卵がない

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次なる旅先はオスロ。スーツケースに物を詰め込みながら、リスボンのことを思いだしていたのは、冷蔵庫にあると思っていた卵が無かったからだ。卵料理をしいたいと思っていたのに。

もう先週のことになってしまった。リスボンに居た数日間が遠い昔のように思えながらも、ぽつりぽつりと様々なことを思いだす。卵の件がいい例だ。先週の金曜日だった筈だ。細い歩道を歩いていた。夜中の雨で道が濡れていて、白い石畳が滑って歩き辛くて仕方がなかった。と、先方に細い歩道を塞ぐような人だかりがあった。私のような旅行者ではなくて、明らかに此処に暮らしている人達と分かる。家に居る姿で出てきたような人達。その多くが手に籠を下げていて、何か買い物に来たかのように見えた。場所は小さなスーパーマーケットの扉の脇で、何か売り出しでもあって住人たちが駆け付けたのだろうかと思った。ところが人々は中に入る様子は無く、歩道に固まっているだけ。そうしているうちに私はそこに辿り着き、何かと覗いてみたら、おじさんが小さな椅子に座っていた。おじさんは自分のところでとれた卵を売っていたのだ。産みたてなのだろう。既に大半が売れたらしく、幾つもの卵を置くケースが空になっていた。12個で2,80ユーロと段ボールを引き千切った切れ端にに書かれていた。恐らくおじさんは毎週此処に来るのだろう、恐らくこの辺りの人達は、おじさんの卵が新鮮で美味しいことを知っているのだ。一体何処で鶏を飼っているのか知らないが、卵の色も大きさも微妙に異なる卵を、私がもしホテルでなく、アパートメントを借りていたなら、卵を少し分けて貰いたいのにと思いながら、その前を通り過ぎた。ビッカ線のすぐ近くだ。覚えておこう。この辺りにアパートメントを借りることがある日には、此処で卵を買うのだ。もう次のリスボンの旅のことを考えている自分が可笑しかった。まあ、楽しみは多い方がいい。そのあともう一度あの道を通ったが、当然のことながらおじさんはもう居なくて、おじさんが座っていた椅子も値段が書かれた看板も空のケースも無くなっていた。あの日が最後に違いない。おじさんだって8月の真ん中の一週間くらい夏休みをとるだろうから。それとも卵が産まれれば、時期に関係なくおじさんはやって来るのだろうか。それに関しては、おじさんに直接聞いてみないと分からない。

そういう訳で卵料理は出来ず、少し涼しいので肉など焼いてみた。たまには肉もいいものだ。此れは駄目、これは嫌いと言わずに、色んなものを程よく平均に食べるのが健康の秘訣だと私は思っている。食事も栄養も、そして物事の考えかたも、何事も偏らないのが良い。




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通り抜ける一筋の風

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満月に近い美しい月を眺めていたら、黒い雲が覆いかぶさり、みるみる間に天候が急降下した。昨夜のことだ。少し前まで熱風が吹いていたのが嘘のように涼しい空気が窓から流れ込み、そして空が光った。向こうの空がまるで映画のシーンのように光るその様が怖かったのだろう。猫は抽斗箪笥の下に逃げ込んで出てこなくなった。怖がりの猫さん、出ておいで。5年前の秋、私と相棒が生まれて2,3か月の猫を引き取った。明るい緑色の瞳の猫。うちに来たはいいが怖がって、猫は家具の下に潜りこんで出てこなかった。3日間、猫は姿を見せなかった。食事に手も付けずに。何処かから私達の様子を窺っているのだろうと思った。良い人間だろうか。意地悪はしないだろうか、と。4日目の早朝、猫の声がした。猫はソファの下に潜りこんだはいいがあまりに狭いところに入ったらしく、出てこられなくなって小さく鳴いていた。此処だ、此処に居る。眠っていた相棒を揺り起こし、ふたりでソファを持ち上げたら猫が小さく丸まっていた。さあ、其処からおどきなさいよ。猫を囃したてると光のような速さで何処かの物陰に隠れて、再び姿が見えなくなった。ああ、また姿を消したと私は落胆したが、仕事に出掛ける前に相棒が小さな声で私を呼んだ。来てごらん。行ってみると小さな小さな猫が、決心したのだろう、家具の上にこわごわと座ってこちらを向いていた。脅かさないようにと、私達は手を振って、猫を残して仕事へ行ったあの日のことが脳裏に蘇る。涙が零れそうなほど嬉しかったあの日のこと。

昨夜はあれから雨が降り、一気に涼しくなった。8月とは思えぬような涼しさで、そう言えばリスボンもこんな感じだったと思いだした。あれは土曜日のこと。旧市街を歩いていた。そもそも通行人の少ない通りだったが、時折向こうから人が来ては、ぷいっと右手に続く道に消えていった。道は更に道幅の狭く、何故皆が皆、その道に吸い込まれて行くのだろうと不思議に思い、試しに私も行ってみることにした。右手に曲がってみると小さな店があり、成程、此の店かと思いながら私も中に入ってみた。俗に言う、地元のものを売る店で、例えば綺麗な紙に包まれた石鹸とか、お茶とか、小物、布袋といった、女性が好きそうな店だった。外の涼しさが嘘のように店内は暑く、だから数か所に扇風機が設置させていて、その前で足を止める客がほとんどだった。私は一通り見て回って、出口近くに本のコーナーがあるのを見つけた。ポルトガル関係の本が置いてあった。写真集あり、絵本あり。その中にイラスト集があった。薄っぺらい小型の本で、鉛筆画に水彩絵の具で彩どった絵が魅力的で、暫く見入った後、それを自分の土産に購入することにした。こういう絵を描ける人はいい。旅先で足をちょっと止めて、サササと鉛筆画描ける人。そういえば昔は私もそんな類の人だったのだなあと思いだすと、酷く残念に思えた。今は鉛筆を持っても手が動かない。だから本を眺めて堪能するしかない。店を出てその先に行くとカフェがあり、そしてその先の本屋の前辺りに古本屋市がたっていた。本当に古い古い書物やプリントもあれば、60年70年代といったわりと近年のものもあった。近年、とはいえ若い人達にしてみれば十分古いものなのかもしれないと気がついて、ひとり苦笑した。手に取ってみたいのを我慢したのは、良いものを見つけないためだ。万が一、興味深いものを見つけたら、手に入れたくなるだろう。そうすると私の荷物はまた増えて、大変なことになること間違えなしなのだ。それでなくとも既にポルトガル各地の塩を3袋、つまり3キロも購入して困ったことになっているのだから。よく見れば先ほど此の道に吸い込まれて行った人達は皆ここが目的だったらしく、本を手に取っていたり、早くも店主に値段の交渉をしていたり。こうした店主との会話がまた楽しいのだ。今回この楽しみには参加できないことを残念に思いながら、私は古本屋市を後にして、その先のカフェを目指した。細い道を通り抜ける涼しい一筋の風。強い日差しを逃れるような日陰。素敵な場所だった。

今日は相棒の為にリスボンから持ち帰ったワインの栓を抜いた。相棒が白ワイン、白ワインと昨日から騒いでいるからだ。奮発して購入したので期待はしていたが、此れほどとは思わなかった。アレンテージョのワインはやっぱり赤でなくちゃ、なんて誰が言った。この白もなかなかのもので、おかげで留守番していた相棒の機嫌は上々。うちの中にポルトガルの風が吹き抜けた。




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本当に美味しいもの

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イタリアの夏野菜は本当に味が濃くて美味しい。太陽の恵みを一身に受けましたと言わばかりのに。調理法がシンプルであればある程、その旨みを堪能できる。どの野菜も好きだけど、夏場はダッテリーニと呼ばれる小さなトマトを切らすことが出来ない。ぴちぴち新鮮なのはそのままサラダにして食べればいいし、少し熟したものはザクザク切り刻んでオリーブオイルと大蒜とバジリコでさっと煮込むだけで飛び切り美味しいパスタのソースになる。お皿に残ったソースをパンで拭いて食べたくなるほどだ。こんな美味しいものがあるなんて、アメリカに居た頃は想像もしていなかった。一頃、一緒に暮らしていたブリジットが、貴方は本当に美味しいものをまだ知らない、といってピンと立てた人差し指を小さく左右に揺らしながら言った時のことをたまに思いだす。彼女はもう居ないから、それが何を指していたのかを訊くことはできないけれど、此のことだったのかなあ、などと想像してはあの頃に思いを馳せる。

彼女はフォルテ・デル・マルミ出身のお嬢さんだった。美人でスタイルが良いから子供の頃から周囲からちやほやされていたのだろう、自分の美貌に自信がある女性だった。イタリアから大西洋を渡ってNYへ行くが、水が合えわなかったのだろうか、直ぐにサンフランシスコへと住居を移した。ここで彼女はフォトモデルになろうと様々なエージェントを回ったそうだ。うまく行ったのか行かなかったのかは分からない。ただ、一枚の写真だけが残っている。彼女が、トルコ人の男性が運転するVESPAの後ろに跨って後ろを振り向いた瞬間の写真。20代前半だったに違いない彼女はきらきらしていて、人の目を惹くのに充分だった。彼女は恋多き女性で、しかも美人ときているからどの恋も実り、常に男性が周囲に居て華やかだったが、本当の本当の恋人は、あの写真に写っていたトルコ人男性だった。心の恋人と言ってもよかった。私と相棒の結婚を機に彼女が隣のフラットに引っ越すと、彼は足繁く出入りするようになったのでよく覚えている。オカッパにした黒髪に細いヘアバンド、濃い顎鬚、じっと見られたら怖いほどの大きな黒い瞳。互いに相手を美しいと思うと同時に、自分こそが美しいとも思っていたふたりで、不似合と言えば不似合、しかし大変な似たもの同士だと言うのが相棒と私の感想だった。ところで彼女は政治的な話ばかりする硬い父親が嫌いだったが、本当を言えば母親が嫌いだった。だからアメリカに飛び出して来たと、教えてくれたことがある。彼女が病で突然空の星になった時、彼女の両親がアメリカにやって来た。彼女が嫌っていた両親が彼女が可愛いばかりにあれも駄目、これも駄目としばりつけて育てたことを後悔しながら涙を流した。その両親の頼みで、私達が借りた引っ越し用コンテナに彼女の物も積み込むことになった。引っ越ししてから2か月ほど経つと、コンテナが到着した。その中から彼女のものを積み込んで、私達はボローニャからフォルテ・デル・マルミに車を走らせた。1995年7月のとても暑い日で、ボローニャからやってくる私達を彼女の母親はご馳走を作って待っていた。あなたはイタリアに暮らし始めたばかりだから、イタリアの本当に美味しいものはまだ知らないでしょう? その言葉がブリジットの言葉を思いださせて、私を泣かせた。この母親あってのブリジットだった。彼女が母親を嫌っていたのは似たもの同士過ぎたからなのかもしれない。そして父親の方は娘がいなくなってから政治はあまり重要でなくなったと言った。議論もしなくなった。そんなことは大切ではなくなった。家族が元気でなんぼ。そういうことに気が付いたのだそうだ。その晩私達は彼らが所有する海からすぐ傍のアパートメントに泊まった。翌朝アパートメントを後にして、ボローニャへと車を走らせながら見たフォルテ・デル・マルミの海の淡い青が美しくて、印象的だった。あれからあの場所には行っていない。いくら海が美しくても、いくら有名な夏の海の街でも、ブリジットの居ないフォルテ・デル・マルミに行くのは何となくいけないような気がして。

夕食時の冷えたスパークリングワインが美味しい。赤ワイン派の私も、夏場だけは白にぞっこん。シューっと喉越しが涼しくて、食欲をそそる。一頃暑くて食欲が低下していたけれど、やはり食事は大切。夏バテしないためにもキチンと頂く方がいい。そのためのスパークリングワイン、と語る私に相棒が呆れて笑う。そんな理由は付けなくてもいいよ、好きなら好きでいいじゃないか、と。さあ、今夜も乾杯だ。




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旅にでたい

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朝から蝉が賑やかだ。夏であることを聴覚的に知らせてくれる蝉の声。視覚的には空の色、草木の鮮やかな色、丘の色。そして肌が感じるのはねっとりとした暑い風。山の天気は変わりやすいというけれど、どうやらアペニン山脈あたりで雨が降ったらしく、そちらの方角の空が黒い。そして黒い空の方角から吹いてくる風の湿度の高いことと言ったら。本当ならばそれほど暑くない今朝だが、湿度が加わり不快なこと、不快なこと。そして時折響き渡る雷の音。私達はこの雷の音にとても敏感だ。少し前に大きな雹が降り、多くの車がダメージを受けたから。ガラスが割れたり車体が傷ついたり。エミリア・ロマーニャ州だけでも相当数の車が被害を受けたらしい。喜んでいるのは車の修理工。悲鳴を上げているのは車の所有者。財布から出ていく大金に溜息をつく。自然が相手だからどうしようもないことだと誰もが知っているけれど、そういう訳で雷が鳴り響くと、皆、神経をピリピリさせて願う。雨よ、降るなら降るが良い。でも、雹はお断り、と。

イタリアでは州ごとに夏、冬のサルディの開始日が決められている。ボローニャを含めて多くの街は昨日がその日に当たり、随分な人が街に繰り出したらしい。隣人は裕福なのでサルディなど利用しないのかと思えば、そんなことはないわよ、と言いながら沢山の名の知られた店の紙袋を手に車から降りてきた。こんなに沢山良いものを手に入れたわよ、と言ってご機嫌な彼女。そんな彼女はカタログで見た新しい型の鞄を求めて妹と店に行ったら、これはまだパリにしか置いていないと言われて、その足で空港へ、そしてパリへ行って鞄を買って帰ってきたという伝説のような話を生み出した人。だからサルディを利用すると知って、ふーん、彼女も普通の女性なのねえ、と一種の感動を覚えた。と、もう一台の車が到着。これは娘の車だ。彼女の方も沢山の紙袋を後ろに積んでいて、その量の多さは母親の比ではない。楽しそうに声を交わす母親と娘。どちらも大変なお洒落さん。お洒落などしなくても大変美しいが、その美しさを引き立たせるものを選び出す能力に長けていると、私は彼女たちに会うたびに思うのだけど、彼女たちは随分と沢山の良いものを見つけたものだ。傍らに居ながら一言も声を発さない家長。どうやら彼はこの手のことには関心はないらしく、目を丸くして買い物の量の多さに驚くばかりだった。サルディは、女性の為に存在するのかもしれない。
さて、私はと言えば、この夏に限ってはとても控えめ。欲しかった鞄はサルディ対象外となり、したがって急ぐ必要が無くなった。其れよりも旅をしたい。旅に出たい。旅をしよう。私の関心はそちらにばかり向いている。恐らく毎日の単調な生活に飽きたのだろう。恐らくいつもと違うものを見て、何かを感じ取りたいのだろう。其れも後ひと月の辛抱。旅行カバンの中身を用意するのは、例のごとく前日の夜に20分足らずで済むとして、私の頭の中を占領しているのは、7年振りに訪れるリスボンの街。私は妙なことに記憶力が良く、ツマラナイ小さなことや道の名前、道の様子、色合い、その時に聞こえた音などを克明に覚えている。ところがここ数年、記憶の引き出しが満杯になってしまったのだろう、ボン!と破裂したかのように、色んなことの記憶が飛んでしまった。例えばリスボンの街の様子。あの角を曲がるとあそこへ行けて、若しくは、此の道を言ったところであの景色が目の前に広がり、と言ったことを思いだそうとしているのだが、頭の中の何処をつついても出てこない。ははあ、すっかり忘れてしまったなあ。我ながら潔い忘れ方で笑いが零れる。ならば良い。初めて行く街だと思えばよい。勿論、初めての旅のような新鮮さはないだろうけれど、地図を片手に歩いたり、若しくは地図を持たずに大いに迷うと良いだろう。そう思ったらがぜん楽しみが増えた。行きたいのは近くのお役所の職員が昼時に利用する、安くて美味しい、英語など全く通じない定食屋さん。あの店が今も在るのかは分からないが、探してみようと思う。それから店先で鳥をひたすら焼いている定食屋さん。日曜日だったあの日は近所に暮らす家族が連れだって食べに来ていたから満席で、やっと作って貰ったカウンターのひと席に着いて、汗をかきながら焼き立ての鳥をピリピリソースにつけて食べた。とんでもなく美味しくて、相棒に食べさせてあげないなあ、と思ったことは覚えているけれど、あの店が何処だったかは思いだせぬ。あの辺じゃないかとは思うけど。と言う私に、相棒は笑って言う。何だ、食べることばかりだな、と。あはは、本当だ、と私も笑う。でも、美味しい食事のある街は楽しい。楽しく食事が出来る街は、楽しいのだ。

夏季休暇まであとひと月。こんな嬉しいことってあるだろうか。




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記憶のかけら

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木箱の蓋を開けたら思いがけない物を見つけた。アメリカの海岸で拾った艶やかな丸い石。相棒が引っ越しの時にこの箱に詰め込んだのだろう。他の人には馬鹿げたものでも相棒と私には思い出深く、どうしたって捨てることなど出来ない物のひとつ。記憶のかけらみたいなもの。

東京の小さな家に暮らしていた頃、棚の中にカメラがあった。それは今で言うカメラとは随分と姿が異なり、写真機と呼んだ方がしっくりくるような、そんな感じのものだった。黒と銀の二色で構成されたそれは、手に持つとずしりと重かった。機体は茶色の革のカバーで覆われていて、父と母がそれを大切にしているのが窺えた。父が写真を写すこと、何かを写真に残すことを好んでいたようだ。その証拠にうちには沢山の写真があった。姉と私が成長する過程や、母と父の若い頃の様子。それから時には家族で写真屋さんに写真を撮りに行った。一番覚えているのは私がやっと歩き始めた頃の写真。黒いベルベットの、恐らく母が縫ったに違いないワンピースを着て背の高い椅子に座っていた。襟元にはレースの襟が縫い付けられていて、これも母の手製に違いなかった。その横には姉がいて、私達は、じっとして、動かないで、と言われたのだろう、身体を固くして表情までもが硬かった。そんな風にして両親が私達の様子を写真に残してくれたことを有難く思う。ただ、その有難さに気付いたのはごく最近のことだ。それらの写真は今何処にあるのだろう。今も母の手元に在るのかどうかは分からない。あればよいと思うけれど、無くても母を責められまい。ところであの写真機は東京から田舎に引っ越してからもうちにあった。何時まで使っていたかは思いだせないけれど、かなり活躍していたことは確かである。新しいものに目がくらみやすかった私と姉には単なる鉄の塊でしかなかったけれど。その写真機も何処にあるのかわからない。恐らく何処かに置き去りにされたのだろう。父が亡くなり、母が独り暮らしには広すぎる家を売り払う時に多くのものを寄付したと聞いたが、その中に混じったのかもしれない。何の機種だったかも覚えていなければ手触りさえも思いだせないが、多分私の写真好きはあれが原点だったかもしれない。父譲りと言うことになるのだろう。私は父から他にも譲り受けたものがある。文字好き。読み書きするのが好きといった、地味な父からの贈り物だ。地味だった父らしい、しかし素晴らしい贈り物だ。今頃になってその素晴らしさが分かるようになった。まだ父が生きていたら、ありがとうと言いたいのに。もっと早く気付けばよかったのに。

雨はまだ降り続く。明日も雨、明後日も雨。雨降りを楽しむ術を知りたい。昔、階下のアンバーという名の少女は雨の中で踊るのが好きだったけれど、他に何かないだろうか。例えば雨の写真を撮るとか、例えば雨の歌を書くとか。




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