懐古心

ボローニャ旧市街は良く知っている。そう自分で思い込んでいたようだ。いや、そうでありたいと願望していたのかもしれない。でも、本当はちっとも知らないのだ、と気がついた。何時も通る路、何時も入るカフェや店、足を止めて寛ぐ広場。私が知っているのはそれだけなのだ。けれども残念なことではない。まだまだ見ること知ることは沢山あると分かって嬉しくなった。私は少し退屈していたのだ。ボローニャに慣れすぎて、感受性が少々鈍っていたようだ。ある日、長時間町を歩いた。別に新しいものや珍しいものを探していたのではない。右に左に曲がって、足が向くままに歩いたのだ。そして気が付くと旧市街の南西部分に当たるvia saragozza を歩いていた。この路は懐かしい。ボローニャで初めて居を下ろしたのがこの界隈で、何かにつけてこの辺を歩いたからだ。店の多くは入れ替わっているに違いないが天井の低い古いポルティコは昔のままだ。古い古いポルティコの下をそんなことを思いながら歩いていたら小さな新聞屋があった。新聞屋というよりは新聞や雑誌を売る店だった。この店は今もあるのか、そう思いながら中を覗いてみたがあの頃の店番をしていた老人は見当たらず、その代わりに中年と呼ばれる年頃の男性が奥に座っていた。息子だろうか。そんなことを思いながらまた歩く。路の向こう側に何か見えた。行きかう車に注意しながら路を渡って店のショウウィンドウの前に立ってみて、それが何だか初めて分かった。家具だった。アメリカの50年代の手作り家具だった。それは私が使っていた机に良く似ていた。椅子は形が違うけど、オーク材のこんな感じの座り心地の良いものだった。50年代風に作ったものでなくオリジナルであることが分かると、我慢が出来なくなって店の中に足を踏み入れた。まるで倉庫のような店だった。店は奥深く続いており、アメリカのものだけでなくどうやらイタリアやフランスのものも扱っているらしく、それらが上手く存在しあっていた。店の女性に声を掛けた。見て回っていいですか。勿論です、さあどうぞ。そんな風にして私を一番奥の部屋に誘導してくれた。私はアメリカでこんな風に店を見て回った。あっちにもこっちにも存在するこの手の店を訪ねるのが私の一種の楽しみだった。店の女主人が話し始めた。彼女はカナダに20年暮らしていたこと、カルガリーで農園をしていたこと。りんごを育てていたけれどある年のりんご農園の危機をきっかけに引き上げて、故郷のボローニャに店を開いたこと。それまでも北米の家具や小物が好きで集めていたこと、農園を手放したのは残念だったが故郷のボローニャで好きな家具の店を持てたのは幸運だったこと。そんな風に色んなことを次から次へと。いつの間にか彼女の夫も横に並んで、初めて会う私に懐かしい話を聞かせてくれた。私はAnna、夫はSergio。そう彼女は言って私に握手を求めた。不思議な人達だ。単なる店と客の関係を超えた何かもっと近いもの、何かもっと・・・分からないけど何かもっと。また遊びに来て頂戴、と彼女は言って店を出る私に手を振った。私のアメリカ家具への懐古心が新しい人間関係のきっかけを作った。

好きなこと

歩くことが好きだ。乗り物に乗っていると急に止まることの出来ない場所でふと足を止めることが出来る徒歩が趣味のひとつだ。これを趣味と呼ぶのは相応しくないかも知れないけれど、少なくとも私の中ではちゃんと趣味のカテゴリーに納まっている。歩いては足を止め、納得いくまで観察する。擦れ違う人達の会話に耳を傾けてみたり、時には面白い被写体を見つけては小さなカメラに収めてみたり。ただ歩くだけなのにそれに伴う楽しみが沢山あることを、歩くのを億劫がる相棒は知らない。兎に角イタリアの旧市街の交通規制は大変なもので、車でうっかり入ろうものなら後から大きな罰金を求めるレターが届く。土曜日だけはボローニャ旧市街の一部に車で入いる事が出来るけど、一方通行ばかりでいつまで経っても目的地に着けなかったり。少なくとも、あ、ここで止まりたいなんて発想はご法度だ。だから徒歩が良い、と思う。昔、もう大昔に私は絵を描いていた。絵を描くのを止めた後、言葉や写真で描写することを覚えた。最も拙い描写力で自分でもじれったくて仕方がないが、情熱を失い絵筆と上手く付き合うことが出来なくなった今、そのふたつだけが私が得た方法なのだ。文字を綴るのは父親の夢だった。子供の頃、私の家には沢山の真新しい原稿用紙が沢山あった。父は何か書きたかったのだと思う。ひょっとしたら実際何かを書いていたのかもしれないが、少なくとも私は書いた原稿を目にしたことはなかった。黄ばみ始めた沢山の原稿はいつの間にか私の所有物となり、10歳前半の微妙な年頃になると夢中になって沢山も文字を書き連ねた。何を書いたのか思い出せない。しかしそうすることで確かに自分を表現しようとしていたのだと思う。父がしなかったことを私がした、そう言ったら過言だろう。だって父はもっと大そうなことを書こうとしていたのかもしれないから。単に好きなのだ、書くことが。そういう視点から言うと写真もまた、単に好きなのだ。深く学んだこともなければ真剣に取り組んだこともない。好きなことは沢山あるくせに、絵筆を置いて以来何一つ真剣に学ぼうとしなくなった。全てが程々の単に好きなレベル止まりだ。それは私の悪い点のひとつだと承知しながら。ある日、遠方の友人からカメラが届いた。私がもう何年も前から望んでいたデジタルの、一眼レフカメラだった。良い写真を撮ってください、と文末に書かれている手紙を読みながら、大昔に失った一種の情熱のようなものが生まれつつあるのを感じた。夢中になってみようか。そうしたら私の生活も、そして生活観も変わっていくのかもしれない。友人のカメラを持って町に出よう。今までとは少し違う、積極的な気持ちをポケットに突っ込んで。いつかこれはという写真を撮って、友人の厚意に感謝できるように。

金曜日のエキス

金曜日はまるで気持ちを落ち着ける自然のエキスのようだ。気持ちを落ち着ける自然のエキス、というのは私がこの冬ひどく落ち込んでどうしようもなかった時、友人がコップの水に数滴垂らして飲むのを薦めてくれた、エルボリステリアのあれだ。私は不安症になっていたのかもしれないし、軽い鬱に掛かっていたのかもしれなかった。藁にも縋る思いでこのエキスを飲み始めたところ、体がぽーっと温かくなって安堵感を与えてくれた。安堵感を得た後は快い眠りについて、翌朝には、また今日も一日頑張ってみようか、という気持ちで目が覚めた。自然のエキスだから安心だ。勿論、そうでなかったら、どんなに切羽詰っていてもエキスに手を出さなかっただろう。あの小瓶はもう空っぽで、また次のを購入しようかと思いながらそのままにしている。これは私の最後の手段としてとって置きたい、そういう気持ちからである。それまで金曜日のエキスで充分だ。こちらも体に無害で効果がある。平日の忙しい生活によるストレスや思い悩み、不平不満から開放してくれる、効果があるというよりも特効薬的存在だ。カレンダーに書かれた金曜日の文字を見るだけで角砂糖が液体に浸かった瞬間にするすると溶けていくような、金曜日の風に吹かれて気持ち良さそうに揺れる樹木のような、そんな気持ちになる。単純なのだろうか。そうだ、私は単純な人間で、この場合は単純で幸運だったと思う。今日は旧市街へ行こう。何時もみたいに用もないに、ではない。今日はちゃんと目的がある。何処かのエノテカにふらりと入って美味いワインでも頂こうと思うのだ。赤のコクのある奴がいい。席に着くでもなく、店の人や隣の客と話しでもしながらの立ち飲みで良い。そうやって5日間を無事に終えたことをひとりで祝おう、と。

記憶の輪郭

ボローニャに暮らし始めた頃、私はボローニャが嫌いだった。いや、それはちょっとばかり正しくないか。嫌いではなかったが、時間が経つにつれて嫌いになったと言うのが宜しい。理由は沢山あった筈だが、過ぎた今となってはそれらを明確に思い出すことはできない。多分言葉が分からないことでよい人間関係を持つことができなかったのだろう。と、漠然とその理由の輪郭を思い浮かべることはできるけど。それで良い。私は今、ボローニャが好きなのだから。私はあの頃から旧市街が好きだった。カメラを持って歩き回った。私はまだ仕事を得ていなかったから、時間は余る程あったのだ。それでいて時間を持て余していなかったのは、多分私がそんな散策を楽しんでいたからに違いない。いつもここに来た。小さな広場に面した市庁舎の威圧的な大きな壁が好きだった。この壁には色んな窓枠が嵌め込まれていて全く不統一なのに、互いが尊重しあって共存している様子が好きだった。この壁を見る度に、見るからに外国人の私ですらもボローニャの町の風景に自然に馴染めるような気がしたのだ。もっともそれは単なる私の希望的思考であって、実際は何処へ行っても目立ってしまい、居心地悪い思いをした。
過ぎてしまえばそんな事も他人のことのようにさらりと話せるものだ。それで良い。

帽子屋

久しぶりに旧市街に立ち寄り、当てもなく歩き回った。これはとても良い気分転換になる。次の予定が決まっていると時間が気になって仕方がない。気になって仕方がないと言いながら、予定の時間にいつも少し遅れてしまうところが私の悪いくせのひとつだけれど。久しぶりに帽子屋へ行った。ここのショウウィンドウを覘くのが、一種の習慣になっている。毎回立ち寄る必要はなく、1,2ヶ月に一度覘けば良い。そのペースでしか店もディスプレイを替えないのだから。店先に立って驚いた。何時だって一般人にはちょっと被れなさそうな帽子を飾っているが、今回はその色合いが更に強くなった。つばの広い豹柄の帽子はどんな人が被るのだろう。色とりどりの羽で覆った、青いインコのような帽子にしても。一見地味そうな手前の小さな帽子は実は一番華やかで、お洒落さんにしか似合わないような気がする。そんなことを胸の中でつぶやいていると、60歳を過ぎたくらいの夫婦が横に来て同様に帽子を鑑賞しだした。どれもとても魅力的だと妻が言い、君にはこれが似合いそうだと夫が言う。そうかしら、そうだとも。その言葉のやり取りが面白くて、口角が笑みで緩んだ拍子にうっかり横を向いた為に彼らと目が合ってしまった。こんな場合は何と言ったものか。迷っているうちにこんな言葉が口をついていた。私もあなたにはこれが似合うと思う。そう言って彼女の夫が薦めた豹柄の帽子を指差した。彼女は嬉しかったのか、それとも単なる興味だったのかもしれない。夫の肘をつかんで店の中に入った。私たちが薦めた帽子を目深に被った彼女は素敵だった。帽子とは不思議なもので人を一瞬のうちに女優やモデルに変身させる。感嘆しながらそんな彼女を外から見ていると、夫のほうが振り向いて私にうんうん頷いて見せた。妻にプレゼントするのかもしれない。そう思いながら小さな紙に書かれた帽子の価格をふと覗いてみた。帽子が一級品ならば値段も一級品だった。夫は今頃驚いているに違いない、と小さな笑いを抑えながら店の前から立ち去った。