市街は太陽を楽しむ人々で賑わっていた。寒い。手袋を忘れてしまったからだ。私はオーバーコートのポケットに両手を突っ込んで歩き始めた。それにしても天候は人々の心に大きく作用するようだ。皆表情が明るく、足取りも軽い。久しぶりにMUJIに立ち寄った。どんなものがあるのかと思って。此の店はボローニャ人の生活に上手く馴染んでいるようだ。こんなに混んでいる店は今時めったに見かけない。兎に角日本のものがボローニャ人に受け入れられているのは嬉しいことである。などと考えていたら小さな犬が私の膝小僧めがけて飛びついた。なんという種類なのだろう。スピッツを小型にしたような、白や栗色や黒やグレーが上手い具合に交じり合った、全く可愛い犬だった。犬は何を求めているのか、私の顔をじっと見ている。それで小さな頭を優しくなでると嬉しそうに尻尾を振った。時々そんなことがある。歩いていたり店で物色していると見知らぬ人の犬がやってきて私の膝小僧をめがけて飛びつくのだ。私の膝小僧はそんなに飛びつきやすいのだろうか、飛びつきたくなるような高さにあるのだろうか。可愛い犬の飼い主家族に挨拶をして店を出た。小腹が空いたのでPiazza Maggioreのすぐ傍の食料品市場界隈を目指した。此の辺りは近頃変わりつつある。例えば昔からあったご婦人向け衣料品店が姿を消して洒落たカフェに変身した。カフェと言ってもワインを嗜むのが目的の店らしく、昼時とあって店内には軽いワインを片手に美味しそうなものを頬張る人達で一杯だった。あの衣料品店は確かにあまり流行っていなかったが、無くなってしまうと妙に淋しいものである。これも時代の流れというもので、仕方が無いといえばそうだけど。その先の左手にある魚屋。小さな店で昔からあるが、入ったことは一度も無い。此の店が少し前に変身した。魚を売るのは昔のまま、しかし店内の左手にワインと魚の惣菜を楽しめる空間を設けたのだ。ある日、仕事帰りの夕方6時半ごろ、魚屋の中でワインを片手に何か頂いている人々を発見して、これは!と思った。魚屋でワイン。それにしても何時見ても人が一杯で、中に入る隙間も無い。今日はどうだろう、そう思って行ってみるとカウンターに空席を見つけた。ようし。魚屋に入った。魚を売る店員が、奥さん、こんにちは!と大きな声で挨拶してくれた。今日はイカがとびきり新鮮なのだそうだ。私は気になるイカをさておいて、店の奥の女の子に声を掛ける。彼女がワインと惣菜の担当者だ。生牡蠣、生の帆立貝、生のマグロをたたいたもの、サーモンをたたいたのもあった。しかし今日は火が通っているものがよい。何しろ初めてなのだから、と色々ある中からイカや海老や貝を油で揚げて串刺しにしたものと白ワインを頼んだ。それにしても次から次へと客が入る。其のうち客は立ったまま魚の惣菜やワインを楽しみだし、店内は身動きできぬほどの混雑になった。客層が面白い。若い人もいれば毛皮のコートを着たご婦人も、ボルサリーノの帽子を被った紳士もいる。ワイングラスだってプラスティックだし、何一つ優雅なもの、洒落たものは無い。何しろ此処は小さな魚屋なのだ。でも、そんなことよりも新鮮な魚の惣菜が魅力らしい。決して安くは無いけれど、背後から聞こえる魚を注文する客と店員のやり取りを聞きながら軽い食事をするのは悪くない。うん、ぜんぜん悪くない。私は軽い昼食を終えて、女の子に声を掛ける。美味しかったからまた来るわね、と。すると横から魚屋の店員が口を挟む。そりゃ、奥さん、美味しくて当然さ。うちの魚は新鮮なんだからね!その声に店に居た人達がわっと笑った。なんだか恥ずかしくなって、でも嬉しくて、上機嫌で店を出た。成程、これが此の店が流行っている理由かもしれない。それにしても此の界隈は、これからも変化していくのだろう。そのうち小さな肉屋が、店内で上手に焼いた肉と赤ワインを楽しむ空間を設けたりするのかもしれない。そんなことを考えながら、私はまた歩き始めた。いい土曜日。やっぱり私は土曜日が大好き。


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美味しい生活

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夕方から親知らずがうずきだした。下顎の左奥の大きな親知らず。大きいだけではない。奥から前歯に向かって横に生えている。年に数回外に出ようと試みては私を酷く困らせる。昔レントゲンをとってみたが危険が伴うからと医者が抜くのを拒んだ。拒まれては私だって怖い。それで私と一緒に年をとっていく長年の友となった。長年の友はもうひとつある。扁桃腺だ。上手く付き合っていくしかない。それにしても歯が痛い時に限って美味しいものを欲しくなるものだ。例えばラザーニャ。上の部分がこんがり焼けて香ばしいのが好きだ。先週の土曜日に立ち寄った店。天井からごろごろ生ハムやサラミをぶら下げているガストロノミア。此の店は昼時の数時間だけ上階を開けている。店で売っているワインやチーズ、生ハムや惣菜類を上階で頂く事が出来るのである。私はいつもその時間に遅れてしまい、店の人に言われるのだ。お客さん、もう30分早く来てくれればよかったのに、と。例えば髪をカットした足で店に立ち寄るとそういう時間になってしまうのだ。それで近くまで来たので、しかもまだ1時にもなっていなかったのでいそいそと店に向かった。上階を賄う女性が何故か何も言わずに店を出て行ってしまい、店の人達が困っているところだった。どうする、お客さんが来てしまったよ、と。しかし目の前にいる客の私を追い返すのもあんまりだからと、いつもならチーズや惣菜が並んでいるショーケースの向こうがわで忙しく働いている男性が上に案内してくれた。上階には先客がいた。年配の夫婦だった。私が入ってくるとこんにちは、と挨拶してくれたので、私もそれに習って挨拶を述べた。私は窓際の小さな席に腰を下ろした。ボローニャの丘辺りで作っている赤ワインとラザーニャを頼んだ。メニューには無かったが、私は見たのだ、店のショーケースに美味しそうなラザーニャがあったのを。店の男性は一瞬黙り込んだ。ラザーニャはまだあっただろうかと考えているように見えたので、後ふた切れ分ほどあったことを伝えると、ああ、それなら、と言って店に下りていった。暫く誰も上がってこなかった。私は年配の夫婦の会話と店内に流れている80年代の懐かしいアメリカの音楽に耳を傾けながら、外の様子を眺めていた。雨が降っていたが、傘を差す人があまりに少ないこと、道の向こう側に見える店が冬のセールをしているにもかかわらず人があまり入らないこと。そのうち私の注文がテーブルに並び、Buon appetito (さあ、食事を楽しんでくださいよ)と言い残して店の人は再び下りていった。ルビー色の美味しいワインだった。それにしても大きなラザーニャ。家でだってこんなに大きく切り分けたのを食べたことは無かった。そうだ、相棒が食べるような大きさ。それにしても上の表面は実に私好みに焼けていて、熱々で美味しかった。こんなにおなかが空いていたのか、と我ながら驚くほど、あっという間に大きな一切れを平らげて先客の年配の夫婦ものでさえも、小さな東洋人の大きな食欲に驚いていた。夫婦ものに挨拶をして店に下りた。勘定を済ませながらラザーニャが美味しかったこと、焼き具合がとてもよかったこと、大きくて驚いたがあっという間に平らげてしまったことを伝えたら、店の人たちは顔一杯の笑みを湛えていた。あの日のラザーニャ。あれが食べたくて仕方が無い。勿論奥歯が痛くて食事など出来ないけれど。ああ、ラザーニャが食べたい。痛みが引いたらすぐに店に行かなくては。ラザーニャを求めて。


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楽しい週末は驚くほど早く過ぎてしまう

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今日も雨。大雨ではなくてひたすら降り続き小雨。憂鬱になりそうな雨だがこれが酷い降りならばもっと嫌気が差していたに違いない。小雨でよかった。おかげで外出してもびしょ濡れになることも無かった。昨晩は楽しかった。最近週末になると頻繁に出掛ける仲間から夕食に誘われた。近所にある中国人経営の日本レストランに。前からあるのは知っていたが、あまり関心が無かった店だ。誘われるまま行ってみると驚くほど混んでいて、私が知らなかっただけで案外人気のある店であることがわかった。予約をしておいてよかった。20時30分に店には居ると予約なしで来た人達が入り口に溢れかえっていたから。唯一の東洋人客の私に店の人は神経の電波を張っているようだった。幾度もテーブルに立ち寄り、どうですか、と訊いていった。悪くなかったが改善の余地あり。少しずつアドバイスしたらもっと美味しくなるに違いない。其の後、近くのカフェに行った。カフェは私たちが良く行くところで仲間のひとりの店だ。ライブ音楽のある日になると私たちはこんな風にカフェに行き、音楽を聴きながらお喋りをする。店は満席だった。立ったまま飲み物を片手にする人達が沢山いた。私たち6人と犬も立ったままのお喋り。しかし週末の晩は、美味しい飲み物を片手にしながら、立ったままでも楽しくて仕方が無い。いい音楽を聴いてお喋りをして、家に戻ったら夜中をとっくに過ぎていた。だから今朝は朝が辛くてならなかった。でも、時にはこんなのもいい。私と相棒がアメリカにいた頃、良くそんな週末を過ごした。もう18年近くも前のことで、だって私たちは若かったのだと、そんな楽しみが無い理由を自分に言い聞かせていたけれど、ううん、違う、ちょっと考え方を変えるだけで若かろうがそうでなかろうが、楽しいことは出来るのだ。私はそれに気が付いて、昨晩は良い眠りに落ちた。だから朝は辛かったけど、朝から笑いが止まらなかった。楽しい週末は驚くほど早く過ぎてしまう。明日はもう月曜日。雨が止んでくれればよいけれど。


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