理由

DSC_0031 small


日が暮れるのが早くなった。暑い夏はもういいけれど、夜が早くやって来るのはちょっと寂しい、と思うのはあまりに都合が良すぎるだろうか。これからますます日没時間が早くなって、帰り道を急ぎ足で歩くようになるのだろう。

昔は夜道が好きだった。それはもう随分と昔のことで、私がアメリカに暮らし始めた頃のことだから、26年も前のことである。アパートメントをシェアしていた友人には、兎に角たくさんの友人知人がいて、アパートメントに押しかけて来る時もあれば、彼女が外に出ていくこともあった。兎に角彼女がひとりでアパートメントに居ることは滅多になくて、一緒に住んでいるといいながら私達はあまり互いのことを知らなかったかもしれない。もうひとり住人が居た。彼はハンガリーからやって来たばかりの世間知らずの大男。と言うのは祖母に育てられたらしい彼は祖母が何でもしてくれることに慣れ過ぎていた為に、掃除をするのも食事を作るのもコーヒーを淹れるのも誰かがしてくれると信じていて、自分のことは自分ですることをモットーにしていた私と友人を呆れさせてばかりいた。悪い人ではなかったけれど、大木のような大男だった分だけ、その甘えた彼の気持ちが鬱陶しく感じられたのかもしれない。そんな彼も祖国を離れて生活するためには仕事をせねばならず、夕方からレストランでアルバイトをしていた。私が夜道を歩くのが好きになったのは、ひとり行動が好きなくせに、誰も居ない広いアパートメントにひとりでいるのが嫌だったからだ。
坂道を上がりきったところにハンティントンパークがあった。そこで左に折れるとなだらかな下り坂があって、途中で階段を上がると不思議な界隈があった。豊かな人達の家に違いないが、何か芸術の匂いがした。それは小さな庭の作り方であったり、垣根の色合いであったり。背の高い目隠しのような塀などは存在せず、道行く人達にどうぞ庭を堪能してくださいよ、と言っているかのように見えた。恐らく私は怖いもの知らずだったのかもしれない、そんな夜道をひとりで歩くなんて。それとも26年前のあの街は、今からは想像できぬほど平和だったのかもしれない。もしそうだとしたら、私は大変幸運だったといえよう。そうした道を歩きながら、イタリア人街に辿り着くのがいつものコースだった。ガラス張りのカフェに腰を下ろして、書き物をした。書き物とは母への手紙だったり、友人への手紙だったり。私のようにひとりでテーブル席に着いて何かをしている人は多かったから、居心地は抜群だった。帰り道は大抵月が美しかった。月を眺めながら家路につくのはなかなか豊かな時間だと思った。実際外を歩いていなければ月が出ているのも分からなかっただろう。そんな私の小さな楽しみを知った友人は、少しづつ夜になると家に帰ってくるようになり、軽い夕食を終えると一緒に夜道を歩くようになった。ひとりでのカフェの時間がふたりになり、ひとりも良いけれどふたりも案外楽しいものだと知った。昔からひとりで旅をしたり歩くのが好きだった私が、人と一緒も悪くないと思うようになった瞬間だった。

近年は夜道が苦手だ。理由は分からない。それともあの街に行けば、また昔のように夜道を歩くのが好きになるのだろうか。もう何年も訪れていない街。何年も訪れていない理由も分からない。ああ、最近分からないことばかりだ。でも、それでいい。時には物事を曖昧にしておくのもよいと、最近の私は思っているから。




人気ブログランキングへ 

彼女

DSC_0003 small


深々と底から冷えるような、少し湿った感じの空気のせいで、山に居る錯覚に陥る。やっと9月を半分終えたばかりなのに、此れほど冷え込むとは。私が今まで通過したボローニャの9月は、まだ夏の匂いが少し残る、微妙な季節と言った感じだったけれど、今年に限ってはそうではないらしい。少々早すぎやしないかと思いながらもクローゼットから薄いコートを引っ張り出した。コートを着込んで外に出たら、道行く人達はもっと厚着だった。薄いコートなんてものではなく、しっかりとした生地のジャケットを着こんで首には襟巻をぐるぐる巻いて。誰もが同じことを考えているようだ。風邪を引くよりはいい。体が冷えたら大変だから。道行く人達を眺めながら、そろそろ秋冬物を出さねばならぬと思った。戻ってくると思った夏の悪あがきは、多分もう無いだろう。恐らくこのまま秋が居座って、少しづつ深まっていくに違いない。長い秋になるのかもしれない。それを私は素敵なことだと思うけれど。そうであればよいと思うけれど。

髪を切りに行った。私は髪を切るのが好きだ。これは私の家族全員に言えることで、多分家族の習慣みたいなものだ。行きつけの店はとても混んでいた。予約をしておいたが充分待たされて、やっと自分の順番がやって来た。もうじき髪を切り終えるというところで、店に若い、と言っても30代中頃の女性が入って来て、隣の椅子に腰を下ろした。常連客らしい。店主とも親しいようだ。背の高い、すらりとした、髪の短い女性。大きな鏡に映る素敵な雰囲気の彼女を眺めながら、ああ、この人は、と思ったところで、彼女の方が先に口を開いた。あなた、何処かで会ったことがある、そうよ、あなたよ。そう言われて私はやはりそうだったのだと思った。もう何年も前のある日、私はこの店から出てきた彼女に声を掛けたのだ。この店はどんな感じなのか。髪を切るのが上手いのかどうか。素晴らしいヘアスタイルに仕上がって機嫌のよかった彼女は、見知らぬ外国人が急に話しかけてきたことに驚きもせずに、この店はなかなかよくて、と私にも勧めてくれたのだ。しかし私は7年も8年も通っている行きつけの店を替える勇気がなくて、その後もずっと足踏みをしていたのだが、今年の春先にようやく重い腰を上げて、この店に飛び込んだという訳だった。まあ、あなた! と顔を輝かせる彼女。言葉なしに頷く私。店主は私達の顔を交互に見ながら君たちが知り合いだったなんてねえ、と言った。店主の言葉に私達はくすくすと笑い、鏡越しにウィンクを交わした。そんなところがこの女性の素敵なところで、彼女にもう一度会えたことを嬉しく思いながら店を出た。あの後、彼女は店主にあの日のことを語っただろうか。それとも私達はちょっとした知り合いということになったままなのかもしれない。

遅い昼食を食べようと準備を始めたところで相棒が家に帰って来た。相棒の手元には葡萄が入った箱。こんなに沢山誰が食べるのかと思ったら、どうやら半分はピアノーロに暮らす姑の家に持っていくらしい。箱に貼られたラベルに葡萄の名前が記されていた。イタリア。イタリアだって! と喜ぶ私に相棒が苦笑する。そうなんだ、名前につられて買ってしまったんだ、と言って。髪が短くなって気分爽快。でも首元が冷えて、少し風邪を引いたらしい。温かいハーブティーを飲んで、早く治してしまおう。




人気ブログランキングへ 

古いボローニャ

DSC_0005 small


雨が降った。本格的な雨で、すっかり濡れた草木が喜んでいるように見えた。勿論それは、その程度の雨だったからだ。リグーリア、トスカーナ州は凄い雨で朝から繰り返し報道している。こうした自然相手の災害はお手上げだ。自然相手では到底人間は勝てない、と思う。そのために人間は備えたり対策を立てたりするわけだけど。それにしたって、雨が降ったせいで今日は気温があまり上がらなかった。最高気温23度ともなれば、夏は確実に終わったと思っていいかもしれない。それとももう一度やって来るのだろうか、ちょっと歩くと額に玉のような汗をかくような暑い日が。

私が歩く旧市街の範囲は広いようで広くない。さして広くない旧市街なのに。長く住んでいるうちにその範囲も徐々に広まったにしても、しかしまだ歩いていない場所もあるという訳だ。この秋は歩くことを楽しもうと思っているから、そうした未踏の地をじっくり確認するようにして歩いてみたいと思う。
私がボローニャに暮らし始めた頃、私の行動範囲はほんの一握りだった。何しろ少し歩くと道の名前が変わってしまうから、地図を持っていてもしばしば迷った。私が住んでいたアメリカの海の街は、何処まで行っても道の名前が同じだったから、たとえ道に迷っても何とかなるふしがあった。ボローニャではそうはいかなかった。道の名前が星の数ほど存在して、道の名前が分かったとしても其れが何処にあるのか分からず困ったものだ。そんなこともあって、私の旧市街散策が始まったのだと思う。散策というよりは探検だったかもしれない。この街は私にとっては未知で、発見することが山ほどあった。その散策には寄り道という特典もついていて、バールやカフェに吸い込まれたり、素敵な店のウィンドウショッピングを楽しんだり。そんな風だったから、話をしていたイタリア人たちから、君はよくボローニャのことを知っているなあ、などと言われたものだ。何処にどんなバールが、カフェが、店が在るかをよく知っていたから。ところがそうしたバールやカフェ、その他の店がここ数年相次いで商売を閉じてしまった。次の世代に交代と思えばよいのかもしれないけれど、長く通った店や、長年憧れながらウィンドウを眺めていた店が姿を消すのは、やはり寂しいことに違いない。旧市街のマッジョーレ広場に面した鞄と傘の店は創業1860年だそうだ。店が素晴らしく繁盛しているかと言えばそうでもないけれど、しかし閉店の噂のひとつもたたずに、この一等地に店を構え続けているということは、恐らく常連客や贔屓の客が居るのだろう。それとも古くからある店という風格で、案外旅行者が立ち寄るのかもしれない。どちらにしても、何時までも此処に店を構え続けて貰いたいと思う。古い街ボローニャに古い店が無くならないように、頑張ってほしいと思う。

明日も雨だろうか。穏やかな雨であることを願いながら、眠りにつくことにしよう。




人気ブログランキングへ 

歩く

P1020764 small


土曜日。張り切って起きたのは、旧市街に行こうと思ったからだ。いつもの生活に戻った途端に歩く量がぐっと減ってしまったから、せめて土曜日は歩きやすい靴を履いて散策をしようと思っていたのだ。天気予報は快晴。実際、起きて窓の外を覗いてみたら、空が青かった。ちょっと予想していたよりも外気は冷たかったけれど、それも散策には都合が良かった。簡単に朝食を済ませて家を出た。バスは随分来ていないのか、停留所に人が溢れていた。隣に立っていた老人が私に話しかける。どうしてイタリアはこうなんだ、大体イタリアは善人に優しくない、と。老人にしては背が高く、しゃんしゃんした、洒落た装いの彼は、どうやらイタリア国に不満があるらしい。外国人の私を見つけたので、その不満を訴えたいようだったが、丁度バスが来たので、その話はおしまいになった。バスは満員となり、私はひとり停留時の残った。別に急いでいるわけでもない。それよりも私は人混みが嫌いだ。例えば混んだバス。例えば混んだ電車。満席の飛行機も嫌いだけど、これは仕方がないと諦めることにした。その代わり、急いでいないときはこんな風にバスを見送る。どうせ直ぐに来る。無理して乗る必要はない。果たして次のバスは3分もしないうちにやって来た。前のバスに皆乗り込んだらしく、バスは驚くほど空いていた。

第2週末の今日は、七つの教会群の前の広場で骨董品市が開かれていた。8月はやっていなかったこの骨董品市。毎年夏場はやらなかったり出店が極めて少なかったりするものだが、楽しみにしていた人には残念だったに違いない。近頃、骨董品市の店の配置が微妙に異なって、そのせいなのか、見て歩くのがとても楽しい。何処にどの店が在るかわかるのは便利でよいけれど、何処に行ってしまったのかと探しながら歩くのは楽しいものだ。そうしてようやく見つかると、ああ、此処に居た、などと旧友にあったような気持ちになる。いつものように見て歩くだけ。今のところ、家に置く骨董家具や絵画を増やすつもりは、ない。
天気が良いせいか、それとも子供たちの学校が遂に来週の月曜日から始まるせいか、親子連れでショッピングをする姿が多く見られた。スニーカーを新調してもらう男の子たち。鞄を買い求める母娘。それから残りの休みを満喫するかのように、細身のジーンズを綺麗に履きこなした、髪の長い女の子が幾人もつるんでウィンドウショッピングを楽しんでいたり、兎に角町は大賑わいだった。私はその混雑の中を歩いて、歩いて、兎に角歩いた。そして相棒に頼まれた、パンを買い求めて、途中でバールで冷たい紅茶を頂いて、小さな菓子をつまんで、格好いいスニーカーをガラス越しに見つけて、気温が上がり始めて汗ばんだところで帰りのバスに乗った。大層、運動不足だったらしく、くたくただった。たったの2時間歩いただけで。何だかがっくりだったけど、少しづつ少しづつ、歩く習慣を取り戻せばいい。これから気持ちがいい季節だから、仕事帰りに歩くのもいいかもしれない。

今夜はきのこのパスタにしよう。新鮮なきのこが手に入ったから。私と相棒の好物だから。ひと足先に秋。




人気ブログランキングへ 

銀色の月

P1020750 small


外が妙に明るいと思ったら、夜空に光る月。数日前に満月だった其れは、ほんの少しだけ欠けていて、銀色に輝いていた。銀色の粒子が地上に降り注いでいるような感じ。月明かり、と声に出してみたら、とてもロマンティックだと思った。東京の、原っぱのあるような場所に生まれた私は、父や母に月の美しさを教えられて育った。いったい何時まで信じていただろうか、月の中に兎が住んでいると。目を凝らすと月の中に兎がうろちょろしているのが見えたような気がして、あ、見えた、と言っては周囲の大人の笑みを誘ったものだった。この時期は、耳を澄ますと聞こえる虫の声が、楽しかった夏が終わったこと、そろりそろりと秋がやって来ることを知らせているかのようだった。そんなことを感じながら育った私は幸せな子供だったのだと今になって思う。今夜の美しい此の月に、どれほどの人達が気づいているのだろう。私と相棒と猫と、それから、それから。

それにしても、今夜の月が飛び切り美しく見えるのにはもう一つ、確かな理由がある。それは、週末の始まり。今夜は良い眠りにつけそうだ。




人気ブログランキングへ