壁の鳥

ボローニャ旧市街の食料品市場界隈の中心であるvia pescatore はいつも新鮮な食料品を求める人達で混み合っている。大抵の人は行きつけの店をめがけて直進するが、中には今日はあの店に良い苺が並んでいる、とかで同じ道を行ったり来たりする人も居て、この細い道は混み合っていると言うよりはごった返しているといったほうが正しい。いや、別に同じ道を行ったり来たりするのが悪いと言っているのではない。行きつけの店へと直進する私だって時にはそんな風にして彷徨うのだから。何だって新鮮で安いほうが良い。消費者は賢くなくてはいけないのだ。そんな風だから、殆ど毎日歩くこの通りなのに気がつかなかったものがある。壁の鳥。大きな鳥だ。ある日店がすっかり閉まっている日曜日に、ふらりと歩いていて見つけた。朽ちた壁に洒落た色合いの鳥が落書きされていた。あらあら、こんな大きな鳥。住人は怒っているのではないだろうか。ふと昔のことを思い出した。サンフランシスコに居た頃、私の暮らすフラットの白い壁に黒いスプレーで大きな落書きがされているのを発見してかんかんに怒ったものだ。見つけるや否や白く塗りなおしたが、そのまた翌日落書きが施された。そんなことを何度か繰り返しているうちに、ある日落書きの犯人である小さなギャング達を捕まえた。その後は落書きに悩まされることは無くなった。そんなことがあったから壁の鳥を見つけた住人はさぞかし憤慨しただろうと思ったのだ。しかし、それからこの通りを歩く度に気にして見ているが、この鳥が消される気配は一向に無い。ひょっとして気に入っているのかな。そんな気がしてきた。よく見れば真面目な目つきでちょっと可愛い。壁の鳥をじっと見ていたら近所の店のおじさんが背後にやってきてこう言った。Non c'è male (悪くないよな)。成る程、気に入っているんだな。そう解かったら思わず笑いがこみ上げて、知らない店のおじさんと顔を見合わせて声を上げて笑った。たまにはそんな落書きもあってよい。

土曜日

涼しい毎日だ。数日前までの暑さを思い出すことが出来ないほど涼しくて快適だ。歩いても歩いても汗ばむことが無い。それは何て素敵なのだろう、と旧市街を歩きながら考えた。朝から快晴。空は青く高く、典型的な初夏の空であった。それでいて涼しい風が吹いて、全く爽快な一日であった。サンフランシスコに似た天気だった。そういえば、あの頃私は決して暑くならないその町の気候に腹を立てて、暑くて暑くて堪らない町に暮らしたいと友人にこぼしたことがあった。しかしネヴァダやアリゾナではいけなかった。どちらも魅力的で大好きな土地だが、乾燥しすぎているのが性に合わなかった。髪の毛が静電気を起こして顔に纏わりつくのがどうしようもなく嫌いだったからだ。そのうち私はボローニャに暮らすようになって念願の暑い夏を体験すると、海風の吹くあの町の気候が恋しくなった。手に入らないものは何時だって素晴らしく感じるものだ。だから今日はボローニャに居ながら素晴らしい気候を手に入れて上得意であった。町は大変な賑わいであった。6月2日の火曜日が祝日のイタリアは、月曜日も休みを取って4連休の人が殆どだ。他の町から沢山の訪問者が来ているのだろう。すれ違いざまに聞えてくる言葉のアクセントがトリノ辺りのだったりプーリア辺りのだったりで、面白くて思わず聞き耳を立ててしまう。土曜日の散策の楽しみのひとつは街角音楽だ。色んな人が居てどの人も素晴らしいが、その中でも気に入っているのがpiazza maggiore でジャズを奏でる若者達だ。初めて見た時は3人組だったが先週はふたりだった。しかし今日はクラリネット演奏者が加わっての4人だった。いつもの場所が市の催し物でふさがっていたからだろう、via d'azeglio の中ほどで小気味良いジャズを奏でていた。誰もが足を止め耳を傾け、音楽にあわせて小さな子供達がくるくると踊る様子は全く幸せな一場面であった。音楽は良い。人の心を開放してくれる。近所の店から店主が出てきて演奏中の一人に何か耳打ちしている。何だろう。他の場所へ移ってくれ、などと言っているのではないだろうね。隣に立っていた2人がそんなことを案じていたが、そのうち店主が親指を立てて顔に笑みを湛えたところを見ると多分彼らを褒めたのだろう。彼らの演奏でこの通りに沢山の人が集まるのを喜んでいるのかもしれなかった。私はたっぷり3曲楽しんでから再び歩き出した。人ごみが嫌いだが、土曜日の旧市街が好きだ。皆いい顔をしている。ポルティコの下を歩く人も、テーブルに着いてカフェを楽しむ人も。一週間に一度くらい人々のいい顔を見るのは、どんなビタミン剤よりも効果がある。少なくとも私には。

何年か前の夏

昨日までのうだるような暑さが嘘のようだ。特に一昨日の暑さといったら! 夕方バスの窓から道端の気温37度の表示を見つけて、同じようにそれを見た人たちが口々に言った。ああ、やっぱり。確かに今日は異常に暑いよね。私はと言えば、いつもなら声を掛けられなくても傍らの人に話しかけるというのに、驚きがあまりに大きくて声のひとつも出なかった。バスの中の誰かが今年の夏は何年か前のように暑くなるかもしれないと言った。何年か前とは一体何時のことだろう。3年前の夏のことを言っているのだろうか。それとも6,7年前のことを言っているのだろうか。ひょっとして私がボローニャに暮らし始めた、あの年のことだろうか。あの夏は暑かった。暑くて干乾びそうだと思っていたら、それもその筈で43度だった。こんな町にこれからずっと暮らすのかと思ったら、いくら寒いのが嫌いで明るい夏が好きな私でも、困ったな、大丈夫かな、と内心真剣に悩んだものだ。あの夏ほど沢山のスイカとジェラートを摂取した年はなかった。満喫したと言うよりは摂取という言葉がぴったりくるほど良く食べた。あんな夏は多分もうないだろうと思っていたが、バスの中で聞いた誰かの言葉で、ひょっとしたらあんな夏がまたやって来るのではないかと不安がつのった。あんな夏はもうこりごりだった。夜になっても昼間の熱が引かず、風が吹けばその熱をただかき混ぜるだけで逆効果だった。あの夏、私は郊外の田舎の家に暮らし始めた。知人の広い庭に実った、勿論無農薬の甘く熟れたプルーンの実をバケツに何杯も貰った。それでジャムを作ると美味しいから、と知人は言った。自由な時間が売るほどあった当時の私は、それは大変楽しそう、とばかりに 早速作り方を習って作り始めた。それは楽しいと言うよりは兎に角大変な作業であった。バケツ何杯分ものプルーンだ。洗って種を取って、大鍋で煮た。と言うと簡単ように聞えるが、実際ジャム作りをしたことがある人ならば、そんなバケツに何杯もの果実を煮るのがどんなに大仕事か解かるだろう。こんな暑い夏にそんな暑い作業をしなくても良いのではないかと内心思いながら、しかし分けてくれた知人の気持ちが嬉しくて大汗をかきながら大鍋の中をかき混ぜた。出来上がったジャムはそれはそれは美味しくて苦労が実ったと言っても良かった。家族と友人に配ったらとても喜んで貰えたから、結果的には良いことだった。しかしそれを思い出すだけで汗が出てきそうなほどの暑い思い出だ。そんなことをバスの中で思い出しながら、あんな夏はもうごめんだと思った。その一昨日が全く夢だったように思える。昼も3時を回った頃から微風が吹き始めた。空を見上げれば鼠色。かといって暑いには違いなかった。ところが夕方外に出てみると驚くほど涼しかった。半袖では肘が痛むほどの湿気を含んだ冷たい風が時折吹くので、長袖のカーデガンを引っ張り出さねばならなかった。どこか、山のほうで雨が降っているのかな。うん、多分モンギドーロ 辺りで降っているかもしれないね。あそこは山だから。山の天気は変わりやすいから。そんなことを話しながら家へと向う。いつもの場所で気温を確認した。涼しい筈だ。22度しかない。こんなに気温が急激に変わると、老人や病人は辛いに違いない。こんなに元気で若い私ですら、気温が急に変化すると体調不良になるのだから。そうしてピアノーロに帰ってくると大雨になった。強い冷たい風が吹いていた。そうだ、この辺りは山でないにしろ山沿い地方であった。天気が変わりやすいのはモンギドーロもピアノーロも同じ。久し振りにすっかり冷えた空気に包まれた。今夜は久し振りによい眠りにつけるだろう。

市場界隈

ボローニャ旧市街の真ん中に食品市場界隈が在る。via ugo bassi 沿いの大きな市場もあるけれど、私はバスの乗り換えや行きつけの本屋が近くにあることから今は閉鎖されてしまった旧市場の周辺に群がる屋台や小売店へ行くことが多い。何時行っても代わり映えのない場所だ。つまり多分何年も何十年も変わっていない場所なのだ。変わったと言えば新しいピカピカの大きな本屋が昨年オープンしたことと、角の小さな八百屋がジェラート屋さんに変身したこと、高い値段の食器店が若者向けの衣服店になったこと。それから多分私の気が付いていない小さなことが変わっているに違いないが、今のところ気がつかないし私の食品調達範囲には関係していないようである。土曜日の午前中に行くと山のような人に遭遇するのはいつだって魚屋の前だ。此処は本当に流行っていて、店の人は笑いが止まらないのではないだろうかと、この人の山を見る度に思う。確かに物は良さそうだ。一度だけ大嫌いな人ごみに混じって最前列に行ってみるとピカピカで活きの良さそうな魚が並んでいた。だから土曜日の午前中のこの人の山も納得がいくというものだ。魚屋の中は壁と言う壁に小さなモザイクのような水色のタイルが施されていて、私はこれを見る度に昔自分が子供だった頃のことを思い出す。私達家族が暮らしていた家から歩いて10分ほどのところに商店街があった。表通りから入っていくと一番奥の右側に小さな魚屋があって、こんな風に水色のタイルが壁という壁に施されていた。あの当時は肉よりも魚が安くて、魚を買うのが当然のような時代であった。母にくっついて買い物に行くのが好きだった私は、そうして毎日のように魚屋へ行った。冷凍物があまり出回っていない時代だったから、今日食べるものは今日買うのだ。今思えば時間がゆっくり流れる良い時代であった。そんなことをこの魚屋の前を通る度に思い出すのだから、多分私にとって楽しい思い出だったに違いない。さて、その魚屋の左横に店構えのない花屋が在る。店構えのない、つまり歴史のありそうな古い建物の入り口とその奥に続く中庭に面した回廊の一部を利用しての店である。何時からこんな風にして花屋をしているのか知らないが、覚えている限り私がボローニャに来た頃からそうだったような気がする。美しいプレゼンテーションはないけれど、いつ見ても心惹かれるような花が上手い配置に置かれているのに感心する。それだから店ともいえないようなこの花屋の前に足を止めて鑑賞する人や花を求める人は後を絶たない。勿論魚屋の繁盛振りには敵わないけれど。紫色の花があった。ポンポン玉のようだった。何て美しいのだろう。と思った傍から金髪のご婦人がそれを購入した。この花を大振りのクリスタルの花瓶に生けてテーブルの中央に置いたらば、さぞかし部屋が華やかになるだろう。いつもは百合が好きで百合ばかりを買い求める私も、今度荷物のない日に購入してみようと思った。花は良い。花が私達に与えてくれることを数えたらきりがないほど沢山在る。食品市場界隈には美味しいものばかりじゃない、小さな憩いもあるのだよ、と花が路行く人たちに声掛ける。

爽快感

金曜日だ。暑いには違いないが風が吹いて気持ちのよい午後である。それでは夕方に旧市街を散歩しようか、それともカフェに立ち寄って冷たいお菓子でもつまもうか、食前酒を楽しむのも良いだろう。そんなことを考えながら午後の時間を過ごした。午後の時間と言うのはつまり、午後の仕事時間というわけだ。淡々とした時間も金曜日の午後となれば特別で、その後の楽しい事を考えればどんなことでも乗り切れるような気がするし、同時にどんなことも起きずに速やかにきれいに終わって欲しいとも思う。多分、楽しいことを前にした人は皆、多かれ少なかれそんな風に思うのではないだろうか。私の午後は滑らかで全てが上手く終わった。それなのに旧市街でバスを乗り換えただけで何処にも寄らずに帰ってきてしまった。夕立にあったのでもなければ急に体調が悪くなったのでもなかった。急用が出来たのでもないし、気が変わったからでもなかった。帰り間際にとんでもない事があったのである。そう、とんでもなく可笑しいこと。さあ、バスに乗って旧市街へ行こう! と言わんばかりに職場を出る準備をしていた時、同僚が言った。食べてみますか、と差し出されたものは濃い紫色の小粒だった。大豆にも似た形の丁度同じような大きさのそれを、母親が送ってくれたブルーベリーなのだと彼女が言った。それを聞いただけで口の中に甘酸っぱい美味しさが広がるような気がした。ブルーベリーは美味しい上に視力回復や疲れに効果があると聞いている。素晴らしいではないか。ひとつ摘まみあげた。すると、もうひとつ勧めてくれた。そして私達は同時にそれを口の中に放り込んだ。味はなかった。さっき想像した味の代わりに妙な食感があった。ひょっとしたら噛むと良いかもしれない。私達はもぐもぐと口を動かし始めた。うーん、不味い。何だろう。そう言いながら私達は職場の外に出た。大抵途中まで一緒にバスに乗るのだ。ふと彼女の口元を見ると、まあ、唇が紫色。そう彼女に言いながら、もしやこの口の中にある物の色なのではと思いつき、歯も紫色になったりしてね、などと冗談半分に言ってみた。すると笑った瞬間に見えた私の歯を見て彼女が仰天するのだ。うーん、凄い! 冗談が本当になった。慌てて職場に戻り何十回もうがいをしたが、歯も歯茎も、つまり口の中は何処も彼処も紫色であった。観念した私は諦めて職場を再び後にした。あの小粒が入っていた袋には、ちゃんと注意書きが書いてあった。噛まずにそのまま飲み込むようにと。つまりそれは、私達の考えていたような菓子の類ではなくて、サプリメントみたいなもの、らしかった。多分、私達がもう少し思慮深かったら、もう少し知恵があったらば、口に放り込む前にそれを読んでいたかもしれなかった。そう思うと、口の中が真紫色になってしまった怒りや悲しみや失望感などはこれっぽっちもなく腹の底から大きな笑いが沸き起こって私達は歩きながらお腹を抱えて笑い出した。袋にはこうも書いてあった。一日一粒。私はふた粒も食べてしまったのだ。歯も紫色になる訳である。そう言ってはお腹を抱えて笑い、目がさっきより良く見えるようになったような気がすると言ってはまた笑い、最後には涙が出てくる始末だった。しきりに恐縮する彼女だったが、金曜日の最後がこんな楽しい笑いで締めくくることが出来て私はとても嬉しかった。ああ、こんなにお腹の底から笑ったのは何ヶ月ぶりだろう。必要だったのだ、こんな気持ちの良い笑いが。気持ちが良かった。爽快感、そんな言葉がぴったりだった。それでいて家に真っ直ぐ帰ってきたのは、勿論歯が紫色で格好悪かったからである。洒落た店の中でこんな歯を見せて食前酒を注文するのはちょっとだなあ、と。