借りてきた猫

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借りてきた猫、という言葉があるが、イタリアに暮らし始めてからの私は、全くそんな感じだったと今更ながら思う。アメリカに暮らしていた頃が充実し過ぎていたからかもしれない。考え方、文化の違いに慣れることが出来ず、苦悩していたからかもしれない。私の“借りてきた猫”は、ボローニャに根を下ろして10年経っても健在だった。そもそも根を下ろそうと思っていなかったのかもしれない。

私は相変わらず忙しく、ボローニャからフィレンツェに通う毎日だったから。そんな生活を経てボローニャに職を得ると、少し考えが変わってきた。自分の生活範囲みたいなものが見えてきて、遅まきながらボローニャに暮らしている実感が湧いてきたと言ったらよいかもしれない。それでも時々相棒が私を何処かに連れて行くと借りてきた猫のような気分だった。カチカチのボローニャ人達の中にポーンと放り込まれると、居心地が悪いと言うよりも、どうしてよいのか分からなかった。誰もが私に関心があって、いつも質問攻めにあった。しかし其れも暮らし始めたばかりの頃に、東洋人が珍しくて上から下までじろじろ見られたことを思えば心穏やかなものだ。あの頃、じろじろ見られて居心地悪くしていると、私をあまり好ましく思っていなかった舅が、急に私の味方になって、人をそんなにじろじろ見るものではないぞ、大変失礼な人だな、君は、などと周囲を戒めてくれたものだ。舅こそ、自分の息子がアメリカから東洋人の妻を連れてきて良く思っていなかったのに、何か私に不都合があれば絶対的に私の見方になってくれたものだ。
私がボローニャに仕事を得てようやくボローニャに腰を下ろすと、自分自身が変わっただけではなく、舅が急に変わった。君がこれほど口が達者になるとは夢にも思っていなかったとか、君が怖気づくことなく誰とも対等にはっきり話すのが時々はらはらするけれど全く気分爽快だとか、君が住み始めたばかりの頃はボローニャでやっていけるものかと思ったけれど大したものだとか。息子の一番の幸運は君と出会ったことだと言ったときには、私は心の中で泣いたものだ。舅に認めて貰おうなんて思ったことは無かったけれど、ちゃんと見ていてくれたのだなあと。
時々私がへこんでいると舅は私の横に腰を下ろして話を聞いてくれた。どうしたんだい。君らしくないじゃないか、と。舅がへこんでいる時は舅が車でわざわざ家にやって来て、ちょっと話を聞いてくれないかと椅子に腰を下ろし、ポツリポツリと話し始めたものだ。姑が病で話が出来なくなったから、話し相手がいない舅は、私に色んな話を聞かせたものである。私に答えを求めたことは無く、聞いてくれてありがとう、そんなことを言って家に帰ったものだ。
相棒と喧嘩した時、私の肩を持つのはいつも舅で、それが相棒には大変不服だった。なんだい、昔は彼女のことをあんなに嫌っていたのに、と子供じみたことを言う相棒に舅は笑い、静かに言うのだ。彼女の良さを時間をかけて理解した。お前だって、だから彼女をこんな所まで連れてきたんだろう? そう言われると相棒は返す言葉もなくて、喧嘩が解散したものだ。もっとも私は此処に連れてこられたとは思っていなかったけれど。アメリカを離れるのも、此処に来るもの、全て自分の意志で決めた筈だから。
そんなことを思いだしたのは相棒が舅の夢を見たからだ。どんな話をしたのか、何をしていたのかは分からない。相棒は何時だって夢のことをあまりよく覚えていないのだ。でも、それだけで充分だった、舅のことを思いだすためには。もし誰かに訊かれたならば、私は胸を張って答えるだろう。世界一の舅だった。一番の理解者だった。私は運が良かった、と。

明日は花を買おうと思う。亡き舅の為に。亡き父の為に。あのふたりは顔を合わせたことがないけれど、空の何処かで一緒に一杯ひっかけているのではなかろうか。そうして時々私達の様子を見ながら、口喧嘩もほどほどにしなくてはね、などと笑っているのかもしれない。




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明るい表情

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週末の喜びは、たとえウィルス騒ぎで気持ちが沈んでいても、やはり嬉しいものである。特に今週は始まるなり熱に見舞われて散々だったから、朝だ、と元気に起きることが出来たことだけでも感謝すべきであろう。ゆっくり朝食をとり、雑誌を斜め読みして、乱雑になり始めた家の中を簡単に片付けたら昼前になった。空は青く穏やかな光に溢れていた。2月にしては上等。どうする、どうする。其れでも家に籠もっているの? と自分に訊ね、もう一度訊ね、そして思い切って外に出た。ウィルス騒ぎ以来、私はバスに乗るのが苦痛になった。外に出るのも旧市街へ行くのも億劫になっているのだ。其れも仕事へ行くならば話は別だが、今までのように週末を外で過ごそうと思わなくなったことを、私も、そんな私を見ている相棒もどうしたものかと思っていたのだ。とんぼ返りだっていいじゃないか、さあ、外に出よう。

こんな天気の良い土曜日なのに旧市街へと続くバスも街中も空いていた。2月中旬ということもあり、多くの店がサルディの最終時期を迎えていて、ウィンドウに貼られている割引率も少し前よりも上がっているのに、店の中はガラガラで、ポルティコの下を歩く人も、バールやカフェで寛ぐ人も少し前とは比較にならぬほど少なかった。特に東洋人を見かけぬ。そんなことを確認しながら誰もが私のように家に籠もりがちなのだろうかと心を痛めた。私が家に籠もっていたのは、別に誰かに嫌なことを言われたり、態度に表されたりしたからではない。少なくとも私は他人から傷つけられたことは無く、ただ、自分自身の警戒心、嫌な思いをしないための警戒心に心底疲れ、外に出たく無くなっていただけだ。だから自分次第なのである。籠ってしまうのも、外に飛び出すことも。行く当てもなく出てきただけあって、バスを降りたは良いが、何処へ行こうか迷った。さて、何処へ行こう。ポルティコの下を歩きながら、可愛い子犬に絡まれたり、歩き始めて間もないほどの小さな子供が私の膝をめがけて突進してきたり、その度に飼い主や若い両親と一緒に大笑いした。大きなショーウィンドウには冬のコートを着たマネキンが飾られていて、数人の女性が値踏みしていた。今が買い時か。いいや、来年は好みが変わるかもしれない。いいや、此の店のものは流行に追われないから大丈夫、。彼女たちはそんなことを話していたが、遂に意を固めたらしく中に入っていった。それに続くようにして、私も店に入った。
私がその店に入ったのは、先日店の人から良い店を紹介して貰ったことの礼を言うためだった。1月初旬に私は柔らかいセーターを一枚新調したのだが、袖が少々長過ぎた。そういうモデルのセーターらしいが、しかし袖が長すぎることで購入したは良いが袖を通す気になれず、どうしたものかと思っていたのだ。それで思い切ってそのセーターを購入した店に持ちこんで見せたところ、一軒の店を紹介してくれた。店は歩いて2分ほどのところに在り、有名なチョコレート屋さんの道を挟んで向こう側に在ると言う。名前を聞くと、近年、街のそこいらじゅうに存在する素人まがいの仕立て屋さんだったので呆れてしまった。あなた達のような店がそんな仕立て屋さんを紹介するとは。自信を持って紹介できる店なのかと訊き返すと、店の人達は少々当惑顔で、店の寸法直しは全て此の仕立て屋さんに頼んでいる、とても丁寧で上手だから自信を持って推薦できると言った。そして私に店の名前と電話番号、住所と店の人の名前を書いた紙をくれたのだ。どうも納得いかないが、此の店の製品をすべて任せていると言うのなら、その言葉を信用してみようと思い、言われた場所に行ってみた。仕立て屋さんは古い建物の中に在った。入り口を見つけるまで10分ほど掛ってしまい、そのことが、案外この店は街の其処此処に存在する仕立て屋さんとは名前こそ同じだが異なる存在なのかもしれない、そんな良い予感を私に与えた。店からの依頼ばかりを請け負う、良い職人が居るのかもしれない、と。中に入るとサロンのような雰囲気だった。こんばんは、と大きな声を掛けると店の奥から男性かと見間違うような格好いい装いの女性が出てきた。ただものではない、モーダに関わっている印象の彼女は髪を男性のように思い切り短くして一部分を青く染めていた。何処で購入したのかと訊きたくなるような美しい形の眼鏡、特注と思われるようなジャケット、そして履きやすそうなジーンズの丈は短めで洒落た靴下を自慢気に見せていた。店の人に紹介されてきたのだと言うと、彼女は成程と頷いた。セーターを着て見せると、確かに袖が長い、気になる人には気になる微妙な長さだ、と彼女は言った。簡単な作業ではないので日数が掛るがそれでも良いなら引き受けるとのこと。それでお願いすることになった。あれこれ話をしているうちに分かったのは、此の店が良い顧客がついていることだ。個人ではなくてお店。例えばエルメス、例えばグッチ。そうした店から客の要望の寸法直しが送られて来るのだそうだ。奥を覗くと眼鏡をかけた寡黙な男性が縫物をしていた。年の頃は50代。頑固で忍耐強そうな、如何にも職人と言った感じの人。ふと見まわせば確かに良いものばかりが置いてあって、私のような客が来る店ではないらしい。あら、何だか場違いみたい、と肩をすくませて笑う私に、彼女は、そんなことはない、長さや緩さを一寸も譲れない、あなたのような客も勿論来るのよ、と言って私に握手を求めてきた。あらあら。東洋人であることで自己防衛に疲れ始めていた私にはあまりにも驚きで、あまりにも嬉しかった。東洋人を警戒しているのは周囲ではなくて、案外この私なのかもしれない。もう少し肩の力を抜かなくては。袖の長いセーターを購入したおかげで、素晴らしい仕立て屋さんを知ることになった。
そんな仕立て屋さんを教えてくれたこの店の人に礼を言おうと思って店に入った。店の人は私の顔を覚えていて、どうだったかと訊ねる。とても良さそうだった、仕上がりはまだ先のことだけど、教えてくれてありがとうと言うと、店の人は嬉しそうに言った。そうだと思った、きっと気に入ると思った、と。
その後は広場を横切ったり路地を歩いたり本屋の店先を眺めたり、小一時間いただけで家に帰ってきた。何をしてきたのかと相棒に訊かれて、歩いてきたと答えると、それは良かったと相棒は笑った。私の表情が明るいのに気づいたらしい。うん、外に出て良かったと思っている。

昨晩は相棒が腕によりをかけて料理してくれたので、今夜は私が腕を振るう。どちらの料理の腕が上だとか、そんな野暮なことは言うまい。美味しくて楽しければ、それでよいではないか。




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赤いスカーフ

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朝目を覚ましたら既に空は明るくて、あらあら、随分と朝寝坊と思って飛び起きたものである。しかし別に朝寝坊ではなく、いつもの週末の起床時間。ただ、日が昇る時間が早くなったのだ。2月だけど、確実に自然の法則にしたがって春へと向かっているのを感じだ。平日は私も相棒も外に出ずっぱり。だから週末の昼間に家じゅうの窓という窓を開け放って空気を入れ替えるのが、ひとつの喜び。夜には出来ないこと。外の湿度を家の中に迎え入れるようなものだから。昼間の、太陽の匂いのする空気を家の中に入れるのは、幸運を招き入れる感覚とよく似ている。但し、うっかりすると体が冷えるので、私は家の角っこに避難する。そんな私をよそに猫は悠々とテラスに出て、まあ、小鳥さん、こんにちは、などと言っているのだろうか、お喋りに忙しい。悪いウィルスのせいで、外に出るのが億劫になってしまった私は、週末なのに家にばかりいる。こんなに家に籠もったのは初めてのこと。僅かな収入で暮らしていた頃も、気分が塞がっていた時代も、家に籠もった記憶は無く、むしろそれだから外へ外へ向かったものだ。私ばかりではないだろう。外にあまり出たくない人は沢山居るに違いない。早くこの騒ぎにピリオドを打つことが出来るといいと思う。誰もが明るい太陽の下へと自由な気持ちで飛び出せるようになればいい。

クローゼットの中を随分と整理した。好きだけれど似合わなくなったもの、サイズがしっくりこなくなったもの、好まなくなったものを取り出して、行くべくところに送りだしたが、ひとつだけ困ったものが残った。大好きで手放したくないコート。特に素材は素晴らしく、これを手に入れることが出来たのは随分と運が良かったと今も思っている。ただ、何となく自分らしくない。色々考えてみたところ、それが袖口のデザインであることに気が付いた。いや、もともとそう思っていたのだが、どうすることもできないと目を瞑っていたのだと思う。ところがこんな風にしてクローゼットの中を整理してみると、その袖口が大いに気になりだした。もう目をそらすことは出来まい。かと言ってもちろん手放す勇気は微塵も無い。さあ、どうする。どうする。と自分に問いかけて思いついたのが、旧市街の仕立て屋さんだった。そうだ、彼女に相談してみよう。旧市街の2本の塔より少し手前のポルティコに在る仕立て屋さん。衣類を仕立てることもすれば、お直しもする、ブラジル出身の女性の店。長いこと何処かのアトリエで働いていたという彼女の技術もセンスは抜群で、ちょっと話せば全部分かるといった類の人。一年ほど前に子供を産んで復帰したが、土曜日は休業だし、営業時間も短くなって足を運び難くくなった。先日は閉店ぎりぎり前に駆け込むことに成功して、近況報告やら何やらしてから例のコートを着て見せた。ほらね。此の袖口が私らしくないと思うのだけど。と話を切りだした。私はもっと・・・と言いかけたところで彼女が言葉を挟んだ。辛口なデザインが好きなんでしょう? やはり彼女はよく分かっている。私の好みをよく分かっている。ならば話が早い。何とかしてデザインを変えることは出来るだろうか、しかも袖丈はかえることなく。私達は幾度も表地と裏地を見比べて話し合い、終いには、もういい、貴方に任せるから、と言ってコートを彼女に託した。出産後、仕事が減るのではないかと案じていた彼女の心配をよそに、減るどころか人をひとり雇うほどになり、更には店が狭くて困ったことになったらしく、同じ界隈の、道の向こう側の広い場所に移るのだと彼女は嬉しそうだった。今度の店は試着室がもっと広くてね、作業台が大きくてね。彼女も、そして彼女の元で働く女性も興奮していたところを見ると、よほど良い場所なのだろう。其れで引っ越しをするのでコートは直ぐに仕上げられないとのことだが、心配はない、此のコートは3月まで着ることがないからね、と手をひらひらさせて私は店を後にした。そういえば代金が幾らになるかを訊かなかった。まあよい。上手に仕上がればそれでよい。
それで現在私は冬の終わり、春の始まりのことを考えていて、シンプルな暗い色のコートやジャケットに華を添えるようなシルクのスカーフを探している。何時もならば店に行って見せて貰うところだけれど、何しろ現在引き篭もっているので、想像ばかりが膨らんでいく。赤いシルク、典型的なバンダナ柄のスカーフがいい。赤という色は今まで私の範疇に無かったけれど、最近急に気になりだしたのである。兎に角、其れを首にキュッと巻いたら、短い髪に良く似合うのではないだろうかと思うのだけど、さて、そんなものはどの店に行けば手に入るのやら。

記録的な、暖かい1月だったらしい。1月が記録的ならば、引き続き記録的な暖かい2月になるだろう。本当かどうか疑わしいが、話によれば週明けは18度にもなるらしい。ボローニャの暮らしも長くなるがこんな2月は初めてのことだ。其れもローマへ行けば話は別だ。あの街の過ごしやすい冬は、ボローニャと比較すること自体間違っていると思うから。




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冬の風

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立春。今日は一日風が吹いた。窓ガラスをがたがた揺らせるほどの風で、その音に耳を傾けながら日本の冬を思いだした。冬の風。ほんの少しだけ胸騒ぎのする風。
帰りはバスが来なくて45分も待った。風が吹く中で。寒い寒いと首をすくめながら、来ないバスを待っていたら隣に立っていた年配の人達と目が合った。ひとりは65歳程の男性で、ひとりは70歳をとっくに超えているに違いない女性。この私が寒くてどうしようもないのだから、彼らはこの風がどれほど身体に堪えるのだろう。バスが全然来ないけど、今日はこの路線は運休なのだろうかと口を尖らせて愚痴る私に、男性が言う。この路線は時々来ないことがあるからな。成程、そういうこともあるのかと項垂れていたらようやくバスがやって来た。バスは混んでいたが、このふたりが乗り込むと先客たちが席を空けて座らせた。まだまだイタリアはいいところがある。年配の人や怪我をしている人、小さな子供を抱いている人に席を譲る思いやりが残っているから。

夜空に光る月。まだまだ痩せっぽちだけど、日曜日の満月に向けて豊かになっていくのだろう。




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濃霧

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明日が立春だと気付いて、ご機嫌である。勿論明日から春が始まる筈もなく、まだもうひと月、若しくはふた月ほど暗く寒い冬が続くのだが、面白いもので春という言葉を聞いた途端に小さな春が、見えない春が、自分の足元や背後に来ているような気がして、不思議と心が微かにスキップするのである。そして今日は節分。日本は季節の行事が色々あって素晴らしいと思う。しかし其れは大人になってから気が付いたことで、子供の頃には当たり前のことだと思っていた。若かった父と母。鬼は何時も父だった。今思えば可哀そうなことをした。父は少しも悪くなくて、寧ろ心優しい世界一の父親だったのに。そんなことにも今頃気がついて、何と親不孝な娘だったかと思うのだ。父は15年も前に空の星になって、時々私を観察しているに違いない。元気にしているだろうか。人に優しくしているだろうか。家族を大切にしているだろうか、と。

昨夕から霧が濃い。この冬は霧が出ないと少し淋しいような気がしていたのは、濃霧はボローニャの冬の象徴みたいなものだからだ。10年くらい前はもっと霧が濃かった。平地といい丘といい、朝、そして夕方から夜中にかけて一寸先が見えないほど霧が濃くて、辟易したものなのに、霧が出なくなると淋しいなどと思う。全く勝手なものだけど、私は窓辺から霧が視界を覆う様子を眺めるのが意外と好きなのだ。車を運転する人には天敵のようなこの霧だけど、霧を横目に眺めながらポルティコの下をそろりそろりと歩くのも好きだ。ボローニャという街は旧市街の中をポルティコが巡っているから、寒い冬やコートの肩が濡れてしまうような濃霧ともうまく付き合っていける、と私は思っているのだけど、さて、ボローニャ人たちはどんなふうに考えているのだろうか。映画の見過ぎで濃霧は怖いものと昔は思っていたけれど、そんなことは無い。案外ロマンティックだと思う。そんなことを言うと、君、何時からそんな詩人みたいなことを言うようになったんだい、などと揶揄われるのだけど。

帰りがけに青果店に立ち寄って美味しいオレンジを手に入れた。皮を剥いて食べる用の、熟れて甘い、ジューシーなやつ。美味しいのを選んでねという私に、シニョーラ、自分で選んでいいから、と店主に言われ、苦笑しながら美味しそうなのをふたつ選び出した。夕食後に食べてみたら、まあ美味しいこと! 明日も立ち寄って、同じ種類のをもう少し購入するとしよう。あの店はいい。知らないうちに店の夫婦と良い関係を持つようになったことを、私は嬉しく思っている。




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