一瞬寄り道

ボローニャに暮らしていても旧市街の外に暮らしていたり、ボローニャと言っても私のようにボローニャ県に住んではいるがボローニャ市外に居を下ろしていると案外旧市街から足が遠のくものだ。けれども私は週に2,3度足を運ぶのだから、頻繁に足を運ぶ方だと言ってよいだろう。皆が不思議に思う。何しに行くのかと。事実私には何か用事がある訳でもなくて単にさまよい歩いたり、週末であればカメラを抱えて時間制限無しの散策をするだけだ。勿論時には友人と約束があったり、何か目的があるけれど。ひとつ昔から立ち寄る習慣のある場所がある。旧ボローニャ大学のアルキジンナージオ宮。ここは私の一種の心の平安の場所である。ひとりでここを歩き回っているうちに心が穏やかになって行く。それから不思議なことにここに来ると知らない人によく話しかけられる。美しい回廊の下で、美しい装飾が施された壁の前で写真を撮って欲しいと旅行者に頼まれるのはいつものことだが、それ以外にもここで働く職員やボローニャに暮らす年上の人達に他愛ないことで話しかけられて、思いがけず色んなことを考えさせられたり元気付けられたり突然何かが分かったりして、ああ、やはりここに来て良かったと思うのだ。門が開いていると用もなく中に吸い込まれていく。それはまるで魔法のようだ。ほんのちょっと立ち寄るだけ。私の気に入りの寄り道場所。

歩く道

旧市街には車の進入禁止の道があって、だから道の真ん中を堂々と歩けると思っていたら後ろから車にクラクションを鳴らされて驚いたことがある。不思議だ。何故なら道の入り口の真ん中に背丈は1メートルにも満たないがごつい鉄製の柱が設置されていて車が進入出来ないようになっているのに。と思っていたら進入許可のある車もあって、つまりはこの界隈に暮らしている住人とかなのだけど、道の脇にある機械にカードみたいなものを差し込むとごつい鉄の柱がするすると道の中に吸い込まれていき、車で進入できる仕組みであることが判った。もう随分前のことだ。この場面に遭遇した時の興奮と言ったら。それから私は車の進入禁止の道も気をつけて歩くようになった。先日こんな道を見つけた。流石にこの道には車は入ってこないだろう。何の表示もないけれど、ひょっとしたら私道なのかもしれない。そう思って眺めていたら意外と通行人は多くて誰でも自由に歩いて良いことが分かった。何も特別見るものはない、しかし前後から来る車を気にせずに歩けるのは案外よいものだ。大きな道から平行に走る大きな道への抜け道的存在。ボローニャにはまだまだ知らない道が沢山ある。

ウールの長袖シャツ

ピアノーロとボローニャ旧市街を繋ぐ96番のバスはVia Santo Stefano を通る。土曜日の早い午後にふと思い立って家を出てボローニャ旧市街へ行く時は大抵終点より幾つか前の停留所で下車する。別に急いでいる訳ではない。ふと思いついて家を出てきただけなのだ。時間を気にしないで良い土曜日の午後なのだからと、わざと手前で下車するのだ。Via Santo Stefano の散策は快適だ。暑い夏も雨の降る日も深々と冷え込む日も苦になることはない。何しろ道の両脇にポルティコが長々と続いているからだ。建物ごとにポルティコの色や様式、天井の高さが変わる。そんなことを気にしながら歩くのも楽しい。この日は旧市街の中心に向って左側のポルティコの下を歩いていた。全然洒落ていないのにいつも客が入っていてそれなりに繁盛しているらしい角のバール、旧市街の高い物件ばかりを集めたような不動産業者、高級なアンティーク店。そしてそのもう少し先に下着を売る店がある。前から知っていたがここで物を買ったことはない。質も趣味もよいが私にはちょっと高すぎるからだ。それなのにこの店の前で足を止めたのは、ショーウィンドウの鞄と帽子が私の目を惹いたからだった。帽子は柔らかそうな上質の革製。鞄も革製に違いない。この鞄の色と言ったら。何年も前にこの色のモカシンシューズを持っていて大の気に入りだった。遂に履き潰してしまったけれど、あれにこの鞄を合わせたら完璧だっただろう。そんなことを思いながらショーウィンドウの中を覗き込んでみると、何と帽子も鞄も粘土製だった。粘土で模って上手い具合に色を塗った、という訳だった。それにしても本物みたい。凄いなあ、凄いなあ。と独り言を繰り返していたら、向こう側に温かそうな長袖シャツが奇麗に折りたたんで置かれているのが目に入った。ウールとシルクの混合だろうか。温かそうなのにごそごそしてない。これなら寒い冬も大丈夫だろう、と思ったところで思い出した。初めてブダペストを訪れたのは何年も前の12月だった。その少し前に相棒と大喧嘩をして一応和解したものの内心は憤りと怒りとやりきれない気持ちに満ちていた私は、いつもの生活グラウンドから脱出したくて急にブダペストへ行こう、と決めたのだった。多分こういうことだ。私はこんな近くに住んでいるのに会えそうでなかなか会えないブダペストの友人を訪ねて何か話をしたかったのだ。そうして訪れてみるとブダペストは私が想像していたよりもはるかに美しく、そして友人と過ごす時間は願っていた以上に私を静かな気持ちにさせてくれた。ボローニャを出たときの憤りも怒りは蒸発して消えて、私はいつもの冷静で淡々とした自分らしさを取り戻した。それにしても寒かった。露になっている皮膚がぱりぱりと乾いてひびが入ってしまいそうな、痛いような冷たい空気が町を覆っていた。氷点下15度だった。その年のボローニャの冬は割りと過ごしやすかった。それでそんな装いでブダペストを訪れてしまったから、寒くて寒くて仕方なかった。なのに町を歩く若い女性達の薄着なことと言ったら。そう驚く私に友人が言った。ハンガリーの人達は、あんな薄着そうに見える、ほら、あんな格好いい女性達だってジーンズの下は足首まで包み込むウールのズボン下って奴を履いているの。あのシャツの下だってウールの長袖シャツを着てるの。知ってるの。知人が見せてくれたもの。そういって笑った。友人もまた、冬は上から下まで全身ウールの下着で包み込むのだそうだ。だから寒そうに見えるが、寒くない。そう言ってまた笑った。あれから何年も経ってこの冬初めてウールとシルクの混合のシャツを着た。お洒落じゃないが、成る程、確かにこれなら薄着なようでも温かい。重ね着し過ぎない分、肩が凝ることもない。それにハンガリーの若い女性達だって着ているんだし。あーあ、もっと早くに買えばよかったなあ。と初めてシャツを着用した日にそう思った。粘土製の鞄と帽子の向こう側に幾つも積み重なったシャツの山を見ながらそんなことを思い出して、人目を忍んでにやりと笑った。

テラス席

冬の間、人気のないテラス席。何時見ても空席。しかしこの席もそろそろカップチーノを楽しむ人々で埋まるだろう。春がすぐ其処まで来ているのを感じている。昨日よりも今日。そして今日よりも明日。

狭い入り口

いつもの道を歩いていた。何十回、何百回と歩いている場所で、ポルティコの下に幾つも連なっている小さな店をガラス越しに見て歩くのが好きだ。高級な毛皮店だった角の店はずいぶん前に他の店に変わった。その先には花屋、そのまた先には数年前にできた小さな総合食用雑貨店がある。そして先に進むと画廊がある。2年前に大きな油絵がショーウィンドウに掲げられていた。それは一般的に言う美しい絵ではなかった。しかし見る者の心をぎゅっと掴んで色んなことを考えさせるような絵だったから、絵の前に並んで見入っている人達の姿をよく見掛けた。白と黒の絵の具だけで描かれた風景画だった。あの絵を見て以来、この画廊が好きになった。画廊の好みとか信条みたいなものに共感を感じたと言うと正しいかもしれない。この画廊の前で少し足を止めて、また歩き出す。その少し先でウェディングドレスの店を見つけた。こんな店、在っただろうか。そう考えていると、店の手前に小さな入り口があるのに気がついた。恐らく今までも存在していただろうに、全く気がつかなかったという奴だ。人がひとりやっと入れそうなくらい幅狭で、上背のある人なら背中を丸めないといけないくらい高さがないその入り口は、美しい柄が施された黒い鉄製の扉で覆われていた。DE MARIA と扉に記されていた。この家の家族の名前だろうか。呼び鈴は4世帯分あるけれど。それにしても狭い入り口だ。そう思いながら眺めていたら思い出した。そうだ、私はこんな入り口を前にも見たことがあった。Via San Vitale の家だ。知人のそのまた知人の家で、Via San Vitaleに家を買って改装工事中なんだけど、ちょっといい感じだから見に来ないかと誘われて見に行った家だ。店と店に挟まれるように在ったその入り口はこんな風にとても狭くて、うっかりしたら見逃してしまうようなモスグリーンの扉がついていた。扉を開けると入り口同様に狭い階段が目の前に真っ直ぐ伸びていて、それを登りつめると広い居間があった。旧市街の古い建物の住居はどれも面白い構造をしていて興味深い。一時期私の友人知人の沢山が旧市街に住まいを持っていて、訪ねる度に今時にない作りに感心したものである。それから私自身流行病に罹ったみたいに旧市街に家が欲しかった時期があった。暇を見つけては不動産屋へ行き様々な家見せて貰ったけ。どれも味わい深くて面白かった。しかしこんな家は初めてだった。居間の奥にはキッチンがあって、キッチンの窓からは中庭を眺めることが出来た。旧市街に暮らすのはさぞかし騒々しいに違いないと皆思うのだけれど、中庭は驚くほど平和で静かである。さらに階段を上がると部屋が幾つか在った。ここは寝室、ここがゲストルーム、ここが仕事部屋・・・と天井のやけに高い白い壁に囲まれた部屋のひとつひとつを見せてくれた。もっとも部屋の中にはまだ何も置かれていなかったから、そう言われてもあまりピンとこなかったのだけど。そしてまた階段を上がると其処は屋根裏部屋だった。中庭に面した部分は天井がとても高くなっていて、大きな窓からテラスに出ることが出来た。其処からは周辺の建築物の屋根瓦の波を眺めることが出来て情緒深かったが、それよりも晴れた日の晩に美しい月を堪能するのにいい具合だったので、私たち訪問者の誰もがこのテラスの存在を褒め称えた。幅狭な建物だけど地上階の入り口から屋根裏部屋までのスペースを横に並べたら随分と広い家であった。改装工事は難航しているのだと言った。理由はあの狭い入り口と階段で、道具や材料を運び込むのがとても大変なのだ、と家の持ち主である若い夫婦は嘆いていた。工事が終わったあとは引越しがまた問題で、悩みは尽きないのだと言った。この家にひと目で魅了されて、購入するときはこんな問題があることをちっとも考えなかったのだと言ったので皆で笑ったのはもう随分何年も前のことだ。それにしてもこの入り口、どうして今まで気がつかなかったのだろう。これから前を通る度に気になって足を止めることになりそうだ。