吊るし街灯

私は何処の国、何処の町に住んでも歩きのが大好きだ。勿論20代の頃に比べれば歩く速さも耐久力も俄然低下したので、歩く時間量も必然的に減ったけれど。町を歩くこと、それは私にとっては地理感を得る為に欠かせないことなのである。それに加えてどの道にどんなものがあるか、例えばこの道を真っ直ぐ行ってふたつ目の角を右に曲がって直ぐに美味しいパン屋さんがあるとか、そのまた隣に感じの良い果物屋さんがあるとか、角を曲がらずにずんずん歩いていると左手に小奇麗で感じの良いカフェがあるとか、そんなことを頭中の地図に書き込むことができるのである。それでいて私がボローニャを歩いて一番初めに気になったことと言えば街灯であった。それまでの私にとって街灯は街路樹のように道路の脇にあるものだった。しかしボローニャには道路の真ん中の頭上に電灯が線で吊るしてあることが多々あって、異国からやって来た私をとても驚かせてくれた。街灯だけではない、交差点の信号機でさえもそんな風に吊るしてあった。見慣れてしまった人々、この町に住んでいる友人たちには何も不思議なことではない。だからそれらを見ては、あ、ここにもあった、と指差して興奮する私を不思議な動物のように見るばかりであった。確かに見慣れてしまえばそう珍しいものでも不思議なものでもない。単に電気が吊るしてあるだけである。それでいて今でも私はそんな様子を見つけてはカメラに収めては後からじっくりと見直したりする。妙な癖がついてしまったものだ。しかしこの不思議、珍しい、面白い、などの気持ちを私から取り除いてしまったら、そうでなくても特別な能力も才能も無い私が詰まらない人間になってしまうこと間違いなしなので宜しい。こんな人間が一人くらい居たら周囲の人たちも楽しいに違いない。ボローニャの町に大風が吹き抜けることはあまり無い。だから大風で物が壊れることもあまり無い。それに対して北イタリアのトリエステなどは冬に吹き荒れる大風がとても有名。毎冬その様子をTV で見せているけれど向かい風にも負けずに歩こうとする人々、風にいとも簡単に飛ばされてしまう人々、様々だ。トリエステにはボローニャのような吊るし街灯や信号機はないのだろうか。どんな風にしているのか、来夏あたり車でクロアチアへ行く際に立ち寄って街観察してみたいと思う。

小さな靴

天気が良い。太陽が人間に及ぼす影響はとても大きい、と思う。知人の話によると街の中心のpiazza maggiore に大きなクリスマスツリーが出現したらしい。この天気が続くようなら金曜日の夕方にでもボローニャ旧市街へ行ってみようか。毎年この時期になると思うことがある。寒い、しかしクリスマスが目の前にあるというだけでどうしてこんなに楽しい気分になるのだろうか。実際終わった後の淋しさ、詰まらなさと言ったらどうしようもない。ああ、クリスマスが近いから褒美に何かひとつ・・・と口を開くや否や、旅行があるではないか、と横から窘められた。そうだ、旅行があるのだ。それに運転免許証が無事に取れて、健康なだけで十分ではないか、と自分に言い聞かせてみる。それでいながらもう何ヶ月も前から狙っていた一眼レフのデジタルカメラが欲しくてならない私は、いつもになく物欲が強すぎると我ながら思う。物欲といえばもうひとつある。それはvia archiginnagio の小さな靴屋の店先で見つけた黒の蛇皮のショートブーツだ。私はブーツというものをあまり好まず今の今迄はいたことがない。小さい頃から雨靴、長靴が大嫌いだったけど、それとこれは関係があるのだろうか。分からない。しかしこの小さな黒く上品に光るシンプルな蛇皮のブーツは私の目を惹き付けて離さなかった。外から靴を凝視する私にお構いなしに店の人が靴を取り上げて女客に手渡す。靴を色んな角度から見たうえで彼女は自分の足をそれに滑り込ませた。狭い店内をうろうろ歩き回り、時々足を止めては鏡に映し出して眺めてみる。どうやら履き心地が良いらしく、購入するかどうか思案しているらしい。そうだ、思案するのだ。何しろこの小さな靴の値段と言ったら!私など逆立ちしても、ポケットのどこを叩いてみても出てこない高額なのだ。ふー、と小さな溜息をついて店の前から遠のくことにした。これ以上の長居は無用だったからである。その足で近くにあるパン屋のatti へ行き、夕食用のパンを買った。ここのパンは美味しい、少し他の店より高い気がしないでもないが。そのくらいの贅沢は許されるというものだ。どうせ食べるなら美味しいパン一番。ああ、それにしても。もう何日も経つ今日、女客があの靴を買うことにしたのかどうかが気になってならない。

寒い街へ

この半年程、好ましくないことが立て続きに生じている。生じては消え、生じては消えの繰り返し。そんなことにも疲れたし、暗くて寒い冬にも突入したし、何か楽しいことをしよう。そうだ、自分への褒美に、楽しくて素敵なこと・・・と数日考えあぐねて、12月の終わりにひとりで何処か遠くへ行くことに決めた。まだ行ったことのないドイツ、ハンブルグなどはどうだろう。海に程近い北の町へ行ってみようか。それともパリはどうだろう。近くて遠いパリ。まだその地を踏んだことはない。人の少ない時期を狙ってパリを散策したら様々な発見があるかもしれない。そうしてあれこれ考えた挙句の果てに辿り着いたのは、またもやブダペストであった。理由のひとつは友達に会うこと。しかしそれ以外にもどうしてもまた歩きたい道があったのだ、寒い冬の日に。道の名前は覚えていない。街の中心に暮らす友達の家を出て右に左に曲がって辿り着いた地元の人向けの地味な通りだ。けれどもガラスのショーウィンドウはとてもこの国らしい味わいがあり、わずか1ブロックを見て歩くのにも大そうな時間が掛かった。洒落た店とは一味違う、生活観溢れたそれらの店は恐らく近所の人たちで繁盛しているに違いなく、うらびれた様子はなかった。それらの店が入っている建物は概して古く、幾つかの厳しい時代を通過したことが伝わってくる。しかしだからと言って嫌悪を感じることはない。むしろ綻びた壁や朽ちた窓枠、扉を好ましく感じるくらいである。雪がいつ降ってもおかしくないほど寒いこの街の冬は5年程前に体験済みだ。寒くてじっとしていられないほどの底冷えだった。広場の屋台で温かいワインを買い、足踏みしながら立ち飲みした。それはこの街の冬の楽しみだと思った。行きなれた街、しかし開放的な夏ではない冬に行くことを私はずっと望んでいた。どの街にも夏には夏の、そして冬には冬の美しさがある。ブダペストもそうだと思う。寒くて暗い冬だもの、こんな楽しみがあると毎日の生活にもハリが出るというものだ。

chiesa di san francesco 界隈

今がボローニャに引っ越してきたのは、もう何年も前の5月24日だった。5月下旬にしては肌寒い、誰もが上着を着ていた夕方だった。私が初めに腰を下ろした家はvia santa caterina に住むクリスティーナとチンツィアのアパートメントだった。家の前で待っていると古い古いポルティコの下をコツリ、コツリと小さな靴音をたてながら魅力的な若い女性が歩いてくるのを見つけた。それがクリスティーナだった。私はこの家を基点にボローニャ生活を手探りで始めたのだった。この家の良いところは旧市街にありながらも中庭に面しているので静かであること、そして歩いて5分もしないうちにpiazza san francesco に辿り着けることだった。教会の中に入ることはあまりなかったが、教会の前に広がる空間で一休みするのが好きだったのだ。季節は次第に暑い夏になっていったから、ぼんやりこれからのことを思案するのに教会の建物の影の下に置かれていた小さな古いベンチに腰掛けると丁度良かったのである。私には時間が売るほどあった。勿論これからのことを考えると "ああ、家を探さなくちゃ" "ああ、仕事を見つけなくちゃ" と気持ちばかりが焦ったけれど。広場で遊ぶ子供達や暇そうにしている老人達と時間を共有しているのはなかなか楽しいものがあった。そうしてここでの思案の時間を終えた後はいつもvia santa isaia にある小さなバールへ行って甘いものをつまみながら美味しいカップチーノを頂いた。そのバールの近くにはフランス語を話す人向けの語学学校があったようで、フランス人やベトナム系フランス人でいつも一杯だった。イタリア語だけでも頭がおかしくなりそうだったその頃の私には、更に聞こえてくる沢山のフランス語で頭がパンクしそうだった。何故だったのか、店の若い女の子がいつも親切に話しかけてくれた。これはこう言うの、これはこんな風に使うのよ、とイタリア語のイの字も解からぬ私に向かって毎日イタリア語を教えるのだった。そうしてvia santa caterina の家を出て別の界隈に暮らすようになると自然と足が遠のいてしまった。もう私があのバールに行くことはない。けれどもこの教会を見るたびにあの暑かった季節と強い日差し、イタリア語とフランス語が混乱していたあのバールと彼女の親切を思い出す。私のボローニャの原点とも言える場所だなのだ。

夢をひとつ叶える

吉報だ。それは長いこと通いつめた自動車教習所を遂に卒業したことだ。何しろ何をやらしてものんきで時間が掛かる物覚えの悪い私は、年齢も手伝って反射神経の悪いこと夥しくこんなに長いこと掛かってしまった。一生免許証をを手にすることがないのではないかと一時はかなり後ろ向きになったりもしたが、努力がやっと実った。免許証をとってボローニャ郊外の丘を風を切って走る、それがここ1年の私の小さな夢のひとつだったからこの喜びは大きい。支えてくれた家族と応援してくれた友達知人にも感謝である。今日は職場の仲間が免許証取得のお祝いにと、昼休みにとっておきのワインをあけた。職場でワインを飲む会社は日本にはないに違いない。イタリアにだって滅多にないだろう。そんな気楽さ、オープンさがこの職場の良いところだと思う。今日のワインは・・・ギリシャの白ワイン。KTIMA PAVLIDIS WHITE 2004。2005年にブリュッセルのコンクールで金メダルを得たワインだ。いつ栓を抜いてくれるのかとずっと待ち焦がれていたそれをようやくあけて貰ったのだ。有難う!ワインを頂きながら忘れてはいけない人、教官のシルヴェリオを想った。合格して免許証を手にしたとき一番喜んでくれたのがシルヴェリオだった。自分より遥かに年上のおじさんだと信じていた彼が私のたった2つ年上と知った時の驚きは未だに冷めやらないが、それは兎も角として。怒られれば多分萎縮してしまうであろう私を、いつも宥めながら教え応援してくれた彼が居なかったら、とっくに挫折していたかもしれない。良い教官に出会えたことを今日と言う日に記しておきたい。それにしても小さいながらも夢を叶えるのはなんて気持ちの良いことか。ああ、ほんの少し肩の荷が降りた気がする。