姉と一緒に湖
- 2024/03/16 18:11
- Category: 小旅行・大旅行
姉と宮沢湖へ行ったのは、父のお墓参りの後のことだ。晴れているが冷たい風の吹く日で、冬のコートを着ていても寒かった。こんな寒い日にお墓参りを、そして宮沢湖の散策などしなくてもと人は言うけれど、何しろ私には限られた時間しかなく、雨だろうと風だろうと雪だろうと、待ったなしだった。ボローニャではありえないことである。私にとっては雨も風も雪も、家に籠っていたい理由になるのだから。
姉と電車に乗るのは昔から好きだった。子供の頃から姉とふたりで電車を乗り継いで叔母達の家に行ったものだ。難関は幾つもあったが中目黒から電車に乗れば、あとは目を瞑っていても間違えることなどなかった。思春期の頃は姉と美術館に通った。そして大人になっても私は、姉と何処かへ行くのが好きだった。姉からすれば私は疎ましい存在だったに違いない。特に子供の頃。4つ年下の私を連れて歩く大きな責任を感じていたに違いないのだ。大きくなってからはどうだろう、と思う。私の存在が疎ましくなかったなら良いと思う。今の私達は色んなことを潜り抜けて、とても良い関係になった。だからこんな風に電車に乗って何処かへ行くことがとても愉しいのである。
宮沢湖の存在は今まで知らなかった。私は何時の頃からか水辺が好きで、海辺もそうだけど湖もとても好き。例えばドロミテ辺りの湖とか、例えば南オーストリアの湖とか。でも沼や湿地帯が好きになれないのは、昔見たアメリカ映画のせいだ。湿地帯、沼地に大きなワニが潜んでいる。そしてあのワニ達に嚙みつかれたら最後。あの映画のせいで湿地帯や沼地に近寄れなくなった。だから姉に宮沢湖へ行こうと誘われた時は嬉しかった。湖の周りを歩くなんて。こんな素敵なことはない。
湖の周りを歩きながら色んな話をした。まるで離れていた時間を埋めるかのように。何時か私達姉妹がこんなに沢山の言葉を交わすことになるなんて、もう空の住人になった父は思いもよらなかったに違いない。私はいつも自分のことで精いっぱいだけど、姉は姉なりに私のことを考えていたようだ。これまでのことと言うよりは、これから先のことを。それが私には有難くて、零れそうになる涙をこらえるために時々湖の方を眺めるふりをして、この湖はなかなか良いね、などと言ったものだ。湖の周りを歩きながら私は知ったのだ、幾つになっても私は母にとって小さな娘であるように、幾つになっても私は姉にとって守りたくなる妹であること。
どれほど歩いただろうか。足が痛くてこれ以上歩けそうにない、奥多摩の御岳山に行った時ほどではないけれど、なんて笑いながら電車に乗って帰ってきた。あのくらいで足が疲れるなんてねえ。次に会う時にも散策を楽しめるように、健康でなくては。
目を覚ましたら相棒と猫がいた。そうだった、昨日ボローニャに戻ってきたのだ。いつも長く感じる飛行機の旅は、今回も例に漏れずとても長かった。行きは勿論のこと、しかし帰りは更に長かった。何しろアラスカの上を通るというのだから。日本からドイツまでの旅は14時間、そして私には更なるボローニャへの旅がある。何時までこんな長旅が出来るだろうかと時々思う。しかし、此の長旅抜きでは帰省できないのだから、全く悩ましい。
日本に居たことが夢だったように思える。短い短い帰省だった。そうかあ、もうボローニャなんだなあ。