山の家族

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Ferragosto (聖母被昇天祭)の今日は周囲が静かだ。だいたいこの時期は夏季休暇の真っただ中のことが多く、ボローニャに暮らしてはいるが自分の両親が他州に暮らしている人達は、家族のもとへと帰る。日本のお盆みたいなものと言ったら分かりやすいだろうか。私が暮らすアパートメントは生まれも育ちもボローニャという人が多いので里帰りみたいなものは無いけれど、郊外の山に家を持っているから、8月という時期はそちらの方で過ごすことが多く、何時だって私と相棒が見張り番みたいな役目をする。別に頼まれている訳ではないけれど、しかし留守の家族が多いならば自然とそんな気分になるものだ。夏は要注意。留守を狙う悪い人達が居るから。この界隈ではそんな話は今まで聞いたことはないけれど、用心するに越したことはないだろう。

Ferragosto、昔は山に住む友人家族に誘われて、一日中其処に居ることが多かった。爽やかな山の空気が嬉しかった。日差しは強いが木陰は身震いするほど涼しくて、薄いセーターなどを着たものだ。午後も4時を過ぎる頃には、大きな胡桃の木の下にテーブルや椅子を置いて、アペリティーヴォを楽しむのだ。捥ぎたての熟れた大きな無花果。自家製の生ハム。そして此れも自家製のワイン。洒落たセッティングも何もないし、ワイングラスなどではなくて単なるガラスのコップだけど、どの洒落た店でのアペリティーヴォよりも美しく心地よかった。胡桃の木の影が建物に映る様子がまるで古い映画みたいで、君はこんなアペリティーヴォだけど好きかい、と訊かれて、こんな素敵なのはどこを探したってないと答えると、家長は黙って微笑むのだった。午後4時にアペリティーヴォだから、夕食は9時過ぎだった。陽がすっかり暮れてから、というのが決まりで、家長が植物という植物に水撒きを終えて、洗いたての白い麻のシャツに着替えると、夕食が始まるのだ。どれも自分の家で収穫したものを使っての料理が並び、総勢20人近くが一斉にワインを注いだコップを高く上げて、Buon Ferragosto と祝ったものだ。しかしね、この肉は近くの山の肉屋から買ってきたものなのだよ。しかしね、このチーズは誰々のところから分けて貰ったのだよ。しかしね、この粒胡椒は注文してから随分とまたされて、やっと手に入ったものなのだよ。私は家長の傍に座らされて、そんな話を聞かされるのだ。でもね、一番美味しいのは、やはり、僕が作った生ハムだろう? 大抵話はそこに辿り着き、うん、全くそうだねと頷くと、話がうまく纏まるという具合だった。幾度そんなFerragostoを過ごしただろう。多分10回くらい。10年もの間、8月15日をあの山の家族と過ごしたというのか。本当の家族でもないのに、そんな風に扱ってくれた彼らに感謝の気持ちを今日という日に贈りたい。今は転々ばらばらになったあの家族と会うことはない。あの山の150年以上経つあの古い大きな石造りの建物も、広い庭も、納屋も、そして周囲一帯をぐるりと囲む栗林も、そのうち娘息子たちによって売られてしまうのだろう。山の生活なんて不便で嫌だと言ってひとり残らずボローニャの街中に移り住んでしまったから。6人も居る娘息子、誰一人として山に暮らそうとは思わなかったのだから。

今夜は満月だそうだ。天気が良いから美しい月を望むことが出来るだろう。この美しい月を、日本に居る母や姉も見るだろうか。台風が近づいているそうだけど。




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休暇の始まり

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日の暮れが少し早くなったようだ。8月とはそういう月。真夏だと言うのに、夜になると私達が夏を追い抜こうとしている、若しくは夏が私達の前を通り過ぎようとしているのを感じるのだ。このところの目の回るような毎日にピリオドを打つ。夏の休暇に入った。山ほどの仕事を終えて休暇に入ることが出来たのは決して自分の頑張りではない。其れもこれも周囲の人達の協力のおかげだ。こういうことは忘れてはいけない。私の休暇はそんな周囲の人達に助けて貰って得ることが出来た賜物なのだ。

夕食の後に家の片付けをして、あ、そうだ、荷物を作らなくてはと思いだして、先ほど15分ほどで簡単に済ませた。こんな簡単な荷造りだから、足らないものがあるかもしれない。旅先で困るようなこともあるかもしれない。其れでもいいさ。休暇に入ったこと、日常から脱出することが重要で、困ったらば行った先々で考えればいい。必要なのは健康と体力、そして好奇心。そうそう、パスポートも鞄に入れて。スーツケースの半分は空で、その空間に猫が入りこむ。行かせません、と言っているのか。いいや、一緒に旅に出ようと言っているのかもしれない。どちらにしても居心地よさそう。暫くそのままにしておくことにしよう。

今夜は風が涼しい。明日の晩はリスボンの夜風に吹かれるのか。そんな素敵なことってあるのだろうか。今夜は幸せな気持ちで眠りにつけそうだ。




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フランスの匂いがする女性

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爽やかな風が吹く午後。気温は勿論30度を超えているが、しかし何となくいつもと違う。ボローニャの、あの湿度の高くて重い空気ではなくて、夏の諦め、そんな言葉が似合うような乾いた空気が吹き抜ける。一昨日の雨が良かったのかもしれない。同じ暑くても乾燥しているとこうも過ごしやすいのかと感嘆する、そんな日曜日の午後。

先日のことだ。仕事帰りに旧市街の小さな店に立ち寄った。自分メンテナンスと言うか、兎に角、自分が気分良く居られるように手入れをして貰うための店である。昔は少しも関心がなかったこの類の店。そんなことは自分で出来るでしょう? そんなことにお金を使うなんて考えられないわ、と、そうした店に足を運ぶ友人知人を横目に思っていたが、近年は人にして貰うことが如何に楽しいか、精神衛生上如何に良いことか知って、時々気が向くと行くようになった。さて、予約のある時間に店に行ったが先客はまだ終わっていないらしく、個室は塞がっていた。それで入り口に入ってすぐの腰掛長椅子に座っていたら入り口のベルが鳴り、ひとりの女性が入ってきた。どの街もとは言わないが、ボローニャ辺りのある類の店では、ベルを鳴らさないと中に入れない仕組みになっているのである。中で働く人を守るため、そして中に居る客も守ってくれる。昔はそのシステムを面倒臭いと思ったが、今なら分かる、きちんと理由は存在するのだ。さて、彼女はこの店の常連客らしかったが、しかし予約があって来た訳ではなかった。奥の個室に居る娘を迎えに来たらしい。話の流れからそうと分かった。彼女は恐らく40代後半で、すらりと背の高い、美しい骨格の女性だった。この国の女性によくあるパターンで肌年齢はあまり若くない。もともとそうなのか、それとも太陽の光を存分に楽しむせいなのか、この年代の人達で、綺麗な肌をしていると感動させるイタリア人女性にはあまり会ったことがない。しかし肩につかぬほどの波打った金髪も、七分袖のワンピースも美しく焼けた肌を引きたてて、実に健康的な印象で眺めていて気分が良かった。私が一番感心したのは七分袖のワンピース。丈は膝より少し上で、陽に焼けたすらりとした足をとても美しく見せていた。布地は私好みのプリント地で、白地に濃いオレンジと鮮烈な緑。オーダーメイドしたとは思わないが実に似合っていて、丈も幅のゆとりも完璧だった。イタリアではあまり見かけないタイプの装いが、更に私を喜ばせた。店の人が彼女に訊く。休暇は何処へ行くのかと。私はイギリスから帰って来たばかりで、この後は少し田舎の家に行って過ごすが、娘はコルシカ島の家に行くのだと彼女は答えた。コルシカ島の家。それを聞いて納得したのは、彼女の雰囲気が少しならずともフランスの匂いがしたからだ。こういう人がいる。昔見た映画の世界は本当に存在するのだ。
60年代、70年代と、ミラノ辺りの実業家や貴族と称する人達がリグーリア州の美しい漁村に別荘を持つのが流行ったそうだ。地元の人達は慎ましい生活をしていて漁港もまた朽ちているのに、北の大きな街からやって来た人達が海を見下ろせる場所に大きな館を建てて、若しくは売り出された歴史的な館を買い取って年に数回其処で過ごす。そういうシーンが60,70年代に作られたイタリアの映画に出てくる。日本に暮らしていた頃は作り話、映画の為に作られた美しい世界なのだと思っていたけれど、本当にあるようだ。そう言えば私の周辺にもそうした人達がいて、まだ人が少ない筈だからサルデーニャの家に行きましょう、クリスマスはやはりコルティーナの家で過ごすのがいいでしょう? などと言う人達。
しかし、コルシカ島とは。コルシカ島に家を持つ彼女がいったい何者なのか、私の興味を掻きたててならなかった。ボローニャの人達は地元を好む人が多く、此の店に通うくらいだから、この辺りに住んでいるのだろう。其れならば納得がいくというものだった。この先の大通りに面した建物は、名のある人達が所有するものが多いと聞くから。伯爵家の末裔とか何とか。一度も働いたことの無い人達も多く、そんな話を耳にする都度そんな人達が存在することに驚かされるのである。と、奥から娘が出てきた。20代前半といった感じの、背の高い、はち切れんばかりの元気な姿の娘は母親の雰囲気とは大きく異なる。超がつくほどのショートパンツに短い丈のシャツ。コルシカ島に家がある幸運を彼女は知っているだろうか。それとも当然と思っているだろうか。もう少し大人になって自立などしたら、分かるのだろうか。それともこの娘もまた一生働くことなく、一生それが当たり前だと思って疑わないのだろうか。映画の世界は時として現実の世界をそのまま映し出しているから。そんなことを思いながら店から出ていく母娘を見送った。

ふと昔のイタリア映画を観たくなった。60年代、70年代の美しく描かれたイタリア映画。昔はスクリーンの右端に縦書きされた文字を読みながら観たものだけど、今ならそんなものに気を取られずに映画を堪能できるのだから。夏が終わったら、小さな映画館に古いイタリア映画を観に行ってみよう。私の知ら無いイタリアを沢山発見できるはずだから。




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誰も彼も休暇へと旅立つ

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昨夕の雨には驚いた。止んだと思った雨が威力を取り戻して、行く手の方角から横殴りに雨が吹き付けた。その風の涼し過ぎること、雨の冷たいこと夥しく、風邪を引かないようにと其ればかり考えながら歩いた。しかしそれも旧市街に行けば空の色は明るくて、足元がひどく濡れた人など居なかった。どうやら旧市街の雨はそれほど酷くなかったらしい。雨の跳ね返りで汚れきった白いスニーカーが恨めしかった。そして、おろしたてのジーンズ。膝から下が色が変わるほど濡れていて、すれ違う人達が一様に私の様子に目を見張り、普段あまり恥ずかしいという感覚があまりない私も、少々恥じ入ったりしたものだ。唯一の救いは風邪を引かなかったこと。20度にも満たぬ風雨の中を歩いたのに。風通しが良すぎるシャツの中を風が通り抜けて私を心配させたのに。一夜明けて今日の空気はいつもより美味しい。雨に空気が洗われたからに違いないが、週末という事実も大いに影響しているだろう。

今朝、近所の石鹸屋さんへ行った。此の店の主人が作っている肌に優しい石鹸のファンになったのは5年前の冬のことだ。相棒が近所のバールでカッフェをしていたら、石鹸屋の主人と仲良くなりクリスマスプレゼントと称して渡されたリボンを付けた小さな包みを家に持ってきて開けてみたら、店主自慢の石鹸だったという訳だ。使ってみたらとても感じが良くて、敏感肌の私も大変気に入り、それからは数か月に一度の割合で店に足を運んで、纏め買いするようになった。明日くらいから夏の休暇に入る店が多いこの辺りのことだ。最後の石鹸が小さくなってきたのに気付いて、慌てて店に行ったのである。店には先客がいたが、店主の妻が気を利かせていつもの石鹸を幾つか袋に入れてくれた。私が購入するのはいつも決まっていて、ラヴェンダー、ニーム、アロエ、カモミッラといった具合だ。案の定、明日から夏季休暇で8月一杯店が閉まるという。それだから店が混んでいるのかもしれないと思った。訊けば彼らはドイツの黒い森に行くのだそうだ。妻の妹だか姉だかがドイツに暮らしているので、涼を求めてドイツへ行くことにしたらしいが、この夏に限ってはイタリアよりもドイツ、ベルギー、フランス、イギリスが暑いので、求めている涼は存在しないのかもしれないと店の夫婦は笑った。良い休暇を。また9月に会いましょうを挨拶を交わして店を出て、今度はクリーニング屋さんだ。此の店も今日で店を閉めて8月一杯夏季休暇である。頼んでおいた衣類を引き渡しながら店主夫婦は嬉しそうだ。高い山へ行くらしい。その後はボローニャ郊外にある田舎の家でのんびり。何時も立ち仕事をしている彼らが、のんびりするというので、私も、私の後から入って来た客たちも大いに喜んだ。何しろ70を過ぎた夫婦だ。もう引退してもよさそうだが、どうやら仕事をするのが好きらしい。社会に参加しているのが好きらしい。でも、程々にね。良い休暇を。私達は頬を合わせて挨拶を交わすと、店を出ていく私に女主人が背後から声を掛けた。あなたこそ、たまにはゆっくりしなさいよ。あなたは色んなことをし過ぎるから。そう言われて私は驚いた。そんな風に見えるのだろうか、彼女からは。私は自分を怠け者だと思っていたのに、そんな風に心配してくれる人がいるなんてねえ。私は笑いながら、大丈夫、私ものんびりしてくるからと言って店の扉を閉めた。夏季休暇万歳。

今日は行き交う車の数が少ない。どうやら多くの人達が夏の休暇先へと発ったらしい。それにしても、もう8月だなんて。あと4日。あと4日で旅に出ることを猫は気付いているらしく、私の傍らから片時も離れない。行かないでほしいの。無言でそんなことを言われているような気がして、私は心で涙する。待っていてね。家で待っていてね、と。




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冷えた空気

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パリに住んでいる常連客が、大型低気圧がイタリアに向かっていると言っていた、と話していたのは私が通う店の店主だ。8年だか9年だか通っていた店に行くのを止めて、彼の店に行くようになって数年が経つ。彼は私の髪を切る人。有名人でもなければ有名店でもないが、良い顧客がついているようで、時々店でそうした客を目にしては、ハッとさせられるのだ。テレビに出てくるジャーナリストとか、モーダ関係の人達。勿論そんな客ばかりではない。私のようなごく普通の人も沢山居る。兎に角、パリに住んでいる其の人は、ボローニャに戻って来る時は必ず店に立ち寄り髪の手入れを頼むらしい。其の人が、パリに居た大型低気圧がイタリアに直進している、もうじきよ、と言ったらしいのだ。今朝は土曜日だと言うのに平日のように早起きして、髪を切りに行った。暑くなる前にと、一番早い時間を抑えて貰ったのだ。それでパリの常連客の話になり、大型低気圧の話になり、そう言えば今夜から日曜日にかけて雨が降り、気温が急降下するという話は本当だろうか、いいや、私達は騙されている、そんなに涼しくなる筈がない、ありえない、うん、ありえない、と話をして、昼前に帰ってきた。

早起きをしたから午後は昼寝でもしようと思ってあれこれしているうちに大きな雷の音が鳴り響き、空を見ると家の上は黒い雲で覆われていて、此れは来そうだ、と思った途端にばらばらと大粒の雨が降り始め、あっという間に乾ききっていた地面が黒く濡れた。地面が濡れる匂い。この匂いを嗅ぐと、何時も懐かしく思う。自分が子供だった頃の思い出に結びつくこの匂い。この匂いが好きかどうかは実を言えば自分にも分からないが、少なくとも心が静まって、安堵の溜息が出る。家中の窓を閉めたのは、雨が四方八方から吹き付けるからだ。私達の多くは数週間前の土曜日のことを忘れていない。大きな雹がばらばら降って、人や車を散々傷つけたこと。こうして空が黒くなると、誰もが車を移動させて、路上から人が消えるのは、私達があの日のトラウマから抜け出していない証拠だ。暫くすると雨が止み、息苦しくなった室内の空気を入れ替えるために窓を開けると、まるで初秋のような冷えた外気が部屋の中に流れ込んだ。驚きだった。
ふと思いだしたのは2005年の8月のこと。あの8月は休暇の半分をクロアチアのイストリア半島で、半分をブダペストで過ごした。稀に見る冷夏で、折角イストリア半島に行ったのに海に入ることはあまりなく、旧市街を歩いたり、ごつごつした浜辺に腰を下ろして海を眺めながら話をするばかりだった。ブダペストに移っても同じく冷夏で、私が知っている夏のブダペストはすっかり影を潜めていた。私が知っている夏のブダペストは、カーンと空が高くて明るくて、時には暑すぎてどうしようもない、そんな印象だったのに。しかし涼しいから赤ワインが美味しくて、私と相棒はそこで合流した友人達とレストランのテラス席で赤ワインを頂きながら涼しい夏の夜を楽しんだものだった。懐かしい思い出。もう一度あんな涼しい夏を過ぎしてみたい。

今日あたり海にいる人達は残念がっているに違いない。街に居る私達にはこれほど有難いことはないけれど。暑くなり過ぎたボローニャ。ちょっと小休憩が必要だった。今夜はよく眠れるだろう。




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