ゆらゆら揺れる

寝室の窓辺に座って外を眺めるのが好きらしい。うちの猫のことだ。暇さえあれば外を眺めている。何を眺めているのだろう、何かいいものでもあるのだろうかと猫の視線を追ってみたら、階下に広がる隣人の庭に赤い芥子の花が咲いていた。其処は以前プールがあった場所で、娘が20歳近くになってプールに入ることが少なくなったからと言って、ある日突然取り払われてしまった、プール跡地なる場所である。プールの跡地は随分長いこと放置されていて、その荒れ果てた様子は隣人らしくないなあ、と思っていたのだけれど、ようやく腰を上げたらしく、日曜日になると隣の奥さんとその母親が草むしりをしたりペンチを動かしたりして着々と庭の手入れが進んでいった。そうして感じの良い空間が出来上がった。先に根を下ろして美しい花を咲かせていた芥子の花はそのまま残しでくれたのが嬉しかった。多分猫も同じように思っているに違いなく、芥子の花が風にあおられて揺れるたびにそれを目で追って、首をゆらゆら揺らした。
ところでこの夏は蚊が大発生すると予想されている。冬に雪が降らなかったからだ。蚊は雪は降ると寒くて絶滅するが、雪が降らないと次の夏まで生き延びて大変なことになるのだそうだ。そういうことに敏感な上階の住人が管理人に掛け合ったらしく、4月から夏がすっかり終わる9月まで、月に一度庭の消毒をすることになった。すでに2度の消毒が済んでいて、おかげで蚊を一匹もみていない。上階の住人は様々なことに細かくて一種たいへんな人たちだけど、しかしこの件に関しては先見の明があったということで拍手を送りたいと思う。誰にでも良いところあり、好ましくないところあり。だから一方的にレッテルを張ってはいけないということだ。

ああ、それにしても、涼しいコットンの、夏の素敵なブラウスが欲しいなあ、と思う。ふわふわした、気持ちがゆったりとするような。




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陽気な人たち

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風が吹いている。強い風だ。尤も、風が吹くのは毎日のことで、この辺りでは珍しいことではない。丘が近いからかもしれない、と言ったのは誰だっただろうか。毎晩、窓の外でゆらゆら揺れる大木の枝を眺めるのがいつの頃からか習慣になった。明るい月夜はそうでもないが、今夜のような月が細って光を放たない晩は、小さな不安が芽生える。昔、私が住んでいた辺りでは、夜に風が吹くなど冬と春先くらいにしかなかったから。別に不安に思うことなどなどひとつもないのに。

今週末は5月らしい快晴でご機嫌だった。ご機嫌だったのは私ばかりでなく、道行く人も、バールに集う人も、それから通り過ぎていく車たちも。パパーッ、とクラクションを鳴らしながら走る車をいったいどれほど見ただろうか。どうやら結婚式を挙げたらしく、式に参列した人々や、関係ない人たちにしても、陽気なクラクションを鳴らして走った。幸せな人々を囃したてるクラクション。そうしては通行人たちが甲高い口笛を吹き、なんだかんだと歓声を上げる。この国の人たちが陽気な時は果てしなく陽気だ。悪いことではない。楽しいことや御目出度いことをとことん堪能することを知っている人たち。特にこんな良い季節は、誰もが陽気になっている。こういう時は便乗するのがいい。他人のことだけど、知らない人たちの結婚式だけど、お祝いの言葉のひとつも言いながら、新郎新婦の乗る車に向かって手を振る。そういえば6月末は相棒と私の結婚記念日。結婚式らしいことはしなかった。素敵な食事会もなかった。シティホールでの簡単な誓いだけだったけれど、でも24年。思いのほか長く続いた。旧市街の気に入りのカフェ・ザナリーニ。ショーウィンドウに並べられた美しい菓子を眺めながら、そんなことを思う。実際、こんなに長く続くとは、私たちの仲間は、そして私たち自身も、思っていなかった。爽やかなスパークリングワインで乾杯でもしようか。それとも、それとも。

明日はもう月曜日なのかとため息をつく。最近毎日が超特急で過ぎていく。この調子でいけば、あっという間に夏の休暇がやってくるに違いない。




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思いだせないこと、思いだすこと。

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先週までジャケットなしでは怖くて外を歩けなかったというのに。怖くて、というのは暖かいと思えば急変して冷たい風が吹くからだ。もう5月だからと気を許すと風邪を引いてしまう。今年は誰もが慎重。うっかりはもう許されないと言わんばかりに。ところがどうだ、ここ数日は昼間にもなれば25度を超えて、日射しも大そう強くなった。今日などは長袖のコットンセーターが暑苦しく感じるほどで、寒がりで慎重な私とて日に日に軽装になりつつある。
テラスに置かれたふたつのジャスミン達。ひとつは白、もうひとつは薄いピンク色の可憐な花を咲かせた。いつからうちにあるのか、何処の誰から譲り受けたものなのか、相棒も私も思いだすことができない。私達はどんな小さな植木であろうと、何処で手に入れたのか、誰から譲り受けたのか、若しくはどの地区のどのごみ箱の足元に置き去りにされていたのか覚えているというのに、可笑しなものでこのふたつのジャスミンに限ってはどんなに記憶を遡ってさぐっても、これっぽっちも覚えていない。

過去にそれに似たことがあった。でも相手は植物ではなくて、同じ年頃の女の子だった。私が13歳の時だったと思う。私と姉は昔から夏になると一週間ほど奥多摩の山の中腹にあるキャンプ場に行くのが習慣だった。父も母も4つ半年上の姉が一緒だからと言うことで、子供ばかりが集まる山のキャンプに送り出すことを快く思っていたらしい。私が其処に行き始めたのは5歳だっただろうか。最年少だった私はそこへ行くと誰からも可愛がって貰えることもあり、夏が来るのが楽しみだった。それで13歳の時、見慣れぬ女の子が私の名を呼んだ。えっ、と驚いたのは、彼女が見知らぬ人だったからだ。しかし彼女はとても親しげに私の名を呼び、さらには元気だったかと私に訊いた。これほど親し気に話しかけるのだから、彼女と私は仲良しだったに違いないが、さて、しかし誰だっただろう。人の顔や名前を覚えるのが得意とまで言わなくとも、忘れることなどなかった私だ。一生懸命思いを巡らしてみたが、分からなかった。それで思い切って訊いてみた。何処かで会ったことがあるのかしら。すると彼女は悲しそうな顔をした。彼女の顔を忘れてしまった私をなじるでもなく、黙って悲しそうな顔を見せた。悲しい気持ちを伝えるのに言葉なんかいらない。ただ、唇をきゅっと結ぶだけで十分だ。彼女の表情がそう教えてくれた。昔、母はよく言ったものだ。忘れるということは罪悪だ、と。人間だから忘れることもある。しかし忘れることによって自分以外の人を困らせたり悲しませたりしたら、それは罪悪なのだ。母はそんな風に言っていたと思う。私は彼女の悲しそうな表情を見て、母の言葉を思い出していた。私が忘れてしまったことで彼女を悲しませてしまった。
もう何十年も前のこと。あれから幾度も考えてみたけれど、未だに思いだすことができない。彼女の記憶がすっぽりと抜けていて、しかし、あの時の彼女の表情と狂ったように鳴いていた蝉の声、眩しいばかりの緑、強い夏の日差しがセットになって、忘れられない夏になった。そして今でもあの時の彼女の表情が胸の隅っこに引っかかっていて、思いだすたびに、そっと心の中で呟くのだ。ごめんなさい、ごめんなさい、と。

数日前の夕方、テラスの掃除をした。椅子やテーブル、植木鉢を移動させて掃き掃除をして、念入りに拭き掃除をしたら見違えるほどご機嫌な雰囲気のテラスになった。落ち葉が大好きな猫は大そう残念がったけれど、しかし寝転んで大きな伸びをしていたところをみると、猫も綺麗なテラスに満足らしい。ジャスミンの花が咲きこぼれ、庭の木の枝にとまった鳥が囀る。こんな素敵な時間、こんな素敵な空間。心穏やかでいられることをいったい誰に感謝しようか。




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ウィンドウを眺めながら

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ほっと一息。この時期になると毎年何かが故障する。昨年は洗濯機。あれこれやってみたけれど結局修理不可能だった。新しいのを購入して久しぶりに洗濯機を回した時の喜びと言ったら。あの日の感情はまだ記憶に新しい。今年はパソコン。二度も故障して、もう駄目かもしれないと諦めかけたところで回復した。久しぶりにパソコンを使う喜び。当然のように使っていたものが使えなくなった不自由の分だけ、喜びは深い。直せるものは直して末永く使うのが好みだ。まだまだ現役で頑張ってもらいたい。私の体もそんな風であってほしい。少し故障気味だけど、治しながら宥めながら。医者に行くのが嫌いなどと言ってばかりもいられない。仕事帰りに、旧市街の気に入りの店のウィンドウを眺めながら、そんなことを思った。

駆け足で初夏がやってくる予感。気のせいではない筈。




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年老いた人の言うこと

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こんなに毎日雨が降る5月は初めて、のような気がする。ような気がする、とあまり自信がないのは、イタリアの気候は不安定だからだ。春がこんな感じだと、のちに猛暑がやってくる、と囁かれているがどうだろう。農家の人たちの言うこと、年老いた人たちの言うことは馬鹿にならない。経験がものをいうというのはこういうことなのかもしれない、とイタリアに暮らすようになって思うようになった。

年老いた人の言うことには耳を貸しておいた方がいいと言ったのは、昔住んでいたアパートメントの隣に暮らしていた老夫婦だ。ローマでの仕事をから戻ってきた私は、相棒が探しておいてくれた小さなアパートメントに落ち着いてほっとしていた。イタリアに来てからと言うもの、定まった住居もなく転々としていたし、挙句の果てには私がローマへと飛び出してしまったこともあって、こうして小さいながらもふたりで腰を据えて暮らすことができるようになったことを嬉しく思っていた。今では外国人が沢山暮らす界隈になったが、当時は外国人など珍しくて、隣近所の人たちが珍しそうに遠巻きに私を眺めていたのを覚えている。そんな中で隣の老夫婦は格別親切で、何かにつけて、お茶に来ないか、昼食に来ないか、誘ってくれた。何しろイタリア語がまだ不自由だった私だ。大変だったのは私ばかりでなく、彼らの方も同様だっただろう。それでも尚、誘いに来る。そうした誘いは私ばかりでなく、相棒にしても嬉しいことだった。老夫婦の夫の方は昔の国営煙草工場の工場長か何かだったの威張りん坊。知り合ったときは既に80歳前後だった。妻の方は全く優しい人で、多分その昔は夫に随分泣かされたのではないだろうか、と言うのが私と相棒が得た印象だった。老夫婦には子供がいなかったから、降って沸いたようにしてやって来た、相棒と私を、息子夫婦のように可愛がってくれた。夫の方が、時々提案する。さあ、山へ行こう、山に美味しい水を汲みに行こう。そうしては私たちは車に彼らを乗せて高いところまで清水を汲みに行った。さあワインだ、今年はいいワインがあるらしい、ワインを買いに行こう。そう提案されると、私たちは車に彼らを乗せてイモラの方まで足を延ばした。ワイン農家は彼らの長年の付き合いの人たちで、突然訪ねた私達を大そう歓迎してくれた。話に聞いていた通り今年のワインは出来が良いらしく、さあん、これも試してごらん、さあ、こっちも試してごらん、とあれもこれも試してみて、その中から深い味わいの赤ワインを、持って行った大きなガラス瓶4つに注いでもらって帰ってきた。そうして帰ってきたところで、老夫婦と相棒は地下倉庫に立てこもり、ワインの瓶に詰める作業、コルク栓をする作業にいそしんだ。私はと言えば、あれもこれも試飲して、すっかり酔っぱらってしまい、帰るなりソファの上でぐーぐー眠った。兎に角そのワインがとんでもなく美味しくて、それから数年間、そのワイン農家に足を運んだ。その牛隣の老夫婦が少し先の方に引っ越していった。何故ならば、私たちが暮らす建物にはエレベーターがなかったからだ。もう階段を上り下りするのはしんどいんだ、と言うのが理由で、少し先にあるエレベーターのある建物に引っ越していったという訳だ。それ以来、交流は徐々に少なくなり、ワイン農家へも足が遠のいてしまった。先日の晩、美味しいワインを飲みたい、そうだ、赤、赤ワインがいい、と私が騒ぎ出したところ、相棒が地下倉庫から数本の赤ワインを持ってきてくれた。私はアパートメントの私達の狭苦しい地下倉庫が嫌いなので、鍵すら持っていない。従って、地下倉庫にワインを探しに行くのは相棒の役割なのである。ほら、とテーブルに置いたのは、昔、老夫婦と一緒に買い求め、瓶に詰めたあの赤ワインだった。最後の一本らしい。指折り数えてみたら、少なくとも18年は経っていて、まだ美味しいだろうか、ひょっとしたら度重なる引っ越しで、保管が悪く、味が変わってしまったかもしれないと思いながら栓を抜き、グラスに注いでみたら、なんだかピントの合わない味だった。それでグラスに注いだまましばらく放置してみたところ、驚くほど深い、旨みのあるワインになった。うーん! ワインを口に含むたびに私たちは唸り、パンをちぎっては口に放り込み、熟したチーズを齧り、全く素晴らしい晩だった。久しぶりにあのワイン農家にワインを求めたくなったが、いったい何処だっただろうか。年老いた人の言うことに耳を貸す。確かに。このワインとはあの老夫婦のおかげで巡り合えた。近いうちにあのワイン農家を探して、のんびり田舎道をドライブしてみようか。

明日はよい天気になるだろうか。そろそろ軽装になりたいなあ。5月だもの。こんな素敵な月に、いつまでも冬物など着てはいられない。




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