夕方の楽しみ

最近本当に日が長く、真っ直ぐ帰宅するのが惜しくてならない。家が遠くなったことで以前に比べれば寄り道が少なくなったとはいえ、友人知人から誘いの電話が掛かってくれば喜んでボローニャ旧市街に足を運ぶ。日に日に長くなる日照時間は6月中旬がピークで、その後は徐々に短くなってゆく。ボローニャ旧市街には無数のカフェが存在するが何処も外にテーブルを並べている。陽の高い、陽射しと外気が暑い時間帯以外は店内を好んで座る人は少なく、外のテーブルから埋まっていくのが常である。夕方piazza maggioreを訪れたら店内の4倍ものスペースを路上に獲得してテーブルを置いているカフェを見つけた。かなりの繁盛振りである。はて、しかしここは車が通る筈なのに大丈夫なのかなあ、と思ったのはどうやら私だけのようで人々は悠々と路上のテーブル席を陣取りお喋りに没頭している。ここから見るサンペトロニオ教会はなかなか良い。そして建物が落とす大きな影は涼しくて忙しくて暑かった一日の終わりを楽しむのには絶好の場所である。隣のテーブルが接近していないところも気に入った。恐らくはカップチーノにしろ食前酒にしろ他の店より高いと予想されるが、一度位この席に座って友達と夕方を過ごしてみたいと思った。楽しい季節はまだまだ続く、いや、楽しい季節はこれからなのかも知れない。

minerbio

それでなくとも快晴続きのボローニャ、そしてボローニャ近郊に驚くべき天気がやって来た今日の日曜日。朝から妙に暑いねと近所の人達と声を交わしたが昼近くになって暑さが炸裂した。街角のデジタル気温表示は32度だ。4月の終わりにこんなに気温が上がったのは何年振りだろうか、今夜のtelegiornale(TVニュース)はこの天気の話題に触れること間違いなしである。さて、今日はボローニャ郊外に暮らす友達夫婦の手伝いで彼らの家へ行き、その帰りに途中の小さな町に立ち寄ってみた。そこはminerbio(ミネ-ルビオ)という名の小さな町で彼らの家に行く度にいつか立ち寄って見たいと思っていたのだ。例えて言うなら小さなボローニャ。ボローニャの町並みを持ち、それを大切にしている感があって好感が持てる。毎月恒例なのだろうか、それともたまたまそうだったのか今日はmercato(メルカート・市場)がありポルティコの下に出店が並んでいた。骨董品あり、雑貨あり、古着あり、ガラクタもあり。ボローニャのメルカートとは比較にならないほど小規模であるが、日曜日の昼下がりの過ごし方として好ましいまばらな賑わいだ。私は人混みが嫌いなのである。奥まった所にと時計台が見えた。古くて手入れのされていない朽ちた時計台だ。時計台の下に1604年に建てられたとの説明書きがあった。時計台は今は使われていない朽ちる一方の教会の一部で、教会を修復して欲しいと望む個人のボランティアたちが私に声を掛けてきた。教会はもう随分昔に活動されていない、しかし教会内部の素晴らしいフレスコ画を朽ちさせるのはあまりにも悲しい。そうボランティアの人達は言う。私は中を見たことがない、しかし私もこれには大いに同感だ。8月15日にだけ教会内部が一般に公開されるそうなので忘れないでおこう。教会を左手に見ながら進んでいくと小さな路地。道の左右に並ぶ古いポルティこの下にも出店が並び、地元の人達や私達の様な通りすがりの人々がそぞろ歩きを楽しむ。あっちにこっちに足を止めながら店の人と声を交わす。歩いて僅か30分で一回りできる小さな町だが、町の雰囲気と人々のオープンな接触に良い印象を持った。また近いうちに遊びにこようと心の中でつぶやきながら町を後にした。

高すぎないこと、大きすぎないこと

ボローニャに到着した友達が、ボローニャの街並みを眺めながらこう言った。ああ、ボローニャはいいな、ボローニャに来るとほっとする。それはボローニャに暮らしボローニャが大好きな私にとっては嬉しい褒め言葉であるから、もしや単なる挨拶言葉かも知れないと案じてすかさず聞いてみた。ボローニャの何がいいの、と。するとこんな風に説明してくれた。建築物が高すぎなくて威圧感がないこと、街の大きさが大きすぎなくて丁度いいこと。類は友を呼ぶというのだろう、実は私もそれがボローニャの良いところであると思っていたので友達がそう言ってくれたことに小さな喜びを感じた。ふと何年も前にアメリカからボローニャに到着した時のことを思い出した。その当時のアメリカはイタリアに憧れる風潮があったので私も例に漏れずイタリアに素晴らしいイメージを抱いていた。陽気な街、遺跡や歴史的建築物、溢れんばかりの文化の匂い。そしてのんびりと人生を楽しむイタリア的生活・・・。果たして私が見た初夏のボローニャは強い日差しによる陰影が強くて印象的ではあったが、抱いていたイメージとは少し違っていて肩すかしされたような気がした。どうやら私が抱いていたイタリアのイメージはローマの街であったらしいとその後で知ることになる。決して大きくない赤いボローニャの街、何処まで続くポルティコ。近代的建築物は殆ど見当たらない街の中心部を、あれもイタリア、これもイタリア、と思いながら歩いたものだ。暫くの間はボローニャが良いとか好きだとか、考えたこともなかったが、いつの間にかここが自分の街となり居心地よさを感じるようになった。そしてこの適当な規模と閉塞間を感じては嫌っていた赤い色と、青空を遮るごとく歩道におい被さるようにして続くポルティコが好きになっていた。それは住めば都なだけではなくてボローニャの本当の良さをやっと理解できるようになったからだと思う。そこに辿り着くまで一体どの位の時間を要しただろう。それ程の時間を要したのに友達はあっという間にボローニャの良さを理解した。それを私は悔しくもあり誇らしくも思い、そして親愛なる友達とボローニャを共有できることを嬉しく思う。

短い春

久しぶりに涼しい風が吹いている。風に揺られてさわさわと音をたてる木々の先頭眺めながら既に終わろうとしている短いイタリアの春を思う。イタリアの春は短い。それを知ったのはもう随分前のことで慣れている筈なのに、毎年春の終わりにそれを思わずにはいられない。春が来た、花が咲いた、新緑が萌えだした、と喜んでいる私達をよそに季節は駆け足で通り過ぎる。ふと気が付けば人々は半袖姿で日陰を探しながら道を歩くようになる。実際数日前まで春はいいね、気持ちがいいねと交わしていた言葉が今では過去のものになりつつある。一昨日の午後、気温が急上昇して暑い午後に向けて準備が出来ていなかった多くの人が何度呟いたことだろう "Uffa, che caldo" (ああ、まったくもう、暑いなあ)と。実際は28度ほどでこれからやって来る本当の夏を思えば断然過ごしやすいのだが、何しろ長袖のコットンのセーター一枚だけを着ているものだから脱ぐに脱げず、とそういう訳だ。私はこの冬暑くても不平不満を言わないと宣言した手前上、そう簡単に呟く訳にはいかない。その代わりにジェラート屋に足繁く通う毎日だ。暑い日のジェラートは格別なのだ。そしてacqua gassataと呼ばれるスパークリングウォーター。冬場は決して飲まない私だが、春夏には宜しい、喉越しに涼しく気分もさっぱりする。それにしても春は終わり。青空に浮かぶ白い雲が、もう初夏なんだよ、と言っているようだ。

女友達

昨晩は食事を終えた頃を狙って私の家と同様ボローニャ郊外の、しかし全く反対方向の殆どフェッラーラに近い町に暮らす女友達に電話をした。ほんの少し話しをするつもりが驚いたことに1時間40分もの長電話になり、最後は互いに話すのにくたびれて電話を置いた。何をそんなに話すことがあったのか、と後で思い出してみたものの恐らく大した話はしなかったのであろう、気持ちばかりさっぱりしていて記憶には何も残っていなかった。女同士のお喋りというのはそういうものかもしれない。でも決して無駄なことではない。何故なら大抵の場合、話し終えた後は気持ちがすっきりしているからだ。言うなれば一種のストレス解消である。女友達と他愛ない話をして笑ったり興奮したりするのはたまには良いことだと私は思う。そして明日はブダペストから女友達がやって来る。彼女との付き合いはもう15年になり、互いに離れた場所に居るために会えば話が尽きないのが常である。そういう彼女、ボローニャに来るのはもう4回目。郊外行きのバスに乗ることこそ初めてであろうが、ボローニャに関しては何の解説もいらない。既に私のボローニャ大好き病は感染していて放って置いても自分なりに街を歩いて楽しむ方法を知っている。けれども今回は是非一緒に歩きたいところがある。それは昨日の写真の界隈と今日の写真のこの辺り。ここはstrada maggioreに面した教会、chiesa di santa maria dei servi の広場。それほど広くないけれど、そして交通量の多い道に面している為に騒がしいけれど、何故か人が集まってのんびり立ち話に耽ったり子供達が駆け回る、いわば市民の憩いの場である。先日ここを通り掛った午後に、彼女をここに連れてこようと思いついた。楽しいお喋りもこんな季節は家の外のボローニャらしいところでするともっと楽しいだろうと思ったからだ。女友達。私にとってはかけがえのない財産である。