錆色

相棒に付き合って旧市街へ行った。仕事帰りにこんな風にして2人で旧市街へ行くのは最近にしては珍しいことだったから、ほんの少しわくわくした。と言ってもどこか素敵な所へ行く訳でもエノテカに立ち寄って美味しいワインを頂く訳でもない。アンティーク店を営む友人の店へ行く為だった。この店に来るのは久し振りだった。実を言えば友人に会うのも久し振りだった。最後に会ったのは確か夏が始まる前だった。あの日の友人は大切にしていた恋人と別れて酷くがっくりしていたが、どうやら一番辛い時期は通過したらしい。ほんの少し吹っ切れたような表情の友人を見てほっと胸をなでおろした。店に入るなり電話が鳴ったかと思えば女性客が入ってきた。お喋りなどしている暇は無かろう。10分だけと言い残してひとり散歩に出掛けた。この辺りを歩くのは久し振りだった。暫く来ないうちに幾つかの店が無くなっていていた。そのうちのひとつは私の気に入りで、冬が始まる前になると美しい色のカシミヤセーターが並んで目を楽しませてくれる店だった。寂しいなあ。そんなことを呟きながら歩いているうちにこんな所まで来てしまった。Via Testoni だった。道の片側に備え付けられた古いポルティコ。錆色の天井と壁。人が2人すれ違うのがやっとの狭さ。いったいどんな歴史があるのか、と思う。こんなポルティコはボローニャの町中にはごまんとあって珍しくないと言えばそうだけど、その中でもここは良いと思う。このポルティコが終わった数メートル先には大通りのVia Ugo Bassi があって、右手角にはあの美味しいが菓子店がある。ガンベリーニだ。ここを素通りするのは難しい。大抵吸い込まれるように店に入っていく。と、腕時計を見た。いけない、こんなに時間が経ってしまった。友人の店に戻らなくては。残念だけどまた今度、とガンベリーニの店先に並ぶ美味しそうな菓子の数々に声を掛けて、急ぎ足で友人の店へと歩き始めた。

小休憩

忙しい毎日だ。でも、傍からは決して忙しそうに見えないところがポイントだ。多分今までが平穏すぎて、いや、平穏と言うよりは怠惰な生活をしていたせいで、ちょっと用事があると忙しく感じるだけなのかもしれない。友人と会う約束は楽しいが、それ以外は結構重荷だ。折角の良い天気なのにそれ以外の結構重荷な用事がやたら多くて、あっという間に一週間が終わっていく。町を散策する時間もあまりない。折角旧市街へ行っても、早足で歩き回って用事を済ますなりバスに飛び乗って家路に着く。勿論、カフェに立ち寄る暇すらない。今日、カレンダーに文字を書き込もうとして、9月が終わろうとしていることに気がついた。え。こんなことでいいのかな。もうすこし余裕が欲しいよね。カレンダーに書き込みながら、そう、自分に話しかけた。この辺で小休憩。今週は旧市街へ行ったら、広場に面したカフェに座ってのんびりしよう。

過ぎたこと

ほんのつい最近まで暑い暑いと言いながら日陰ばかりを選んで町を歩いていたと言うのに、急に涼しくなるとそんなこともすっかり忘れてしまった。急に涼しくなったと言っても、よく考えれば9月下旬なのだからそろそろそんな時期なのだ。1ヶ月前は町を歩くと閉めきった店ばかりが目に入ってはがっかりしたり肩すかしされた気分になったが、そんな風景を思いだしてみると良いことばかりが浮かんでくる。ひと気のない町角、昼下がりに生み出された大きな日陰、静寂。暑くて堪らなかったことや、喉が渇いて堪らなかったこと、じっとしていても背中に幾つもの汗が流れて不快だったことなど全て忘れて、目に映った情景だけを思い出す。何て都合が良いのだろう、過ぎたことというのは。私にはそんなことばかり。例えば私がアメリカの町にひとりに飛び込んで遭遇したこと。初めは大雑把に言えば楽しいことばかりだった。誰に頼まれて行ったのでもなく、自分が好きで飛び込んだのだから当然といえば当然だった。そのうち現実的な問題に直面した。言葉だった。それなりに自信を持って行ったが、全く話にならなかった。面白いことにそれに気づくまで数週間掛かった。何しろ若さと自信に満ちていたから、そんなことはない、いや、そんなことはない、と自分に言い聞かせていたのかもしれなかった。私の若さは本物だったが自信に関しては今までのそれが偽物だったのではないかと思うほど脆く崩れていった。その後はどうしようもない。崩れたものは風に吹かれて塵のごとく飛ばされていき、私には何も残らなかった。何も残らなかったが私は周囲の人に恵まれていたようだ。さあ、あそこへ行こう、さあ、遊びにおいで。言葉を変えての色んな誘いがあった。数ヶ月後、私はそんな人たちのおかげで失った自信をほんの少し取り戻し、ついでに直面した問題を乗り越えることにも成功した。次に直面した問題は経済だった。仕事がなかなか見つからなかった。家賃を払ったらポケットに5ドルしか残らなかった。さあ、どうしよう。そんなになるまで平気でいた自分に腹がたったが、腹を立てても仕方がなかった。親は当てにしてはいけない。そういう約束だった。もう駄目だ。遂に観念しそうになった時、仕事が見つかった。時給が驚くほど安かったが、私にとってはまさに天の助けだった。毎日働いた。嬉しそうに働く私を雇い主が気に入ってくれて、少しでも沢山働けるように配慮してくれたからだ。嬉しかったがとても疲れた。職場から家まで長い坂道があったけど、交通費を節約したくて歩いて帰った。家に着くと何もしたくなかった。ただ横になって疲れを癒すのが精一杯だったが、多分そんなことで夕食も食べずに寝てしまうに違いない、そんな風に思った友人があの手この手で夕食に誘ってくれた。あの手この手というのはつまり、私が遠慮して断るから、今日はこんな材料が手に入ったから、こんなに沢山作ってしまったから、友達を呼んでの夕食会だから、と友人は理由をつけて私を誘ってくれたのだ。当時一緒に暮らしていた友人達もそうだった。疲れて帰ってくると、おかえり、もうすぐ夕食が出来上がるから、と言って迎えてくれた。友人達もまた経済的には決して豊かではなかったのに。私がそんな人たちに恵まれたのは決して私という人間が素晴らしいからでもなければ私の人徳でもない。単に運が良かったのだと思う。しかしその運で私は精神的病に冒されることも餓死することもなく、そして一番嬉しいのは私が直面した問題が良い思い出に変身したことである。それにしても過ぎたことなのだ。過ぎたことだから言葉が分からず一種の失語症になりかけたことも、貧しいが為に一袋99セントのパンに同じく一箱99セントのクリームチーズを買って毎日昼食用のサンドイッチを作ったこと、その後数年間はクリームチーズの顔を見るのも嫌だったことも、そうそう、そんなことがあった、と笑って話せるのである。そうなのだ、過ぎたこととはそんなものだ。過ぎてしまった真夏の午後みたいなものだ。

兆し

朝の通勤ロードは早くも秋の色になろうとしている。少し前まで青々としていた樹々の枝葉なのに気がつけばもう黄色く色づき始めている。谷間に見える三角形の小さな池の水面に空に浮かぶ白い雲が映っているのを見つけて、ご機嫌になった。昨日から扁桃腺が痛む。色んなことがあったこの10日間に自分が感じている以上のストレスと疲れを溜めてしまったらしい。私の扁桃腺はそんなことに敏感に反応しては、赤く腫れあがって私に抗議するのである。もう少し穏やかな生活を心掛けてくださいよ。そんなことを訴えているのだと思う。谷間の池の水面を眺めながら昨日のことを思い出した。扁桃腺が痛くて堪らない。ふうふう言いながら家に帰ってきた。久し振りに雨が降らなかったからテラスに続く大きなガラスの扉を大きく開いて空気を入れ替えようとしたところ、左右に開いた扉の間からいい匂いが流れ込んできた。あ、懐かしい匂い。鼻の裏側を擽るような仄かに甘くて遠い昔を思い出すような匂い。テラスをぐるりと見回してみると、金木犀の花が咲いていた。2年前の今頃、ラヴェンナに暮らす親戚が私に金木犀を贈ってくれた。私が探しているのを覚えていたらしく、どんな異国の植物でも手に入るというスイスの植木屋に注文してくれたのだ。それでいて恩をきせるでもなく、まるでたばこ屋の店先に美味そうなチョコレートがあったからちょっと買ってきた、みたいな感じで持ってきてくれたのだ。小さな花を幾つもつけた金木犀はいい匂いを放って近所の人気者になった。大切にするからね。そう言ったくせに昨年は花がひとつもつかなかった。金木犀だけでなく、花という花が全滅だった。毎年美しい花を幾つも咲かせるサボテンは花を咲かすどころか茎からすっかり腐ってしまった。夏には放っておいても元気に咲くゼラニウムもミイラと化した。私と相棒に降りかかった数々の問題は私たちの心がささくれにして、そして私たちの大切な植物達にも伝わってしまったのかもしれなかった。今年もまた9月を向かえた。一向に花をつける気配のない金木犀を眺めながら、ひょっとしたらもう二度と花が咲かないのではないだろうか、そんなことを考えて急に悲しくなった。それは私の人生がもう二度と軽快な足取りで歩くことがないのでは、みたいなことを同時に連想させたて益々悲しくなった。毎日テラスに出ては金木犀を観察したが蕾のひとつも見当たらなかった。ああ、駄目だ。今年も駄目。そんなことを思い始めた頃、3日間雨が降り続いた。あまりに強い雨脚でテラスに続くガラス戸を開けることも出来なかった。だから昨日の夕方は4日振りにテラスに出たということになる。テラスの先に置かれた金木犀は金色の花を沢山咲かせていた。鼻をくすぐるような匂いは幸せな子供時代を呼び起こした。いい匂い。いい匂い。目を瞑って漂う匂いを深く吸っているうちに、はっとした。兆し。そう、何か良いことがある兆し。何かが始まる兆し。2年ぶりに咲いた金木犀の匂いは私にそんな気持ち満たしてくれた。そうだ、どんなことにも終わりがある。私のついていない一年にだって終わりがちゃんとあるのだ。ひょっとしたらもう終わっていて、自分が気がつかないだけで少しづつ明るい方に向っているのかもしれない。そうだといい。明るい方に向っているといい。
谷間の池の水面に映る爽やかな空を眺めながら何度もそう願った。

歩きながら考えること

随分日が短くなった。もっとも連日雨なので日没も何もあったものではない。朝から晩まで重い雲が垂れ込めていて一日中何となく暗い。そして夕方7時頃には更に暗さが増して8時にはすっかり夜となる。少し前までは晩の9時を過ぎても薄明るくて家に帰るのが勿体無く感じたと言うのに。それにしてもこの涼しさは快適だ。汗ばむこともなければ暑くて眠れないなどと言うこともない。ひとつ良いことが無くなったら、ひとつ別の良いことを探せばよい。それがどんな小さなことだって良いから。残念がってばかりしていたら傍にある良いことも見えない。そんなことに気がつくまで随分の時間を要したけれど、気がつくことが出来たのは私にとって大変な幸運であった。あの時私は人生って案外悪くないものだ、と泣きながら笑った。これまでに学んだことは沢山ある。声を大にしていうような凄いことはあまり無い。それよりも、なんだ、そんなことか、と人に言われそうなことばかり。でもそんなちっぽけなこと達は私の宝物になっている。私の宝物はそれだけではない。例えば私と関わった数々の人達。通り過ぎていった人もいれば強く弱く今も繋がっている人達もいる。どの人も私には意味ある存在でひとつやふたつの忘れられない思い出がある。ボローニャの町を歩きながら時々、幸運とか宝とか私を取り囲む人たちのことに思いを巡らす。