長いしっぽ

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細く長いしっぽ。犬のしっぽ。斜め前の座席に腰を下ろした飼い主の前にちょこんと座った犬を、私は眺めていた。仕事帰りのバスの中でのことである。飼い主は坊主頭の、何だか怖そうな感じの若い男性だった。対して犬は優しそうな瞳の中型犬。痩せているわけではないけれど、細身で、しっぽを車内の床に垂らして、忠義を守るかのようにして飼い主を一心に見つめていた。あのしっぽ、誰かに踏まれなければいいけれど、と思ったけれど、バスは程よく空いているから心配はなさそうだった。バスが停車して、幾人かが下車し、入れ替わりに幾人かが乗り込んできた。その中に何か嫌な感じのする年配の女性が居た。髪はぼさぼさで、それを後ろで結わいていた。何が不満なのか仏頂面で、どやどやと歩き散らす感じで乗り込んできた、といった印象だった。そう思った瞬間に、悲鳴が聞こえた。犬の、あの犬の悲鳴だった。あの年配の女性が犬のしっぽを踏んだらしい。すると年配の女性は身を屈めて犬の腰からしっぽを優しく撫ではじめた。ごめんね、本当にごめんね。痛かったよね。そんなことを言いながら。怖そうな感じの飼い主が言う。シニョーラ、いいんですよ。彼女がしっぽをあんなに長く垂らしていたのがいけなかった。ほら、こっちにおいで。そんなところに居たらみんなの邪魔になるんだよ。その声といい、口調といい、第一印象の怖さが嘘のように優しかった。混み始めたバスの中で、年配の女性は犬にとても優しかった。あ、あなた、犬のしっぽを踏まないでね。踏んだら痛いんだから。そんなことを言いながら周囲の人に注意を促し続けた。そうして男性と犬が下車する時、男性が言った。親切なシニョーラ、あなたに良いことがありますように。私はすっかり参ってしまった。年配の女性のことにしても。嫌な感じだなんて。知りもしないのに。そんなことを思うなんて。先入観は失敗の始まり。先入観で物事を見ると、失敗すると思った瞬間だった。犬にはかわいそうだったけれど、こうしたことを通じて、忘れかけていた大切なことを思いだした。

家に帰ると猫の長いしっぽ。冷えた床が気持ちよいのだろう、長く伸びた肢体から、細くて長いしっぽが。踏まれないように気を付けてね。って、間違えて踏んでしまったのは他の誰でもない、この私だ。




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撫でる風

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早起きして出掛けようと思っていた土曜日。今日は七つの教会群の前の広場で骨董品市があるはずだから。それからちょっとウィンドウショッピングもしたい。涼しいうちに外を歩き回ろうと思っていたのに、目を覚ました時には既に気温は十分高く、出掛ける気持ちが挫けてしまった。子供の頃、あれほど好きだった夏。暑ければ暑いほどうれしかったのが嘘のように、今は暑さに弱くなり、暑さと付き合うのが下手になった。ここ4年ほどのことだ、これほど暑さが苦手になったのは。若くない証拠なのか、それともそれは考え過ぎなのか、いくら考えても分からない。人間は年月と共に好みが変わっていくものなのだと思えばよいかもしれない。うん、そうに違いない。
気持ちが挫けたついでに家でぶらぶら過ごすことにした。昨夕、近所の青果店で購入したメロンがとても美味しかったから、もうひとつ買い求めにちょっと外に出てみようかとも考えたが、空に輝く太陽と、地面に落ちる黒い影を眺めていたら、またもや気持ちが挫けた。歩いてたった5分の距離なのに。だってねえ、と猫に同意を求めたが、猫も暑くて機嫌が悪いのか、ふんっ、とそっぽを向いてごろりと冷えた床に寝転がる。風通しの良い場所に座って本を読んでいたら、ふと空のトーンが暗くなり、緩い、涼しい風が吹き抜けた。風が露わになった肩や腕を撫でていった時、ああ、この感覚を私は覚えている、と思った。

初めてアメリカに行った時のことだ。今から30年も前のことだ。英語もできない、ひとりの旅とあって私は不安だった。そもそも私は旅行会社にすべてを任せていて、私のほかにも同じ日に出発する同世代の女性がふたりいるから心配することはない、あなたはひとりじゃないんだから、と勇気づけられていたのだが、空港へ行ってみたら、諸事情で他のふたりは出発しないと知らされた。私が他のふたりを当てにしていたかと言えばそうではない。大体私はひとりの旅をしようと思っていたのだから。でも、初めての外国。好きだけれど話ができるレベルではない言葉。アメリカの空港に到着した時のことが不安ではないと言ったら嘘だった。9月とあって飛行機は空いていた。半分以上が空席で、この上なく快適だった。アメリカ大陸に着陸する少し前に、後ろの席に若い女性がいることに気が付いた。髪の長い、洗いざらしのジーンズを格好良く履いたひと。彼女はシャネルの赤い口紅をつけている最中で、偶然目があってしまった私に、ちょっと照れながら片手をあげて挨拶をした。今思えば、あの当時よくいた感じのOLといえば丁度いい感じだったかもしれない。飛行機が着陸して立ち上がると、あなたもひとりなの? と声を掛けてきた。ひとりだ、初めての外国で少々不安だ、と言う私に、彼女は顔いっぱいに笑みを湛えて、大丈夫よ、きっとうまくいくから、みたいなことを言うと私をひとり残して去っていった。彼女は美しかった。白いコットンシャツを無造作に着て、ジーンズに包んだすらりと伸びた長い脚、長い黒髪と赤い口紅。女の私でも惚れ惚れしたくらいだから、すたすたと追い越してく彼女に男性たちは皆見惚れて、まるで映画の一場面を見ているようだった。
彼女とは縁があった。数日後、バスの中で偶然会った。そこで私達は少し話をして、彼女はこれからL.Aへ行くこと、そこには知り合いの家族が住んでいることを知った。彼女は英語が堪能で、それは近所の教会のアメリカ人の宣教師から教えて貰ったのだと言った。もう会うこともなかろうと思っていたら、彼女とはもう一度会った。数日後、もう夜と言ってもよいような時間に、街中で偶然。そんな偶然が続いたので私達は住所を交換した。そうして旅を終えていつもの生活が始まると、そんなことは忘れてしまった。彼女の住所がぽろりと出てきたのはどうしてだろう。あれから数か月が経っていた。私は思い立って、あなたが言っていた通りだった、とても良い旅だった、と手紙を書いたら、少し経って返事が来た。彼女の家族が反対していること。彼女がアメリカ人宣教師と結婚をして、アメリカへ行くことを。あの後どうなったのか、私は知らない。なぜなら私達の手紙のやり取りはそこで終わってしまったから。
それで私が覚えている感覚とは、あの初めての旅で私がアメリカの街をひとりで歩いていた時の感覚だ。知っている人などひとりも居なかった。なのにすれ違いざまに目が合うならば人が私に声を掛けていく。こんにちは。うまくいっている? そんな感じに、感じのいい笑みを添えて。風が露わになった肩や腕を撫でていったような感じ。居心地が良くて嬉しくなるような、それとも肩の力が抜けていくような。私がその街に住みたい、いつかきっとこの街に住みたいと思ったのは、これが始まりだった。私にとって居心地の良い空間を確保できると信じて疑わなかった。

今夜は無花果と生ハムにしよう。昨夕、青果店の店主が勘定を終えたのちに、ふと紙袋を取り出して、きれいに並べられた美味しそうな無花果を幾つも放り込んだ。ええ? と戸惑っていると店主が言った。無花果が好きなシニョーラ。美味しいメロンが出回ってからは少しも無花果に関心を向けてくれない。それでは無花果が可愛そう。そう言って紙袋をビニールの手提げ袋の中に入れると、これはおまけだからと付け加えた。そんな無花果。上等の生ハムと一緒に頂いたら、無花果は喜んでくれるかもしれない。




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楽しむこと

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暑い日が戻ってきた。夕方、職場を後にする時の暑さと言ったら言葉にし難く、しかし明日はもっと暑くなるらしいと知って、暑いの一言をぐっとのみこむ。もう18時前と言うのに日差しはまだ、真昼のような強さで肌を射る。夏至はもう過ぎたのに日は十分長く、遅くまで明るいせいで夕食時間が遅くなる一方だ。
家に帰ってきてテラスに続く大窓を開けたら、向こうの方に近所に住む夫婦者が休暇に出掛ける準備をしているのが見えた。もう、とっくの昔に年金生活に入ったであろう夫婦で、夫の方は夏だろうと冬だろうと朝早くにガレージから車を出してどこかへ出かける。多分、朝早く目が覚めてしまうのだろう。少しすると帰ってきて家の中に入る、それが朝の6時半だ。いったい何処へ行くのだろう、こんなに朝早く、と此処に住み始めたばかりの頃は思ったものだが、今はそれほど気にしていない。朝のドライブ。それとも朝一番にパン屋に行っているのか。そんなところだと睨んでいる。それで夫婦は、彼らの車にこれでもかこれでもかと荷物を積み込んで、車の上にまで括り付けて、これで彼らが座席に座ったならば、重量オーバーで車が悲鳴を上げるのではなかろうか、などと思っていたら、案の定、夫の方が、駄目だ、駄目だ、こんなものは必要ないだろう、これも、これも、と荷物を減らし始め、ようやく荷物積みが済んだらしく、やれやれ、とふたりは大きなため息をつき、汗をぬぐって車に乗り込むと、軽快なエンジンの音を立てて旅立った。想像するに、彼らは海に行くのだろう。そんな感じの荷物だったから。そんなことを考えていたら、ずっと昔のことを思いだした。

相棒と私がアメリカを離れてボローニャに暮らし始めた1995年の夏、アドリア海へ行った。行った理由は相棒の家族が毎年7月になると丸々ひと月アドリア海の町にアパートメントを借りて過ごすからだった。その年に限っては6、7月のふた月を海で過ごすことにしたらしく、いつもと同じ建物の一番広いアパートメントを確保したから、相棒と私にも夏の休暇に参加することを勧めたからだった。私はあまり気乗りがしなかったが、相棒は家族と過ごす夏を喜び、いつもは会えない気に入りの小さな甥っ子も来るからと言って、私を説き伏せて1週間、そして間をあけてまた一週間を海で過ごすことになった。海辺は非常に暑かった。だから午前を海辺で過ごすとアパートメントに戻り、ゆっくり昼食をとり、昼寝をして、午後も4時頃まで外に出ることはなかった。姑は体を休めるとか、のんびり時間を過ごす術を知らないのか、それとも忙しくしているのが好きなのか、食事の後は後片付けをして、家中の掃き回り、拭き掃除をして、洗濯を干して、乾いている洗濯物にアイロンをかけた。ゆっくりすればいいのにと言うと、することが沢山あるからと言った。それは夕食後も同様で、朝にしてもまだ涼しい5時に起きて家のことをして過ごした。ボローニャに居た方がよかったのではないかと皆が言ったが、姑は耳を貸すことなく、ボローニャに居る時の倍も働き、そうしては折角海に来たのに忙しくて忙しくてと不平不満を言った。そんな姑を手伝わぬわけにはいかなくて、そういうこともあって、なかなか忘れがたい夏の思い出なのである。姑はかわいそうな人だったのだと思う。自分のために時間を使うことを知らなかったのだと思う。そんな姑を見ながら、私は思ったものである。私は自分の人生を楽しもう。したいことをして、愚痴や文句を言わぬ生活をしよう、と。文句を言っているうちに人生が終わってしまわないように。

私の夏休みはひと月先だ。まだ1か月もあるのか、という気持ちと、なんだ、あと1か月しかないじゃないか、という気持ちが交差する。少しづつ人が減り始めたボローニャの街。来週にはまた更に、人も車も減るに違いない。




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自分らしくいこう

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空が明るい。今が一番日が長い時期だからなのだろう。と、カレンダーを見ると6月18日。そうか。今日が6月18日なのだと確認して一瞬の焦りを感じた。別に急いでいることなどひとつもないのに。

いつの頃からか、なるようになる、何事もそうなるべき形になるようになっているのだ、と思うようになった。若かった頃みたいに、何かにがむしゃらになったり、人より先に行こうと思ったり、人より秀でた立場になろうと思ったりすることが無くなった。別に人生を捨てたわけでもないし、諦めたわけでもない。ただ、肩の力を抜いて、自分は自分、自分らしく生きるのがいい、と気が付いただけだ。かと言って一生懸命な人のことをとやかく言うつもりもない。一生懸命な人は、それはそれで美しく、他人ながら、頑張れ、頑張れと応援したくなる。つまり自分はそうでなくてもいい、と思うようになっただけだ。今まで肩を張って、肩で風を切りながら長い道を歩いてきた、走ってきた、それをもうやめようと思っただけに過ぎない。
ボローニャに暮らし始めて辛い時期があった。随分長い間。一冊の本を送ってくれたのは日本に暮らす女友達だ。頑張っているのはあなただけじゃない、皆色んな形で戦いながら、自分が暮らすに良い状況を作ろうと努力をしている。ありきたりの言葉で応援したり窘めることなく、彼女は活字を通じで教えてくれた。それがどれほど私にとって有難いことだったか、彼女は知っているだろうか。私は彼女に伝えただろうか。
また、私が辛かった、いや、葛藤していた時期に、ミラノに暮らす女友達がこんなことを言った。川の流れに一度乗ってみたらいい。案外、悪くないかもしれない。そう言われて私は、彼女は他人事だからそんなことが言えるのだ、他人事だから、と密かに憤慨していたのだけれど、随分と月日が経ったある日、ふと彼女の言葉を思いだしてもがくのを辞めて川の流れに乗ってみたら、予想外の結果が出た。彼女が言っていたとおりだった。もっと早くそうしておけばよかったと思いながらも、彼女が言ってくれなかったらばずっともがき続けていたのだろうと思うと、決して遅くはない、遅すぎることなんてないのだ、と思った。
私はいつも人に感謝するばかりだ。人から何かをして貰うばかり。私も人に何かしてあげることはないのだろうかと海のずっと向こう側に暮らす女友達に手紙を書くと、特別なことなどする必要はない、そのままのあなたが自分の友達でいてくれるだけで十分有難いと手紙を返してくれた。私は彼女の言葉を決して忘れない。私の存在を有難いと言って貰ったのは生まれて初めてのことで、そのままの私でいいと言って貰ったのも生まれて初めてだった。
私にはこれと言った物質的財産はない。でも、良い友達がいる。決して多くはないけれど、輝くダイヤモンドやエメラルドよりも価値があって私にとっては大切な。それに気が付いた頃から、自分は自分、自分らしくいこう、と思うようになった。遠回りしたけれど、ようやく自分らしく生活できるようになったことを私は心から嬉しく思う。

今夜は少し暑さが控えめ。気持ちよく眠りに落ちることができそうな気配。




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小さな願い

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毎日残念なニュースが耳に入ってくる。どうしてこんな風になってしまったのだろう。私が知っている世の中は、もっと平和で、誰もが安心して生活できた。時代遅れなのだろうか私は、と思うときがある。でも。時代遅れだっていい。私は、私が知っている、誰もが安心して暮らせる世の中であってほしい。それが私の小さな願い。




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