骨董品の街

DSC_0066 small


間違えて到着したアレッツォ。事前の街の知識は全くなかった。其れに酷く空腹だった。既に14時近くだし、何処へ行けばよいのかわからないし、空腹だしで、私の機嫌は明らかに良くなかった。旅先でパニーノを齧る昼食が嫌いだ。少なくともイタリアでは。美味しいものがこんなに沢山ある国で、しかも楽しい小旅行で、わざわざパニーノを齧るなんてナンセンス、というのが私の理論だ。しかしである。時間が時間。大抵、店はこの時間帯の客を喜ばないどころか、入店を拒むもことすらある。歩き始めてすぐに良い感じのレストランの前を素通りしたのはそういう訳だが、相棒が私を引き留めた。此処はなかなか良さそうだから入ってみよう、と。店の人に訊いてみたら、時間的には全く問題ないとのことである。高そうなのが引っ掛かったが、折角だからと店の人に薦められた、中庭の見える明るい席に腰を下ろした。ピークの時間帯が過ぎているせいか、客は少なかったが、客層がとても良い。やはりこの店は高いのだろうと思いながらも、パニーノを齧るよりは断然良いと思って腹を決めたところ、貰ったメニューを見て驚いた。と言うよりは目を疑ったと言えばよいか。全体的にボローニャよりぐっと安い。おかげ安心して好きなものを注文することが出来た。パスタは店の奥で手打ちしているらしく、特にタリアテッレの仕上がりにうるさい私も唸った。素晴らしい、と相棒と感動していたら店主が横を通りかかり、ほら、あそこに居る黒い巻き毛の女性が手打ちしているんだよ、と教えてくれた。24年パスタを打っているベテランさんだそうだ。相棒も私もご機嫌で、またこの店に来たいものだと話しながら店を出た。間違えて到着したアレッツォだけど、出足好調と言って良いだろう。

空腹が満たされると人は機嫌が良くなるものだ。先ほどまでの不機嫌が直ると、見るものすべてが素晴らしく見えた。アレッツォの月に一度の骨董品市は有名も有名だが、此れほど沢山の骨董品店が存在するとは驚きだった。昔、私がボローニャに暮らし始めた頃、ボローニャの旧市街には驚くほど沢山の靴屋が存在したものだが、アレッツォでは骨董品屋がそれにあたる。そして絵や額縁、骨董家具の修復工房も。こうしたものが好きな私達には実に魅力的な街。一軒一軒に足を止めていたら、いくら時間があっても足らないだろう。教会に入ったり、路地を歩いたり、骨董品屋の前にかじりついたりしているうちに時間が過ぎてしまった。路上駐車の制限時間がとっくに過ぎていて、はらはらしながら車のもとへと歩いたつもりが、道を間違えてぐるぐる歩き回った。人に道を訊ねるのが嫌いな相棒が通りがかりの人を捕まえて訊ねるほどだ。彼もかなり焦っていたに違いない。ブダペストならば時間切れ直後に駐車違反の券が切られるところだが、さて、この街ではどうだろう。30分もオーバーしたが、運よく駐車違反の罰金は免れたようだった。運がいい。運がいい。そう言ってボローニャへの帰路についたが、私達の運はそれまでだった。帰りも道を間違えて、暗い夜道を走る大変な旅になった。

だから相棒は、たとえアレッツォが気に入ったにしても、暫くは行きたくないに違いないと思っていたが、そうでもないらしい。それにあの店でまた昼食をとりたいそうだ。珍しいこともあるものだ、相棒がそんなことを言うなんて。ということで、冬が来る前にもう一度足を延ばすことになりそうだ。今度はもう少し知識を持っていこうと思う。アレッツォの歴史を知ったうえでの散策は、もっと興味深いに違いないから。




人気ブログランキングへ 

魅力のひとかけら

DSC_0071 small


ボローニャから車を南に走らせた。一昨日のボローニャの祝日のことである。南と言ってもそれほど南ではなく、目的地はトスカーナ州のサン・ジミニャーノ近郊である。其処に気に入りの店があって、自然を満喫しながら車を走らせ、丘の上で美味しい昼食を楽しみ、時間があればその近くの町に立ち寄り散策、というのがその日の計画だった。

高速道路に乗った途端に目に入った。フィレンツェにほど近い辺りで渋滞が発生しているとのこと。しかし其れも私達が行く頃には解消されているに違いないなどと思って車を走らせていたところ、トスカーナ州に入らにうちに前方に長い列が出来ているのが目に入った。それで高速道路を降りた。其処から高速道路にほぼ並行して存在する山道を行けばよいと思って。しかしまあ、地図とは違って何と入り組んだ山道であることか。休憩しようと思いながらも幾つものバールをやり過ごしたのは、車をとめる場所が見つからなかったからだ。アペニン山脈に点在する小さな町もしくは村の中心にあるバールは活気があって興味をそそられたが、道が曲がりくねっているうえに細いときているから一時駐車をすることすら叶わなかったのである。そうしているうちにトスカーナ州に入り、細い道をひたすら下った辺りで、ようやく車をとめるスペースを見つけ、その前にある店に入った。バールというよりは、トラットリアにおまけのように付けられたカッフェのスペースだった。店はまだ準備中だったが、女主人が快く受け入れてくれた。但し、カッフェを淹れるのが担当の娘がまだ来ていない。先ほど遅刻の電話があったそうだ。だから私が淹れるのでも良いならばと女主人は私達にウィンクを投げて準備を始めた。本当はこの道を行く予定ではなかったが、酷い渋滞が見えたから高速道路を降りて只今南下中なのだと何気なく私が話し始めると、女主人は、うん、と大きく頷いて、それは賢い選択だった、今朝大きな事故があって2時間経つ今も大混雑なのだと言った。成程、成程と話しているうちに、女主人は急に話をかえた。あなた達、何処からきたの。ボローニャよ。あら、私は此処に住んでいる男性と結婚したんだけど、生まれも育ちもボローニャでね、と彼女は喜び、この辺りで作られている小さな菓子をふたつ差し出した。この店にはフィレンツェ辺りの人が沢山来るにしてもボローニャから来る人はあまりないと言う。嬉しいわねえ。ボローニャからのお客さんなんて。女主人はそう喜んで次から次へと話したがったが、そのうち奥から大きな息子が出てきて、かあさん、そろそろ料理の準備を始めないと言ったところで、私達のお喋りサロンは解散となった。また来るから。今度は美味しい料理を食べに。そう言って私達は店を出て、再び山道に車を走らせた。
ところがである。一体何処で間違えたのか、フィレンツェ近郊から西に車を走らせるところを、気付いたら南東に位置するアレッツォに来てしまった。車にナビはついているが、それをうまく使いこなせない私達は、旧式に紙製の地図を指でなぞってのドライブの旅なのだ。つまり、地図を読んでいた私のせいということになる。其れも運命。訪問したいと思ったことは今までなかったけれど、何しろ来てしまったのだから楽しむのが良い。何の知識もないから、本当に散歩程度ではあるけれど、私達が見たアレッツォ旧市街は美しく、どうしてもっと早く来なかったのかと何度も同じ言葉を交わした。同じ古い街でもボローニャとは色も街並みも雰囲気も聞こえる音も違う。沸き起こる興味が私を掻きたてて止まらなかった。ロベルト・ベニーニ監督主演の映画にLa vita è bellaがあるが、その映画の舞台になったのがこの街である。そう言えば映画に出てきた街並みと相重なり、この街で映画を撮った理由が分かるような気がした。この街は、美しい。フィレンツェもヴェネツィアも美しいが、アレッツォの美しさは地味で深みがあって、ひとつひとつに足を止めてじっくり見入りたくなるようなものだ。街の人達が古いものを大切にしているのが窺える。其れも私が好きになった理由かもしれない。山道を下ったり道に迷ったりでだいぶ時間を取られた私達にはあまり時間が無く、ほんの一部分だけを見ただけで帰路につくことになった。街の中心の大きな広場にすら辿り着けなかったのは、小路を歩きながら観察したり、点在する教会に入ったり、道端で知らない人達とお喋りをしたせいだ。しかし其れもよし。この街に秘められた魅力のかけらをひとつ拾った気分でボローニャに帰ってきたが、帰りも道に迷って散々時間がかかった。昔の私達ならば、こんなへまはしなかった筈。ほんの少し自己嫌悪した晩だった。
7時間運転した相棒はさぞかしくたびれたことだろう。7時間地図と行く先々の標識に目を光らせていた私も大変疲れた。そういう訳で翌朝はふたりとも疲れていたという訳だが、しかしたまには遠方に足を運ぶのは楽しいことだと言うことを相棒が思いだしたのが嬉しかった。疲れたと言いながらも近いうちにまたアレッツォに行こうと言う相棒。彼は相当あの街が気に入ったらしい。次は電車で行こうか。それとも車で、しかし一晩宿をとるのもよいだろう。そうすれば、夕食時に美味しい食事とワインを堪能できるから。

秋晴れのトスカーナ。夕方の赤い空。暫く忘れられそうにない。




人気ブログランキングへ 

美味しい水

DSC_0122.jpg


ボローニャに戻って数日が経つ。旅行鞄も片付けたし、持ち帰った諸々のものもあるべき場所に納まったし、洗濯もアイロン掛けもすっかり済んで、自分が思いだしさえしなければ旅に出ていた跡のひとつもない。相棒と留守番をしていた猫は、2日ほど機嫌を損ねて遠巻きに私を眺めていたけれど、今はいつも通り。何もなかったかのように、私が歩けば足元に絡みつき、ソファに座れば寄り添って寝転がる。いつもの普通の生活だ。違うのは、まだ私の夏季休暇が終わっていないこと。この長閑な生活をあと数日楽しめるのかと思うと、やたらと笑みが零れる。オスロは早くも秋の気候だったが、ボローニャの暑さはまだ続く。勿論涼しい風が家の中を取り抜け、数週間前とは蒸し暑さとは違うことを感じるけれど、9月末頃までは半袖姿で過ごすことになるだろう。

オスロという私にとって未知の街へ行って知ったことのひとつは、野菜や果物の多くが国外で収穫されていることである。ボローニャのように旧市街に食料品市場界隈のようなものは存在しない。住宅街にしても、うちの近所にあるような青果店に匹敵するような店はないようだ。大小異なるスーパーマーケットのようなところで、綺麗に陳列された、食べ頃特有のいい匂いはするのだろうかと疑いたくなるような行儀のよい優等生のような青果を購入すると知り、拍子抜けだった。ボローニャにもスーパーマーケットは存在するけれど、青果類は小さな店で、国産品を店の主に美味しいのを選んで貰うのが好きな私だから、これには大そうショックだった。とはいえ、国外から青果類が入って来ることに関しては、よく考えればわかり得ることだった。気候上、作物が育たないのだから仕方があるまい。そんな中、じゃが芋はノルウェー産が存在すると知ってほっと胸を撫で下ろした。海のある街には川もある訳で、訊けば海で釣りをするには許可は必要ないが、川釣りには許可が必要らしい。海へ行って鯖を何匹も釣った友人の話を聞きながら、青果は確かに国外からの輸入物だけれど、此処にはボローニャに無い沢山のものがあると、感心するのだ。人々は、時には郊外へ足を延ばして茸狩りをするらしい。成程、ならば店に置いてある茸も国産品なのかもしれない。どの街、どの国に暮らしても良い点あり、良くない点もあり、上手くバランスが取れているのかもしれないと思った。忘れてはならないのが水のこと。オスロの水道水は飲むことが出来るそうだ。それは友人から聞かされる前から分かっていた。何故ならば、手を洗った後、洗顔をした後、髪を洗った後の肌や髪のすべすべ感が素晴らしかったからだ。だからオスロでは水道水を飲むことが出来る、ミネラルウオーターを購入する必要は無いと聞かされた時には、やはりそうなのかと頷いたものだった。水道水が軟らかくて美味しいことに加えて、とても冷たいのも嬉しかった。それはまるで山の湧水のような感じで、水道の蛇口をひねるとそうした水をグラスに次ぐことが出来る贅沢を感じずにはいられなかった。
ボローニャのうちの水道水は飲んではならぬ。それは誰に教えて貰わなくてもこの街に暮らし始めてすぐに分かった。別に濁っている訳ではないけれど、硬質で、手を洗えばすぐに分かる。肌がカサカサになるほどだ。まあ、美味しい水が蛇口から出てこないけれど、地元の農作物を堪能できるということで、やはり良いことあり良くないことありで、世の中はうまいことバランスが取れているのだ。

バッファロー乳のモッツァレッラに熟れた匂いがプンプンする赤い赤いトマト。それからテラスに茂るバジリコの葉を数枚。一番搾りのオリーブオイルにポルトガルから持ち帰った拘りの塩。なんだかんだ言ったって、こんな食事を当たり前のように出来る今の生活が幸せ。当分はこの生活を楽しむことに専念したい。




人気ブログランキングへ 

明るい空、光る海。

DSC_0307.jpg


オスロに居る友人を訪ねるにあたり、流石に友人に会いに行くだけが目的では勿体ないと思い、本屋でオスロの本をパラリパラリとめくってみたところ出てきたのが海に面して建つオペラハウスだった。ミラノの歴史あるオペラハウスとは全く異なる、斬新なデザインで真新しい、鏡張りと言うのか、兎に角見たこともないような形の意表を突く建物だった。読めば屋根を歩けると言うではないか。屋根を歩けるオペラハウスなど、聞いたことも見たこともない。これだ。私はこれを見たい。そして私も屋根を歩くのだ。しかし雨が降れば滑りやすくなり危ないのではないだろうかとか、私のように高い場所が苦手な人は上まで行ったはいいが眩暈を起こして落下するのではないだろうかとか、本に載っている写真を見ただけなのにあれこれ心配が浮かんでは消えたものだった。しかし目的があるのは良いことだ。友人に会う。そしてオペラハウスの屋根を歩く。此れだけで充分、と本を閉じた為に、それ以外の重要な情報を得ることを忘れてしまった。例えば通貨、例えば空港から街の中心への行き方、交通網のことなど。

オスロ2日目は一日中雨だった。しかも横殴りの雨で、断続的に降る雨に私は溜息をつきながら、友人のアパートメントの窓から外を眺めるばかりだった。それでも少しくらいは外に出ようと、私は友人に連れられて近所の大きな公園を散歩して、しかし酷い雨が降る時は樹の下で傘を差しながら雨宿りをせねばならなかった。其れほどの雨で、こんな日のオペラハウスの屋根はさぞかし滑ることだろう、滑って転ぶ人がいなければよいけれどと、心の中で独りヤキモキしたものだった。3日目は雨が降ると言われていたわりには地面が渇いていた。早速オペラハウスへ行ったが、なんと、立ち入り禁止だった。屋根を歩くどころか立ち入り禁止のテープが貼られていて、オペラハウスの敷地に一歩とて踏み込むことが出来なかった。屋外での催し物の為、数日間立ち入り禁止とのことである。何と言う不運。この不運はその後も続く。友人と向かった小さな博物館は移転のため2020年まで休館、その近くの美術館も同様に休館と、行く先々に不運が待っていた。何故だ。旅行者の多い8月なのに。唯一の幸運は雨が降らなかったこと。空の神様が不憫に思って雨を降らせなかったに違いない。そういう訳で私は諦めたのだ。オペラハウスの屋根のことは。
明後日のこと。ボローニャへの帰宅を翌日に控えた夕方のことだ。バスの停留所で来ないバスを待っていたところ、見えたのだ、人が屋根の上に居るのを。あ、人が屋根を歩いている! 私と友人は大騒ぎしながら海へと向かい、光が反射して白く光るオペラハウスの前までやって来た。遠目にも見栄えがするが目の前で見ると美しいの一言に尽きた。私は基本的に新しい建物があまり好きではない。現代建築、近代建築よりも、古い歴史的なものが好きなのだが、これは好きとか嫌いとかを超越したもの、建物というよりは作品だった。オペラやバレエを鑑賞しなくても、この建物を訪れる誰もが屋根を歩くことで建物と交わることが出来るのは、全く素敵なことだと思った。こんな建物を考え出した人に拍手。私は思ったよりも滑らない、なだらかな傾斜がひたすら続く屋根を歩きながら感心した。自分の想像を超えたものが思いがけぬ場所に存在する。先入観を殴り捨てよう。これが私が好まぬ新しい建物ならば、私は新しい建物も大好きだ。

午後7時の空はまだまだ明るく、光る海を眺めながら、オスロに来て良かったと思った。私にとっての未知の世界はまだ沢山ある。重い腰を叩きながら旅に出掛けようよと自分に言い聞かせた。足が動く限り、目が見える限り、旅する元気がある限り。




人気ブログランキングへ 

カフェに行こう

DSC_0087.jpg


思うに、近年の私は好きな街、つまり少なくとも一度は足を運んだことのある、歩き慣れた気に入りの街にばかり行っている。別に悪いことじゃない。好きな場所には幾度足を運んでも飽きることはないのだから。だから、そういう点から言うとオスロは刺激的で、私の感性を大いに揺さぶった。初めての街。数日前まで居たリスボンや私が暮らすボローニャとは、似ても似つかぬオスロの街。機能的で合理的。空気ひとつにしても磨がれたような感じがしたのは気のせいだっただろうか。友人の話によれば、ノルウェーという国の人口の多くがオスロの街に集中しているのだそうだ。広い国土の多くが厳しい気候と共存していて、住むのに適していないということなのかもしれない。ノルウェーという国は福祉制度が進んだ国で豊かな国といった印象があるが、北海で石油が発見されてからは経済成長が著しいとのことである。ただし、同時に自然環境破壊、景観破壊の問題も抱えて居るらしく、一方的に喜ぶことはできないそうだ。其れもこれも友人からの情報。物事というのは一方から聞いて鵜呑みにするものではないと思うから、きちんと調べて理解することが必要だろう。今の私はこの国の情報や知識のかけらも持ち合わせていない。

ところでオスロと言う街はカッフェが面白いらしい。街を歩くと驚くほど沢山のカフェが存在して、外から眺めるだけでも楽しくなる。ただしこの街ではチェーン店の類のカフェが多いらしいから、ボローニャのバールとは類が違う。ボローニャではチェーン店のバールとカフェは存在せず、店ごとに味も雰囲気も異なるのである。ツバメのマークのカフェ。日本にもあるそうだ。何しろツバメが好きな私だ。ツバメのマークに誘われて友人と入ってみたら、なかなか居心地が良い。この街に暮らしていたら、こうしたカフェを訪ね歩くのが楽しいだろう、そんなことを思いながらカフェのテラス席に腰を下ろした。実を言えば店内の窓際に備え付けられたカウンター席に座りたかったのだが、椅子が高すぎて座ることが出来なかったのである。此の高さは、ノルウェー人を基準に作られたに違いない。イタリアにもこうした椅子はあるけれど、こんなに高くはあるまい。後ろ髪をひかれるような思いで、若しくは一瞬の敗北感を感じながら、空いているテラス席に腰を下ろしたという訳だ。欧羅巴の人達は寒い日もテラス席が好きだ。ボローニャでも、冬の晴れた日にテラス席に座る人達が居る。勿論、暖房が設置されている訳だけど、何もこんなに寒い日に外の席に座らなくてもよかろうに、と横を通り過ぎながら思うのだ。しかし、こうして座ってみると分かるような気がした。特に北欧羅巴のように凍り付くような冬が長い辺りでは、外に座るチャンスがあれば逃す手はない、幾ら空気は冷えていても空がこんなに明るいのだから、と言ったところなのだろう。何でも物事は自分の価値観だけで考えるものではない、と異なる文化を持つ国を訪れる度に教えて貰うのだ。だから旅は楽しい。

20度に満たないオスロの8月。歩いても歩いても汗を掻くことがない。ここ数年暑さが苦手になった私向けの街なのかもしれない。




人気ブログランキングへ 

Pagination

Utility

プロフィール

yspringmind

Author:yspringmind
ボローニャで考えたこと。

雑記帖の連絡先は
こちら。
ysmind@gmail.com 

フリーエリア

月別アーカイブ

QRコード

QR