石鹸屋さん

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仕事帰りに近所の石鹸屋さんに立ち寄った。エコロジーを歌うこの店には石鹸以外にも自然のスキンケア類やエコの洗剤、簡単な香水、それから害の少ない殺虫剤のようなものも置いていて、案外多くの人が此の店を利用しているようである。店の経営者の性格が良いからだからかもしれない。そんな風に常連客の多い此の店に、私は年に3、4度だけ足を運ぶ。いずれも店主が作る石鹸が目当てで、中でもラヴァンダとニームと呼ばれる石鹸が素晴らしい。年に数回しか行かないのは大抵まとめ買いをするからだ。今日もこれらの石鹸が目当てで店に立ち寄った。店の中ではラジオが流れていて、しかし随分の高音だった。先客が3人いたので待たされることになった。接客が丁寧な分だけ、待つ時間も長く、結局この高音のラジオから流れる軽快な音楽を10曲近く聴く羽目になった。昔から店主か軽快な音楽が好きで、中でも70年代終わりから80年代の音楽が好きだと聞いている。その点から言えば私と趣味が似ているのかと思うが、多分同じ世代だからと言うことなのだろう。今日は二匹の犬もいなければ店主の妻も居なかった。優しい感じの彼の妻は少し前に悪い病気を見つけたとの噂を耳にしたから、治療に専念しているのかもしれなかった。其れに店の此の高温の音楽も、もしかしたらば妻の病の心配を紛らわせるためかもしれないかった。ようやく私の順番が来ると、店主は長く待たせたことを深く詫びた。いいの、いいのと手をひらひらさせてから、彼の作った石鹸を指さして、これを家用に3つ、そしてこれとあれを贈り物に、と注文した。私は時々贈り物にこの店の石鹸を選ぶ。今時固形石鹸など使う人はあまり居ないよと相棒は言うけれど、そんなことは無い。たとえ液体石鹸を使う習慣のある人でも、この石鹸を一度使うと気が変わるのである。例えば私の姉も其のひとりで、帰省の時の手土産に石鹸を持っていったら、ふーん、最近こういうのは使わないけど、と気のない返事をしていたが、私がボローニャに帰って来た頃追いかけるように、使ってみたら凄く良かったと喜びの声が届いた。本当に此の店の手作り石鹸ときたら。恐らく店が不景気か何かで無くなるまで、飽きずに使うだろう。これからも年に数回足を運ぶのだ。
それにしても少し気になることがある。今日は店に数種類の石鹸しかなかったことだ。妻のことが心配で石鹸作りに専念できないのかもしれない。彼の優しい妻が治療に成功して、再び店に顔を出すようになれば良いと思う。また店主と彼の妻と二匹の犬が、まるで自分の家の中に寛ぐようにして私を迎えてくれる日を待ちたいと思う。

今日という日を終えて残り二日。あと二日働くと長い冬期休暇に入る。嬉しいなあ、嬉しいなあ。小さい頃からあと何日で夏休み、冬休みと指折り数えるのが好きだったけれど、ふふふ、全然変わっていない。こんな大きな大人になっても心の中は子供の頃のままだ。




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トリュフのチーズ

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昔は母がよく言っていた。お日様と競争、と。子供だった私は、一体何のことやらと思っていたが、ああ、此のことだったか、とこの頃よく思いだす。冬に入って雨が多くなり、洗濯を思うように出来なくなった。もっとも多くのものは乾燥機に入れてしまうけど、これだけは自然乾燥でないと、というものもある。そのひとつがジーンズで、少したりとも縮んで貰いたくない。思えばアメリカに居た頃は、ジーンズも何もかも大きな乾燥機に入れて乾かしたが、しかしあのジーンズはpre-shrunk、つまり生地を防縮加工してあるので乾燥機に入れても大丈夫、と言うのが販売員のトークだった。だから安心して乾燥機に入れて、何もかも一気に乾かすことが出来たから、冬場に洗濯物が乾かぬストレスなど存在しなかった。私はジーンズが大好きで、多少ながらの拘りがある。この年齢になってもジーンズなどに拘るのはどうかと思うけれど、生地の重み、程よい緩み、生地がすとんと下に落ちる具合とか、色合いも大変大切。だからジーンズ一本買うのに何軒もの店を回ることになる。妥協が出来ない。そうして拘って選んだジーンズが乾燥機などに入れて一瞬たりとも縮んで貰いたくないという私に同意する人も居れば、相棒のようにどうでも良いことだと笑う人も居る。兎に角、この週末は驚くほどの快晴で程よい風も吹き、洗濯日和であった。お日様、万歳。

先週、旧市街の行きつけのフランス屋からメッセージが届いた。待望のトリュフ入りブリーチーズが入荷。量が限られているので早くしないとなくなるよ、とのことだった。それは二週間前、店に立ち寄った時に今年はトリュフのチーズは入荷しないのかと訊いたから届いた知らせだった。近いうちに入荷するからと言われて楽しみにしていたのだが、先週と言う一週間は生憎体調が悪く、フランス屋に行く元気もなかったのである。昨日店の前まで行ったが、店の中も外も大繁盛だった。あの分ではトリュフのブリーは完売であろう。また一年待たねばならぬと思いながら店の前を通り過ぎた。それとも案外もう一度くらい入荷するかもしれない。数日中に立ち寄って情報を入手するとしよう。
パリに行ったのはもう4年も前のことだ。ホテルではなくサンルイ島のアパートメントを借りたのは、其の周辺の店で美味しいワインとチーズ、そしてパンを購入してのんびりと簡単な夕食を楽しみたかったからだ。サンルイ島を選んだのはほんの偶然だったが、あの場所を選んだのは幸運中の幸運だったといえよう。アパートメントから歩いて5分ほどの場所に小さな店を見つけた。食料品店と言えばよいのか、棚に様々な瓶詰や缶詰が並んでいた。しかしメインは選ばれたワインとチーズで、それ目当てに近所の人達が通う、そんな店だった。そこで36か月寝かせたコンテ、そして愕然とするほど美味しいトリュフ入りチーズに出会った。そして私はこのふたつのチーズの魅惑に落ちてしまった。もう一度あの店に行こうと思いながら先延ばしになり、そのうちあの店が閉まったことを人伝に知った。楽しいことやしたいことは先延ばしにしてはいけない、そういうことを身をもって知ることになった。あの店はもう無いのに、またサンルイ島に宿を取りたいのは何故だろうか。昼間はあれほど旅行者で賑わっているのに、夜になると音ひとつしないほど静かだからか。あの古い界隈が好きなのか。兎に角あの界隈に宿をとい、あちらへこちらへ足を運んで、美味しいチーズを探すのだ。近年、何故もこう、腰が重くなったのだろうか。でも、もう先延ばしはやめようと思う。さあ、来年は休みを取ってパリに行こう。勿論トリュフのある秋辺りに。ほんの少し寒くなった頃に。いつの日か、歩けなくなった時に、旅をする元気がなくなった時に、あれもしたかった、これもしたかったと悔いることの無いように。

クリスマスツリーのライトが美しい。猫も私も相棒も、クリスマスツリーが大好き。外は此れほど寒いのに、家の中が暖かいことに感謝しよう。僅かながらも分け合って美味しい食事ができることに感謝しよう。そんな風に感謝しながら、この美しい時期を家族一緒に堪能したいと思う。




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眩しい人達

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外に食事に行くのは嫌いではないが、いつの頃からか家で食事をするのが大好きになった。それまでは、どこかに食事に行くとなるとワクワクしたものだけど、そして自ら提案したりもしたけれど、最近は家でどんな美味しいものを頂こうかと考える方がずっと楽しい。と言っても料理の腕がいい訳でもなければ、多くの料理を知っているでもない私だ。他人が、えっ、と驚くほどシンプルなものばかりで、手の込んだものは大抵相棒が担当する。例えば魚料理などは圧倒的に相棒が上手く、私の出る幕もない。私はこれを幸運と呼ぶ。誰かが作る料理を頂くのは、驚きや感激も伴うから、自分の手料理よりもずっと楽しくて美味しいと思うから。ご馳走でなくたって良い。緩やかな時間、和やかで時間、そして肩の力を抜いてお喋りしながら頂く食事は楽しくないはずがないのだ。其処に美味しいワインがあればこんな嬉しいことは無い、という私の発言が世間に流出したらしく、良いワインが手に入ったからと言って友人知人から貰うことが多くなった。その多くはワイン農家のもの。粗削りなものもあれば実に繊細でよくできたものもある。商品ではなくて作品と呼ぶに相応しく、実際どんな高価なワインよりも有難い。
ワインにしても何にしても物を作りだすこと、生み出すことは素晴らしい。そして、そういうことに携わる人達にしても。生憎自分はそういう類の人間ではない。その分だけ、そうした人達を眩しく思う。

夕方、西の空が燃えるように赤く染まった。夕焼けは翌日の晴天の印。今週は、先週の分まで空が晴れるといいと思う。




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林檎を食べていたら間違いない

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私は林檎が大好きだった。私の林檎好きは幼少時代からのものだ。何しろ私の家族は大の果物好きで、果物が夕食の後に出てこない日などなかったと言いきってよいほどだった。母が食事を終えると果物を切ってくれた。春は苺、夏は桃やメロン、そして梨やテーブルに並び、秋になると林檎や柿だった。そのうち姉がその役割をするようになり、私が当時の姉の年齢になると私の仕事になった。何事も器用な母や姉と違って、私は何をさせても時間が掛る上に不器用だった。だから切り分ける林檎はどれも大きさが異なって、ガラスの大皿に並べられると滑稽でしょうがなかった。それでも家族が喜んでくれる。其れだけが励みだった。日本の林檎は本当に美味しかった。蜜が入っていて甘くて爽やかで。

アメリカへ行くと、そんな素敵な林檎は見つからなかったが、山積みの林檎を幾ら袋に詰め込んでも高くつかず、切り詰めた生活をしていた私には有難い存在だった。だから、朝から晩まで林檎を齧っていた。皮を剥いたり切り分けたりすることも無く、きゅきゅっと拭いて皮ごと齧りついたものだ。
ボローニャに暮らすようになると、舅が大の林檎好きだった。当時、舅と私は馬が合わず、互いに嫌っていた節があったけど、林檎が好きと言う点では互いの賢さを認め合い、ほら、いい林檎があったから君の分も買ってきたぞ、などと言って舅は私に林檎を分けてくれたものだ。林檎を食べていたら間違いない。医者にかかる必要もない。そう言いながら一緒に食卓で林檎を食べたものである。そのうちイタリアで日本の林檎が手に入るようになった。いや、それには語弊がある。日本の種類の林檎、ふじが手に入るようになったのである。当然北イタリアで生産されているイタリアものだが、あの軽やかな歯触りといい、爽やかな味といい、いい匂いといい、確かに日本の林檎、ふじだった。当初、舅はそれが気に食わず、ふん、日本の林檎なんて、と見向きもしなかったのだが、何処かで林檎をご馳走になり、何だ、とんでもなく美味い林檎だが何と言う種類の林檎で? と訊いたところ、私が美味い美味いと騒いでいた日本の林檎ふじだとわかり、ある日袋一杯にふじを買って持ってきた。いやあ、何でも食わず嫌いはいけないね。こんなにうまい林檎があったなんて。舅はばつが悪そうに、そして照れくさそうに言ったものだ。舅が10年以上前に他界すると、少しづつ私の林檎離れが始まった。別に林檎を食べていたのに舅が他界したのが林檎離れの理由ではない。舅のように長く生きていれば色んなことがあるのだから、林檎に罪はない。美味しい林檎が手に入らなかったからだ。昨年は一度も林檎に手が伸びなかったが、今年は毎晩林檎である。この夏、果物を購入する店を替えた。数年通った店から僅か5分ほどの場所に、バングラ人の若い夫婦が営む小さな店があって、此処で思いがけず美味しい、本当に美味しい林檎ふじを手に入れたのである。林檎をあまり好まない相棒ですら、此れは美味いと言って次から次へと手を差し出す。つまり、もっと頂戴、と。
近年元気のない相棒と私だ。この冬は林檎で乗り切ろうと言う作戦である。空の舅も喜んでいることだろう。林檎を食べていれば間違いない。医者にかかる必要もない、と。

今日の午後は散々雨が降った。こんなに降らなくてもいいじゃないかと思うほど。どうやらイタリア全土に渡っての悪天候らしい。あまり降り過ぎて土砂崩れなどが起きなければよいけれど。何事も程々が良いと思う。雨にしても、暑さにしても、寒さにしても。窓辺に佇んで雨降りを眺める猫の様子が淋しそう。雨が降っていたら、リスも鳥もハリネズミも遊びに来ない。




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寄り道

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昔、こうした店に通ったものだ。通い始めたのはアメリカの頃。グラスや皿を手に入れたくて。どんなものでも良かったわけではなかったから、行っても何も買わずに店を出ることも多かった。その代わり気に入るものがあると話しが早く、考える間もなく手に入れた。時には店の人に値段の交渉をせねばならぬこともあったけれど、そもそも当時の私の英語はあまりにつたなくて、交渉は失敗に終わることが多かった。あれから28年が経つが、今もあの頃手に入れたものがうちに在る。食器棚に並んでいて、時々食卓に登場する。そんな時、私は思いだすのだ。あの当時の自分。周囲の人達とうまく話しが出来なかった自分。私が一緒に住んでいた友人は、その点私と正反対で、英語が堪能で、周囲の人と話をする才能のある人だった。私はそんな彼女が羨ましくて、彼女のようになりたいといつも思っていた。あの頃は、いつか自分がこんなにお喋りになるとは想像もできなかった。そうして分かったのは、言葉が出来るとかできないとかが問題なのではなくて、どれだけ人と話をしたいかと言うこと。其れに気付いたのはイタリアに来てからだから、それだけでもここに来たかいがあったというものだ。ポルティコの下の店を外から眺めながら、昔のことを思いだした。次回は中に入ってみよう。もう皿もグラスも必要ないけれど。

日が暮れるのがいきなり早くなり、戸惑っている。帰り道は夜のように暗く、そして随分冷え込んで、季節が駆け足で先に進んでいるのを実感する。仕事帰りの寄り道がしにくい季節。家にまっすぐ帰りたくなる季節。




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