風物詩

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ローマで再会した友人たちがアメリカへと帰っていった。別に自分の母国でもないのに、イタリアで楽しい思い出が沢山出来たと聞いて嬉しくなった。不思議な感覚である。友人たちと会ったあの土曜日も暑くて参ったが、ここ数日の暑さも大変なものだ。夜も良く眠れない。だから辛い一日だった。話によると今週末は40度を越えるらしい。なにやら南の方から大高気圧団なるものがやって来るらしい。既にボローニャは高気圧の下にいるのだけど、それよりも強烈なのがやって来るというのだから、やれやれと溜息のひとつもつきたくなる。この夏は桃を食べていない、と先日気が付いた。桃は私の好物で、夏には欠かせない物のひとつ。私にとっては季節の風物詩みたいなもの。冷えた桃の皮をするりとむいて切り分けたものをガラスの皿に盛って頂くと、暑さを一瞬忘れてしまう。子供の頃、夕食の後に家族と一緒に食べた桃。白桃と呼ばれていたあの桃を私達家族は好んでいた。私たち皆が好きだったが、多分あれは父の好物だったのだ。父は特別口が上手いほうではなかったが、何か美味しいものを食べると心底褒めるのだ。例えばお母さんの筍ご飯は本当に美味しいなあとか、お姉さんの淹れるコーヒーはやっぱり美味しいなあとか。単にそれが美味しいと褒めるのではなく、誰かが作る、誰かが淹れるそれが美味しいと褒めるのだから、褒められたほうは全く良い気分になったものだ。ある日は私が切った桃が美味しいと褒めてくれたが、あれは実に微妙だった。何しろ桃は果物屋さんから買ってきたもので、冷蔵庫で冷やしたのを私が皮をむいて切っただけなのだから。コーヒーや筍ご飯とは訳が違う。工夫もなければ技術も要らぬ。でも嬉しかった、父が喜んでくれていると知るのはやはり嬉しいものだった。さて、桃を食べていないと気が付いたので旧市街の食料品市場界隈に立ち寄った。いい桃はないだろうかと。どの店にも桃は並んでいたが、あ、これだ、と思えるような桃はなかった。その代わり、面白い店を見つけた。創作ジュエリーの店、とでも言うのか。少し前に出来たらしい。小さな店で入り口の脇にショーウィンドウがある。作品は数点しかない。それにしてもそれらが何なのかは、いくら観察しても私には分からなかった。それよりも写真が面白かった。こんなショーウィンドウを創るような人は面白い人に違いない。気になる。中に入ってみようかと思ったが、あまりに暑くて気分が萎えてしまった。店にも入らず、桃も買わず。そのまま96番のバスに乗って家に帰ってきてしまった。少しすると相棒が帰ってきた。と、ぷんと匂いが鼻についた。あ、これは。と思った瞬間相棒が居間に入ってきた、桃の箱を抱えて。痛まないように奇麗に並べられた桃だった。君は桃を好きだから、と相棒が言った。私は子供のように喜んだ。桃だ、桃だ。冷やしたほうがおいしいよという相棒の声に耳も貸さず、水道水で奇麗に洗って皮をむき切り分けた。一切れ口に含んだ途端、みずみずしい甘さが広がった。子供の頃の桃の味に似ていた。全くいいタイミングで桃を買ってきた相棒の株は急に上がり、思いがけずこんな美味しい桃にありつけた私は幸せ者だった。夏はスイカでなくてはね、と他人は言うかもしれないけれど、私は夏は桃でなくては、なのである。


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名残

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今日も暑い。40度はあるだろう。昨日との相違点は風がないことだ。風といっても涼しいものではなかったから、むしろありがた迷惑な風だったが、街路樹に茂る葉が微動ひとつしないのも辛いものである。テラスの植物たちが焦げ付きそうなくらいの強い日差し。朝撒いた水は跡形もなく乾いてしまった。私にとって夏休みをとる8月が通り過ぎると一年の半分が終わったと実感する。本当はその前から後半に入っているわけだけど。多分こんなことなのだ。半年頑張ったご褒美にとる夏休みが終わったから、さあまた半年頑張ろう、みたいな。これは私だけに通用する理屈で、周囲のイタリア人たちは違う夏休みの哲学なるものを持っている。大きな夏休みを存分に楽しみために働く、と言うものだ。それは決して悪いことではない。毎日文句を言いながら生活して、折角の休みになっても楽しむ術を知らずにぼんやりと過ごしてしまうよりは、断然ポジティヴな考え方だ。ほんの少し考え方、気持ちの持ち方を変えるだけで楽しい気分で生活できるなら、こんなに良いことはない。特にこんな暑い時期は文句を言い出したらきりがないので、楽しいことを考えながら過ごすのが宜しいと思う。16年前の今頃、私はローマのプラティと呼ばれる界隈に住んでいた。地下鉄を降りて数ブロック行ったところに構える大きな建物で、その中の広いアパートメントを5人で分け合って生活をしていた。ひとりひとりに部屋が割り当てられているがそれ以外は共同だから常に混雑している感があった。ところが7月中旬を迎えると急激に人数が減った。ある人は家族と夏を過ごすために帰省して、ある人は夏の旅行を楽しむために発ち、と残ったのは私ともうひとりだけだった。彼は此処の住人の唯一の男性で、見掛けも性格も良かったために皆から大変好まれていた。何しろ私以外の女性は皆独身だったのである。彼はローマ大学の建築科の学生だった。あなたは何処にも行かないのかという私の問いに、旅行するほど豊かではないし、故郷の家族は海で休暇中だし、住人が少なくなった此処にいるのも悪くない、とか何とか答えた。私のほうはといえば秋には仕事を辞めてボローニャに戻るつもりだったし、そうしたら数週間アメリカへ行く予定もしていたから、夏休みをとるつもりはなかったのだ。ああ、それから猫がいた。無責任にも自分の飼い猫を残して夏休みに出掛けた人が居たからだった。猫はお腹が空くと早朝から鳴いて、時には私たちふたりの部屋のドアを叩いて大いに悩ませてくれた。ある日仕事を終えて帰ってくると沢山の人の声がした。キッチンの方からだった。行ってみると彼の家族だった。海からの帰りだとのことで、皆色よく焼けていた。楽しい休暇だったのだろう、どの顔にも笑みが輝いていた。彼は照れながら、しかし嬉しそうに紹介してくれた。これがお父さん、これがお母さん、それからこれが僕の妹。いい感じの人達で、なるほど彼の性格と外見は此処から生まれたのだなと納得したものだ。ところでその“僕の妹”は大変な美人だった。まだ高校生だった。目鼻立ちがはっきりとした明るい表情の彼女。そして驚くほど美しい髪を持っていた。地中海辺りに暮らす人達特有の、くるくると小さく巻いた豊かな黒髪だった。私は彼女の髪にそっと触りながら、これは天然のカールなのかと聞くと、彼らが暮らす辺りでは全然珍しいものではないのだと言って笑った。それよりも私のようなストレートの髪が珍しいらしく、雨に濡れても真っ直ぐのままなのかと訊く。雨に濡れても真っ直ぐのまま。日本ではこんな髪は普通なのよ、と答えると、ふーん、いいわねえ、と彼女は羨ましそうに眺めるのだった。日本人が珍しかったらしく、もっと話したそうだったけど、あの頃の私のイタリア語ではこの辺りで限界だった。夕食に出掛けるけど一緒に行かないかと誘ってくれたのを家族水入らずでどうぞ、と辞退したのもそんなことが理由だった。実際彼らは気持ちの良い人々だったから、一緒に夕食を楽しめたらどんなに良かっただろうと今の私は思う。今だったらもっと気の利いた話が出来るだろう、今だったらもっと話が弾むだろう、と。あの日も暑かった。でも古い建物が持つ分厚い壁のお陰で家の中は気持ちが良かった。あのアパートメントにいた頃は暑くて眠れないなんて晩は、確か一度だってなかった。ちょっと懐かしい。先週のローマの名残で最近そんなことばかり思い出す。


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熱風

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暑くなる予報が出ていたのだ。こんな日に髪を切りに行くのかと悩んだ挙句、早起きして行くことにした。涼しいうちに行って、さっさと帰ってくれば良い。運良く店は驚くほど空いて待つことなく髪を切ってくれた。予約を取らないこの店で、いつも混み合っていて待たされるのが常なこの店で。店の人達は陽気だった。14時には仕事を上がって定休日の月曜日の夜まで海へと繰り出すのだろう。それとも涼しさを求めてアペニン山脈にある家にでも行くのか。それともあと一週間でやってくる夏休みのせいかもしれない。兎に角、客に笑顔と庭で収穫したという美味しい果物を振舞って、とても楽しい雰囲気だった。あなたはどうするの? 夏休みのことらしかった。それでリスボンにアパートメントを借りたこと、予定は無しの気ままな毎日を過ごすことを手短に教えた。それであなたはどうするの? 今度は私が訪ねると、シチリアの小島に行くと言う。この島の噂は聞いたことがある。飛び切り海が奇麗だって。この島に家を持っている友人夫婦を訪ねるのだそうだ。目に浮かぶような楽しい夏休み。海の幸と白ワイン。いいわねえ、と羨むと、そうなの、海の幸と白ワインなの、と言って白い歯を見せて笑った。旅先の素晴らしさは食事が大いに関わってくる。私たち、イタリアに暮らす人々にとって、それは実に大切なことなのである。そういうあなただって、と言うので、そうなの、鰯の炭焼きがね、と答えて、勿論美味しいワインも待っているのと付け加えた。8月の終わりに会いましょう、楽しい夏休みを。店の人や見知らぬ他の客たちにそんな言葉をかけて店を出た。射るような太陽。熱風が街中を満たしていた。他の店を覘く気も、カフェで冷たいものを注文する気も失せるような熱風。寄り道せずに帰ることを決めてバス停に向かう途中で名前を呼ばれた。いや、正確には自分の名前を呼ばれたような気がしたが・・・気のせいだろうか、そんな感じだった。周囲を見回したが覚えるなる顔はなく、と、もう一度今度は確実に聞こえた、私の名前だ。声の主は数メートル背後にいた。私は気が付かなかったのだ、私の友人たちと小さな子供とすれ違ったことに。それほど熱風にやられてしまっていたらしい。もう一年半も会っていなかった彼らと、こんな所でこんな熱風の中で再会するとは。もし私が暑いからと髪を切りに行くのを断念していたら、もし店が混んでいたら、もし私が寄り道をしていたら、彼らと会うことはなかっただろう。そうしてまた年月が経ち、もしかしたらずっと会わずじまいだったかも知れなかった。小さな子供が眠くなってきたのですぐに切り上げなければならなかったけど、久しぶりに元気な顔を見れて嬉しかった。ああ、暑い。こんな日に旧市街に来るなんて、と呟きながら、けれども友人たちに会えたこと、けれども髪を切ってもらいながら楽しい時間を過ごせたことと思い出して、ううん、やっぱり来てよかったと呟きなおした。
熱風は夕方になっても治まらない。晩になっても治まらない。寝苦しい、熱帯夜になりそうである。


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メロン

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数日涼しい日が続いていたので体がそれに慣れてしまったらしい。思い出したように戻ってきた暑さの大波に飲み込まれてしまいそうだ。7月下旬。日没時間が早くなったようだ。ほんの、ほんの少しだけど。21時を回った頃になると夜の準備が整ったとでも言うように、空の色が濃くなっていく。そういうことで感じるのだ、夏の真っ盛りとはいえ、季節が私たちの上を通過しようとしていることを。旧市街の洒落た店の外から中を覗きこんでいたら、緑色のバッタが飛び跳ねているのを見つけた。一体何処からやって来たのか。冷房の効いた店内に紛れ込んで彼も驚いていることだろう。人間が怖いらしく気配を感じてはびっくりして飛び跳ねるが、誰も彼に気が付かない。誰かが外に出るときに、彼も一緒に店を出られることを祈るばかりだ。その帰り、バスの座席に着いていたら足にごつんと何かが当たった。正確に言えば前方から何かがやって来て、私の足に衝突したというか、命中したといった感じだった。思いがけずの衝撃。足元を見たら直径にして20cmあるかないかのメロンだった。おお、メロンだ。メロンを取り上げるといい匂いがした。食べごろ、そんな感じの匂いだった。しかし一体何処の誰のメロンなのだ、と思っているとふたつ前の席のご婦人がバスの揺れに注意しながら慌てて私のところにやって来た。ごめんなさい、うっかりメロンが袋から飛び出して転がってしまったの。彼女は申し訳無さそうな表情で詫びた。大丈夫、ちょっと驚いただけ、と言ってメロンを彼女に手渡した。その瞬間にまたいい匂いがした。熟れた美味しいメロンのようですね、と彼女に言うと、笑いを堪えながら彼女は答えるのだった。市場で今夜食べるための甘いメロンを選んで貰ったものだから。メロンのいい匂いは周囲の人々の鼻にも届いていたらしく、通路の向こうに座っている奥さんが、これはきっと美味しいわよ、と言った。そうしているうちに彼女の袋からもうひとつのメロンが転がり出て、別の席をめがけて転がりだした。あらあら。そう言いながらよたよたと彼女がメロンを追いかけるその姿が妙に面白く、しかし滑稽ではなくて昔の映画を見ているような印象で、それが実にイタリアらしくてボローニャらしくて楽しかった。ご婦人は無事にメロンを捕まえると、皆にさようならの挨拶をしてバスを降りた。家に帰るとメロンがあった。相棒が知り合いから分けて貰ったのだそうだ。ほら、いい匂いがする。今夜が丁度食べごろの匂いだ。そう言って喜んでいる相棒を見ながら、この奇妙な偶然に私は可笑しくて堪らないのだった。


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無題

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土曜日の午後に前が降り、それを境に涼しくなった。7月にしては驚くような涼しさ。まるで山に来ているみたいな気分。この夏はあまりの暑さに辟易して大好きなポロシャツを着ることすら出来なかったが、この涼しさを良いことに箪笥の中から引っ張り出した。朝の涼しい空気の中では襟を立てるくらいが丁度良い。そして気に入りのモカシンシューズ。私のスタンダード。久しぶりに自分らしい装いをして気分が良い。そんなこともどうやら今日までのことらしく、週の後半からはアフリカからの熱風が吹くという。帰り道、バスの窓から公園に沢山の人達が寛いでいるのを見かけた。さて。何故もこんなに人が多いのか。子供たちが遊び、大人たちが談話する。夏休みだ。ふと自分が子供だった頃のことを思い出して、公園の人々を眺める目に光が帯びた。梅雨が明けて暫くすると夏休みになった。夏休みの楽しみは幾つかあったがその一つが朝早くの庭に咲いた花を数えることと夕方の水撒きだった。花を数えるのが好きだったのは私が手入れをしていたからだ。子供の頃から土に種を植えるのが好きで、それが成長する様子を眺めるのはもっと好きだった。夕方の庭の水撒きは両親から課せられた私の夏の仕事のひとつだった。水道の蛇口にホースを取り付けて、遠くのほうまで水を撒く。時々光の関係で美しい虹が見えたりすると幸せな気分になった。私が暮らしていたところは沢山の原っぱがあった。原っぱがあるだけでほかに何があるでもないけど、子供たちにはそれで充分だった。朝露がまだ乾かないような午前は露草が美しかった。大人にしてみたらどうってことのない花だけど、私にはそれが夏の象徴のように見えた。午後になると必ず昼寝をしなければならなかった。私は元気で、しかし時々高熱を出す子供だったから、午後は昼寝をしなくてはね、ということらしかった。もっともそんな時間帯に外に居るのは蝉くらいなもので、誰一人、車にしたって近くを通る者はいなかった。子供たちが目を覚まさないようにと、母が低音でラジオを聴いていた。聴いていたと言うよりは音を流していたという感じで、母は縫い物か何かをしていた筈だ。子供が目を覚まさないようにというが、私は何時だって眠ってなどいなかった。ラジオから流れるアメリカの音楽にそっと耳を傾けながら、ああ、これは母の好きな曲だとか、これは私の気に入りの曲だとか思いながら寝ている振りをしていただけだ。そうして時間が経つのを待っていたのだ。夕方になって涼しい風が吹き始めると人々はやっと行動を始める。時間が緩く進んでいく毎日。溜まっていく宿題に心を痛めながらも、何とかなるさと思っていた子供時代の夏休み。夏休み。何と良い響きなのだろう。バスの窓の外に広がる楽しそうな風景を眺めながら、そんな昔のことを考えていた。


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