小鳥の声

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雨が一粒も降らぬうちに高気圧が戻ってきて快晴。あれほど期待をさせておきながら、全く罪なことである。でも良いのだ、一瞬でも冷たい風が吹いてほんの少し過ごしやすくなったから。いつもの生活に戻って3日目。社会復帰と言うにふさわしい。何しろ23日間丸まる楽しいことばかりを考えながら過ごしていたのだ。そんな後に8時間も座りっぱなしで仕事をするのは案外辛いものである。何しろ忙しいのでそんなことを考える暇もなかったけれど。仕事帰り、前を走る車の様子がおかしかった。妙にのんびりだ。イタリアらしからぬ運転。追い越すときに観察してみたら、助手席の少女が鳥篭を抱えていた。運転席にいるのはどうやら彼女の父親らしかった。鳥篭の中には2羽のインコ。1羽が美しい水色の、もう1羽が黄緑色の。運転席の父親は小鳥たちが怖がらないようにゆっくり走っているようだった。もしかしたらそれは少女が希望したのかもしれない。兎に角小鳥たちは振動に怯えたり大騒ぎすることなく、籠の中の止まり木に乗って、チチチ、チチチと会話するように囀るのだった。その小鳥の声を聞いて一瞬のうちに思い出した。リスボンの街を歩いていると何時もどこかのテラスや窓から小鳥の声が聞こえたものだ。インコやカナリアの声。何処から聞こえるのかと歩みを止めて声の主を探してみるが、姿がない。姿が無いけれど、また聞こえる。ああ、一体何度そんな風に歩みを止めて探したことか。しかし遂にただの一度も小鳥の姿は見れなかった。ボローニャの街を歩いていても小鳥の声は聞こえない。多分ボローニャでは小鳥を飼う人が少ないせいだ。自分の周囲を探してみても小鳥を飼っている人はひとりもいない。私は先ほど通り過ぎる時に見た少女の姿を思い出しながら、ううん、此処にいる、小鳥を飼う少女が此処にいる、と呟き、そうしたら妙に嬉しくなってきた。彼女は小鳥を大切に育ててくれるに違いない。


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神秘の塩

Rio Maior 2


雨が降りそうな気配の日曜日。気配はあるが一向に降らない。しかし気温がぐっと下がって快適だから、このまま降らずに終わったとしても文句のひとつも無い。兎に角涼しくなることが重要なのだから。連日の暑さと、それなのに旧市街散策だの用事を済ませたりで外をふらついていたので少々体力低下気味。何がどう悪いわけではない。多分疲れただけだ。それで休憩がてら休暇中の写真を整理していて思い出した。そうだ、塩だ。リスボンに着いて初めの週末、私は知り合ったばかりの人達に誘われてリスボンから200kmほど北上したところの位置する町へ行った。有名な飲み屋があるとのことだった。私にとっては飲み屋と言うよりは新しい知人たちとリスボンを脱出すること、一泊の小旅行に魅力を感じて、ふたつ返事で話に乗った。乾いた大地。少し標高が高いのか、内陸だけど涼しくて快適だった。町の名前は有名だけどリスボンに比べれば規模が断然小さくて、町は闘牛を中心に成り立っている様子が窺えた。飲み屋は140年も続いている由緒ある飲み屋だった。勿論飲み屋といっても食事も出来る。ひょっとしたら私たちが飲み屋と呼んでいるだけで、此処は本来食事どころなのかもしれなかった。闘牛場のすぐ近くに牛を解体する建物があり、そしてその先にこの店があった。誰に説明されずとも肉がこの店に流れてくるのが分かると言うものだった。さてそんな店の中は近所の中高年男性と言えば聞こえがいいが、多分定年を迎えて此処を社交場として利用している風の人々で賑わっていた。どの手にもワインの入った小さなコップがあって、いかにも旅行者の私たちに驚きながらもこんばんわと挨拶をして迎えてくれた。多分この人達のこの酒は食前酒と言う奴で、あと少しすれば夕食のために家に戻るに違いなかった。イタリアもさることながらポルトガルの夕食時間もまた遅く、空が暗くなってから、なのだから。ところで食事もワインも美味しく楽しい晩だった。あまりに楽しかったから少々飲みすぎたらしい。夜中から朝に掛けて血圧が急激に下がって貧血寸前だった。消化不良でも起こしたのかもしれなかった。翌朝、近くの町へ行った。塩田があるとのことだったからてっきり海の町へ行くのかと思っていたらそうでもなく、やはり内陸だった。内陸に塩田? 田園の聞き間違えだっただろうか。と狐に包まれながらついていくと、あった、本当に塩田だった。Rio Maiorと言うな名のその町は、地下水が海水と言うのか、海水を地下道を通じて引いていると言うのか、兎に角海水を引いていて、イタリアであればシチリアの西の先端で見ることが出来るような塩田があるのだ。塩の山があちこちにある。人の目を盗みながら一粒つまんで口に放り込むと、美味しい。一瞬甘いような感じがした。そしてまた別の山のをつまんでみる。美味しい。海水が乾いていく様子は実に美しい。塩の花と言うのだそうだ。光の加減で薄い薔薇色にも見えた。初めて見たそれは神秘的だった。此処で働く人達は一様に日焼けしている。太陽の照り返しが強いのだろう。そうだ、此処での作業を例えて言うならば、雪掻きをしているようなものなのだから。と、驚いたことに先ほどまでの不調がすっかり消えてしまった。貧血もない。飲みすぎのむかむかもない。胃腸の不快感もない。どうやら先ほどからつまんでいた塩のおかげらしかった。これはびっくり。重いのは承知のうえで塩を幾つか購入した。ボローニャに帰ってからも美味しい塩を食べられるようにと。   そうだ、塩だ。私は撮った塩の写真を見て思い出すなり塩の瓶を開けて一粒口の中に放り込んだ。やはりこの塩は甘くて美味しい。多分もうすぐ元気になる。この塩は私の特効薬なのだから。元気にいつもの生活に戻るためにもう一粒。


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普通の生活

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昨晩の風は凄かった。今にも嵐がきそうな吹き荒れ様で、実際夜中にはひんやりしたから近くまで雨がやってきているのではないだろうかと僅かながら期待したが、朝起きたら風は単なる熱風に戻っていて少々裏切られた気分が拭えない。今日も快晴。夏休み最後の週末だ。ボローニャ旧市街は思っていたより活気があった。好きな靴屋が開いていたので覘いてみたら、大好きなサンダルが半額で売っていた。あまりサイズが無いかららしい。しかし見れば私のサイズがあった。このスペインのブランドは毎夏似たようななデザインのサンダルを作るが、どれもとても履きやすい。おかげで13年もの付き合いだ。買い物などする予定はなかったが、こんなチャンスはまたとないのだ、まるで運命なのだから仕方ない、と言わんばかりに購入した。良い買い物をした。休暇先から戻ってきた人々が肌の焼け具合を競うかのように白い麻や木綿のシャツを身に纏ってポルティコの下をそぞろ歩く姿は夏の終わりの恒例だ。それからポルティコの下に並べられた、若しくは建物の影にすっぽり納まるように置かれたカフェのテーブル席に着いて他愛ないお喋りを繰り広げる人々。そんな様子を見ると、ああ、ボローニャに戻ってきたのだと実感する。リスボンの町に散りばめられた色はボローニャにはない。あの水色も、あの黄色も、全て思い出の色になってしまった。人はよく、夏休みを終えていつもの生活に戻るのが大変で、と言うけれど私は長いことそんな経験をしていない。20歳の頃以来のことで、大抵は何となくいつもの生活に戻っていく。ごく当たり前のように。今年に限ってはなにやら様子が少し違う。恋をした20歳の頃の夏の終わりとも違う。上手く表現できないが、休暇がとても楽しかったから、つまり私が覚えている以上に私の心や身体に浸透しているらしいのだ。誰に時間を合わすでもなく過ごした15日間だった。元気な時には早起きして、前日の疲れが残っている朝は燕たちが晴れ渡った空をすいすいと飛び回る様子を天窓から眺めながら、何時までもベッドに横たわっていた。初めは全てが探検だったが、すぐに顔馴染みが出来た。それから此処で知り合った人達との交流。リスボンに行くまで何のつながりも無かった人達に何かしら自分に通じるもの、共感できるものを見つけた時の喜びは大きいものだ。それが同年代の女性同士ともあれば尚更なのである。他愛ないお喋りをして、昨日まで存在すら知らなかった人達とは思えないような時間を共に出来たこと、多分それが私の休暇の喜びや楽しみの素だったのだろう。また何時か何処かで会おうと約束した。気持ちの良い人達。私の小さな思い出。存在感のある宝物。大切にしたいと思う。ボローニャの街はまだまだ暑く、しかしその暑さが夏の悪あがきであることを何となく感じる。陽射しの色とか、夕方がやってくる時間とか、影の長さとか。私たちが確実に夏の終わりに向かっているのを感じる。悪い気はしない。夏が終わって爽やかな初秋がやってくる。やってくる季節には何かしらひとつくらいチャームポイントがあるものだ。さて、普通の生活に戻る準備に入るとしようか。


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夕方

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ボローニャに戻って3日目。41度という異常な暑さと上手く付き合う工夫を求められている毎日だ。夏休みでもう数日家に居られるのがせめてもの救い。噂には聞いていたのだ、毎日暑いと。けれども河からの涼しい風に吹かれながらそんなことを聞かされてもぴんと来る筈も無かった。リスボンからの直行便がボローニャに到着して乗客が地上に降り立った時の声。やっぱり暑い。ボローニャに戻ってきたって感じがする。あちらこちらからこんな声が聞こえてきて、思わず苦笑した。私だけじゃない。みんな気持ちの良い風に吹かれていたのだもの、この暑さはどの人にも堪えるのだ。そう自分に言い聞かせて我慢したものだけど、しかし夜中になっても30度を下らないとはどういうことだ。丘の町ピアノーロですらこの有様、ボローニャ市内は一体どんなことになっているのだろう。こんな暑さを知らないリスボンの人達は、それでも毎日の挨拶の一番初めに付け加えていた。今日もまた暑いですねえ。リスボンに着いて3日目の夕方、私は路地から路地へと渡り歩いていた。何故夕方かと言えば午後の日差しがあまりに強いためだ。夕方になると吹き始める河の風を待っての散策だった。3日目にして好きな通りが幾つも出来た。後で分かったことであるが、そのひとつはくちばしの家の裏手だった。正面と裏手の外観があまりに違うために、長いこと気が付かなかったのだ。古い建物が古いそのままに残されていて、住人たちもまたそんな風にして暮らしていた。貧しいという感じは無く、単に古いのをそのまま受け入れている感じだった。住人たちは私がそんな様子をレンズに納めるのを嫌がるでもなく、しかしこんな古い物が面白いのかい? とでも言うような表情で私を遠くから眺めていた。夕方も8時近くになると皆夕食に家に帰る。事実どの窓からもいい匂いが漂ってきて、私の空腹をいたぶるのだった。この時間帯に此処ですれ違うのは大抵旅行者で、しかしその夕方は本当に誰もいなかった。ただ、低い塀の上に猫。猫は野良猫らしく愛想が無かった。この暑さで疲れているんですから放って置いてくださいよ、らしき雰囲気が猫の周囲を覆っていた。しかし私の存在を嫌がるでもなく、ただじっと塀の上で石のように眠り続けていた。あんた、疲れているの? 暑いのが苦手なの? こんなのは暑いうちには入らないのよ。そんなことではボローニャじゃ暮らせないわね。と声を掛けてみたものの、猫には通じないらしかった。暫く猫を観察していたが猫は全く知らん顔。それで私は写真を一枚だけとって、それじゃ、また来るから、と声を掛けて立ち去ろうとすると猫は、にゃ、と短く返事をするのだった。何だ、聞いていたんじゃない。そう言うと再び、にゃ。どうやら猫は本当に疲れているらしかった。あの晩、私は冷蔵庫から冷えた白ワインの栓を抜いて簡単な食事をした。ワインに、パンとチーズ。開け放っていたテラスの窓から隣の家の美味しい料理の匂い。それは多分豚肉を煮込んだような料理で、うーん、これはご馳走だな、と呟きながら自分の簡単な食事を済ませたのだ。夜風に吹かれながらとるひとりぼっちの夕食は、案外楽しくて、簡単な食事なくせに1時間も掛かった。これも楽しい思い出のひとつ。今週末にはボローニャと周辺に雨が降って少しは過ごし易くなるらしい。そうしたら私の夏休みも完全に終わりで、いつもの生活の始まりだ。


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約束

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昨晩は上等な赤ワインをぐいぐいやった為に目覚まし時計が鳴っても起き上がれなかった。まあ、こんな日もあるさ、といつもの私なら思うところだが今日は事実上リスボン滞在最後の日。明日は5時に起きたらば早々に出発なのだ。さあ。起きろ、と自分にはっぱ掛けてベッドから抜け出す。テラスから階下を眺めると対岸からフェリーが着いたばかりなのか、それとも地下鉄が着いたばかりなのか、地元の通勤者たちが足早に歩いている。そんな様子を眺めながら今日が月曜日であることを思い出す。それにしても2週間なんてあっという間だ。明日はもうボローニャに帰るのだから。明日はもう此処を離れるのかと思うと少し感傷的でもあり、しかし私がリスボンで得た物は多分一生の宝となるに違いなく、思い残すことは無い、そんな気分だ。自分でも驚くほど爽快な気分だ。怒っていた肩から力がするすると抜けた感じ。ずっと溜めていた気持ちを、大きなため息と共の体外から噴出したような感じ。そんな開放感を久しぶりに感じた。多分上手くやっていけるだろう、ボローニャに戻ってからも。アパートメントの建物から出たところで階下に暮らす老女に会った。優雅な年金生活者、といった感じだ。彼女は犬を飼っている。犬は私が階段を上り下りする際に何か不審なものを感じるのか、いつも扉の内側から大変な剣幕で吠え立てる。それはもう大変な興奮のしようで、何事かというくらいの騒ぎである。ところがどうだ、今日は違う。尻尾を振って楽しそうだ。あんた、いつも私に吠えるから嫌われているのかと思ったわよと声を掛けると、奥さん、そんなことは無いんですよ、ほら、僕はこんなに奥さんが大好き、といった感じで擦り寄ってくる。可愛いではないか。しかしまた明朝吠えるかもしれないけれど。老女は笑いながら早口で何か言って、私の背中を2回叩いた。意味は全く分からなかったが、とりあえず彼女は楽しそうだったから悪い話ではなかったに違いなく、老女と犬によい一日をと声を掛けて歩き出した。いつも左折する道を真っ直ぐ行った。見たこともない界隈。2週間もいて、しかもこんな近所なのに今日初めて歩くとは。建物の外壁にはアズレージョのタイル。私はこれが大好きでいったい幾枚の写真を撮っただろうか。道は急激な上り坂で町の中心にありながらも恐らくは住民が好んで歩く通りらしく、生活用品の店が連なっていた。看板の店、水道関係の店、金物屋、酒屋、バール、そして自然薬局。イタリアで言うエルボリステリア、私の大好きな薬草の薬局で、興味を大いにそそられた。小さな店の中には先客がいて、だから私は外で待つことにした。ショーウィンドウを眺めながら。やっと先客の夫婦者が出て行ったので入れ違いに店に入った。実はですね、こういったものを探していまして・・・とまずはでたらめのポルトガルで話し出す。しかしこの薬局の老人には伝わらない。それで今度はイタリア語で、そして英語で。それでも伝わらず、私がうーんと腕を組んで唸りだすと、老人は道の向こう側の大きな店を指差して言った。向こうにも店があって、そこなら英語の分かる人が居ると言う。同じ店だよ。ただ店がふたつに分かれているんだ、君にとっては不思議だろうけど。そんなことを言って私を送りだした。道の向こう側へ行くと確かに英語が分かる女性がいて、確かに同じ店であると教えてくれた。店員は親切で私が探しているものを直ぐに探し出してくれた。感じのよい店だ。多分この辺りの人達の人気の店に違いない。しかし個人的な意見を言わせてもらえば、私は道の向こう側の老人の小さな店のほうが好きである。昔私が暮らしていた田舎町の漢方薬局に似ているからかもしれない。空は快晴、陽射しの強さも快調だ。これが歩き収めかとおもうと少々残念でもあるが、また戻ってくればよい。私とリスボンの約束。数年後、数十年後。私の足が動く限り、私が元気な限り。此処で知り合った人達に会う為に、大好きなパン屋やカフェに立ち寄る為に、鯵の塩焼きと鶏の炭火焼をを味わう為に、船笛に耳を澄ましながら河の風を楽しむ為に。みんなが元気にしていればまた何時か再会できるさ。きっと。


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