10月・ブダペスト

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10月が駆け足で過ぎ去ろうとしている。夏が終わってから俄かに小さな色々が動き始めて少々忙しい秋になりそうだと思っていたが、実際はとても忙しい秋になった。大きな変化は、無い。でも小さな様々が変化しようとしている。それらの全てに気を配ることに大雑把な性格の私は多少ながらも疲労を感じたりするのだが、そしてぬくぬくと平凡な生活をすることに慣れた私にはめまぐるしくて時々うんざりしたりもするのだが、今のところ良い方向にことが動いているようだ。だから感謝すべきなのだ。文句を言っている場合ではないのだ。先日ハンガリーを訪れた。10月に訪れるのは初めてのことだ。ブダペストから田舎へ車を走らせると美しい紅葉があった。日本のような美しい紅葉。何年もそれを見ていなかった私は、何も無い田舎の風景の中に宝石を見つけたような気分になって、何時までも目を離すことが出来なかった。ブダペストは思っていた以上に寒かった。ボローニャの12月みたいな寒さで、雨が降り始めると寒さがしんしんと身を刺すようだった。そんな雨の晩、私は友人とカフェで待ち合わせをした。メンツァと言う名の店。洒落た界隈にあって、相棒とブダペストに訪れる度にこの店に入ろうと誘ってみるが、成功したためしがない。ボローニャにはないタイプの店で、夏場は洒落た人達がテラス席に一杯に座っている。確かに相棒には不似合いな感じがする。それにひどく高そうな外観なのだ。それで店の前まで来ていながら中に入ったことが無かったのだが、ふた夏前に友人に誘われてようやく店に入ることになった。70年代と現代が複雑に絡み合うセンスに満ちたこの店は確かに他の小さな店よりも少々高いけれど雰囲気代と思えばよかったし、長居をしても嫌な顔ひとつされないのが嬉しかった。1年振りに会う友人。互いの近況の報告が終わると、直ぐに共通の友人の話題に移り、そしてクリスマス休暇の過ごし方へと流れていく。私達は箸が転がっても可笑しいような十代の女の子ではないけれど、何を話しても楽しくて時間を忘れてしまうくらい話すことが多い仲なのだ。私達が出会ったのは20年前。アメリカの海のある町だった。あれから互いに違う国に暮しながら友人関係を続けてきた。この冬一緒に旅をしないかと誘ったのは私だった。未だに行き先は決まらない。実現しないかもしれないけれど、そんなことを考えるのが楽しくてたまらない私達は、20年前からちっとも変わっていないのではないかと思う。さあ、そろそろ店を出ようか、と席を立つ。真冬のように寒い夜のブダペスト。外は糸を引くような雨。はーっと息を吐くと白い煙になって天に昇って行く。夏とは違うブダペストの表情を見つけて、それはそれで嬉しいことであった。



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秋の美味しい

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ボローニャ旧市街を歩いていると焼き栗の匂いが鼻先を擽る。香ばしい、いい匂い。今年は気候の都合で栗が不作。栗に限らずキノコ類、例えばポルチーニ茸とかトリュフとかも不作らしい。どれもが私の好物なので全く残念な話である。それにも拘らず、ボローニャ近郊の山や丘では秋の味覚のお祭りが盛んで、今週末もあそこでトリュフ祭り、向うで栗祭りと人々は家族や友達と車を飛ばす。夕方、相棒が小さな紙の包みを持って帰ってきた。体の不自由な彼の母親を連れて近郊の山の栗祭りへ行ってきたのだ。包みの中身は温かい焼き栗だった。栗は冷めてしまうと歯が立たないほど硬くなる。急げ急げと栗を剥いているうちに思いついた。私は奇麗に剥いた焼き栗を小さな瓶に入れて栗が浸るくらいにウィスキー、そして砂糖を入れた。これは以前暮していたボローニャの家のお隣さんから教えて貰った美味しい栗の食べ方のひとつだ。当時既に80歳を過ぎていたゼリンダおばあさんが、時々良いものを作ったからと言って持ってきてくれた。それは直ぐに私の好物となり、そのうち自分でも作るようになった。私は瓶の蓋をしっかり閉めてキッチンの棚の隅っこに隠すようにして置いた。数日間の我慢。栗がお酒と砂糖に浸ってふっくら美味しくなるまで手をつけてはいけない。でも気をつけないと相棒が目ざとく発見して、気がついたときには手遅れなんてこともある。うーん、気をつけなくちゃ。ボローニャの秋はうっかりすると終わって直ぐに冬になってしまうけど、秋の味覚もまたうっかりすると終わってしまうのである。


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微妙で美しい

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ここ数日の気温の急降下ときたら目を見張るものがある。一昨日まで軽い上着で充分だったが昨日からはもっと厚手のものが欲しくなった。大急ぎで冬物を引っ張り出してみたが今から冬物に手をつけてよいのだろうかと少し悩んでいるところだ。何しろまだ10月中旬なのだから、と。昨夕、仕事帰りに旧市街で寄り道した。金曜日だから、そして其の前日に待ちに待った無期限のイタリア滞在許可証を手に入れてご機嫌だったからである。それにしても随分早く手に入れた。仕事で国外に出るので何とかならないかと無理を承知でクエストゥーラに問い合わせたところ、手続きを早めてくれたのだ。日頃評判のあまり良くないクエストゥーラだが、最近は変りつつあるのかもしれない。それとも単に幸運だったのか。どちらにしても感謝の一言に尽きる。寒い。でも家に真っ直ぐ帰る気にはなれない、とか何とか言って私は宛も無く旧市街を彷徨った。この通りが好きだ。これと言って特徴も無ければ情緒も無いが、二本の塔のまん前から真っ直ぐ延びる大通りと平行に走るこの通りは平穏でほっとする。親切な薬屋さんを曲がって少し先の右手にセレクトショップ風の小売店、そして其の先にはいつものカフェ。夕方になると食前酒を楽しむ人達で賑わうこの店は私の気に入りでもある。店を通り過ぎてぐんぐん歩くと左手に古いエノテカが在る。一度、店の主人と話をしたことがあるけれど、なかなか頑固でこだわりのありそうな人だった。店の常連にると面白い話を沢山聞かせて貰えるに違いない、そんな感じの店だ。其の先の角に古い塔があって、それが通りの名前の由来のAltabella。12世紀に建てられたこの塔は中世の権力の象徴の名残。そんな名残は面白いことに明るい季節よりも今頃から冬にかけてが美しく見える。そろそろと橙色の灯りが街を照らし始め、さあ、もうそろそろ家に帰ったほうがいいよ、と急に冷たくなった風が背中を押す。冬が来る前の微妙で美しい季節、10月。見逃さないようにしておかなくては。


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彼女達

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私の気に入りの下着屋さんは頻繁に利用するバスの停留所の近くにある。先日バスを待っていたら気がついた。パジャマが3割引、しかも今週に限って。日本に居れば容易く手に入るものが此処ではなかなか得られない、というものが時々ある。そのもの自体が存在しない場合もあるけど、物は存在しても質の良いものが存在しなかったりする。私にとってパジャマが後者に相当する。ボローニャにだってパジャマはある。しかし一度洗うと生地がねじれてしまって奇妙な形になってしまったり、着心地が悪かったり、素材が良くなかったり。それから合格点に値するものも見つけたけれど驚くほど高価だったり。別にパジャマを見下しているわけではないけれど、パジャマに100ユーロ以上もの投資するのはなかなか勇気が要るものだ。そういう訳で私はボローニャに暮らすようになってからずっとパジャマが一種の悩みだったのである。昔時間がたっぷりあった頃は手持ちのパジャマを分解して型紙を取り、自らミシンを踏んでパジャマ作りをしたものだけど、仕事をするようになってからはなかなかそれが出来なくなった。兎に角そういう訳で、私は来たバスには乗らずに下着屋さんに入った。店にはいつもの感じの良い女の子がいた。私達は友達でもなんでもないし、私は店の常連でもないけれど、彼女は何時も飛び切りの笑顔で迎えてくれて実に気持ちが良い。ひとしきりお喋りをした後、店先に張ってあったパジャマ3割引の件だけど・・・と話を切り出すと、そうなんですよ、今週だけだから如何ですかと色々見せてくれた。定価で買うには少々高いが3割引ならいい感じ、という着心地の良さそうな素材の良いのがあった。でも私のサイズがない。すると彼女は近くで同じく下着の店を営んでいるという母親に電話してくれて、それでは直ぐに持ってきて頂戴、と言って電話を切った。母親の店は此処から100mもない地味な通りにある。長いこと店を営む母親は昔からの場所で、娘は大通りに面した場所に同じ店を出したと言う訳だ。母娘して下着屋さんかあ、と思っていると母親がパジャマを抱えてやってきた。私はそれを購入することにした。それにしても母親の若いこと。魅力的なこと。娘から母親を想像できなくも無いが、しかし良い感じだった。あなたのお母さん、若いわねえ、と驚く私に彼女は人差し指を立てると、ちっちっちっ、と左右に振って母は60歳なんですよ、と言った。すると店の奥に居た母親の大きな声が聞えた。聞えましたよ。私はまだ59歳なんですからね、と。彼女と私は顔を見合わせて声を上げて笑った。私も昔よく母の年齢を間違えたものだ。いつも必ず1、2歳多く言ってしまって母に戒められたものだ。女性にとってはこの1歳が大きな違いで、しかも彼女の母親にとっては59歳と60歳には大きな壁があるようであった。それにしても59歳には見えかねる若々しさで、見ると彼女の装いには小さな遊び心が見え隠れしていた。素敵なお母さんねえ、と言う私の言葉は娘である彼女にとっても嬉しいものであったらしく、彼女は無言で大きく頷いた。いい買い物をしちゃった、また来るからね、と言って店を出た。丁度きたバスに飛び乗って窓側に立つと店の入り口で彼女達が手を振っていた。


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赤いボローニャ

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昨日の雨ですっかり冷え込んだボローニャ。すべて予定通り。先週末からそんな予報を耳にしていたので心の準備は出来ていた。しかしこんなに急激に冷え込むとはね、と誰もが小さな驚きを隠せない。昼間に引き続き夜にも雨が沢山降ったのだ。今朝目を覚まして外を眺めると人々の装いが昨日までと違う。それで窓を開けて手を出してみたら大変な冷え込みだったという訳だ。これがボローニャの10月と言うものなのだ。今までが妙に暖かかったのだ。そうは分かっていながらも10度以下になると心細くなる。豆粒が階段をころころと転げ落ちていくように、急激に寒くなるのではないかと。今日は遠足の予定は無い。それでボローニャ旧市街を目指した。幾ら好きとはいえボローニャばかりに居ると溜息が出てしまうの。だから時々ボローニャから脱出して違う町並みの中を歩くのだ。そうして帰ってくるとボローニャの町が新鮮に見えて、ボローニャに暮らすことになったことを幸運に思えるのである。寒さが到来した初めの日。人々はコートやジャケットを着込み、首にはスカーフをぐるぐると巻いて町を歩いていた。空気が冷たいと町が美しく見えるのは気のせいだろうか。それにしても赤い。トスカーナを訪れた後のボローニャは飛び切り赤く見える。街の中心のPiazza Maggiore には沢山の車と自転車が集合していて交通を麻痺させていた。道を渡れずに困った人達が警察に文句を言っていたが、仕方がないというものだ。実際警察の人も言っていた。仕方がないんですよ、と。それを耳にした人達が他にもっと良い説明は無いのかと憤慨していたが、そんなやり取りを傍で聞いていた私は人々の憤りを他所に可笑しくて仕方がなかった。Piazza Santo Stefano へ行くと恒例の月に一度の骨董品市が催されていて、此処もまた大変な賑わいであった。先月よりも落ち着いた空気が漂っていて良い感じだった。ぐるりと見て回って今一番気に入りのバールに入った。骨董品市からは目と鼻の先だ。カップチーノをひとつ。出されたそれを一口飲み込む。うん、やっぱり此処のが一番。思わず発した言葉に隣でブリオッシュを摘まんでいる老女が、えっ、と私を見た。此処のはそんなに美味しいのですか、と訊ねる老女の手元には紅茶があった。どうやら彼女は何かの理由でカッフェ類を頂けない人らしい。私は、此処のカッフェとカップチーノは何処の店よりも美味しいと言った。目の前で私達の様子を見ていた店の人が、嬉しいねえ、と言わんばかりに大きな笑みをたたえた。私はカップチーノを飲み干して、店を出た。カッフェ類を普通に頂けるのも健康が与えてくれた幸運。こんな小さな事ひとつひとつにも感謝しよう。そんなことを思いながら私はまた歩き出した。


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