心に響く

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私にとって金曜日とは、とてもじゃないけど真っ直ぐ家に帰る気分にななれない日である。一週間存分に働き、家に帰れば家のことがあってめまぐるしい毎日を上手く乗り越えてきた自分へのご褒美の日と言っても良く、それだから夕方に友達と待ち合わせしてみたり、相棒といつものバールに立ち寄って時間を気にすることなく人々と話をしたりワインを頂いたりするのである。それなのにこの金曜日は急に家に人が来ることになり、大急ぎで家に帰らなければならなかった。がっかりだった。けれども昨年末から一日も早く来て欲しいとお願いしていた修理屋さんだったので、仕方が無かったのである。大急ぎで家に帰ると直ぐに修理屋さんが来て20分もすると完了して帰っていった。時計を見たら19時にもなっていなかった。いつもの私ならこの時間に改めて外に出掛けるのは面倒臭いと思うのだけど、この日に限ってはまた外に出たくなって相棒とふたりでいつものバールを目指した。このバールはボローニャ市内のあるので帰ってきた道を逆戻りすることになる訳なので、そうまでしても行きたかったのはどうしてなのだろうと不思議に思いながら。しかもこんなに寒い晩に。バールは混んでいた。金曜日だからだった。金曜日は私同様に一週間お疲れ様とバールに立ち寄る人が多いのである。カウンターへ行くとジーノが居た。今でこそ彼の名前を知っているが長いこと私はトリュフの名人と呼んでいた。彼が若かった頃、つまり50年も前のことだけど、アペニン山脈でトリュフを収穫して一旗上げたからだった。ジーノは多分80歳くらいで独り者だ。たぶん昔に連れ合いを失って、それ以来独りなのだと思う。これは単なる私と相棒の想像で本当のところはわからない。知り合った頃は彼が話すボローニャ語がわからなくて、彼も私が話すイタリア語がわからなくて、互いに何度も聞き返さねばならなかった。それがいつの間にか互いの話し言葉に耳が慣れて聞き返すことも無くなった。私たちの共通点はトリュフが好きなこと、犬が大好きなこと、それから個人的なことに踏み込むことなく尊重しあう精神だ。ジーノはカフェイン抜きのカッフェを頂いているところだった。彼はこの直ぐ近くに住んでいて、夕食を済ますとこうしてこのバールでカフェイン抜きのカッフェを頂くのが日課なのだ。チャオ、ジーノ、と声を掛ける。すると、金曜日だからきっと来ると思った、金曜日だから赤ワインがいいんじゃないか、と彼が言う。私は頷いて店の人に赤ワインを注文した。その隙に彼が自分が注文したカッフェと私の赤ワインを支払おうとしたので、年金生活者に奢って貰うなんてとんでもないことだと言わんばかりに私が手で遮ると、彼は嬉しそうに笑って言った。だって僕らはよい友達なんだから。つまり友達なんだからたまには奢りたいんだよ、と言うことらしかった。この言葉は私の胸に深く入り込んだ。嬉しかった。私は彼の単なる知り合いだと思っていたから。単によく見かける東洋人、くらいの。感動したのは私だけではなかった。それを耳にした店の人も、周囲に居た人達も。何故ならジーノは今まで誰に奢ることも無かったし、友達と呼ぶ相手も居なかったからだ。後からそんなことがあったことをその場に居なかった相棒に報告すると、目を丸くして驚いた。友達かあ。いいな、君は彼の友達に昇格したんだね、と。そう、昇格したのだ。友達ってなんて良い響きなのだろう。心に響く言葉。昔、彼は犬を二匹飼っていたそうだ。その犬たちと山にトリュフを採りに行ったらしい。今は犬の居ない独り暮らし。だからバールや道で犬を見掛けると目を細めて優しい笑顔になる。犬はいいぞ、主人に忠実なんだ、と言って。犬も彼の犬好きがわかるらしく、尻尾を振って足元に絡みつく。いつか、そう、いつの日か私が犬を飼うことになったらば、一番先に彼に犬を紹介することにしよう。だって私たちはよい友達なんだから。温かい気持ちになった金曜日の晩だった。


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寒空

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冴えない空。寒空と呼ぶと丁度良かった。勿論1月なのでそんな天気は当たり前かもしれないが、それにしてもいつもの気持ちの良い青空は一体何処へ行ってしまったのだろう。寒気が隅々まで支配していた。ボローニャ旧市街辺りまで行けば少しはすっきりした空を見ることが出来るのかもしれないと思ったが、期待していた青空は見当たらなかった。まだ1月も終わっていないのに、そして冬のサルディも終わっていないと言うのに、大通りに面した衣料店のショウウィンドウに春物が飾られていた。春物が置かれたことでぱっと明るくなった感じがする。言うなれば花だ。冬の薄暗い空、霧に包まれた街に置かれた春の花。見ているだけで元気になってくるような、何か良いことがありそうな予感さえする、春の花。私はそれに誘われて店に入った。店に入るといつもの女性が笑顔で迎えてくれた。常連客ではない私を覚えてくれているのにはちょっとした理由がある。何年も前に色々試したが購入するのを諦めたのはどうにも色が私の肌に合わなかったからだった。ごめんなさい。でもしっくりこないのよ。私の肌の色にどうしても似合わないような気がするの。そういって詫びる私に彼女が言った。その気持ちは私にも解る、好きだけど似合わない色が私にも幾つかあるのだ、と。そう言ってがっかりしている私に笑顔を向けて、また新しいのが入ってくるから立ち寄ってくださいとか何とか言ったはずだ。よくよく考えれば彼女は私のフィレンツェの知人に良く似ていて、そんなことから私は彼女に親しみを感じ、そして恐らく彼女もそんなことで私のことを覚えたのだ。さて、春物はまだ一握りしかなかった。そのいくつかを物色しているうちに何だかわくわくしてきた。こんな薄いコートを着て街を歩く季節がもう直ぐそこまで来ているなんて。こんなコットンのシャツをさらりと着て、コットンのセーターを引っ掛けて。脚半分を包み込むようなブーツではなく、こんな軽快な靴を履いて。明るくて軽快な空気に満ちた春を感じて、すっかり気分が良くなった。彼女に挨拶の言葉を掛けて店を出るとその足でガンベリーニへ行った。最近土曜日になるとガンベリーニで休憩する。言うなれば最近の私の気に入りの習慣だ。小さな菓子を二つ、そして温かい牛乳にカッフェを少し入れた、ラッテ・マッキャートを注文するのだ。小さな菓子はいつも同じようなものを選ぶ。マロングラッセを練りこんだものとか、ザバイオーネがたっぷり入ったもの。全部で3,50ユーロ。高いか安いかは私には解らないが、これだけの出費で気分が良くなるのだから決して無駄ではないはずだ。カウンターに面して立ったままの休憩だけど、美味しい分だけ何処かのカフェのテーブル席でゆっくり時間を楽しむくらい充実感がある。店が思いの他空いていたのは何故だろうか。時間帯のせいだろうか、不況のせいで無ければよいけれど。店を出てVia Ugo Bassiを歩きながらふと思い出した。1ヶ月半ほど前、ちょうどこの辺りを歩いていた時のことだ。私の横に40歳前後の男女二人が腕を組んで歩いていた。私たちは別に並んで歩きたかった訳ではないが、歩調が同じだったので何処までの並んで歩くことになったのだ。と、男性のほうが訊いた。ところで君の誕生日には何をしようか。すると女性は、うーん、と唸りながら少し考えていたが急によい案が浮かんだらしく、顔をぱっと明るくして言った。パリのレストランで食事なんてどうかしら。それを耳にして私は酷く驚いたが、男性はそれはまったく素敵な案だと言うように、そうしよう、と相槌を打った。彼らがどんな人達なのか強い興味に駆られた私は思い切って横を振り向いてみたが、彼らはそんな私に気がつくことなく先程よりもさらに腕を深く組んで歩くのだった。幸せそうなふたり。それで彼らは彼女の誕生日にパリへ行ったのだろうか。あの日のことを思い出して私はそんな質問をしてみた。答えは私には解らないが、とにかく素敵な時間を過ごしたに違いない。あんなに幸せそうだったもの。人が幸せだと私は幸せな気分になる。誰もが幸せであると良いのに。そんなことを思いながらボローニャの街を歩いた。

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謝肉祭

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金曜日の夕方、ボローニャ旧市街をぶらついている時に見つけた。私の気に入りのパンと菓子の店ATTIのショウウィンドウに並んでいたこの時期限定の菓子たち。見つけたと言ってももっと前から並んでいたかもしれないけれど、少なくともこの日の夕方までちっとも気がつかなかったのだ。この時期限定のとは、つまりカルニヴァーレに纏わるものだ。私はイタリアに来るまでカルニヴァーレについてまったく何も知らなかったと今の今まで思っていたが、よく考えてみれば私はそれを謝肉祭という言葉で子供の頃から知っていた。そうだ、よく思い出してみれば私が持っていた謝肉祭とか何とか題名のついた楽譜の上にはゴンドラに乗った仮装の人々が描かれていて、あれはヴェネツィアのカルニヴァーレの様子を描いたものだったのだ。しかし私はまだほんの子供だったからイタリアの存在すら知らず、それがゴンドラであることもヴェネツィアのカルニヴァーレが有名であることも知らなかった。あの楽譜はどうしただろうか。母が誰かに譲ってしまったのかもしれない。今でもどこかにしまわれている可能性は大変少ない。何しろ私が思春期から大人になるまでを過ごした家を何年も前に処分してしまったから。様々な物が知らない人達の手に渡ってしまっても仕方の無いことなのだ。私は謝肉祭が何であるか知らなかったが、そのくせ謝肉祭という音がとても好きだった。何か魅惑的な響き。自分の日常生活からかけ離れた世界。そんな風に思っていた。さて、ATTIの菓子である。店先に並んでいるのを見て急に欲しくなった。カルニヴァーレの菓子と一言で言っても何種類かある。粉砂糖が掛かっているかさかさした菓子は苦手。小さな丸いドーナツ風のは少々胃に重たいけれど好物。そしてもうひとつ、小さな渦巻きを油で揚げて橋蜜を絡めたものがある。これは単なる食わず嫌いで試したことが無かった。私が見たのはまさにその渦巻きで、しかも他の店にあるような蜂蜜がべたべたせずに乾いていて、ちょっと摘んで口の中にポイッと投げ込みたくなるような軽快さがあった。それで幾つか袋に入れて貰って歩きながら食べたいと思ったのだ。もうじき閉店時間だったのでいつも混んでいる店内には私の他に誰も居なかった。白い小さな袋に7個入れて貰った。店を出るなり口の中に放り込んでバリバリと噛み砕くと、美味しい!こんな美味しいものだったのかと今まで毛嫌いしていたことを後悔した。その帰りにいつものバールに立ち寄るとなじみの老人が居た。この近くに住んでいて毎晩夕食の後にカッフェを頂きに来るシルヴァーノ老人だ。今でこそ老人であることが解ったけれど、つい最近まで彼はまだ70歳にもなっていないと思っていた。何しろ肌の艶が宜しい。柔和な笑顔と形のよい鼻がみんなの人気だ。それが数ヶ月前に80歳をとっくに過ぎていると知ってびっくりした。ストレスを溜めないのが若さの秘訣らしかった。とにかくその彼が、私が手にしている袋を見て何が入っているのかと訊くので、ほら、これよ、と見せてあげた。すると彼がとんでもないというような表情で言うのだ。まさか君はこれを店で買ったんじゃないだろうね。それで私が勿論そうだと答えると、ああ、若い人達というのはと言いながら、こんな菓子は簡単に作れるんだから家で作るもんだよと窘めるのだった。ほんの30分もあれば作れるんだから。今日もうちで作ったんだから。そう言った。確かにイタリアの年配の人達は何でも家で作るのだ。生パスタにしても然り。80歳になっても麺棒を操って日曜日の朝にパスタを打つ。それを日曜日の長い昼食で堪能するのだ。どうやら彼の若さの秘訣は奥さんの家庭料理、自家製の菓子も大いに関係しているらしい。窘められてしゅんとしている私に気がついた彼は、袋の中からひとつ摘み上げて口の中に放り込んだ。すると目を丸くして、これは美味しい、奥さんが作るのと同じくらい美味しいぞ、と言った。そうか、彼の奥さんが作るのと同じくらい美味しいと言うことは、かなり美味しいと言うことだな。そう理解して私は急に元気になった。家で作る時間も技術も無い私は、これからもATTIで買い求める訳だけど、それはそれで良いのである。何しろシルヴァーノ老人の自家製と同じくらい美味しいのだから。ATTIはやっぱり気に入りの店なのである。


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お洒落心

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寒い一日。週の初めにやってきた北ヨーロッパ大陸からの寒波でイタリア中がすっかり冷え込んでしまった。例年に比べれば暖かかったこの冬に、案外直ぐに春になるのかも知れないなどと淡い期待を抱いていたのだ。だからこの寒波にはすっかり参ってしまった。フィレンツェを訪れようとかフェっラーラヘ行こうとか、小さな計画を立てていたがすっかり気分が萎えてしまった。こんな寒い日にわざわざ遠くまで行って散策だなんて、風邪を引きに行くようなものだ。などと言って。そうかと言って家でじっとして居られるでもなく、沢山着込んでボローニャへ行った。街中が冬のサルディで賑わっていた。不景気な話題が飛び交う毎日だけど、今日の様子を見ている限りは少しも不景気な感じはしない。それともこんな時でもなければ買い物ができないということなのか。私も店先で足を止めてはショウウィンドウを覘いてみるが刺激するようなものがあまり無い。半分がっかりで、正直言うとほっとした。暫くは今あるもので満足していたい、そんな気分なのである。それよりも人々の表情が気になる。色んなことがある今のイタリア。みんな楽しく生活しているのかしら、と。それから装い。これは本当に面白い。特に面白いのが年上の人達。鮮やか色の帽子にクラシックなオーバーコートをしっかり着込み、しゃんとした姿勢で歩くご婦人達。それからボルサリーノ風のクラシックな帽子に地味なコートで身を固めるが、パンツは気持ちのよいレモン色の紳士達。同じ年頃の人達のお洒落を観察するのも好きだけど、年上の人達を観察するのはもっくと好きだ。そしていつも思うのだ。私も幾つになっても小さなお洒落心を忘れたくないと。もう若くないからとか、もうこんな年だからとか、そういうのは無しだ。小さなお洒落心は幾つになってもあると良い。綺麗でいたいと願う気持ちは元気の源のひとつである。アメリカに居た頃、一緒に暮らしていたブリジッドが教えてくれた。彼女は昼間はカレッジで学び、夜はレストランでウェイトレスをしていた。夜の仕事を終えて帰ってくるとバタンとベッドに倒れるように潜り込むこともあれば、おもむろに机の前に座って勉強を始めることもあった。レストランの仕事は大変だけど良い収入になるといって喜んでいた。ある冬の晩、彼女は少し酔ってアパートメントに帰ってきた。それはとても珍しいことだった。大変なご機嫌で部屋から出てきた私に向かって今日は素敵な人を見たのだと言った。大変魅力的なのに恋人を持たぬ彼女のことだからてっきり素敵な男性のことかと思ったら女性だった。それも60歳を越えるくらいの女性だった。美しく日に焼けていたこと。髪を小さく纏めていたこと。肩のラインを見る限りアルマーニに違いない、そして恐らくカシミヤに違いない上等な黒いオーバーコートをさらりと着てレストランに入って来たのだといった。オーバーコートを脱ぐとセーターにパンツというシンプルな装いだったけど、首元に目が覚めるような黄色いシルクのスカーフを巻いていてとてもお洒落だったのよ。そう言ってブリジッドはまるで映画スターか誰かに会ったような興奮した口ぶりで話すのだった。その話に私が余り反応しないのを見ると彼女は首を左右に何度も振って、ああ、若いあなたにはまだ解らない、年をとってもお洒落で居ることの素晴らしさ、だからこそ益々美しく見えることを、と言って溜息をついた。そんなことを言っても彼女と私はそれほど年齢が離れているわけではなかったが、思うに彼女は美しい分だけ年をとることを恐れ、何時までも美しく居たい気持ちが人一倍大きかったのだろう。そんな彼女がある日天に召されて、もう二度と会うことも声を交わすことも出来ない人となった。あの日から私は時々そんな彼女のことを思い出して、彼女が言った言葉を心の中で繰り返してみるのだ。逆立ちしてもブリジッドのようにはなれないけれど、その気持ちはしっかり受け取ったから、と呟きながら。それにしても寒い。散策が何よりの好物の私も2時間もしないうちに尻尾を巻いた。冷えた頬や指先をごしごし擦りながら温かい飲み物を求めてカフェに飛び込んだ。


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迷路と魔法

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旅行者の少ない冬季とはいえ、この街にしては空いているとはいえ、ヴェネツィアはボローニャに比べるとひどく混んでいるように思えた。勿論初めて私がこの街を訪れた18年前の4月を思えば、比較しようも無いほどの空きようだった。人の波にぶつかりそうになるとそれを避けるようにして路地へと足を運ぶ。私と相棒の性格は私たちを良く知る友人たちが口を揃えて言うほど異なっているけれど、人混みが嫌いという点に関してはぴたりと一致しているのだ。手元には地図の一枚も無く、気の向くままに右に曲がり左に曲がり。日頃車にばかり頼っていて歩くことを忘れている相棒にはかなり堪えるに違いなかったが、私はそんなことも気にせずに歩き続けた。私は探していたのだ。5年前の春先に一人で此処を訪れたときに見つけた場所を。あの時私が得た感動に似た言葉にたとえがたい感情を相棒に知って貰いたかったのだ。確かこの辺り、もしかしたらこちらの方かもしれない、と相棒が何を探しているのだと幾度も訊くがそれには答えずに探し続けた。この観光地のヴェネツィアにして旅行者が通らない、広場の真ん中を運河が通っているあの不思議な場所。確か小さな郵便局があって、配達のお姉さんが出入りしていた場所。けれども見つからなかった。私はようやく観念して見せたい場所があったのだとこっそり告白すると、相棒はしょんぼりしている小さな子供を慰めるような表情で、そのうち見つかるさと言った。そうね、見つかるといいけれど。私は心の中で呟いた。それにしてもいったい幾つの路地と曲がり角があるのだろう。行けども行けども大小の運河が待ち伏せしていて、私たちは迷路に紛れ込んだ猫のような気持ちになった。時々ぱっと視界が開けて広場に出る。一瞬此処がヴェネツィアであることを忘れるような運河の無い風景。そして広場を横断して足を進めると運河に出くわす。歩き始めて1時間もしないうちに相棒が呟く。どうしてもっと早くに戻ってこなかったのだろうか、と。18年という長い年月のことを言っているらしかった。改めてこの街の魅了されたらしかった。私にしてもそうだった。よくも5年間も知らんぷりできたものだ。こんな素敵な街に車か電車で2時間で来れるというのに。午後も3時になった頃、思いがけぬ場所に辿り着いた。18年前、相棒と歩いた場所だった。薄暗いトンネルみたいなものを通り抜けた先に小さな運河にかかる小さな橋があって、その前に仮装マスクを売る小さな店。すべてがあの日のままだった。ああ、此処を覚えている、と私が歓喜に帯びた声でそういうと相棒も思い出したようだった。そうだ、この店だ。あの日の私たちは店の中には入らずに橋の袂から店を暫く眺めていたのだ。美しいマスク。幻想的な世界が店の中に詰まっているような気がしたのだ。春の晴天だったあの日も往来する人はあまり無く、此処だけ世の中から取り残されているように思えたのだ。今もあの時のままだった。此処だけ取り残されているような、そんな感じだった。夕方になると街中が湿度で急に冷え込む。太陽は滑るように沈んでいって辺りの街灯がともる。昼間も美しいがこの時間帯のヴェネツィアはまるで魔法のようだと思った。僅か5時間の散策。でも、もう帰らなくては。私たちは後ろ髪を惹かれるような思いで運河の街を後にした。さよなら、ヴェネツィア。また会う日まで。


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