魅力的

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昨夜見た美しい月。満月に少し欠けた月が真珠色に輝いていた。南東の空高く輝く月をどれ程の人が眺めたことか。今日も美しい月を眺めようと思っていたのに、夕方になって雨になった。特に職場のある辺りは強い降りでうんざりだった。そのうえ、今夜は凄い渋滞で、へとへとになって帰ってきた。驚いたことにうちの界隈では雨が降らなかったらしく、アスファルトも樹の枝葉も涼しげな顔をしていた。でも、月は望めそうにない。肝心なのは明日と明後日。満月の晩に空が曇っていてはならない。分かっているだろうか、空は。沢山の人が満月を愉しみにしていることを。

今週は曜日感覚が狂っている。今日は水曜日だって? と驚く私に相棒は、そうだよ、明日はもう木曜日なのさと笑う。もう週の真ん中になったなんて。私はここ数日何をしたのか覚えていない。しかし、それもよし。毎日が目くるめく過ぎていくのも良いと思う。そうすれば週末がまたやって来て、そうしているうちに夏季休暇がやっくて来るから。先週末、ベルギーの友人から写真が届いた。友人は10年ほど前に病で暫く辛かったこともあって、元気な限り夫婦で旅を楽しむと決めたそうだ。旅は長いもの、短いもの、日帰りも含まれていて、そうしては写真を送ってくれるのだ。先週末はベルギー国内の美しい街、ブリュージュへ行ったそうだ。10枚の写真の中には彼の妻の写真もあって、私は其れに釘付けになった。とても美しかった。一般的な美人の部類に入らないかもしれないけれど、知性や性格、優しさが彼女をとても魅力的にしている。それは私が望む美しさ。口で言うほど簡単には手に入らない美しさ。美しいと言われるよりも魅力的と言われる方が嬉しいと初めて彼女に会った時に私が言ったところ、彼女は同じ考えを持つ私の手を握って喜んだものだった。そうなの、私もよ。と、喜ぶ彼女を眺めながら、あなたと同じ考えを持つことを喜んでいるのは私の方よ、と思ったものだった。友人を通じて彼女に出会えたのは幸運だった。人生にはこんな出会いもあるのかと、感謝したものだった。

外を見ると月。今夜の月は黄色くて、霞んでいる。おぼろ月夜。そんな言葉が頭に浮かんだ。美しい言葉だと思った。夕方の渋滞はボローニャサッカーチームがチャンピオンではなくも60年ぶりに良い成績を出したお祝いパレードの為だそうだ。今日は旧市街に立ち寄らないで良かったと胸を撫で下ろす。街の中心のマッジョーレ広場では22時を過ぎても大騒ぎ。先ほどテレビをつけたら地元のテレビ局がその様子を映し出していたけれど、あはは、こんなに盛り上がっているボローニャは29年此処に居て初めてのこと。おめでとう、ボローニャ。ボローニャに乾杯。




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月曜日に雨

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今朝、雷音で目が覚めた。まだ5時にもなっていない時間帯のことで、そんな時間に目が覚めたことが残念だった。予感通りもう一度眠りに落ちることなく、起きる時間になってしまった。外は雨が降り始めていたが、空高くに燕がすいすい飛んでいた。あれは家族だろうか。燕の群れを眺めながらカッフェを淹れた。私のカッフェを淹れる腕は随分と上がった。昔は舅が眉をしかめたものだが、舅が他界する数年前、君の淹れるカッフェは美味いなあ、というほどになった。そして近年は相棒が同じようなことを言うようになった。ふふふ、と心の中で笑う。私は毎日進歩しているのだ。それにしたって今日は月曜日。月曜日に雨だなんて、と思いながら一日が始まった。

数日前、相棒が家に持ち帰ったフォーク。差し出されたのは2本歯のフルーツフォークだった。銀製で日本製。50年以上経っているものだそうだ。これを見た時に、どうしても持ち帰りたいと思ったそうだ、私のために。
昔、うちにあったものによく似ていた。もっともあれは銀製ではなくステンレス製で、持つ部分は象牙だったけど。2本歯で手に持った感じが良く似ていた。皮を剥いて切り分けた林檎や梨を厚みのあるガラス製の四角い皿に乗せて母がテーブルの真ん中に置くと、家族それぞれがフルーツフォークで果物をつついたものだ。どうして歯が2本しかないのかと父に訊いた事がある。2本歯で充分だからではないかとか何とか言っていたのを覚えている。兎に角私はそのフォークが嫌いだったが、今思えばあのフルーツフォークはエレガントだった。ただ私はまだあまりに子供で、そうした良さが分からなかったのだ。あのフォークはどうしてしまったのだろうと思う。あの田舎の家を売る前に、母が教会のバザー向けに寄付をしたのかもしれない。
相棒が持ち帰ったフルーツフォークを綺麗に洗って磨くと味わいのある輝きを放った。懐かしいと言って喜ぶと、1本しかなかったんだよと相棒は残念がった。確かに2本あったらば、もっと良かったかもしれないけれど、1本だって充分嬉しいと言うと相棒は照れて笑った。古道具の店を営む知人のところにあったそうだ。妻の為にこれを買いたいと言ったらば、君の妻への贈り物だよと言ってタダで手に入れてきたとのことである。これがどれ程価値のあるものかは私には分からない。でも、家族を思い出す、私にとっては大変価値あるものである。宝物がひとつ増えた。

今夜は雨の降る中、ボローニャでサッカー戦がある。ボローニャとユヴェントスのゲームだ。今期のボローニャは大変強い。近年振るわず多くのサポーターが落胆していたが、今期に関して言えばベスト4という好成績。でも、流石に相手がユヴェントスではと思っていたが、あらあら、今のところ2-0と先行点を入れているではないか。チケットを手に入れたからと相棒は知人に観戦に誘われたそうだが、断って帰ってきた。そして今頃になって悔しがっている。あはは。全ては後の祭り。でもこんな雨の晩のサッカー観戦、若者に任せておくのがいいと思うよ。




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赤いゼラニウム

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最近眠れない日が続いていたが、今週末は連日快眠。おかげで昼間に眠くなることもない。テラスのジャスミンもさることながら、赤いゼラニウムの花の美しいこと。冬の終わりは悲壮な姿で、此れはもう駄目かもしれない、なんて思っていたのに素晴らしい花を咲かせた。そして葉の青々しいこと。自然の中で生きるものたちは本当に強いと感心する。テラスを眺めるたびに教えられることばかりである。

昔、初めてイタリアに着た頃、あれは1993年の春だった。アメリカに暮らしていた私達は結婚を前にして相棒の家族に会うためにボローニャに来た。あちらにもこちらにも行きたかったが、運悪く腎臓結石などになって、一週間も経たぬうちに入院することになった。熱が42度にも上がって、見かねた相棒の父親が病院の緊急窓口に連れて行ってくれて分かったことだった。そんなことで折角の旅行が台無しになったと嘆く私。そこで、退院しても活動的に他の街を訪問することはできないだろうと、相棒の友人が車を貸してくれた。本当に親切な人。それが今でも付き合いのあるフランカ。フランカ曰く、アメリカに居た頃困難に陥った彼女を相棒が助けてくれたから、此の位は当然のことだと言ったけど、それにしたって車を2週間も貸してくれる人なんて、あまり居るものではないと私は感動したものだった。それでフランカの車でウンブリア州へ行った。暖かい4月で、緑深いと呼ばれるウンブリア州は更に緑が深く美しかった。そして家々のテラスにゼラニウムの花が咲き始めていて。それが実に欧羅巴的だと私は思った。まさか何時かイタリアに暮らすことになるなんて、あの頃の私は思っても居なかった。そのくらい遠い昔の話である。
ボローニャに暮らすようになった時、テラスのあるアパートメントに暮らすようになった時、まず初めに求めたのがゼラニウムだった。相棒はゼラニウムなんて、と嫌ったけれど、テラスにおいて花が咲き始めると隣のテラスのおじさんが、君のところのゼラニウムは綺麗だなあ、なんて褒めたこともあって、相棒はそれ以来ゼラニウムが大好きだ。私と同じように相棒も、かなり単純な人なのだ。単純同士。性格はかなり異なるけれど、単純という共通項が私達を結び付けたのかもしれないと、テラスに昨ゼラニウムの花を見るたびにあの日のことを思い出して笑うのだ。

昨日も今日も半袖を着た。寒がりの私が半袖、と相棒は目を丸くしたが、当の本人の私だって驚いている。それにしても半袖姿の気持ち良いこと。9月の終わりまで肘を出す身軽な装いを愉しもうと思っている。冬も冬で素敵だけど、ゼラニウムが咲く明るい季節はもっと好き。明るい季節に乾杯。




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愉しく行こう

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人生山あり谷あり。そんな言葉が思い浮かんだ一週間。若い頃は刺激を求めてアメリカに飛び出した私であるが、あれから随分の歳月が経ち、いつの間にか平凡でなだらかな人生を求めるようになったらしい。だから思いがけないことが起こると大騒ぎになる。それがこの一週間で、今思えば昔の自分ならば思いがけぬことが起きて刺激的と喜んだのかもしれないと思ったら、乾いた笑いが零れた。アメリカに飛び出したり、ボローニャに引っ越したはいいが馴染めなくてローマへ飛び出したり。私の人生はローラーコースターのよう。それでよいと思っていた筈なのに、保守的な街ボローニャに暮らしているうちに、普通とか平凡の快適さを知ったのかもしれない。
昨晩は殆どゾンビと化してベッドに潜りこんだ。とても疲れていたのだ、身体も気持ちも。それを知った知人からメッセージが届いたのは、目を瞑る直前だった。優しいメッセージが心に沁みた。其の後すぐに眠りに落ち、泥のように眠った。久し振りによく眠れて、よい朝を迎えた。空が青い。窓を開け放つと程よい温かさの空気が流れ込んだ。5月らしい空気。やっと5月らしくなった。

今日は旧市街へ行こうと思っていた。兎に角歩きたかったから。それから冬物を片付けねばならぬ。つい最近まで来ていたウールのジャケットやら何やらを大きな袋に沢山入れてバスに乗った。まずは此れをクリーニング屋さんに預けに行った。考えることは皆同じで、冬物を預けに来る客で店の外まで列ができていた。私の前の女性は旧市街の大きな郵便局近くにある、PINKOというブランドの店の人らしい。足元のスニーカーにも手に持つ大きなピンク色の紙袋にもPINKOのロゴが入っていた。店の物を預けに来たのだろう、紙袋の中には美しい衣類が幾枚も入っていた。10分も待っただろうか、ようやく前の人の順番になった。彼女は紙袋の中からまずは真っ白のエレガントなパンツを取り出した。それから黄色いシルクのトップス、更にはドレスとブラウスと。どれもこれも美しくて、PINKOというブランドの衣服に関心を持ったことがなかった私は、開眼したような気分になった。しかしどれも高そう。眺めているだけで充分だと思った。遂に自分の番が来て、重かった衣類を預けた。冬物だから急がないと言うと、店の人は嬉しそうだった。この店の常連は直ぐに引き取りたい人が多いそうだから。
身軽になったので足取りも軽い。歩いていて気づいたのは妙に人が多いことだった。晴天だからだけではないようだ、と思っていたところ、いつもは存在しない白い建物を発見。サン・ペトロニオ教会の裏手に当たる小さな広場に。ボローニャらしからぬ雰囲気である。よく見るとPERONI の文字が。イタリアのビールである。はてな、と首をかしげたところ思い出した。今週末はイモラでF1が開催されるのである。そしてPERONIはF1のスポンサーなのである。木曜日の夕方からイモラに向かう道路は渋滞が多く、相棒は渋滞にはまり疲れて帰ってきた。F1なんだよ。でも嬉しそうだった。何故なら彼はF1が好きだし、それに昨年の今頃エミリア・ロマーニャ州は酷い豪雨被害に見舞われて、中止になったからである。誰一人不平不満、非難することがなかった。寧ろ、良い判断だったと誰もが言った。そんなこともあって、今年はお祭り騒ぎである。レースの時間になれば、大きなスクリーンで観戦できるようになっているに違いない。皆F1が大好きなのだ。言うなればイタリアの文化なのだ。白い建物は簡易飲食店らしく、此処に人の列ができ始めていた。いい雰囲気だった。ボローニャの保守的な街並みにミスマッチで、多くの人のハートを掴んだに違いない。
それにしても土曜日は砕けた装いが愉しい。さらりとした綿絹の薄手のセーター。ところどころが解れた薄い色のジーンズは足首が見える丈で陽気な感じ。それに白いレースアップの靴。アメリカ時代に戻ったような気分。久し振りにうきうき気分の土曜日になった。

夕方、テラスに続く大窓から外を眺めて、あっと歓喜を上げたのは遂にジャスミンが咲いたからである。家には二種類のジャスミンがある。ひとつはもうとっくに先始め、そろそろ散り始める頃である。もうひとつは蔓のジャスミンで放っておくと何処までも蔓が伸びてしまうタイプのものである。この蔓のジャスミンが今日咲いた。やっと咲いた。もう咲かないのかと心配していたから、喜びは大きく、何か大きなエネルギーを貰った気分。何とかなるさ。そう、物事は大抵何とかなるのだ。愉しく行こう。




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緑色のグラス

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今週は雨降りの一週間との予報だから、何時降り出しても不思議ではない。今日も午後に降られた。昨日と違うのは、雨が降ってはいたが建物の中に居たこと、そしていつ降りだしてもいいように、鞄の中に小さな傘が入っていたこと。雨に濡れても大丈夫、直ぐに乾くさ、なんて言って雨の中を走り抜けるのが格好いいと思っていたアメリカ時代。あの街ではそういう人が多かったし、何しろ私も若かったから。今は雨には濡れないのが得策。雨に濡れて体調を崩したら残念過ぎる。

緑色のグラスが割れた。シンプルな形の、昔ならコップと呼ばれていたであろう、この緑色のグラスは私の気に入りで、水を飲むときはいつもこれでなければならなかった。理由は緑色の具合が美しかったから、そしてグラスの厚みが薄くて軽かったから。
1996年秋。私と相棒が旧市街からほど近い場所に借りたアパートメントは一切家具がなくて、ついているものと言えばトイレとバスタブだけだった。電球ひとつ付いていない。ひとつひとつ相棒と買い集めての生活だった。大抵のものが相棒の両親や知人から譲って貰ったもので、人の親切に感謝するばかりの時代だった。骨董箪笥を寝室に置いて、それをふたりで使っていたが、不十分なので壁一面程の大きなクローゼットを求めて店に行った。手頃な価格の良いものを見つけ、それを配達してもらう手配を相棒がしている間に私は店の中を見て歩いた。無駄遣いなどする余裕はなく、ただ見るだけ。と言いながら私は見つけてしまったのだ。緑色のグラスたち。5個あった。6個売りが一般的なイタリアで5個というのは珍しい。それで訊いてみたら、事故があってひとつ割れてしまったのだそうだ。だから此れはハンパものという扱いらしく、目を見張るほどの安価がついていた。私が箱に入った緑色のグラスを抱えて相棒のところへ行くと、今日はこれ以上買い物はしないよという顔を彼は見せたが、ついている値段を見るなり目を丸くして、そして箱の中のグラスを見ると更に目を丸くして、此れはいい、と言って代金を支払った。家に帰って私は、それを丁寧に洗い、スパークリングウォーターを注いでみたら、予想どうり美しい色合いで、そしてグラスを口に当てたら素晴らしい感触だった。あまり豊かでなかったあの時代の私にとって、このグラスは私の心を豊かにしたひとつだった。たかがグラスと人は言うかもしれないけれど、ボローニャに暮らし始めてあまり良いことがなく、粉になって消えてしまいそうだった私にとって緑色のグラスの美しさが救いだった。5個あったグラスもひとつ割れ、ふたつ割れして、近年は残り2個となった、その1個が割れてしまった。形あるもの、特にガラス類は割れてしまっても不思議ではない。そう自分を慰めてみたけれど、うまく行かない。残りの1個。これが割れないように使わずに仕舞い込むという手もあるけれど、グラスは使って貰う方が嬉しいに違いない。それにしても28年。随分と長く私と付き合ってくれたものだ。いつも励ましてくれた緑色のグラスに感謝。私は随分強くなったよ。

雨の後の空は美しい。ただいま悩みに悩んで葛藤している私に夕方の明るい空が私に呼び掛けているかのようだ。大丈夫、雨の後には青空がやって来る、と。




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