天気雨

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子供の頃から雨はあまり好きではない。これは大人になってからもずっと続いている。あんなに奇麗に晴れていた昨日には予想も出来なかった、重苦しい鼠色の雲が空を覆った日曜日。寒いわけでもなく暖かいわけでもなく、何となく冴えない。しかしこれも春が始まる時期特有の空模様と思えば悪い気はしない。日曜日恒例の姑の家での昼食会の後片付けはいつも随分時間が掛かる。参加者はたったの3名なのに食器といい鍋といいグラスといい、その数の多さには毎日曜日閉口する。その片付けを終える頃、雨が降り始めた。細かい、目を細めて凝視しなければわからないような雨だった。嫌な予感がしたので歩いても1分と掛からぬ自分の家に走って帰ったが、その間に大粒の雨が降り出して大層濡れてしまった。雨脚はどんどん強くなり、あっという間に風を伴う大雨になった。嵐のようでもあった。やれやれとコートを脱いで水滴をふき取る。同じように酷く濡れた鞄を乾いた布で丁寧に拭いた。濡れた靴を脱いで窓際へ行くと、先程とは違う光景が広がっていた。雨はまだ降っているが眩しいくらいの太陽の光が空から降り注いでいた。あっ、と私は息を止めた。その瞬間遠い記憶が戻ってきた。あれも2月だった。私はその半年前の夏の終わりにひとりで初めて訪れた外国、アメリカの海のある町を再び訪れていた。その3年後に私が移り住み、相棒と出会い結婚した町である。今度は知人と一緒だった。私と知人が何故一緒に旅とすることになったのかはもう覚えていない。何しろ随分昔のことなのだ。多分話のついでに私がまたその町を訪れようと思っていることを話したか何かで、彼女が関心を持ったか何かで旅を共にすることになったのだろう。それから互いに相手のことを悪く思っていなかったからだ。そうでもなければ僅か一週間とて一緒に旅をしようと思わなかったに違いない。飛行場に降りると今にも雨が降りそうだった。出国手続きをして外に出ると迎えの人が待っていて、何故違う飛行機に乗ってきたのかと少し怒った口調だった。どうやら随分待ったらしい。しかしそれは相手の勘違いだったらしく、しかし謝りもせず、まるで何事もなかったかのように。そんなことで此処が外国であることを私は実感したりした。もう昼の時間だった。私たちは街を突っ切って埠頭の小さなレストランに入った。私も知人も空腹でなかったが、そういう時間なのだからと言うことで簡単な料理を頼んだ。それに対して迎えに来た人の食欲ときたら驚きだった。多分私たちの3倍は食べたのではないだろうか。アメリカに生まれた日本人男性で、顔つきは日本人そのものだが考え方も体の構造も外国人だった。実は先程のことを気にしているらしく、詫びに何処でも好きなところに連れて行ってくれるという。それでお決まりコースの後に人々の生活の場を車で回って貰うことにした。その時から私はこの町にいつか暮らそうと考えていたのだ。まだ誰にも心の内を打ち明けていなかったけれど。そのうち雨が降り出した。まるでずっと我慢していたかのように溜めていた雨が一気に落ちてきたみたいな降り方だった。陰気な空。飛沫を建てて降る雨。私たちは車の中でため息をついていた。窓ガラスは雨に叩かれて、目を凝らしても何の景色も見えなかった。私たちが今何処に居るのかを確認することは出来なかった。もうホテルに行きましょうかと提案すると迎えの人も知人もそれがいいかもしれないと同意して、町を見て回るのを諦めることになった。が、暫くすると空が急に明るくなって太陽の光が降り注いだ。雨はまだ降り続いているが、まるで晴天のような明るさだった。そのとき車が走っていた界隈。Cole Valleyと呼ばれる界隈だと説明してくれた。まさかいつか私が相棒と其処で暮らすようになるとはあの時は夢にも思っていなかった。相棒が長く暮らしていた其処に私が加わった形であるが、暮らし始めてからもあの日のことを思い出さなかったのは何故だろうか、今日の今日まで。天気雨がとっくの昔に忘れたはずの小さな思い出が入った箱の蓋を開けたのか。子供の頃から雨はあまり好きではないが、私は雨の日の思い出が思いがけず沢山ある。案外雨との相性は悪くないのかもしれない。


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春を迎える

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ここ数日のうちに急に暖かくなったボローニャ。決して気のせいではない。寒いからと言って窓を開けて空気の入れ替えをするのを拒んでいた私が、自ら進んで窓を開け放って奇麗な空気を室内に取り込もうとするくらいなのだから。朝から空が晴れ渡る素晴らしい土曜日。旧市街へ行った。バスの中に老女が座っていた。恐らく80歳を軽く超えていると思われる彼女は、大振りのサングラスに毛皮のコートを纏っていた。随分着込んでいるなと思いながら、しかし彼女くらいの年齢ともなると温かくしていないと体が冷えて病気になってしまうのかもしれないとも思った。次の停留所から高齢の男性が乗り込んできた。あまり背の高くない、痩せていていかにも体力がなさそうな男性。彼もまた80歳を超えているように見えた。バスが動き出すと彼はよたよたと後ずさり、近くの手すりをつかんで何とか倒れずに済んだ。それを見てさっと立ち上がり、どうぞ此処にお座りくださいと言った人が居た。声の主のほうを見てみたら、例の老女であった。彼は大変驚いて、いやいや奥さん、あなたに席を譲ってもらうことは出来ません、と手を左右に振りながら老女の言葉に礼を言いながら優しく断った。私が座っていたらば直ぐに譲りたいところだが、生憎私は立っていたので誰か譲ってくれないだろうかと思いながら彼らの会話に耳を傾けた。老女はにこにこしながら、老人が乗ってくると席を譲らずにはいられないのだと言った。私はそれを聞きながら、あなたも充分老人だから席は譲らなくてもいいのよ、と心の中で呟いた。さて彼は老女のその言葉に、いやいや奥さん、私はこう見えてもまだまだ元気で座らなくても大丈夫なんです、何しろまだ90歳になっていませんから、と言った。私は彼らのやり取りを、テレビなどでやっているどの番組よりも面白くて微笑ましいと思いながら、ふたりのどちらかが降りてしまうまでずっと眺めていた。さて、旧市街は春の一歩手前であった。気温は16度。春を待ちきれないと言わんばかりに、学生たちは早くも軽快な装いであった。私は風邪を引かなければよいけれどと思いながらそんな人々の後ろを通り過ぎた。冬はもう終わりだ。これから徐々に日が長くなり、夕方の散策も楽しくなるのだ。重たいオーバーコートから軽いトレンチコートに着替え、首元だって冬の間巻きつけていた厚手のシルクのスカーフから、さらさらした薄手のシルクに着替えるのだ。足元も軽快なモカシンに履き替えよう。そうだ、一足モカシンを新調しようか。そんなことを考えるのも楽しい。春とはなんて素敵な響きなんだろう。三寒四温を繰り返しながら、ボローニャは待ちに待った春を迎える準備万端である。


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春が近いのを感じた日

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雪が溶け始めた。昼間の太陽は橙色で気持ちが良い。雪が降り、空気が奇麗になって、私は最近外で深呼吸するのが日課である。昨日、今日の明るい空と言ったら! 気分は未だ下向きだけど、この空に勇気つけられながら大丈夫、大丈夫を我を励ますのだ。ところで昨日から少しおかしいと思っていたのだが、俄かに始まったことを本日午後に確信した。春のアレルギーである。そんなことで私は春が近いのを知り、ちょっと複雑な心境なのである。


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2月の特別寒い日

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もう降らぬと思っていた雪がまた降った。昨晩からの雨が今朝も降り続いていて、昼を過ぎても降っていると時々窓の外を眺めながら思っていた。まあ、雨なら良い。雪が困りものなのだ。そう思っていたところ仕事を終えて外に出たら雪に変わっていた。激しい降りではないにしろ。今日、知人がこんな話しをした。もう随分前に亡くなった彼女の父に良く似た人を買い物の途中に見掛けたこと、あまりに驚いて、あまりに懐かしくて、胸が一杯になって路上で動けなくなってしまったこと。それを聞いて胸が熱くなった。私にも経験がある。私はフィレンツェへと向かうためにボローニャ駅に居た。朝だった。寒い冬の日で誰もが着膨れしていた。と、数メートル前方に時刻やプラットホーム番号を表示した掲示板を見上げている年配の男性が目に入った。よく見ると父に似ていた。着こなしも背丈も、被っているハンチング帽も。顔つきなどは見れば見るほど似ていて怖いくらいだった。近くに寄ってみようと思い一歩足を踏み出したところ、男性はちらりとこちらを見たかと思うとあっという間に雑踏の中に紛れ込んでしまった。あのちらりと私を見たときの顔。それが一日中頭にちらついて離れなかった。それから少しして父が亡くなったことを知った。大好きだった父。直ぐに知ることが出来なかったことを私はとても悔しく思ったが、それは親不孝な自分への罰なのかもしれないと思った。ところでその父が亡くなったのはあの駅で父に良く似た人を見た日だった。そうと解って私は声を上げで泣いた。小さな子供のように様々な言葉を発しながら泣いた。あんな風にして父が旅立ちの挨拶に来てくれたのではないだろうかと思ったら、悲しくて嬉しくて何が何だか解らなくなった。それが7年前。それから毎年父が旅立った2月の特別寒い日に父が夢に出てくる。私が父を思い出しているせいもあるが、2月の寒い日に一度だけ夢に出てくる。父が姉と私、それから母と一緒に何か楽しいことをしている夢。食事を楽しんでいることもあれば、どこかを散歩していることもある。私が思い悩んでいれば、父はいつも私と姉に言っていたあの言葉を掛けてくれた。大丈夫、お父さんが応援しているから頑張れ。そんな言葉を掛けてもらって夢から目覚めた朝は何故だか涙が零れて止まらなかった。私は非現実的な不思議なことはあまり信じない性質だけど、父の事に関してだけはごく自然に普通に受け止めて心の中に大切にしまっている。ところで私はここ数日とても辛い気分なのだ。すべてを放り出してどこかに消えてしまいたいくらい。今夜辺り父が夢に出てきて慰めてくれればよいのに。そうだ、寝る前に神様にお願いしてみよう。


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休憩の店

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ボローニャ旧市街にあるUgo Bassi 食料品市場。其処には久しく行っていないが直ぐ前は頻繁に通る。何しろガンベリーニ菓子店の筋向いだし、それより何より停留所の真ん前なのだから。ボローニャ市内に暮らしていた数年前までは毎週のように其処で買い物をしていたのに。ここで買い物をしなくなった理由は、家から遠くなったこの市場から重い荷物を抱えてバスに1時間も乗って帰ってくるのが嫌だからなのだろうと分析する。その食料品市場へと続く通路の始まりの左手に小さな食材店がある。Vecchia Malga という店でお惣菜やサラミ、チーズオイル漬けといったものが狭い店内にひしめいている。私は同じVecchia MalgaでもPiazza Maggioreの直ぐ近くのもう少し広い店に行くことが多い。此処でチーズを買うのだ。店の上にはワインと簡単な食事が出来るスペースがあるが、大抵満席でいまだに其処で昼食をとったことがない。周囲には洒落た店が軒並みなのでショッピングのついで立ち寄る人が多いのだろう。さて、Ugo Bassi の店だが、ふと上を見上げたら、此処にもテーブル席があることに昨日初めて気が付いた。しかも人があまり居ない。たぶん場所柄なのだろう。店に入いると初老の男性が元気に挨拶してくれた。それでいつから此処にもテーブル席を置くようになったのかと訊いてみると、昨年9月からだという。ちょうどお腹が空いていたので、それでは、と軽い食事をとることにした。上の階にいくとガラス張りのためにとても明るい雰囲気だ。小さなテーブルと椅子が幾つか並んでいて、そのうちの3つが先客で埋まっていた。茄子とチーズのオーブン焼きと赤ワインを注文した。うーん、美味しい。やはりこの店に置かれているものは美味しい。日本人のひとり客が珍しいのか、店の女の子も店の初老の男性もかわるがわる食事を楽しんでいるかどうかを確かめに来る。よく考えれば私は昔から独りで食事をするのが平気だった。勿論相棒や友人、仲間たちと一緒も楽しいが、一人のときもそれなりに楽しく食事が出来る。多分これは私のひとつの特技みたいなものだ。おかげでひとり旅も堪能できるというものだ。一人でいるといった先々で知らない人達と話すチャンスが巡ってくる。話しかけやすいのだろう。そして私自身がひとりで居ると周囲の知らない人に話しかけやすいのである。ひとりでワインを楽しむ私に斜め前の若い4人がワイングラスをひょいと上げて乾杯してくれた。乾杯、あなた達のためにも。私もグラスを持ち上げてそれに答えた。この店はいい。グラスワインは3種類しかないけれど、摘むものは豊富だし、何よりもうひとつの店ほど混んでいないのが嬉しい。エノテカ・イタリアーナのような立ったままで気に入りのワインとパニーノもいいけれど、此処に腰を下ろして簡単な食事の休憩もいい。時々足を運んでみることにしよう。土曜日の散策の途中に。友達との約束に。ボローニャ旧市街の規模は小さいが、まだまだ発見がありそうだ。路地から路地へ、大通りから広場へ、小さなバールやカフェ、仕立て屋さんや画材店。それだからまだまだ飽きる気配はない。


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