錆色

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12月に入る前にいつもの店でシルクのスカーフを購入した。いつもの店、というほどの常連ではないけれど、扁桃腺もちで襟元が冷えるとあっという間に熱を出してしまう私だから、カフェと本屋の次くらいに足を運ぶことの多い店と言っても良い。店は大通りと並行して走る、所謂路地という場所に面してあって、流行者を置く店でない理由から若い人達が次から次へと流れるように入る店ではない。私にしても長いこと店の存在に気がつくことがなかった。その理由は誰もが店の前を素通りしていくことや、ショウウィンドウが道に面してあるわけでもなく、奥まった場所にある店の扉に興味をそそられるまでに長い時間が掛かったからである。私がその店に気がついたのは、犬のせいだった。店で飼われているらしい犬が店の扉からそろりそろりと脱出する様に出会って、あら、あんた、ひとりで散歩に出かけようとしているんじゃないでしょうね、と話しかけたところで店の中から店主が飛び出してきて犬の名前を呼んだ。すると犬がくるりと身を翻して私の後ろに隠れたのだ。あっ、ずるいなあ。店主と私が同時に同じ言葉を発したので私達は思わず声を上げて笑った。それで店に入ってみようと思ったのだ。店はインドシルクを扱う店で、スカーフやストール、それから創作衣服を狭い店内に並べていた。元々スカーフの類が好きな私だ。興味が芽生えて丹念に品定めした。そしてひとつ購入した。シルクなのに驚くほど安かった。また来るからと言って店を出たが、次に戻ったのは翌冬のことだった。ところが店主である彼女は私を見るなり顔をパッと明るくして、あら、こんにちは、最近犬はいい子にしているのよと言った。彼女はあの日のことを今でもよく覚えているようだった。犬もあの日のことを思い出したらしく、寄り添ってきて愛嬌を振舞った。前に購入したのがとても重宝したので、同じようなので色違いを購入した。それが二回目。それから何を買うでもなく何度も足を運んだ。店主である彼女はアルゼンチンから20年ほど前にイタリアにやって来たこと、あの頃は外国人があまり居なくて居心地が悪かったこと、外国語を話す人は殆ど居なかったので直ぐに通訳の仕事をえたこと、しかし本当にしたかったのはそんな仕事ではなくてアーティスティックなことであったこと。彼女はまるで大きなダムから水が流れ出すような勢いで、ある日私にそんな話をしてくれた。それは私が長くボローニャに居る事を知ったからなのだろう。随分前のまだ外国人が少なくて話す相手もあまり居なくて心細い思いをしたに違いない彼女は、外国人同士にしか分からない共通の何かを私の中に見出したのだろう。彼女はまるで随分前からの知り合いのように私に話しかけるのだった。そんなことからまた会う回数が多くなった。それで12月に入る前のこと。私はこの暗い季節にパッと明るい奇麗な色のスカーフが欲しくなって店を訪ねた。シルクと言っても色んな重さのものがあって、私はその中から手応えのある重さのものを選んだ。色は・・・と物色していると彼女がその中からひとつ手に取った。こんな色があなたには似合う。そうして首に巻いてくれた。奇麗な色。熟した赤ワインに良く似た、しかし何処か違う色。何という色なのだろうと思案していると、彼女が教えてくれた。錆色よ。錆色? そう、錆色。濡れた金属をそのままにして置くと出来るあの錆とは随分違うが錆色という響きが私はとても気にいって、それを購入した。あれから幾度も人に訊かれた。奇麗な色、何ていう色なのかしら。私はまるで100年も前から知っていたみたいに自慢げに言う。錆色よ。錆色? そう、錆色。あの日私と彼女がそんな会話をしたみたいに。
昨晩、ギンズブルグの本を読んでいた。Lessico Famigliareのまだ始めの方のページで、読み出したばかりの。その中に見つけた。una giacca di lana colore ruggine…錆色のウールの上着。ああ、錆色だ。きっと錆色とはイタリアでは昔からあった表現のひとつなのだろう。私はギンズブルグの文章と自分の持ち物に小さな共通点を見つけて嬉しくなった。そうだ、今度彼女に会ったらば、この話をしてみよう。


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いつもの生活

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突然故障して困るものは幾つもある。つい最近では洗濯機、乾燥機、湯沸かしシステムなどの故障に遭遇して、其の都度深い溜息をつかねばならなかった。特に洗濯機の故障は宜しくない。洗濯を手でする時代に育っていない私には事故に遭うようなものである。それから湯沸かしシステムの故障。これも大変だった。シャンプーの最中に遭遇したので、おかげで翌日熱を出した。いつもあって当たり前、機能して当たり前の物は周りには実に沢山あるが、壊れて初めてその有難さを感じるのだ。そういうわけで最近では洗濯が無事に終わるたびに、シャワーを無事に終えるたびに今日も本当に有難うと心底感謝するのである。そんな昨夜、パソコンが故障した。よく考えればこのところあまり調子は良くなかったのだ。しかしまさかこんな風に突然故障するとは思っても居なかったのである。それも何処もが冬休みの時期に。暫くはパソコン無しの生活になりそうだと意を決したが、先ほど帰ってきたパソコンに恐ろしく弱い相棒が30分で修理してくれた。パソコンを使うのとパソコンのシステムを理解して直すのはどうやら別物らしい。兎に角感謝である。パソコンのある生活に慣れてしまった現代人は、パソコンがないと本当に何も出来ないというと大げさだけど、何となく落ち着かないものなのである。感謝を込めて特別のカッフェを淹れることにした。数日前、自家製のお酒を頂いたのだ。知人のビジネスパートナーのお母さんが作ったという、とても甘そうで濃厚でアルコール度が高そうな玉子酒。これを貰った時から試してみたかった特製カッフェを淹れてみようと。と言ってもカッフェはいつものilly。小さなグラスに玉子酒を1cmほど垂らして、其処に熱いカッフェを注ぐだけ。玉子酒が甘いから砂糖はいらない。小さな銀のスプーンでぐるぐると掻き混ぜて一口飲んでみると、懐かしい味がした。それは自分がまだ子供だった頃の母を思い出すような懐かしい味。私の長い過去を振り返っても母が玉子酒を作ってくれた記憶はひとつもないが、兎に角そんな気持ちになる味だった。懐かしい味、おかあさんを思い出すような味だね。そう相棒に話しかけると相棒も大きく頷いて、まるで懐かしんでいるかのように黙ってそれを飲み干した。いいものを頂いたものだ。美味しい物は星の数ほどあるけど、こんな気分にさせてくれるものは、そう沢山あるものではない。どんな高価な贈り物よりも私はこういったものが嬉しい。人の手が作り出した温もりとか気持ちとか。今度会う時にもう一度お礼を言わなくては。さて、パソコン復帰だ。今日も日記を書けるのが嬉しい。いつもの生活をいつも通りできる喜び。そういう気持ちを忘れないようにしたいと思う。


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Holiday Season

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Happy Holiday Season.

私達の心が豊かでありますように。すべての人に恵みがありますように。


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雪だ。雪が降っている。

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そんな午後、部屋の空気を換えようと思ってレース地のカーテンを全開したら雪が降っていた。それも近くの山から流れてきたようなものではなく、直径5cmもありそうな大きな雪片が次から次へと落下してくるのだ。静かな筈だった。雪は辺りの物音をすっかり包み込んでしまうからだ。外を歩く人は居ない。先ほどの車がつけたタイヤの跡を新しい雪があっという間に包み込む。そんな様子を眺めながら私は叫ぶ。子供の頃、家の奥で寛いでいる父や母に報告したように。


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12月24日のこと

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駆け足で過ぎてゆく毎日。何しろ冬休み前なので気持ちよくお仕舞いに出来るようにと居残り仕事をしてみたり、ボローニャに立ち寄った知人と楽しい夕食をしているうちに金曜日が来て、そして今日からは冬休み。外では朝から小雨が降っていて空を見上げれば何とも寒々しい。けれども家の中では暖房が効いていて、こんな日に外に出なくて良いことを心底有難く思う。熱い紅茶を啜りながら手紙を書いたり、本を読んだり。私は昔からちっとも変っていない。やはり寒いのと雨が苦手なのだ。多分ボローニャ旧市街は沢山の人で賑わっていることだろう。こんな雨にも拘らず。昨年の今日を思い出しながら、ふとそんなことを考える。大切な人への贈り物を求める人達、それから自分へのご褒美を求める人達が、キラキラと輝くイルミネーションの合間を入ったり来たりしているに違いないのだ。アメリカに暮し始めて初めて迎えた12月24日もそんな風であった。もっともいつもより早めに店が閉まるので、賑わいは夕方5時くらいまでだった筈だ。急に人の波が何だか心細く思ったのを覚えている。そうだ、あの日だった。街中でばったり会ったのだ。会ったと言っても私のほうは相手の顔すら覚えていなくて、通り過ぎようとした瞬間に、あっ、君、と呼び止められたのだった。相手は私より幾つか年上の、私がアメリカに暮らし始める前にこの町のコーヒーショップでたったの一度、人を介して会ったことのある日本人男性・・・というのが適切な人だった。彼は恋人と暮らしていて、私生活も仕事も充実して幸せにやっているらしかった。私の方はと言えば共通の知人に嫌な思いをしたばかりで、其のことに触れられるのが怖かった。案の定、其の話が持ち上がって私は天を見上げるばかりだったが、彼は嫌味のひとつを言うでもなく、そんなことよりも君は大丈夫なのかい、と心配するのだった。聞けば其の話はこの辺りでは皆が知っているらしい。そして、彼女は大丈夫だろうかと皆が陰で心配しているとのことだった。気にすることはないんだよ、あの人は誰ともそんな具合なんだから。彼はポケットの中に入っていた小さな紙切れに自分の電話番号を書き込んで、困った時は電話をくれるといい、と私に手渡した。彼は急いでいるのか腕時計を覗き込み、、じゃあ、と片手をあげて挨拶をすると早足で歩き去り、あっという間に見えなくなった。ふーん、私を心配してくれる人達が居たのか。独りぼっちじゃなかったのだ。そう思ったら何だか嬉しくなって、急に肩の荷が下りたような気がした。実際、長いこと背負い込んでいた体中の緊張が解れていって、気が抜けた途端に風邪を引いて熱を出した。それが私の18年前の12月24日。あの日は雨ではなかったが、深々と寒さが突き刺すようだった。いいことを思い出したな、と窓の外の雨を眺めながら思う。今日は1日、親切にしてくれた人達のこと、私を見守ってくれる人達のことを思い出して感謝してみよう。そんな日が時々あると良いと思う。


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