報酬

昨夜は一晩中大風が吹いた。おかげであまり良く眠れなかった。そして今日も一日中びっくりするような風が吹きまくった。空は青い。風が雨雲を一掃したみたいに真っ青だ。かと思えば風に押されて入道雲があっちからこっちへと移動する。窓ガラスがガタガタいうのを聞きながら、故郷の冬を思い出した。私が10歳から日本を飛び出すまで暮らした町は、冬になると空っ風が吹いた。そのせいか天気は一様に良くて、ボローニャの冬みたいにどんより曇り空なんてことはあまり無かった。ガラスで風さえ遮れば、室内は軽装で居られるような、そんな天気が自慢の田舎町だった。家の中にいれば快適だった。外がどんなに大風でも。そんな冬の晩、両親はよく子供達に言って聞かせた。風の強い晩は早く寝るのが良い、と。理由は分からなかったが姉も私も親の言うことを素直に聞く子供達だったからさっさと布団の中に潜り込むのだけど、雨戸が風でガタガタ音を立てるので眠りにつくのに時間が掛かった。それでも姉は何時だって大人びていて冷静で優等生、目を閉じて自然に眠りに落ちるのを待つのだ。反対に私は想像力豊かな夢見る子供というのがぴったりだったから、寒い冬の晩の風の音と雨戸の音が耳について、想像は思わぬ方向に進んでしまうのだ。老木が風に揺れて泣いているような気がしたり、森に迷い込んだ旅人を意地悪な幾本の木がこの森の中は怖いぞ、怖いぞと驚かしているような気がしたり。それで遂には迷惑がる姉に寄り添ってやっと眠りにつくのだった。外の大風を聞きながらそれを久し振りに思い出して、懐かしい子供時代の思い出に心を占領されてしまった。私は家族を困らせてばかりいた子供だったけれど、もし私が人に聞かれたら良い子供時代を過ごしたと言うだろう。過ぎてしまったことだから全てが良く思えるのかもしれないけれど、少なくとも家族から愛されて育ったと思う。すっかり昔のことに心を奪われて少々ホームシックになったので、よし、夕食に近所の老人から貰ったワインの栓を抜こう、と決めた。この老人はかなり癖がある。でも決して悪い人ではなくて、ただ、頑固なのだ。頑固者には慣れているのだ。相棒も、今はもう居ない相棒の父親も、大変な頑固者だからだった。雪が降ると率先して雪掻きに出る80歳ちかいこの老人は、多分雪掻きが好きだったのだろう。ただ、少々ほどが過ぎて、2月の大雪の際に倒れて病院に運ばれた。家に一人残された70歳を過ぎた妻はきっと心配で仕方ないだろう、と家を訪ねてみると案の定独りぼっちで泣いていた。ひとり娘が近所に住んでいるが、娘は病院に詰めっきりなのだ。妻は岩のように頑丈そうに見えるが心臓が弱いので、きっと心細いに違いない。何かあったら大変だから、と相棒の電話番号を残すことにした。いつでも迷わず電話するんだよ。そう言うと、有難う有難うと何度も繰り返して首の根っこにしがみついた。老人は10日間ばかり入院して元気に家に戻ってきたが、もう無理はしないほうがいいよ、ということで力仕事や疲れる仕事は相棒が買ってでることになった。それで昨日、老人が赤ワインを手にぶら下げて家にやって来た。頻繁に呼び出しがあって少々困っていた相棒だったが、こんな報酬があったとは、とまた機嫌が良くなった。どうやら何処かのワイン農家で買っているらしいんだよ、彼は。市販の何処にでもあるワインじゃないことはこのずっしりと重いボトルを見ても分かるじゃないか。相棒はそう言って報酬ワインを自慢した。その報酬ワインの栓でも抜いてみたら楽しい気分になるのではないだろうか、と提案したら案外直ぐに同意を得た。彼は多分、このワインに興味深々で一日も早く頂いてみたかったに違いない。そうして夕食時に頂いてみると、うーん、美味しい。それからはもうワインの話ばかり。明日朝一番にお礼を言いに行こう。何処で買っているのか教えて貰わなくちゃ。久し振りだね、こんなにいいワインを手に入れたのは。ああ、美味しいね。ワインが美味しいと幸せな気分になるね。と、まあ、こんな具合に。私達は二人揃ってとても単純だ。でも、単純なのは時にはとても良いことだと思う。ほら、嬉しいことを嬉しいと、幸せなことを幸せと感じることが出来るのだから。それにしてもいいワインだ。昼間のちょっぴり淋しい気分はすっかりワインに溶けて、楽しい晩になった。

今日はとても素敵な日

寒くは無い。しかし何となく冷えるような気がするのは曇り空のせいかも知れなかった。それに少し風もあった。こういう日は春には違いなくても手足が冷えるものなのだ。それにしても明日で3月が終わりとは、いったいどうしたことだろう。ちょっと早すぎるような気もするし、それでいて早く4月の声を聞きたくもある。近頃の私は自分でも手を焼くほど微妙だ。夕方職場から出ると、ふと土の匂いがした。雨が降り始めたからだった。この匂いが好きだ。昔のことを思い出す。大抵が良い思い出だ。いや、年月を通過するうちに詰まらないことも良い思い出になってしまったのかもしれなかった。家に戻って数分すると急に強く降り始めた。夕立ちだった。稲妻が黒い空を割るようにして走る。あまりの音の大きさに肩をくるめるが、それでいてカーテンの隙間から空に走る稲妻を見逃したくは無かった。30分くらい路面を叩きつけるようにして雨が降ると外が急に明るくなった。向うの空から太陽の光が差し込んでいた。それでいてこちらの空はまだ墨汁を流したように暗かった。妙な天気だと思いながら窓を開けるとまだ雨は少し降っていたが世の中の半分は晴れていて、残りの半分はまだ雨雲が・・・と黒い空を見上げると大きな虹が架かっていた。あ、虹だ。思わずそう叫ぶと、外を歩いていた人達が一斉に空を見上げて、虹だ、虹だと喜んだ。美しい虹だった。思えば私は今までの人生にあまり虹を見たことが無い。5回も見たことが無いだろう。一番覚えているのは姉が高校一年生、私が中学生になる前の初夏の午後に見た虹だ。私は姉が大好きで何時も纏わりついていたが、姉はもうすっかり大人びて、子供っぽい私よりも同じ年齢の友達との付き合いに忙しかった。私は何時も肩すかしで、今日も相手にされなかったと肩を落とすことが多かった。それがその日の午後は姉と帰り道の途中でばったり出くわしたのだ。先程降った雨が作った幾つもの水溜りを避けながら姉と歩きながら色んな話をした。姉は色んなことを知っていて、私は何度も感嘆した。当時の姉は外国の音楽が好きで、買ったレコードを早く聞きたくて少し早足だった。それで私は何度も小走りで追いかけなくてはならなかった。ところが急に姉が足を止めた。そして後ろを振り向いて私を呼ぶと、ほら、と空を指差した。虹だった。姉はあそこから向こうの方に大きく架かる虹を見て、今日はとても素敵な日、みたいなことを言った。私が生まれて初めて見た虹だった。それで虹を見た日は素敵な日と思うようになった。暗い空にかかる虹を眺めながら、今日はとても素敵な日、と言葉にしてみた。すると本当に素敵な日に思えてきた。そうだ、多分今日は素敵な日なのだ。

piazza verdi

数日前、思いついて旧市街を散策した。散策したという言い方がぴったりの、特に何処へ行く目的もなく足の先が向くままに歩いてみた。いつもなら同じ道へ行ってしまう癖のある私だが、ふと思いついて右折した。いや、何のことはない。そのままポルティコの下を歩いていくと、嫌でも大きな犬の前を通過しなくてはならなかったからなのだ。犬が好きだ。しかししかめっ面した大きな黒い犬はちょっと怖い。見た感じ大人しそうに伏せているが、ふとした拍子にむっくりと起き上がったらどうしよう。自ら危険に挑む必要も無かろう。と、そういうわけで右折したのだった。初めて通る道だった。少し見放されたような雰囲気の、しかしなにか人間らしさ、庶民らしさの残る界隈だった。その少し先を左折して道なりに歩いていくとPiazza Verdi に辿り着いた。大学街のVia Zamboni に面してあるこの広場には、朝といい昼といい、そして夜といい沢山の人で賑わっている。大学生も居れば教授や大学関係者も居る、研究員も居れば私のような全く無縁の人もいる。大して広い広場ではない。あちらでは地面に腰を下ろしてギターを奏でる三人組。こちらには数人が円陣を作って初めはひそひそと話している、と思ったとき突然声を荒げて大喧嘩が始まった。手は出さないが言葉の鋭さは一級品で、周囲にいる人達の耳に嫌でも入ってくる。何時殴り合いになるかとはらはらしながら沢山の通行人が見守る中、何時までも何時までも口喧嘩が続いた。彼らは口が達者だ。政治か哲学を学んでいるに違いない。そんな言葉が後ろから聞えたので振り向くと少々年をとった学生風の男性が立っていた。その言い方がとても面白かったので思わず声を上げて笑うと、彼もまた声を上げて笑った。訊いてみたら大学生だと分かった。大学生にも色々居て、素直に勉学に励むものも居れば屁理屈ばかり言っているようなものも居る、と彼は言った。ひょっとしたら彼は後者のタイプなのかもしれない。じゃあ、またね、と挨拶をして私はまた歩き出した。喧嘩の声がだんだん遠のいていった。

明るい空

今朝は思い切り朝寝を楽しんだ。忙しい平日の後の土曜日に旧市街を沢山歩き回ったので少し疲れていたのだ。目覚し時計を見ると10時だった。ああ、よく寝たと伸びをして居間に行ったところで別の時計が目に入った。11時だった。そうだった、今日から夏時間の始まりだった。先に起きた相棒が居間の時計を1時間進めたらしかった。たった一時間違うだけで大寝坊した気分になった。それにしても和やかな朝だった。天気が良くて温かいので、近所の人達は皆出掛けているようだった。皆、首を長くして春を待っていたから、こんな素敵な日曜日に出掛けないでどうする、と言ったところなのだろう。私達は日曜日恒例の家族揃っての昼食会、そして積み上げられた衣服のアイロンがけで出掛ける予定は無かったが、午後5時を回っても空がとても明るいので山の方に向うことにした。何処へ行くでもなく、何となく丘や山に車を走らせるだけ。ボローニャの町だけでなく山にも春が来たらしい。菫の花や黄色い名の知れぬ花が群れをなして咲いていた。春だね。うん、春だね。丘の斜面を馬が走っている。野兎が田舎道を横切る。人々は田舎道を何時間も掛けて歩くのを楽しんでいる。そうしているうちにまだ薄明るい空に限りなく満月に近い真珠色の月が姿を現した。いい予感がする。何かいいことがありそうな予感がする。

彼女達

待望の土曜日。この日を先週末から待っていた、ような気がする。それに加えてすっかり暖かくなって重い冬のコートをやっと脱いだから、週末は軽快な足取りでボローニャを散策しようと楽しみにしていたのだ。昼過ぎに家を出ようとしたところ、ずっと向うの空に黒い雨雲があるのを見つけた。ずっと向うにあった雨雲は弱い風にすいすい乗ってあっという間にピアノーロ上空を覆ってしまった。やれやれ。雨が降るかもしれない。と、小さな雨傘を鞄に突っ込んで家を出た。雲行きの怪しい土曜日の午後。これは誰も予想していなかったことだった。ボローニャに着くと雨が先程降ったらしく、アスファルトのところどころが濡れていた。しかし驚くほど温かく、若者達は綿のシャツ一枚という軽装で、もう少し年上の人達はまだまだ油断はしてはいけないといわんばかりに腰丈のジャケットにスカーフ、そうかと思えばまだまだ冬の装いの人達もいる。その様子を眺めながら、いったい今はどの季節なのだろう、と思う。市内のバスの中で高校生の女の子の集団と遭遇した。皆、テレビに出てくる人達のように可愛くてスタイルがよくてお洒落だ。私がイタリアに来たばかりの頃は、こんなではなかった、と思った。あの頃の高校生といったらとても保守的で真面目腐った服装をしていた。あれから年月が経つうちに、皆アメリカのTVシリーズに出てくる女の子みたいになった。綺麗になったと言うと良い。でも何だか皆同じに見えるのはどうしたことか。ひとりくらい違ったタイプが居てもいいのになあ。そう思いながら、そうか、違うタイプだったら同じグループに入れないのだ、と気がついた。女の子の集団のお喋りはとても興味深かった。グループの半分がイタリア人で、残り半分がフランス人だった。互いに母国語で話していたがちゃんと話が通じているらしくて、皆とても楽しそうだった。この年齢で外国語が分かるのは良い。この年齢にこんな風に話をしていたら、多分身体に沁み込むに違いない、と思う。それにしても皆同じだ。と、思い出した。アメリカで知り合ったふたりの女性。ひとりは私に英語を話す楽しさを教えてくれた人。年齢不詳でよく喋る、人懐こくて写真に撮られるのが大嫌いな人。流行は一切追わない、遠くからでも、あ、彼女だ、と分かるような人。彼女はある思想を持っていて、独特で不思議な人だった。もうひとりは写真家。初めて会った瞬間に自分の世界をしっかり持っている人だとすぐに分かった。シンプルなことが好きだけど、でも彼女の頭の中は決してシンプルではない。複雑で奇妙で、一緒に話していると思わず笑いが零れてしまう、そんな人。このふたりの印象は全く異なるけれど、ひとつ共通点がある。ある日写真家と話し終えて、あなた、変わった人ねえ、と私が言うと、顔に大きな笑みを湛えて喜んだ。嬉しい、私は他の人達と違っていたいのよ、有難う。そう言って私をぎゅっと抱きしめた。別の日、年齢不詳の彼女と話していた時にも同じことが起きた。最高の褒め言葉だと言って私をぎゅっと抱きしめた。私もまた人と同じが嫌いな人であるから彼女達の気持ちが良く分かる。もっとも私は彼女達ほど独特でも不思議でも複雑でも奇妙でもないけれど。バスの中でそんなことを思い出して、急に彼女達に会いたくなった。こういう人達が近くにいない現在をほんの少し寂しく感じたりもした。