流れる河

暑かった週末の晩、私は友人が暮らす丘へ行った。お祝いなのだ。友人の、音楽学校卒業のお祝いなのである。いつも約束の時間に遅れて到着する常習犯の私はその日もまた皆より大分遅れて到着すると、既に宴は始まっていて美味しそうな食事とそれを頂く嬉しそうな顔たちが並んでいた。沢山の人が居た。知っている顔は友人夫婦以外にひとつもなかった。最近自分らしくもなく人見知りするようになった私は、ほんの少し当惑しながら勧められた席に着いた。此処に集う人達は皆音楽家で、楽器を奏でる人であり、そして歌う人あった。違う道を歩んできた私だ。そうであろうと予想はしてたが、こんなに沢山の音楽家達が目の前に居ると自分が何だかちっぽけに感じた。何かに夢中な人は美しい。自分のしたいことが分かってひたむきに歩んでいる人は眩しい。彼らが自分より格段に若いから、瑞々しくて輝いて見えるのではない。今の自分に欠けているものが実にそれだと知っているからである。私はまるでしぼみかけた風船のようだった。この場に居ることが嬉しくもあり、しかし私ひとりが場違いのような気もした。それでも誘ってくれた愛すべき友人達だから楽しい晩を一緒に過ごしてみよう、そう思って皆の声に耳を傾けたり、なだらかに続く丘陵を眺めながら美味しい食事を楽しむことにした。暫くすると友人と他の音楽家達が席を立ち、居間のピアノを囲んで歌い始めた。彼らは歌う人達なのだから。それは充分承知していたが思いがけず生の歌声を聴いて、私の全身が驚きに満ちた。そうだ、驚きなのだ、これは。何という声。何という強さ、何という生命力。喜びとか、希望とか。彼らの声が空気を振動させて私に伝わった。鳥肌が立った。その直後、自分の中に例えようのない大きな流れを感じた。頑丈な塞き止めで遮られていた私の何かが動き始めた。長いこと真ん中につっかえていた私の臆病とか逃避とか、もしかしたら廃頽とか諦めといったようなもの達をあっという間に流し飛ばして、後はごうごうと音をたてて河のように流れるのだった。
私は何をしよう。何をしたいのだろう。分からない。今はまだ分からないけど、前に進む為の鍵を手に入れた。彼らのように飛び切り輝いていなくても良い。私は私の光を放てれば良い。ひょっとしたらその光は弱々しくて沢山の人の目に届かないかもしれないけれど、自分が納得できれば良い。夜の丘に響き渡る艶やかな声を聞きながら、私はこっそりと心の中で嬉しい涙を流した。

器の大きい人々

暑い土曜日だった。朝方涼しい一日になりそうだと思ったのは単なる錯覚で、40度にも上がる暑い一日となった。しかも蒸し暑い。ボローニャはとてもよい町、味わい深い町。そんな風に人々に言われて愛されているが気候の点では多分イタリアの中でも恵まれていない町のベストテンに確実に入っているに違いない。私が体験した一番暑い夏の日は43度、そして一番寒い冬の日は氷点下15度である。それに加えて湿度が高いから、不快なのだ。こんなにボローニャを悪く言うと罰が当たりそうなのでこの辺にしておこう。しかし暑い一日だった。そんな午後、私は友達とボローニャの路上で待ち合わせ彼女の友達が暮らす、ピアノーロとは全く反対方向の町medicina へ行った。ズッキーニのオイル漬けを習いに。彼女の友達のお姉さん家族の家へ行っての云わばお手伝いであり講習会であった。お姉さんの指示に従って私達はズッキーニをスライスした。ほんの少し鞘いんげんも。それを今度はお酢と白ワインで茹で、カリカリ感がなくならないうちに引き上げてテーブルに広げて熱を冷ます。それに好みで大蒜やらハーブやらを混ぜて瓶に詰めたらひまわり油を注いで完了! 文字にすると何だか簡単で30分位の作業のようだが、いいや、違う。何しろ量が半端でないから6人がかりで取り組んでも何時間掛かりの大作業なのである。しかし楽しかった。自分で作る、それはとても楽しいことである。晩にはお姉さん家族が腕を振るって夕食をご馳走してくれた。そういう予定であったけれど、こんな凄いご馳走だとは思っていなかった。腕自慢大会のようなご馳走に目ばかりが走って一体何処から始めて良いのか分からない。そういえばどんなご馳走だったか想像できるだろうか。この家族の食への情熱に感動し、それがいつの間にか伝染した晩であった。炭火で焼いた柔らかい肉、色んな秘密が詰まっている茄子の肉団子の揚げ物、フランスレストランに来てしまったような甘みを抑えた洒落たデザートに美味しいワインたち。私にとっては全く見知らぬ人達。そんな人達からこんなに良くして貰って良いのだろうかと当惑したが、多分そういう人達なのだ。来る者拒まず。来たら受け入れて一緒に喜びを分け合う。そういう人達が居るこの世の中はまだまだ捨てたものではない、と思う。この家には季節の野菜のオイル漬けの他にもまだまだ色んな手作りの美味しいものがあることを知った。聞いただけでは良く分からない、やっぱり一緒に作業してみなくては。友達と私はまたこの家の講習会に参加する予定である。

毎日の小さなこと

何がどう忙しかったのか、今思い返すと良く分からない。しかし慌しく過ぎていこうとしている6月の終わりの一週間である。今朝、寒くて目を覚ました。寝室以外の窓を開け放して寝るようになったこの頃だが、それでも寝苦しくておかげで睡眠不足であった。それが今朝は寒くて目が覚めたのだ。眠い目を擦りながら居間の大きな窓を閉めに行く。まだ6時にもなっていない、しかし空は既に明るく週末を何処かで過ごすのか近所の人達が車に乗り込んで出発するところであった。まあ早起きだこと。そんなことを思いながらもう一度眠りに付いた。土曜日の朝寝坊は幸せだ。色んなことがたて続きに起こって不幸のどん底気分になっていたが、朝寝坊が出来る環境が保てるのだから思っていたほど不幸だったのではない、と思う。世の中にはゆっくり眠りたくても環境や状況が許さない、そんな人だっているのだから。感謝を忘れてはいけない。朝寝坊が出来ることを感謝しますと心で神様に感謝しながら、そんなことを感謝された神様は当惑しているに違いないと思った。物事はゆっくりと良い方向に向かっているような気がする。文字通り、気がするだけで単なる錯覚かもしれないけれど、それでも自分がそう思えるようになったことが私は嬉しい。この1年の間、人間関係の縺れや小さな妬みに疲れていた。人はどうして他人と自分を比較しては妬むのだろう。妬みとは醜いものだ。いや、その妬みをバネにして、よし!自分も負けないように頑張ろう! と思うならばそれは良いことなのだけど。兎に角私はそういう状況の中で少しづつ人を信頼するのが怖くなっていたのである。悲しいことだ。そんな中で残った数少ない信頼関係だけが救いであった。最近、土地測量士の年上の男性と知り合った。恐らく60歳にもうすぐ手が届く、そんな年頃の人である。彼の妻はもう少し若く、知性的で明るくて優しい人だった。初めて会う人を信頼するのは難しい。信頼する必要もないかもしれない。しないほうが良いのかもしれない。その翌日、思いがけずまた会うことになった。彼らの様子が少し昨日と違う。もう少し腹を割った話し方に変わった。ひょっとしたら彼らも同じことを考えていたのかもしれない。そして私を信用してみようと思ったのかもしれなかった。ちょっと会うだけの予定が1時間にも及び、おかげで蚊に11箇所もさされて死ぬような苦しみを味わった。別れ際の握手で彼らが私の手をしっかりと包んだ時、ほんの少し信頼してみようと思った。昨日の夕方via santo stefano で96番のバスを待っていたところ、後方で私の名字を呼び捨てで叫ぶ者あり。振り向いてみると例の土地測量士であった。道の向こうで大きく手を振っている。あら、あら、こんなところで会うなんて。それにしても毎日会いますね。そんなことを言いながら言葉を交わす。一昨日よりも昨日、昨日よりも今日、少しづつ信頼関係が生まれているようだ。そんな風にして私は人間関係に対する恐れを克服していくのだと思う。毎日の小さなこと、うっかりすると見落としてしまうようような、実際見落としても別に何の問題もないような小さな事たち。でも、そんなことを積み重ねて私は自分を取り戻そうとしている。

夏空

毎日暑い。涼しいのは朝方だけだ。おかげで食欲が低下した。病気ではない、しかしこうも暑いと何を食べたいのか分からなくなる。感覚の麻痺と言ったら良いかも知れない。こんな時美味しいのは新鮮な野菜と果物、そして水だ。いつもはacqua naturale を好んで飲むが、夏だけはacqua frizzante、つまりスパークリング・ウォーターが良い。喉越しがすっとして宜しい。 大好きなカップチーノも秋まで頂くことはない。今日、旧市街へ行った。それにしても暑い。ポルティコの下から空を仰ぐと夏の青い空に沸き起こるような白い雲があった。むらむらと沸き起こる勇気、元気、気力。空を見ながらそんなことを考えたら、一瞬熱い血が身体の中を駆け巡った。

椅子

旧市街を散策して、さて家に帰ろうかという時、幾つかのお決まりの道順がある。その中でも気に入っているのがvia clavature からvia marchesina、そしてガッレリア・カヴールの中をすたすたと通り抜けていくパターンである。理由は多分、目に楽しいからである。何時だって15分おきにあるバスの時間を気にしての半ば急ぎ足であるけれど、時々いいものを見つけては立ち止まって眺める。そうしているうちに乗ろうと思っていたバスの時間が過ぎてしまって、しまった、と思うのだ。via marchesina はほんの短い通りである。車が一台通ろうものなら歩いていた人間は道の端っこにへばりつかなくてはいけない、そんな通りだ。via clavature を背にして緩やかな坂道を歩く。左手には友人のお気に入りの靴屋があって私も時々そっと外から覗いて見るが、私には見ているだけが良いようだ。踵の高い靴はもう何年も履いていない。そんな靴でイタリアの不揃いの石畳を歩くのは至難の技以外の何ものでもない。それでいて気になって覗かずには居られないのだから少しなりとも憧れや未練があるのかもしれない。その先には恐らくは同経営者による服飾店。センスが良いが手が出ない。ここも私にとっては外から覗き見るだけの店である。道を挟んだ斜め前にもう一軒必ず立ち寄って外から眺める店がある。店の名前は、知らない。今まで名前に関心を持ったことがないので考えたことすらなかった。高級店である。店内に客を見かけたことは一度もない。しかし皆気になっているらしく、ショーウィンドウにへばりついて中を見ている人を沢山見かける。何年も前にここで素敵なバッグを見かけたことがある。一年中使えそうなそのバッグは白とグレーの蛇皮で出来ていてとても軽そうだった。価格は書かれていなかった。本当にそれが欲しくて価格を知る勇気を持ち合わせている人だけが分かれば良いことだ。私は夢見るだけでよい。さて、数日前、店の前を通ったところこんな椅子を見つけた。シンプルなデザイン、アームの部分の曲がり具合が気に入って心が揺れた。あの素敵なバッグの価格を知る勇気はなかったくせにこの椅子の価格はどうしても知らねばならぬ、そんな気分であった。ところが店が閉まっていた。店員は一体何処へ行ってしまったのだろう。そう思いながら辺りをうろうろして時間を潰してみたけれど、いっこうに帰ってこない。腕時計を見ると、あ、バスの時間だ。仕方ないなあ、そう言いながら店の前から立ち去りながらも何度も振り向いては椅子を眺めた。近いうちにまた行ってみよう、今度こそ訊かなくては。