ああ、雪が降っている。

朝起きて日除け戸を開けると、雪が降っていた。大きな雪片がひたすら落ちてくるような降り方ではなく、粉のように細かい雪が気まぐれで落ちてくる、そんな言い方がぴったりの頼りない降り方。けれども夜中に降り始めたらしく路面には10cmほどの雪が積もっていて、家の中から眺めているだけで十分寒さが伝わってきた。確かに、そんな予報が出ていたのだ。でも最近の私は自分に都合の悪い知らせはサッと忘れることにしているので、朝起きで驚いたという訳だ。日曜日の朝ということもあり外は大変な静けさが漂っていた。平日だったらそうは行かなかっただろう。多分早朝から市の除雪車が何台も出動して、ガガガ、ギギギと騒音を立てて外を走り回っているに違いないのだから。まあ、その除雪車のおかげで私達は仕事や学校に出かけることが出来る訳なので、文句を言っている場合ではなく、むしろ感謝するべきなのだけど。ふと思い出した。昨日の午後、ボローニャ旧市街から帰ってくるのにいつものバスを待っていたら、いつまで経ってもバスが来ない。おかしいなあ、おかしいなあと幾人もの人が足をそわそわさせながらバスを待っていた。足をそわそわさせていたのは、幾らしっかりと暖かいブーツで足元を包んでいても、やはりバス停という場所は寒いもので、そんな風にそわそわしていないと足元は勿論、身体もすっかり冷えてしまうからなのだ。ああ、温かいチョコレートが欲しいなあ。と、そのうちのひとりが呟いたので急に私もそんな気分になったけど、しかし1分後に遅れていたバスが来るかもしれないと思うと、むやみにこの場を離れるわけには行かなかった。多分他の人達もそんな風に思ったに違いなく、誰一人この場を離れようとしなかった。10分経っても来なかった。20分経っても。そして後10分経てば次のバスが来る筈だった。寒い。寒くて腹も立たなかった。手袋に包んだ手も、ブーツの中の足もすっかり冷えて、そのうち私は子供の頃を思い出し始めた。子供の頃、私の家の横には公園があって、私と姉は近所の同じ年頃の子供達と毎日そこで遊んだ。夏はそこで花火を楽しみ、鬼ごっこやボール遊びを楽しんだ。ブランコもあったし鉄棒もあった。大きな木があって、夏になるとその木に上っては昆虫採集をした。冬。私が子供だった頃、大雪が降った。それで誰かの提案で、私達はかまくらという雪の家をこしらえた。大きなかまくら。そのくらいの大雪だったのだ。雪を掻き集めて子供達総出で作り上げたかまくらは少しばかり不恰好だったけど何処にも土の汚れが混じらない真っ白のかまくらで、良く出来たと大人達は一様に褒めてくれた。夜、と言っても7時くらいの時間だったが空がすっかり暗くなった夕食時に私達は家から食事を持ち寄って、かまくらの中で食事を楽しんだ。思いの他かまくらの中は温かくて、それから蝋燭の橙色の炎がゆらゆら揺れるのが奇麗で、どうしたのか、何時になったら帰ってくるのかと大人達が心配して様子を伺いに来るまで私達はかまくらの中でお喋りをしていた。楽しかったなあ。うん、あれは本当に楽しい夜だった。私が体験したあんな大雪はあれが初めて最後だ。雪が好きだと思ったのはあの子供時代だけ。成長するにつれて寒いのも雪も大の苦手になった。予定通り10分後に次のバスが来た。私達はすっかり冷えてしまい、いそいそとバスに乗り込んだが、誰一人バスの運転手に文句を言う者は居なかった。それどころか予定通りに来てくれて有難うと言いたいくらいだ。しかし寒かったなあ。あの寒さは雪の前触れだったのかもしれない。そんなことを思い出しながら窓の外を見ると、先程より雪足が速くなっていた。やれやれ。明日の朝は大変なことになりそうだ。出勤前の雪掻きに備えて今夜は早めに休むことにしよう。

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居なくなった犬

少し前のことだ、それを知らされたのは。でも本当のことに思えなくて、ある日ひょっこりとその曲がり角から出てきそうな気がして、ああ、本当のことだったのだと受け入れることが出来るまでに随分時間を要してしまった。Birillo (ビリッロ) という名の犬だった。彼は知人カップルが飼っていた犬で、私とは全く気の合う、大の仲良しだった。知人達は双方ともポーランド人で、ボローニャにはもう長く暮している人達だった。私は相棒を通じて彼らと知り合った。私達は特別仲が良いでもないけど単なる知人でもなく、友人と知人を足して2で割ったような間柄だった。それでビリッロはと言えば、彼らよりもずっと親しい、気の合う仲間、友人、大の友人と言ってもよかった。ある日インターネット上でビリッロの写真を見つけた。どうやら彼らは留守がちな生活の為に世話が大変らしく、犬を誰かにあげたいらしかった。それを知って困惑した私は何日も考えたが、結局決心が付かないままだった。そのうち大変なことが起こった。知人カップルの男性の方が故郷に帰ってしまったのだ。理由はどうやら男性側の浮気らしく、残された彼女は傷ついて辛い毎日だったに違いなかった。でも大丈夫。ほら、ビリッロがいるからね。と、周囲の人達は遠くから彼女と犬の生活を見守っていた。日中彼女が仕事で居ない時間帯は親しい友人が犬を連れ出して散歩をした。それから同じ建物に暮す人達は犬の食糧を買い込んで、まるで自分の犬のように可愛がった。だから犬は嬉しかったに違いないし、彼女も随分助かったに違いない。だからビリッロはずっと彼女と一緒にいるに違いない。そんな風に誰もが思い込んでいた。ある日、住人の一人がビリッロにと上等の食糧を買ってきた。ところがビリッロの姿は何処にもなくて、翌日になっても見当たらなかった。その翌日も、翌々日も。どうしたのだろう・・・と皆が心配していたら、彼女と親しい友人がその理由を教えてくれた。彼女の家族がボローニャに来てビリッロをポーランドに連れて行ってしまった、と。ポーランド? えっ、ポーランド? あの寒い国の冬をビリッロは受け入れられるの? と、それを聞いた誰もが驚き、心配した。誰もが信じられなくて、誰もが翌朝何処かからひょっこり出てきそうな気がしていた。仕事帰りに立ち寄ったらば、おやおや、久し振りでしたねえ、何て顔してその曲がり角から姿を現しそうな気がした。そうして数週間経つとようやく誰もがそれを現実として受け入れられるようになり、改めてもうビリッロが居ないことを悲しんだ。例の食糧を買い込んだ住人は、その大量の食料をどうしたものかと途方に暮れて、でも何時か帰ってくるかもしれないからと処分することもなく。私にしても然り。暫くしたら帰ってきそうな気がして、イライラ、ポーランドの冬は厳しくてねえ、なんて照れ笑いをしながらビリッロが尻尾を振って駆け寄ってくるような気がして。あれから街で犬の姿を見かけるとちくりと心が痛む。自分の犬ではなかったけれど大好きだったビリッロのことを思い出して。それにしても彼女。暫く姿を見ないけど、元気にやっているのだろうか。ビリッロの居ないひとりぼっちのボローニャの生活はきっと寂しいに違いないのに。

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夢を見る

最近似たような夢を見る。私はウィーンの街を歩いていて、手には私の大切なカメラがあった。私が訪れた夏とは違う、もう少し涼しい季節のようだった。何故なら街行く人達が一様に上着を着ていたからだ。かといって外套ほど重いものではなく、ちょっと上着を引っ掛けているという感じだった。自分の服装か10月上旬くらいであろうと想像した。私はいつものようにひとりで気ままに歩いていて、気まぐれで右に曲がり左に曲がりを繰り返しているうちに袋小路のような所に入り込んだ。その袋小路に小さな店があって、はやっているのか流行ってないのか、店の中にも外にも沢山の本やら何やらがあるのだけれど客人らしい姿は見当たらなかった。大体袋小路には人影がなく、加えて猫一匹見当たらなかった。そんな様子が気にいって私は手に持っていたカメラを構えた。特別な風景ではなかったが自分にぴったりの雰囲気で、思い出に残しておきたいと思ったのだ。ところがシャッターを切れない。いつもなら小気味良い音を伴いながらシャッターを切ることが出来るのに、押しても押してもしっかり下りず、あの小気味良い音も聞えないのだ。どうしたのだろう、壊れたのかな。色んな操作をしてみるが何の問題もないようだった、シャッターが切れない以外は。でも多分これが一番の問題で、私は撮りたい一心でああでもないこうでもないと試行錯誤を繰り返すのだが、時間が経つばかりでついには諦めでこの街を立ち去るのだった。嫌な夢だった。しかし、この手の夢は初めてではない。この冬の初めから数えて3度目だった。夢の舞台が昔住んでいたアメリカの町だったこともあれば、ヨーロッパの何処かの町だったこともある。それがブダペストだったような気もするけれど確信はなく、案外全然違う知らない町なのではないだろうかとも思う。場所は違っても話はいつも同じで兎に角撮りたい場面の前でシャッターが切れないとうろたえる自分。そんな夢から目が覚めては私はそっとベッドを抜け出して自分のカメラを引っ張り出すとシャッターの具合を確認するのだ。一体どういうことなのだ。何か意味があるのだろうかと考えてみるが分からない。何か意味があるのであれば、もうそろそろ教えて貰いたいものである。

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考えごと

散策をしている時、私は単に歩いていることはとても少なくて大抵の場合は何かしらの考えをパンの生地のように捏ねまわしている。なのに何かが目に入ると考えはそこで一時停止して、観察なり何なりが終わるとまたスイッチが入ったように先程の考えごとが始まる。散策は私にとって掛替えのない考え事の時間でもある。仕事している時や気の知れた人達とお喋りしている時、映画を見ている時や食事中は考え事などしている暇がないからだ。それで考えごとだけれど、大そうなことを考えている時もあれば、私にとっては大事なことも他人にしてみれば呆れる程どうでもよいことを考えている時もある。先日私が考え込んでいたので相棒が何を考えているのかと恐る恐る訊いた。多分私は真剣な顔で考え込んでいたのだろう。ところが私が考えていたことといったら、トリゥフ入りペコリーノチーズのことだった。前々から気になっていたトリゥフ入りペコリーノチーズを購入したら思っていた以上に美味しくて毎晩赤ワインと一緒に頂いた。美味しいチーズと赤ワイン、何だか嬉しいねえ。そんなことを毎晩のように言いながら。そうしているうちにチーズを食べ終えてしまった。あれからそのチーズを購入した店や他の何軒かの店で探してみたが見つからない。あのチーズがあるだけで赤ワインが美味しく、赤ワインとあのチーズがあるだけで夕食がぱっと華やいだものになったから、それは私にとって既に無くてはならないもののひとつになっていた。ああ、何処で手に入るのだろう。と、そんなことであった。相棒は驚きと困惑と、それから呆れた表情だったけど、私にしてみたら結構大切なことであった。ところで数日前はとても真面目なことを考えていた。そしてあれこれ考えているうちにふと頭に浮かんだ言葉。もう少し大人にならなくてはいけない。これに気がついたのは私にとって大変な幸運であった。こういうことは自分で気がつくのが良い。何故なら他人にそう言われたら、いや、他人でなくても母親や姉、相棒に言われたとしてもあまり楽しくない言葉だからである。さて、もう少し大人にならなくてはいけない、というのは簡単そうで難しい。何しろ自分では既に立派な大人だと思っていたからである。でも大人になるって年齢や外見とは関係がないようだ。その証拠に私には確かに子供じみたところが幾つもあって、時々自分でもやれやれと手を焼くことがあるのである。成長してみようか。通り掛ったカフェ。誰もいないポルティコの下に並ぶテーブル席。ガラスに張り付いて店の中を覗き込むとアル・パチーノの写真パネルが幾つも壁に掲げられていた。店に入るでもなくそんな風にガラスに眺めながら店内を眺めながら、うん、そろそろ成長しよう、と呟いた。

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自分らしい生活

1月はいつだってそうだ。日が経つのがとても遅い。いや、1月ばかりではない。他の月よりも何日か少ない2月だって同様だ。他の月は駆け足、そうでなくてもうきくきした軽い足取りであっという間に駆け抜けてしまうと例えるならば、このふたつの月はひと足踏み込んでは立ち止まり、やれやれなどと言いながら軽い溜息をついているから何時まで経っても先に進まない、そんな表現がぴったりだ。勿論これは私にとっての話であって、1月2月を楽しく過ごす人も沢山いるのだろう。そういう人達は幸運だ。全く幸運だと思う。この頃ボローニャはすっきりしない。雪が降ると脅されていたものの、たいした雪は降らなかった。それは有難いのひと言に尽きるが、雪の代わりのこのじめじめとした陰気さは一体どうしたものだろう。関節がしんしんと痛むような気候。この湿った空気の中を歩いていると、ろくなことは思い出さない。実際、私はそんな類のことを思い出していた。ローマの生活を後にしてボローニャ暮らしを再スタートした頃のことだ。14年ほど前のことで、ボローニャには外国人学生が沢山いたが、仕事となるとそういう人達にはあまりチャンスはなかった。私は仕事意欲に満ちていたが、例にもれずボローニャで職に就く運には見放されていた。それでは出来ることをしようと決めた。例えば家のことをしっかりしようとか。パスタは麺棒で延ばして飛び切り美味いのを作るとか、何時間も掛けて肉の煮込み料理を作るとか。それから大理石の床をピカピカに磨くとか、家中の窓ガラスや鏡を奇麗にするとか。洗濯物が乾いたらぴしりとアイロンを掛けるとか。おかげで家の中はいつも奇麗でそれなりに整頓されていたし、食事も美味しかったから相棒は大そう喜んでくれたけど、そればかりを繰り返しているうちに私は虚しさを感じるようになった。それらをすることは大切なことと思っていたが、私はもっと外の世界に接したかったのだろう。社会に参加するとか、外に出て人と交わるとか。自分らしい生活。それである日を境に私は家のこともそこそこに外出するようになった。そもそも家をその界隈に借りたのは、私が気軽に旧市街へ行けるようにとのことだったのだ。そうだ、家のことをしようと決めたのは他でもない自分で、相棒はひと言だって強制めいたことは言わなかった。何てことはない、自分で自分を締め付けていたのだ。そんなことを旧市街に向う途中に思いながら、やれやれと苦笑した。あれも冬のこんなじめじめした頃だった。あまり楽しくなかった頃の思い出。もう昔のことですっかり忘れたと思っていたのに、この冬の天気が思い出させた。しかしこんなことを思い出すのも案外良いことなのかもしれない。そうして今の自分らしい生活を感謝すると良いだろう。勿論良いことばかりでないにしても。当たり前のことが当たり前に横たわっている毎日。朝が来れば眠い眠いと言いながらも身支度をして外に飛び出す生活。何だかんだと文句を言いながらも平日は仕事に勤しむから、土曜日の散策が楽しいこと、年2回の休暇が楽しいこと。いつの間にか迷い込んだ路地をひとり歩きながら、私は14年前の冬と今を行ったりきたりしていた。

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